31話 ドロップレベルアップの意味を知るキグルミ幼女
シュインと森林に戻ってきたネムと静香。自分の世界ならどこでも行ける指輪は本当にチートだと思うなぁと感心しながらハンスちゃんを着込む。
「見かけは変わらないですね」
森林は静かなものだ。アタミンは彷徨いていないかなと辺りを見回すが入り口付近だからだろう。いなかった。
「10アタミ落としてくれますかね?」
「そういえばこのコインはいくらなのかしらね? 相場を知らなかったわ」
「たしかに。今度って、うわっ」
再び木の上からアタミンが落ちてきたので、ハンスちゃん人形を着たネムはコテンと尻餅をつく。学習能力のない脳内記憶が定期的に削除されている可能性があるネムだった。
が、先程と違い喧嘩キックを倒れたネムへと繰り出すことはなかった。その手に光る果物ナイフのような短剣を突き出してきたのだ。
「ROS起動!」
「フフッ。一回100銭ね」
慌てて叫ぶネムに静香が妖しく笑う。ぼったくり価格の静香からの脳波リンクにより格闘OSが起動して、どう動くのかネムに判断力を与えてくる。OSの名前の由来は知らないが、このOSのイメージを使うと歴戦の勇士へとへっぽこ幼女でも変わるのだ。
静香から低コストでパワーアップする方法を聞いたら教えてくれたのだ。
ハンスちゃん人形が凄味を見せる恐ろしい顔つきへと変わり、迫るアタミンのナイフを持つ手を素早く取ると、くるりと手首を返して、アタミンの腕の関節を極める。
「ふざけんなよ」
びっくりしちゃったというネムのセリフを変換しながらハンスちゃんはハイキックをアタミンの頭に食らわして砕く。
力をなくしたアタミンが消えてゆくのを見ながら、ネムはきりりと真面目な表情になる。
「やられるか、コアチェンジをするか、どちらか出ないとゲームオーバーじゃないですからね? ROSは引き続き使えますから」
「わかったわ。コアチェンジをしたら、再度お金を貰うからね」
どんどんお金を取られたらたまらないと、牽制するネムに素直に了承する静香なので、不安に思っちゃう。この機能があればコアチェンジの必要はないはずだ。
「金庫からこっそりと借りた100円も返さないといけないんです。なるべく節約したいですからね」
上杉商会から貰った20万円見てみたいですとお願いして札束の山を見て、こっそりとポケットに200円ほどねじ込んだ幼女。後で返すからと内心で呟いたが、返す方法は考えていない。
冒険者ギルドに登録するのに100円必要と聞いていたから、仕方なく借りたのだ。監査が入る前に返しておかないとと、横領犯みたいなことを思いつつ借りたのである。
なので、早く稼いで返さないといけないのだ。返すアテは一つ。魔石稼ぎである。
「しかし果物ナイフを装備しているなんて危ないじゃないですか。怪我を負うところでした」
キグルミ幼女はプンスコ起こるが、果物ナイフ如きでは自分の身体は傷つかないことを忘れた模様。
ヒョイとコインを手に取り、ギクリと身体を凍らすように動きを止めてしまう。
「100アタミ」
そこには銀色に輝くコインがあった。一気に100倍にまでドロップが高くなっている。
「え? 一気に100倍ですか?」
「そうね。もしかしなくても難易度も上がっていない?」
「まさか……ドロップレベルアップって、そういうのとは無関係ですよ。普通はそうですよね?」
まさかそんなことはないだろう。それだと詐欺になる、難易度はカジュアル、ドロップレベルはアップ。そうに決まっている。
だが、ネムはそういった仕様ではないと悟る。なぜならば……。
「ケタケタケタケタ」
「ケタケタケタケタ」
「ケタケタケタケタ」
戦いを察知したのか通路の奥からアタミンたちが果物ナイフを片手にケタケタと笑いながら走ってく来ていた。
そう、走ってくるのだ。ノロノロとした動きしかしなかったアタミンたちが。子供の全力疾走レベルの速さだ。しかも全員武装している。
「ギャー! トラウマモードになっちゃった!」
キグルミからぴょこんと飛び出して、恐怖に震える。遊んでいる場合ではないと悟ったのだ。ここのテーマパークの難易度が恐ろしいレベルまで上がったことに気付いたのだ。
走ってくる腹話術人形。かなり不気味である。
「こわっ! あれは怖すぎます。ハンスちゃん人形装着っ。幼女イーン!」
頭にいると、少し敵への反応が遅れるのでと、怖くなったネムはハンスちゃん人形内部に移動して、速攻逃げこむ。とはいえ、普通サイズのハンスちゃんなので、パワードスーツを着込むイメージである。
ギュインとハンスちゃん人形の目が赤く光り、前傾姿勢で足に力を貯める。
「なめるなよっ!」
怖いですを変換して、地を蹴るとハンスちゃん人形は獣のような迫力を見せて猛然とアタミンたちの群れへと突進する。
アタミンは見かけは怖いが、そこまで恐れることはないとOSが教えてくれる。このOSは優秀だけどオートがないのが残念だねと、さらに楽をしようと画策する怠惰な幼女は肉薄してきたアタミンのナイフの突きを、グンと足にさらに力を込めて加速させて対抗する。その加速されたスピードで、敵の繰り出すナイフの横を通りすぎて、そのまま手刀を振るう。
一閃して、半歩だけ横にずれると、次のアタミンの攻撃が通り過ぎるのを見ながら、顎に掌底を叩き込む。そうしてふわりとジャンプをすると残りのアタミンへ鋭い蹴りを放ち、そのまま踏み台として次の敵、その次の敵とアタミンを蹴り倒すのであった。
「ふぃー。アタミン撃破です。ちょっと焦りましたね」
ジャラジャラとコインを手にして袋がないやと困りながらも満足そうにする。
「ちゃららん。アタミンを12匹撃破した。経験値120、1200アタミ手に入れた」
静香がからかうように言ってくるが、敵の姿はないので安心を
「安心できないですよ。もしかして一つの戦闘が終わったらROSは終わりです?」
サラッと流さないぞとつっこむキグルミ幼女に静香が答える。
「当然じゃない? 戦闘が終了したら、支援魔法は解けるのよ?」
しれっと答えるその内容に、だからさっきはあっさりと頷いたのねと悟るが、そういうことならこちらも考えがある。
「ふふふ。私は学習するのです。NOS起動!」
イメージはなんとなく理解したから適当にイメージした新たなるOSを使うことにしたのだ。もちろんプログラムのイメージなんかできない。ネムはなんか格闘できる感じと、適当なイメージで作り上げた。たぶんOSと言ったらプログラマーが怒ります。
精密な動作はできないが大雑把な動きならできる。そう信じてネムの創造したOSに合わせてキグルミも変化させると……。
ちょいーんとちっこいハンスちゃんになった。幼女がコスプレしているともいえる。筋肉繊維のキグルミに覆われているがその厚みは大きくない。20センチほど体格が大きくなった感じか。もこもこ幼女と言った可愛らしい姿となった。
「まぁ、良いですか。これなら違和感なく動けますし。偽装は大丈夫かなぁ」
たぶん他人のいる前ではこの姿は無理だねと思いながら、森の中からガサガサと草木をかき分けて出てくるアタミンに身構える。この姿からもわかるとおり、OSはない。たんに身体にピッタリのキグルミなので動きやすく、力任せに戦える筋肉繊維と、光速すらも見切れる動体視力頼りなのだが、もちろんネムは気づかない。まぁ、知らない方が良いこともあるという良い例である。
「いきますよ!」
とてちたてーと、短い脚を懸命に動かして。可愛らしい幼女走りで敵へと近づくと、武技を使う。
『剣爪撃』
5本の指全ての爪を剣のように伸ばして、迫るアタミンへと振り下ろす。シャキンと音がしてアタミンはあっさりと縦に5等分に断たれた。
「ていていていてい」
残るアタミンも、爪でどんどん切り裂いていく。多少早くともリーチが違うのだ。相手にはならない。
「くっ。海賊版は違法よ、ネム!」
「これは我社が開発したので、海賊版じゃないです」
悔しがる静香と軽口を叩きながらドンドコ進む。アタミンは相手ではないのだ。
「これで戦闘パターンも目星がつきましたかね」
人と話すためのリアルキグルミ。ROSを使うパワードスーツキグルミ、NOSを使うミニキグルミだ。あとは静香さんのバックアップの下で使うメカニカルキグルミかな。
これからはもっともローコストなミニキグルミがメインかなぁ。そこそこ強いし。あと、見かけはミニキグルミバージョンが一番可愛らしいし。
「まぁ、良いと思うわよ。あとは宝石の世界に行くだけね」
「宝石ほしくないです」
「それなら、この世界の宝石を集めないとね」
めげずに答える静香に、仕方ないなぁと苦笑してアタミワンダーランドの入り口に到着。
「なるほど……難易度が上がると敵の配置も変わるんですね」
「そうね。入り口を守るボスモンスターみたいね」
以前ならいなかったはずのアタミワンダーランド入り口前。そこには4メートル程の身長のアタミンが大きなハンマーを持って佇んでいた。
「ですが、あの程度なら相手にもなりませんね。私は一騎当千に返り討ちの称号持ちなんです」
「どうせ無限弾で無双したんでしょ?」
ムフンと胸を張るキグルミ幼女に宝石幼女がツッコミを入れてくるが、よくゲームの話だってわかったな。
「幼女ハザードリベレーション4、シティです!」
「たしかにあれはリベレーション4ね。面白かったけどシチュエーションがほとんど同じ感じがしたし。デジャヴかと思ったぐらい」
「ふふふ、ウイルスは遂にハーブと回復薬な斬新なゲームです。すごい面白かったけどプレイヤースキルが必要なミニゲームのボーナスアイテム豆腐セーバーは手に入りませんでした。ストーリー最高難易度は山ほどの回復薬とマグナムとランチャーの無限弾だけで脳筋クリアできたんですけど」
アホな会話をしつつ、そろそろと巨大なアタミンに近づく。
「あれはデカアタミンとネーミングしたわ。たぶんハンマーで叩きつけて来るはずよ」
すぐに静香がネーミングしてくるが、相変わらずセンスなさすぎである。
「それは見ればわかりますよ」
でも見た目が怖いので、そろそろと近づく幼女。あと数メートルといったところで、デカアタミンはギョロリとこちらを見据えてくる。
グイッと重そうなハンマーを持ち上げて動き始めるデカアタミンだが、既に5メートルを間合いは切っている。
「間合いを見誤りましたね。『螺旋剣爪撃』」
シャキンと爪を伸ばすと、足を踏み込み、腰をひねる。その力を右腕に溜め込むとひねるようにネムは打ち込んだ。螺旋を描いて叩き込む、
爪はぐんぐんと伸びていき、回転する爪は振りかぶろうとするデカアタミンの胴体へと捻じりこまれた。そのままギュルルと半回転すると、コルクを抜くようにその身体に大きな穴が空き、爪は貫く。
ハンマーの一撃を繰り出すこともできずに、身体全体へとヒビが入っていき、パラパラと崩れ始めたかと思うと、一気に崩壊するのであった。
「ふふん。見ましたか? 多少行動に難ありでも、威力の高い一撃を入れることができるようになったんです」
「そうね、格闘レベル1になったと言うことかしら」
「厳しいですねぇ」
そう言いながらボスを一撃で倒せてラッキーとキグルミ幼女は手応えを感じながら、コインを拾う。
それは1万アタミだった。これ、相場はどれぐらいなのかしらん。




