29話 冒険者ギルドを訪れる謎の男
冒険者ギルド。各地に存在する国を超えた組織……とはいかない。それぞれの国に管轄されつつも自治を持つ組織だ。国は冒険者ギルドの冒険者を潜在的脅威と思っているところもあるので仕方ない。
だが、比較的自由だ。戸籍があり、それ相応の常識と武力を持っていればなれる職業である。ちゃんと冒険者予備校も存在する。
それを聞いて簡単になれないじゃん、身分証明書として使えるじゃないのと、テンプレの転生者や転移者は文句をつけるかもしれないが、戸籍も持っていない怪しい人物の後ろ盾になったら、すぐに問題発生、潰れてしまうだろと冒険者ギルドは言い返す。あくまで仕事の斡旋会社なのだ。派遣会社みたいなもんである。ただし、派遣社員の報酬が腕により天井知らずなところが売りである。
そんな冒険者ギルドだが、景気の悪いところは存在する。
すなわち、かつては景気が良かったために、出店したが今は不景気のために、閑古鳥が鳴いている場所。ヤーダ伯爵領都だ。
そんな暇なギルドのカウンターに座る未亜は、黒髪を弄りつつふわぁと欠伸をした。涙が少し出るので、手で拭う。可愛らしい顔立ちの15歳の少女であり、今年からこのギルドの社員になった。
代々ギルドの社員になっている家系であるので、嫌だったが仕方ないのだ。それに別の仕事につくよりマシだったこともある。この街は景気が悪いので新たなる仕事を探すにも苦労するし、他の地方に行く気もない。
「暇ですねぇ、先輩」
冒険者ギルド内部は綺麗な内装だ。壁などは古びてはいるが、カビなど汚れもない。整然と並ぶ待受室のソファも繕う跡が貧乏臭いが、それでも立派なものだ。冒険者ギルドは独立採算制をとっているために、調度品や家具は昔の物だが、景気の良かった時代に買った高価な物なのでまだ使える。天井の魔導灯は2割程度しか光っていないが。魔石は高いので仕方ない。伯爵からの支援で成り立っているので、予算は常に火の車なのである。
「世界樹が生えて、景気が良くなると思ったんだけどね。護衛任務とか開拓のための幻獣狩りとか」
「世界樹の塩でしたっけ? 高価だからって、自前の護衛で上杉商会は賄うんですもんね。がっかりです。少しは忙しくなるかなぁと思ったのに今日もお客様ゼロ」
ふぇぇと、机に突っ伏して嘆く未亜。その様子に先輩の女性は苦笑を隠せない。このギルドは支店長、解体兼鑑定士、受付嬢兼事務員の先輩女性と新米の未亜だけの零細店だ。
「あぁ、見えます。大きな光が。やがてその者は冒険者ギルドを救う者と、うええっ!」
ふざけて占いをしているふりをして、手を翳していた未亜であったが
バタンとドアが開かれたことに慌てて椅子からひっくり返る。
「いだっ! 何なんですか、もぉ〜」
頭をうっちゃったと、未亜が立ち上がるが、ドスドスと足音がするので驚き顔を上げる。
未亜の目の前には、カウボーイハットを被り古びたコートを着た中肉中背の男が立っていた。人をからかうのが好きそうな性格の悪そうな中年のおっさんだった。
「おい、冒険者になりたい。カードをくれ」
受付の机をバンと荒々しく叩き、凄味のある目つきで言ってくる。街を旅する放浪者、あからさまにそう見える人間だった。
「身分証明書をお見せして頂いてもよろしいでしょうか?」
それでも客は客。久しぶりのお客様である。前回は春祭りの踊り子の依頼であったので、本当に久しぶりだ。
「ない。放浪者だからな。だが保証金を入れておけば良いのだろう?」
身分証明書などないと、からかうように当然のように言う相手に顔を少しだけ顰める。身なりから予想はしていた。ダンジョンの稼ぎが主の冒険者が、実入りの悪いこのヤーダ伯爵領に来るはずがないからだ。
「はい。保証金100円、それと税金も2割上がりますが大丈夫でしょうか?」
冒険者になる抜け道。それは自分は問題ないと大金を預けること。それと冒険者の税金は源泉徴収されるが2割だ。それが4割となる。加えて冒険者ギルドの手数料2割。合わせて6割も取られるので、食い詰めた人間は冒険者になれない。
日雇いの仕事を斡旋する口入れ屋に行くのが普通だ。あそこは力仕事がメインだが、特例の税金はない。
「あぁ、ここにある。これで良いんだろ?」
荒々しい物言いで、綺麗に紙で包まれた札束をドサリと男は受付口へと放り投げてきた。大金であるのに、気にしないその様子にギョッと目を剥く。
油紙に包まれた中身を慌てて恐る恐る見ると、たしかに1円札の札束だった。古代に作られた劣化しないし汚れもつかない、幻影の魔法も弾くし、鉄とはいかないが、そこそこ強度もある不思議な通貨。偽造不可能のために、各国が使っている貨幣である。
1枚、2枚〜と慎重に数える。たしかに100枚あった。大金だと手が震えてしまい、先輩へと視線を向けるが、明後日の方へと顔を反らしてこちらを見る様子はない。
ずるいんだからと、頬を少しだけ膨らませて、おっさんへと顔を向き直す。
「たしかに確認できました。それでは貴方様がこの街で戸籍を登録するまでの間、お預かりします」
戸籍を作るには3年の間、この地で真面目になんらかの仕事をしなければならない。それか1000円払うか、領主の許可を貰うかだ。さすがに1000円は払いたくはないだろうし、お金も無いだろう。
見た目からして、あまり裕福では無さそうだ。よく100円も持っていたものである。
「くくく、戸籍を作る気はねぇ。俺は自由を好むんでな! さっさと登録してくれ! 冒険者カードを返すときに保証金は返されるんだから、その金は大事にしまっておきな」
「え、あ、はい。で、ではお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
戸籍を作る気はないとは、本当にアウトローな人だと未亜は驚いた。そういった世界を旅する人間はいるとは聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。
驚く未亜を尻目に、男は机に肘をつけて名前を告げてくる。
「ハンスだ。死神ハンス。おっと、死神は余計だったな。傭兵の時はこう言うと箔がついたんでな、忘れてくれ」
クハハハと笑うハンスに、なるほど傭兵だったのかと納得する。なら金を持っているのも当たり前かもしれない。半年遅れで来る王都からの新聞に結城王国と日の本王国が規模の小さな戦争をしたとも聞いている。そこから流れてきたのだろうか? それにしては少し距離があるが。
古代魔道具、いつぶりかは忘れたが埃を被っていたカード製造機を取り出す。魔石を100銭分入れてボタンを押すと貴重な魔石を砕かれて、カードへと整形される。そしてハンスと名前が打刻されて出来上がりだ。偽造は同じカード製造機を使えばできるが、バレたら重罪だし、このカードにそこまで価値はない。壊れにくいというだけだ。
「どうぞこちらになります。冒険者の規則を説明致しますね」
「あぁ、聞かせてくれ」
説明を聞くのは冒険者の義務である。それを知っているのだろう、肩をすくめてハンスさんは腕を組む。
コホンと私は咳をひとつ。研修以外で説明するのは初めてなので緊張しちゃう。
先輩もハラハラした表情でこちらを見ている。たぶん先輩も研修以外で説明したことはない。
「冒険者ギルドに所属していただければ、相場の7割の値段で治癒魔法を八百万神殿の神官から受けることができます。税金は先程の説明の通りです。ギルドへの貢献度によりランクが決まります。ノーマル、コモン、レア、エスレア、ウルトラレア、レジェンドレアとなりますね。このランクが高ければ高いほど、冒険者ギルドからギルド納税ありがとうプレゼントが渡されます。エスレアになると和牛1キロとか貰えたりするんですよ!」
「ふるさと納税か? いや、なんでもねぇ」
和牛1キロなんて太っ腹な話だと思う。とはいえ、エスレア以上なんて見たことないけど。ふるさと納税ってなんだろ? ノーマルはノートと鉛筆だ。
「それと治癒魔法を目的とされる方がたまにいらっしゃいますが、戸籍に登録した住民は福利厚生補助がついて5割の値段で治癒魔法を受けられますので、その……貴方のような方のみが対象となります」
「あ〜、福利厚生が充実してんだよな、ふぁんたじ〜らしくねえ」
「へ?」
つまらなそうに唸るハンスさんに戸惑うが、気にするなと手をひらひらと振ってくるので、話を続ける。
「ランクによる補助はエスレアから変わっていきますが、だいたいは貴族にしか手に入らない魔道具を手に入れられるとかいったところですね」
「ランクによる依頼の制限とかはあるのか? ギルドへの貢献度は何を基準にされる?」
「制限は意味がないのでありません。ギルドへの貢献度はどれだけ手数料などお金を落としてくれるのかなので、貴族様たちの中ではたまにお金をドカンと寄付してくれてウルトラレアとかになる人がいるそうなので。それとは反対にノーマルのまま、強い傭兵や武器を揃えて、無双をしちゃう貴族様もいるので」
なので、誰でも依頼は受けられる。建前上は。依頼を受ける際に普通は止めるんだけどね。それは言わないでおく。相手は子供ではないからだ。
「かぁ〜、現実だとこんなもんなのか。まぁ、良いや。それじゃ、早速だがダンジョンへと入場を許可してもらおうか」
つまらなそうに頭をガリガリとかいてハンスさんは言うけど、ダンジョン? アタミワンダーランドのことだよね?
「あの……ダンジョン目的だったんですか? あそこへの出入りは自由ですが入場料がかかりますよ? それに何十年も前からドロップする魔石が……その質が落ちてまして」
たまにダンジョンだと聞いてやってくる人がいるとは聞いたが、この人はそうだったのかとがっかりする。勘違いをしている。ここのダンジョンはドロップする魔石が他のダンジョンの最高でも10分の1程度の価値しかない。強い敵を倒しても割に合わないのだ。
ダンジョンと聞いてやって来たのだろう。と、すると登録は止めるかもしれない。初めての登録だったのでがっかりしてしまう。
「んなことはわかっている。だが、この世は絶対ということはないんだぜ嬢ちゃん?」
クハハハと哄笑しながら、ポケットに手を入れてハンスさんは出て行った。ダンジョンに行く気なのだろうか? あそこには訓練以外で行く価値はないのに。
なんにせよ、また暇が続くだろうと欠伸をする。たまには忙しくても良いのにと思いながら。




