3話 暇すぎる幼女
ネムは暇であった。どれぐらい暇かというと、有給休暇をとったのに、することがなくて寝て過ごしたというぐらい暇であった。うん、意味がわかりにくい。有給休暇をとったら仕事以上に遊ぼうと行動をするのに、結局なにもすることがなかったような感じです。
「この世界、テレビもゲームもありそうなんだよなぁ〜」
朝食を食べ終えて、ベランダに出て外の空気を味わいながら呟く。石造りの部屋はどんなに華美に内装が整えられていても、なんとなく牢獄を感じさせて息が詰まるのだ。石造りの部屋イコール牢獄というのは明らかにゲームの影響であるが、蠟燭だけの部屋は薄暗いし仕方ないと思う。
呟く内容は前世の地球人が聞いたら、中世風の剣と魔法の世界にそんなのあるわけ無いだろとツッコミを入れるだろうが、この世界は前世から推定数万年後の地球であり、古代テーマパークがダンジョン扱いされている。即ち、未だテーマパークが稼働しているということ。
テーマパークはかなり凝っているらしく、様々なお宝も用意されて、国を滅ぼすレベルのボスキャラも奥に鎮座しているらしい。さもありなん。超人となった人たちを満足させるレベルのテーマパークだから、そうなっているのだろう。
今に生きるふぁんたじーの住人にとってはいい迷惑である。
なにが言いたいかというと、壊れずに稼働しているぐらいだ。他にも様々なお宝も稼働しているはず。テレビやゲームが欲しい。とっても幼女は欲しいのです。現代っ子ならぬ、現代おっさんなので。違った現代幼女なので。
「だから私も力を手に入れたいのにな〜」
テーマパークの中に眠る携帯ゲームが欲しい。たぶんあるんじゃないかな? あると信じます。想像以上に中世ふぁんたじーの世界は暇だったので。
無難に生きるには、ゲームや漫画は必須なんだよと、ニートみたいなことを考えつつ、幼女はキョロキョロと辺りを見回して、誰もいないことを確認し、両手を組み合わせて、目を閉じて跪きながら、こっそりと小声で呟く。
「ステータス」
「ステータスオープン」
「ウィンドウ」
考えられる限りの語句を呟く。もちろんふぁんたじーの世界なのだから、ステータスボードは必ずあると信じているからである。小声で呟くのは、さすがのおっさんも聞かれたら厨二病だと言われて恥ずかしいからだ。だいたい暇なときにやる儀式である。すなわちいつも暇なので、常にあほなことをしていた。しばらくの間、鈴を転がすような優しい声音が囁くように詐欺な美幼女から呟かれた。
そうして少ししたあとに、そっと目を開けるが、空中にはなにもなかった。
「なんだよ、もぉ。サービスが足りないよな、サービスが。俺を転生させた神様にクレームを入れたいよ」
ステータスが見えないなんて酷いよと、ほっぺたを膨らませてネムは愚痴を口にする。そんな不満そうな姿も可愛らしい幼女である。
クレームを入れたいのはこっちだよ、よくも可愛らしい幼女に取り憑いたなと神様が聞いたら、反対に怒りそうなことを口にしつつ立ち上がる。
「次の練習に移るか」
魔法はイメージである。たぶんそう。イメージをしやすいように、詠唱や魔法名を口にする。たぶんそう。きっとそう。
今までで見た魔法はミント母さんが病にかかったリーナに使った病魔退散。それと伯爵付き魔法使いジーライ老が使った庭園に雨を降らす魔法だけだが、そう思うのだ。たぶん間違いない。
ミント母さんは聖句と思われる言葉を口にして、病魔退散を発動させた。ジーライは、爺さんなのに派手に踊って詠唱を口にして魔法を発動させていたことから、そうだと推測する。
大体の小説とかだとそうだし。
最終的に小説やアニメを参考にする現実と幻想の境目が極めて怪しいネムは姿見の前に立つ。
可愛らしい白銀の幼女が姿見に映るので、顔をニヤけさせてしまう。この娘、凄い可愛らしい。頭をナデナデしたいレベルだと。惜しむらくは俺が中にいることだなと、自覚をしている悪魔的たちの悪いおっさんは、それでも目の保養にはなるなと、身体をクルリと回転なんかさせちゃう。
幼女がクルリクルリと回転する姿は極めて可愛らしい。動画投稿をしても良いぐらいだ。
おっさんが幼女にそんなことをお願いしたら、確実に牢獄行きなので、自分の身体で良かった良かったと、いまいちよくわからない不思議な納得をしたあとに、ちっこい両手を掲げて、本格的に練習に入ることにした。
「炎よ、炎。全てを燃やし尽くす炎となれ〜。テクマクマジック、テクマクマジック」
口に出る詠唱はおっさんの歳がバレそうな詠唱であった。
新たに考えた詠唱を口にしながら、軽やかに踊る。幼女の身体は驚くことに、筋肉が無い割りに、考えたとおりに動く極めて性能が良い身体なので、アイドルのダンスを思い出しつつ踊っちゃう。生命力だけは黒い虫以上のものを持っているネムは、しばらくの間、息切れもせずに舞っていた。
ちっこい手足をぶんぶん振って踊るのでお遊戯の域を超えないが。ついでにおっさんはかなり適当に踊りを覚えていた上にセンスもなかったので。実に幼女のポテンシャルを無駄にするのであった。
しばらくの間、飛んだり跳ねたり、転んだりしながら踊りを続けるネム。
そうしたあとに、いい汗かいたぜと、全然疲れてはいないが、とりあえず飽きたので、額にかいた汗を手で適当に拭いながら周りをまたキョロキョロ見渡す。
残念ながら火の手は全く上がっていなかった。言葉通りに炎が発生したら、それはそれで大変なことになるだろうに、ネムはしょんぼりとするだけであった。いつものことであるからして。
「う〜ん、魔法的なにかが足りないんだな、きっと」
モニョモニョでなければ、他には体内になにも感じないので、やっぱりやり方がまずいのだろう。雑なおっさんでもそれぐらいはわかる。
腕組みをして、幼女は考え込むが、スタートがわからないのだ。魔法が書かれている本でも読めれば、少しは変わるかもしれないが、ネムはこの世界の文字が読めなかった。日本語を変形させたのか、他の言語が混じったのかわからないが、複雑な上に、まだ学んでいないので。
言葉はさすがに覚えた。外国に数年住めば、そこの言葉を覚えるというのは本当だったと、以前に感心したので。
小説の転生主人公はよく読めない本を推測から文字を読めるようにするよな。翻訳家もびっくりのチートだぞ、俺もほしい。
魔法を覚えたい。取っ掛かりだけでも教えて欲しい。暇なんだもの。なにか娯楽が欲しいのだ。
結局のところ、暇潰しをしたいネムの後ろから声がかけられる。
「ネムお嬢様、お水をお持ちしましょうか?」
「ウヒャッ! あ、お願いします」
いつの間にか、メイドのロザリーが後ろにいたので驚いちゃう。不意打ちに弱い幼女なので、ぴょこんと飛び上がったりもした。不意打ちに弱いのは中のおっさんかもしれないけど。
サラリとした金髪ストレートロングの癒やし系アイドルみたいな美少女メイドである。特徴は笹みたいな耳。即ちエルフである。年若く10代に見えるが本当の年齢は不明だ。この世界にはエルフ、ドワーフ、ハーフリングなどもいるが、小説通りにエルフは500年は生きるらしい。
たぶん先祖の地球人は妖精になりたかった人たちだと予測しています。
通常は森の中に国を造り、村に住まう種族である。たまにエルフ狩りとかがある小説があるが、この世界の長年生きているエルフたちは古代人の末裔とも言われているぐらいに強いらしい。子供がそんなに産まれないので数は少ないが、人間の軍隊をあっさりと倒せるぐらいの力を持ち合わせているので、表向きはエルフ狩りなどはない。表向きなのは、情報がないからだ。幼女だから、当たり前だけど。愛し合って裸にされているエルフはいるかもだけど。その場合もエルフ狩りになるのかしらん。そんな漫画が昔ありました。
「汗もお拭きしますね。バンザーイ」
ロザリーの言うとおりに、バンザーイとおててを挙げると、服をスポンと抜き取ってタオルでロザリーは拭いてくれる。
ロザリーのようなメイドエルフはかなり珍しいらしいとか。エルフは総じてプライドがチョモランマのように高いらしいので、護衛や家庭教師とかならともかく、メイドになることなど普通はないらしい。
なのでロザリーがなぜメイドをしているかは、謎だとリーナが前に言っていたがネムはなぜプライドが高いエルフがメイドをしているか見当はついている。
「ハァハァ、ネム様は可愛らしいですね。このままで是非いてくださいね」
息を荒げている時点でわかりました。エルフの街は子供少ないもんな。メイドだと合法的に仕えている家の子供とか関わることができるしね。
まぁ、外見が美少女だから中身がアレでも気にしない。外見が美幼女で、中の人がおっさんの場合もあるしな。
達観して優しい目で、息を荒くするロザリーを眺めるネム。美少女じゃなかったら通報していたよと、優しい目で幼女の身体を拭くロザリーを見て、天啓がピシャリと走った。
「ロザリー。魔法って使えますか?」
「うへへへ、あ、はい? もちろん使えます。ジーライ老には及びませんが、それでもエルフですので魔法使いレベルなら問題ないですよ」
よだれを垂らしそうな口元を拭いて、あっさりと答えるロザリーに、詰め寄って頼み込む。
「お願いします、魔法の使い方を教えてくださいっ!」
「え、でもお嬢様は殆ど魔力がないので危険です。教えることは禁じられてますので」
「1日1回、殆ど魔力を使わない魔法を教えてください。お願いしますっ!」
俺はなんか娯楽が欲しいのだ。お願いだよ。
暇すぎて死ぬかもしれないのだと、懸命にウルウルおめめの上目遣いで頼み込む上半身裸の幼女。ぎゅうとロザリーに抱きついちゃいもします。
うへへと残念美少女は顔をニヤけさせて、うへへとネムも美少女に抱きつけたので顔をニヤけさせる。お互いに、容姿を無駄遣いする残念極まりない美少女と美幼女の姿がそこにはあった。
だが、ネムの3大奥義の一つは効き目があったらしく、ロザリーは真面目な顔へと変わる。
「お嬢様、約束してください。魔法は1日1回しか使わないと」
「もちろんです。私は約束は守りますよ」
絶対に守らない気満々の幼女は、即座に嘘をついた。が、見た目は真面目に見えるので、ロザリーはこっそりと教えてくれるのであった。
教えてくれたのだが……。
「えっと、魔法語を口にしながら、決められた動作をするのが普通。脳内で魔法言語を思考して魔法を発動するのがベテラン、と? そして、それらを使うときに魔力を集中させなければいけない?」
「そのとおりです。誤って魔法が発動しないように、セキュリティがかかっているんです。1流の魔法使いはそれぞれの魔法言語を応用して、基本魔法をオリジナルの魔法に変えたりしますが」
「なるほど………」
教えられた魔法言語を見て、重々しく頷くふりをして、ネムは思った。
魔法言語って、コンピュータ言語じゃん。というかプログラミング言語じゃん。と。
おっさんは悟った。こりゃ無理だと。プログラミング言語なんか覚えられるかよ。おっさんは暗記が苦手なのだ。いや、よしんば覚えられても一つか二つ。本気を出す前に飽きます。
マジか、無詠唱で魔法を使うかっこいい魔法幼女の夢が絶たれたよ。いや、カンペを持ちながらなら大丈夫か。なるほど、なぜ魔法使いが本を持ち歩いているのかわかったよ。
今の幼女には無理な話だが。だって、文字を教えられていないもんね。
早くも諦めるネムである。将来的に勉強するのは確定なんだから、それまでは寝て過ごすかと、早くも楽な方に流れようとする駄目な幼女であるが、フト気づく。
「リーナおねーちゃんも闘気を使う時に魔法言語を思考しているんですか?」
見るからに脳筋でアホっぽい姉である。そんな器用な事ができるわけないと不思議に思う。何気に姉に辛辣な妹であった。
だが、その問いにあっさりとロザリーは答えてくれた。
「身体強化系統は詠唱が必要ないんです。イメージと意志、そして集中力だけで使えます。武技もそうですね」
「武技ですか?」
そんなマロンチックな厨二病心をくすぐる技があるわけ?
「そのとおりです。闘気や武技は無属性エネルギー系統なんですよ。これは魔力をたんにエネルギー物質にするだけなので、そう言われています。こんな感じですね。『剣爪』」
手入れの行き届いた綺麗な人差し指を見せてくるロザリー。その人差し指の爪がニョインと短剣のように長く伸びたので幼女は驚いちゃう。
「爪が伸びました!」
「そうですね。この爪は本物そっくりですが、実は違います。魔力をエネルギーに変換。一時的に爪にそっくりな物質化をさせているんです。かなりの魔力を食うので、すぐに消えてしまいますけど」
そう言っている最中に長く切れ味の良さそうな爪は線香花火のように空気に溶けるように消えた。
「エネルギー系統は無属性ですが、何にでもそっくりな物質に変えられます。……理論的にはですけど。なにしろ物質化している間、物凄く魔力を消費しつづけるので、実際は武技として一瞬だけ切れ味や力を大幅に上げて使用するか、あまり消費しない闘気として身体強化をするかしか使い道はありませんけど。お嬢様は闘気を錬る最低限の魔力もないので使えませんよ」
なるほどと感心したネムである。極めてわかりやすい授業でした。ありがとうロザリー。カンペをください。無属性は魔力が無いので無理っぽいけど、簡単な魔法なら使えそうなので。
無属性はイメージと意志と集中力だけで使えるのは魅力的だが、如何せん魔力が無いので諦めます。
「わかりました。それなら『真水生成』を教えますね」
ニコリと微笑み、優しく簡単な魔法をロザリーは教えてくれるのであった。
いくつかのコマンドを学び、なんとなくイメージができるようになったネムは、早速魔法を使うことにした。せっかく覚えたんだしね。身振りと詠唱は諦めた。プログラミング言語より、難しそうなので。特に踊り。ダンスセンスはないおっさんなのだ。
プログラミング言語は10行ほどの羅列からできており、これで一番簡単な魔法かよと、口元を引きつらせてしまう。幼女の頭が優秀なのを祈るが、脳筋家族っぽいので期待薄である。
『真水生成』
ロザリーにカンペを書いてもらい、それを見ながらテーブルに置いたコップへと舌足らずな声音で紅葉のようなちっこいおててを翳して唱える。魔力と言われてもわからないので、とりあえずモニョモニョを出すようにして使うと
ぽちゃん
手のひらの先に、ちっこい水球が空中から集まるように作り出されて、床に落ちた。
コップには入らなかった。
「あ〜! 拭き掃除をしませんと!」
ロザリーが嘆息して、モップを取りに部屋から出ていく。そんなロザリーを気にせずに、自らの手をまじまじと見つめて、ムフフと幼女は嬉しそうに微笑む。
魔法だ。魔法だよ。これはかなり嬉しいものがある。
『真水生成』
感動して、どうせ床に落ちてもロザリーが拭くからと、全く反省せずにもう一度魔法を使う酷い幼女。1日1回しか使わないという約束を即行で破るネムである。
だが、次は発動しなかった。興奮しすぎて、どこかの構文を正確に思い浮かべられなかった模様。
「ん〜、これじゃ無双は無理だなぁ」
なにしろコップ一杯分である。これではどう足掻いても魔物は倒せそうもない。
無難に生きると決意した過去はまるっと忘れて嘆くが、
「武技はどうなんだろ?」
最低限の魔力が無ければ、発動すらしないらしい。だからこそ、ロザリーは教えてくれたのだが……。
「ワンチャンあるかも。伸びろ、人差し指! なんちて」
ロザリーを真似て、人差し指を壁に突きつけて
ズドン
と、人差し指が伸びて石壁をあっさりと貫いた。
「……なるほど?」
とりあえず、穴の開いた壁を隠さなきゃと、アワアワ慌てて、ポスターでもないか探すネムであった。
当然のことながらなかったけど、石壁なので気づかれなかった。石壁で良かったと初めて感謝した幼女である。