28話 世界樹の塩の価値
こんにちはだにゃんと、人懐こそうな笑みで渚が挨拶をして、ぞろぞろとお供の人たちが続き、会釈をしながら挨拶をしてくる。その姿は、この間のボルケンのようにこちらを見下すような様子はなく、丁寧な物腰でヤーダ伯爵へ話しかけてくるので、好感が持てる。
「ようこそいらっしゃいました。歓迎致します。長門伯爵令嬢」
髭もじゃの山賊にしか見えない強面のおっさん、イアンがニヤリと笑うので、イアンの方がなにか悪巧みをしていそうだなと、相変わらずネムは酷いことを考えながら、その挨拶を見ていた。
「さぁ、ネム。これをお客様の首にかけてあげて」
イアンとは美女と攫ってきた山賊のような関係にしか見えない美女のミントお母様が花輪を渡してくる。ううん? なにこれ?
「これは伝統の最高の歓迎をしていますと言うことを表す挨拶なの」
「よくハイビスカスなんか手に入り……。そうなんですか、お母様」
思わず素に帰りそうになるが、なんとか耐えてニパッと微笑みハイビスカスの花輪を受け取る。
「アタミハワイアンという歓迎の仕方なのよ」
「へぇ、よくあるハワイと名付ければ観光客に受けがいいでしょと言う田舎の観光地にありがちな……。それじゃ渡してきますね」
花輪を持って、幼女は短い手足をぶんぶんと振って、渚へと近寄る。口元が引きつっていたのは仕方ない。なんだよアタミハワイアンって。節操なさすぎだろ。
ツッコんじゃ駄目だ、ツッコんじゃ駄目だと、どこかの主人公みたいなことを考えつつ、褐色猫娘の前に立つ。
「こんにちは、渚お姉さん。私はネム・ヤーダと申します。よろしくお願いしますね」
儚げな消えそうな笑みで渚へと挨拶をして、首に花輪をかけてあげようと爪先立ちになり、んしょんしょと頑張る愛らしさしかない幼女に、渚も笑顔で返してくれて、腰を屈めてくれたので、見事花輪をかけることに成功したのであった。
できましたよお母様と、振り向いてムフンと得意げになるネム。大変なお仕事を頑張ってやりましたという幼い娘が初めての一人でのお買い物を成功させたかのような態度だ。
小動物のような可愛らしさを見て、皆はほんわかと癒やされて、ネムがてこてことミントの所に戻り頭をナデナデされて褒められるのを眺める。良いものみたねと言う空気だ。
えへへと、頬を赤くして身体をクネクネくねらせて、褒められて照れちゃうキグルミ幼女であった。中の人などいないのだ。どんだけ幼女の演技が得意なのだ。きっと別世界に消えてしまったに違いない。
「可愛らしいお子様たちですにゃん」
たぶんネムが魔力なしと知っているだろうに、偏見の目を持たない渚。その姿を見て内心はわからないがなかなか良い人だねと人物評価をしておく。水の世界の渚はジト目か半眼がデフォルトだったしな。
それはどんな攻撃も通じず、アホな発言ばかりしていたおっさん幼女の自業自得だろと言われるだろうが自身を顧みることはしないので、一生気づくことはないと思われる。
「花火はありませんが、後ほど宴にてアタミフラダンスをお見せします」
「それは楽しみですにゃん」
鄙びた観光地を復活させるために、節操なく真似をしているんだなと、イアンと渚が城内へと歩いていくのを半眼で見てしまうのは、ネムでなくても同意見だろう。
春から夏へと移り変わり過ごしやすい季節、そういや、この世界って梅雨はないのしらんと疑問に思いながら宴会場でネムはお刺身をつついていた。
宴会場は総畳張りで、まぁ、ぶっちゃけ観光ホテルの大宴会場だ。皆の前には膳が置かれており、楽しそうにご飯を食べて酒を飲んでいる。もちろんのこと全員浴衣姿です。
舞台には街の有志によるフラダンスが披露されている。水着でアロハオエーとか踊っているのを見ながら、ご機嫌なイアンを横目で眺める。
がっはっはっと笑いながら、酒盃からグビグビと酒を呷るその姿は襲撃に成功した山賊の頭にしか見えない。
「どうやら、塩が高く売れたみたいね」
これなんの魚だろうと思いながら刺身を食べるネムに、こっそりと隣に座る黒髪幼女静香が教えてくれる。人のヘソクリを全て食べてようやく回復したらしい。まったくもぅ。
「20万円で売れたらしいわよ。聞いた話だと、同じ量で通常は1万円が良いところらしいから、20倍の価格ね」
「そういえばこの世界の貨幣の価値を知らないです」
大卒の月給じゃないよね? 大金なのかな?
「貴女はもう少し自分の世界に興味を持ちなさい。1円が1万円の価値、すなわち20万円は20億というところね」
頬杖をついてジト目で静香が見てくるが、これでも貴族の娘なので貨幣は持ったことがなかったんだから、おかしくないでしょう。箱入り娘なんだから。
悪びれることのないネム。箱は箱でも鉄格子の箱に中の人は仕舞ったらどうだろうか。
「おぉ、それはお高いですね。びっくりのデフレも感じます。というか、未だに円頑張っているんですね」
デフレもそうだけど円がまだ残っていたことにも驚きだ。それ以上に驚きなのが、静香はこの世界に来て一ヶ月で貨幣価値などを調べたのに、本来知識チートとかをしちゃうだろう転生者のネムが通貨価値を知らなかったことに驚きだ。この幼女、本当に考えなしな刹那的な生き方をしていると思われる。多分知力は1とか2の可能性あり。
「ねぇ、私たちが手に入れた塩花の種から作り出されたんだし、ロイヤリティを請求しても良くないかしら? 代価として宝石を貰っても良いと思うのよね」
「幼女らしからぬ発言ありがとうございます。駄目ですよ静香さん、あれは私が持ってきたんですし、成果はお父様にあげると決めているんですから」
「そこらへんは無欲なのねぇ……。本当に無欲だからなのかしら?」
探るような目つきに、少しだけ怯んじゃう。無欲だからなのだ。薄幸のか弱い幼女は無欲の幼女なのです。
その後、クリフとリーナが剣舞を見せたり、手品師が手品をしたり、カラオケをしたりと、どう見ても観光ホテルの宴会ですと、呆れながらもご飯を食べていたら、てこてこと渚が近づいてきた。
面白そうな表情でこちらへと近づいてきたので、なにか用があるのかな?
「ネムちゃん、楽しんでいるかにゃ?」
ご機嫌な様子で、ストンと隣に座るので、コクリと小さく頷いて、笑みを見せる。
そんな俺の様子をジロジロと見て、ふぅんと腕を組む渚。
「今回は20万円で塩を買って頂けたようでありがとうございます。お父様もとっても助かると思います」
「たいしたことないにゃ。今回は初めてのお取引ですし、色を少しだけつけたにゃんけど、あの塩の効果は凄いにゃ。魔力を半日回復させる魔法は無いし、魔力ポーションは高価なのに数分しか効果時間がないから、高値で売れることは間違いないにゃ。王都の商人ギルドからの報告を聞いた時に飛び上がって驚いたにゃん」
王都へ商品サンプルを持っていったお父様の部下は塩の力を公開したらしい。魔力ポーションよりも効果時間は長くても、一秒間の回復量では比較にならない低い効果だったので、高く売ろうと焦った模様。
「魔力ポーションの方が効果は高いのではないです? あぁ、総回復量は比較にならないほど世界樹の塩の方が高いんですか」
使用方法が違うのだとピンとくる。ボス戦などでは役にたたないが雑魚戦では圧倒的に世界樹の塩の方が良い。
「噂通り聡明だにゃんね。そのとおりにゃ。ヒールなどの低レベル魔法は魔力をあまり使わないけど、それでも魔力は減る。塵も積もれば山となるで、ヒールだって計画的に使用しないといけないのに、この塩を食べれば低レベル魔法は使い放題にゃ。どれだけ楽になるかは簡単に想像できるにゃんこ」
にゃーんと、得意げに言う猫娘だが、なるほどその話はよくわかる。軍も冒険者たちも喉から手が出るアイテムだ。
「うちと独占契約してくれれば良かったにゃんけど、きっと日の本王国がそんなことをすれば黙っていないと思うから、最初の塩だけゲットにゃ」
最初の塩だからこそ、大量に手に入ったのだ。以降は細々とした……んん?
「もしかして塩クラゲから解放された3分の1程度の土地は海水を撒いて塩田にした方が良いのです?」
そうすれば特産品になるだろう。全部の土地を塩田にすると食糧自給率に問題が出るだろうけど。でも土地に海水をばら撒くのかぁ。本来の塩田みたいに均等にばら撒く必要はないけど重労働だな。
「王家はこの話を聞いたら戦略物資として、絶対に定数を納めるようにいうはずです。お金にしろ、縁にしろ厄介なことになりますです」
ふむうと顎にちっこいおててをあてて、大人ぶりたい幼女は考え込む。少しだけ厄介なことになったかと眉を顰めちゃう。
「……さすがは精霊の愛し子! まるで大人みたいな考えをするにゃん!」
「はぁ? いえ、そんなことをイアンお父様が言ってたにゃん」
渚の言葉に、ニャンニャンと猫の手をして微笑みで誤魔化す。少しだけ失敗失敗。テヘペロと舌を出す。その無邪気そうな表情に、キョトンとした顔に渚はなるが、すぐににやりと悪戯そうに笑い返す。
「聡明な精霊の愛し子ちゃん。渚はしばらくこの街に滞在することになるにゃ。これからの世界樹の塩の取り扱い。うちも定期的に貰いたいので。それじゃ、これからもよろしくにゃー」
尻尾をフリフリと振って、渚は他の人たちの所へとお喋りに向かった。顔つなぎも大変みたいだ。
はふぅと息を吐き、生ぬるいお水をクピクピと飲む。
「ねぇ、ネム。私少しだけわかったわ。貴女、この世界が好きじゃないのね」
穏やかな声音で囁くように静香が言ってくるので、コップを掲げてみせる。
「生温いんですもん」
何がとは言わない。ただひどく退屈なことは確かだ。ワイワイと宴会を楽しそうにしている人たちとは壁があるのは確かだ。
生温い水。せめてジュースが良いし、冷たい飲み物が良い。カラオケと言っても、楽器を奏でながら歌うので、カラオケとは厳密には言わないだろう。
「その指輪、もう水の世界には行けないのよね? 変装の腕輪は吸収されたんだっけ?」
「そうなんです。帰ったら行き先が消えていたんですよね。それに変装の腕輪は指輪に吸収されましたし」
『世界に悪影響を与える別世界の機械を検知致しました。その為、次元転移の指輪に機能を適当に吸収。以降は持ち主以外は使用できなくなりました』
帰ってすぐにモニターに表示されたメッセージ。その結果にびっくりしたけど、壊れなくなって良いやと助かったものだ。
「きっとその指輪は正しい世界に送り込んだんだわ。その腕輪の力を使えば、きっとゲームが楽しめるのよ。誰にもバレないゲームが。何も考えないように生きている幼女でも楽しめるように」
「こんな世界で頭の良さを見せても厄介なことにしかなりませんよ?」
「そうね。精霊の愛し子というだけで、もう厄介なことになっているものね。でも世界移動と変装の力。両方使って好き勝手に生きれる方法があるんじゃない? この世界には古代の冷蔵庫とかあるでしょうし、なければ新たなる世界に探しに行けば良いんだしね。フフッ」
妖しく笑う黒髪幼女に、どうせその過程で手に入る貴金属が目当てなんでしょと見抜いてはいるが、なるほど、それは一理あるかもしれない。
幼女のときはお気楽に、もう一人のときには?
「たしかに面白そうです。ゲームですか。良いですね」
世界をゲームに見立てて遊ぶ謎の人物。そんな人間が存在しても良いかもと、キグルミ幼女はむふふと笑みを浮かべるのであった。




