30話 テーマパークを復活させるキグルミ幼女
死神ハンス。シニカルで渋いおっさんだ。見た目はそう見えるかっこいいおっさんだ。鏡で何度も確認したんだから間違いない。
カウボーイハットを被って、ふふふと笑うシニカルなおっさんは、鬱蒼と茂る草木を自然っていいねと鼻歌混じりに森林の中を歩いていた。
どこに向かっているかといえば、アタミワンダーランドである。おっさんはいい歳をして、テーマパークに一人で遊びに行くらしい。寂しいおっさんであると、他人が見たら同情してくれるかもしれない。
「ククク、ハッハッハ。これは楽しい予感がするかもしれないです」
見た目にそぐわない丁寧な言葉を呟くおっさん。誰だろうか、謎のおっさんである。
しかして、その正体は……。
「ご機嫌ね、ネム」
「えぇ、これからの指針が決まりました。私はこの世界でこっそりと優雅な生活を送ることに決めたんです。浅田艦長ありがとうございます、この腕輪、想像以上に凄いです。偽装解除」
どこからか声が聞こえてくるので、ふふふと笑って偽装を解除すると、そこには真っ白な長方形の物体。すなわち豆腐がいた。ぽよんぽよんと飛び跳ねながら、森の中を移動しているので魔物と間違われるかもしれない。
その上部分にはダイヤモンドのサークレットを被った幼女の顔がちょこんと突き出ていたので、見た人が幼女が食べられそうだと助けに来るかもしれない。
「豆腐が一番移動で負担がかからないから、このスタイルですけど、戦闘となったら新型キグルミハンスちゃ。ぎゃああああ!」
ムフンと得意げに言おうとして、木の枝から飛び降りてきた腹話術の人形モドキに悲鳴をあげちゃう。
ドヒャーと、驚いて豆腐はぽてんと横に倒れてしまう。アタミンが現れたのだ。恐怖演出なのか枝から降りてくるという驚かし要素を追加してきた。
アブアブと、赤ん坊化したのか、ネムは恐怖で震える中でゲシゲシアタミンは豆腐を蹴ってくる。豆腐の強固な装甲はアタミンの怪力によりどんどん崩れていく。子供でも崩せるかもしれないが。
「こ、コアチェンジ、ハンスちゃん!」
どんどんと豆腐が崩れちゃうので、このままだと鍋に使えないでしょとわけのわからない慌て方をしながら、キグルミをチェンジする。
モニョッと豆腐が原型をなくし新たなるキグルミへと姿を変える。
「ハンスちゃん起動! パワーゲインは豆腐の5倍です!」
そこにはぬいぐるみみたいなデフォルメされたカウボーイハットとコートを着込むおっさん人形がいた。顔の部分はもちろんのことキグルミ幼女である。
「続けて偽装開始!」
指輪の変装能力を使うと漫画のキャラみたいに愛嬌が少しあったデフォルメされたハンス人形が、見た目は人間そっくりへと姿を変える。
足をあげると、振り下ろして反動を利用してバッとハンス人形は立ち上がってみせる。
「ちっ、俺を蹴るとはいい度胸だな」
苛立ちながら、アタミンの頭を掴み、地へと叩きつけて粉砕する。パリンと陶器の割れる音がしてアタミンはあっさりと倒されて、魔石を残して消えていく、1アタミゲットである。
「聞きましたか、静香さん。この変装道具って、私の言葉もおっさんに相応しいセリフに変えてくれるんです。今のはイテテ、痛いです。としか言ってないのに」
偽装を解除して興奮して頬を紅膨させるネム。こんなに凄い機能とは思わなかったと口にするが、もはや変換ではなく、創造の域に達してはいないだろうか。
「たしかに恐ろしい機能ね。ねぇ、もしかして貴女の意図したセリフではない時もあるかもしれないわよ?」
「別に良いです。この人形の言動に責任は一切とらないので」
画期的! まさしく画期的! 責任を取らないのであれば、どれだけ好き勝手しても良いだろう精神のネムである。
「あぁ、それにイメージしやすい人形があって良かったです。前世でのCMを思い出して良かったです」
敵役がデフォルメされた人形で、ゲームの紹介をしていたのを思い出したのだ。人形ならばイメージしやすく、それに偽装を使ったら完璧である。本人は完璧だと言い張っているが、おっさんの完璧は常に不完全であった過去がある。しかして前世のことだからとネムは記憶の金庫にしまっておいた。
都合の悪いことは記憶の金庫に。そして、代わりに取り出したのが黒歴史の本だ。さすがに幼女でも、厨二病チックな行動は羞恥心からできなかった。だが、人形ならば別だ。好き放題面白そうなセリフや行動をとれちゃう。
こいつは楽しいことになりそうだぜと興奮しちゃう。無責任に行動できるって、素敵すぎる。
「貴女は実は頭が良くて、この世界が嫌いだから刹那的に生きていると思っていたけど訂正するわ。たんに常識と羞恥心があって、それに責任を取るのが嫌だったからなのね」
はぁ〜とため息を吐く静香だが当たり前じゃん。おっさんは責任を取るのが嫌なのだ。特に優れた力を見せたりするとその仕事の担当にされたり、なぜか責任まで負わされたり。
幼女になってもそれは変わらない。この世界で多少は良いところを見せるけど、頭の良いところは見せるつもりはなかったのだ。
そんなに言うほど頭よくないだろと、昔の知り合いが聞いたらツッコミを入れるだろうけど、それなりに頭は良かったんだよと言い張ります。5歳の幼女にしては頭が良いでしょと言い張ります。そこに疑問を持たないので、ネムの頭の程度がわかるような気がするが本人は気づいていないので良いだろう。
「今は万能力。モニョモニョが使えますしね。それにしてもこのドロップがまさか普通ではないとは思いもしませんでした。普通は10アタミぐらいなんですね」
地に落ちている魔石とこの世界の人間が言い張るコインを手にする。
ここに来た当初安すぎるだろと思っていたが、安すぎたらしい。そういえば、99階の敵も弱かった。普通の豆腐アタックで倒せたし。
「確認は取れましたから、どう変わるか試しましょう。転移っと」
次元転移の指輪に登録されているアタミワンダーランドの地下99階を選択すると、キグルミ幼女たちは一瞬の内に移動するのであった。
やはり薄暗いのは変わらない99階。前に来たままでスタッフオンリー通路への扉も開きっぱなしだ。
駄目だろこれと思いながらも、ハンスちゃん人形を着込んだネムはてってこ歩く。二本足でも歩けるようになったのだ。筋肉繊維万歳である。
スタッフルームをどんどん進むと機関室と書かれた表示が目に入るので、ドンドコ進む。水の惑星のように罠もなく静かなものである。テーマパークのスタッフ通路にはさすがの古代人も罠は仕掛けなかったのだろう。
てってこ歩くと、機関室の扉があったので押して開ける。鍵もかかっていないけど、普通はそうかな?
「おぉ、あっという間に着きましたよ静香さん」
「そうね。もう停止寸前みたいね」
機関室の中には幾何学的な魔法陣らしき物と、そこに浮く巨大な水晶があった。10メートルぐらいの六角形の水晶は黒くなっており、仄かにホタルのような光が中心に見えた。
「このタイプは水の惑星で見ましたからね。やり方はわかっています」
たぶんテーマパークのエネルギーが切れかけているんじゃないかなと、見に来たのだ。その予想は大当たりだったらしい。
「………う〜ん………ねぇ、渚の件と言い都合良すぎだわ。いくらなんでも同じエネルギー様式ってあると思う?」
「ふぁんたじ〜って、そういうご都合主義が働くからふぁんたじ〜なんですよ。私は全然おかしいと思いませんけど?」
世の中にはパーティーを追放された途端に覚醒したり、ダンジョンに置き去りにされたら凄い力を手に入れたりする人もいるのだ。イッツふぁんたじ〜。
脳味噌ゼロな回答をしつつ、ネムは無警戒に水晶と手を伸ばす。もちろんのこと届かなかったので、豆腐へとコアチェンジして、にょいーんと豆腐を伸ばしながら、その上に乗って持ち上げられる幼女。だんだん豆腐の扱いが得意になってきたネム。なぜに豆腐なのかは本人の頭の中を覗かなければ不明である。
「ヘイタッチ。パワー補充〜」
紅葉のようなちっこいおててを水晶につけて、モニョモニョを入れるイメージ。結構大きいから、力を込めなきゃねと余計なことも考えた。
バケツに彗星を入れるが如く、ネムはキュインと力を注ぐ。瞬時に水晶は光の塊のように輝き辺りを強い光で照らす。
「うぎゃっ、目が、目が〜」
豆腐から滑り落ちて、目を押さえてゴロゴロと苦しむアホの娘。全く過去の反省を活かすつもりはないおっさん幼女である。きっと寝たら昨日のことを忘れる優れた記憶力の持ち主に違いない。
ウィーンと周りが稼働し始めて、明るくなっていく。様々な機械が動き始める音がしてきて、ゴシゴシと目を拭いながらネムは辺りを見渡す。
「節電で色々と止めていたんですね」
「そうね、外はどうなっているのかしら?」
キョロキョロと周りを見渡すネムと静香。ここは水晶が明るすぎてわからないけど、さっきまで薄暗かったスタッフ通路も煌々と明かりがついているのが見えた。
「ようこそ、ストレンジャー。燃料を補充してくれて感謝を」
水晶から声が聞こえてきたので、ビクリと身体を震わせて警戒する。水晶の手前に男性のホログラムが映っていた。
「アタミワンダーランドは燃料が切れてかけており、困っていたところだった。また補充をしてくれるとはありがたい。これでまた通常モードで1000年は稼働できるだろうが……。ドロップの効果を高める場合は20年程になるだろう。君が定期的に補充してくれるならばドロップレベルをアップさせることができるがどうするかね?」
ホログラムは男性だとはわかるが、その顔立ちはよくわからない。が、管理コンピュータだねと頭の良いネムはすぐに理解して、どうでもいいやと気にせずに、ドロップレベルアップに反応する。
「もちろんアップです。そうですね、年に一回補充に来ますので、来なかったら通常モードに切り替えお願いします!」
ふんすふんすと鼻息荒く、ドロップレベルアップを求めちゃう。おっさんの時はそういった要素があったら課金してしまうスタイルだったのだ。面倒なのは嫌いだったのだ。
「了解した。君たちをスタッフメンバーとして登録した。以降は君たちはスタッフ専用の区画に入ることができる。ではドロップレベルアップモードに切り替えをしておこう」
やったぜと幼女はその言葉に顔を輝かせる。ドロップモードだから15アタミぐらいドロップするのかしらん。たぶん1.5倍ぐらいだろう。
「早速行きましょう。アタミンを退治するところからですね!」
「そうね。稼いで宝石を買わないとね」
静香のわけのわからないセリフはスルーして、ワクワクと期待をしながらキグルミ幼女はアタミワンダーランドの入り口へと戻るのであった。




