21話 戦艦長門発進と転がるキグルミ幼女
宇宙戦艦長門。古くから水の惑星アクアスにて、人々の住居として使われてきた超弩級艦は、今、本来の姿を取り戻していた。ほとんど取り戻していた。
甲板に建てられていた家屋はバラバラに落ちていく。なんと船体を逆さまに飛んでいる長門。海中へと落ちていく家屋に悲痛な声が16本木ポートに残った住民からあがる。
家屋どころか、砲台も機関砲も落ちていく。主砲であった60センチ砲も。ザブンと海に沈んでいき、ザブンと大きく波がたつ。ダイナミックなリフォームである。
「なんかおかしいとは思ってたんですよ、なんで宇宙戦艦に火薬式砲台? って。火薬式でもないどころか、甲板の上に置かれていただけの後付けだったんですか」
ネムは逆さまになった状態で海に落ちていく家屋や砲台を見て呆れる。艦橋も落ちていくので、全部後付けだったのかと。艦橋も後付けだったのか。
「あれは全て水圧式だ。水晶燃料は限られているからな。この惑星で運用することに決まり、すぐに付けられたらしい」
艦長席に座った浅田艦長が告げてくるので、省エネで運用することに決めたのねと納得する。たしかに宇宙戦艦の砲を惑星上では使わないわな。
「思い切ったわね。これ、もうあとには引けないでしょう? マーマン族に喧嘩を売って、今まで築いてきた住居も武器も全部捨てるなんて。失敗したら、ポートに残った人々は悲惨なことになるわよ?」
ちっこい腕を組みながら、モニターを眺めて静香が言うが
「この長門の乗員となった時に、それは皆、覚悟の上だ。燃料が満タンになったこの時しかもはやチャンスはあるまい」
「一世一代の大博打にゃ。これ、失敗は考えないにゃよ」
渚がフンスフンスと鼻息荒く気合いの入った言葉を口にする。
「まぁ、ここまでやったらそうでしょうね」
俺なら身代を賭けるような博打は打ちたくないけどと思いながらも周りを見る。
皆はきっちりとした海軍制服のような服を着込んでおり、それぞれパネルを見ながら忙しくしている。
ここは本来の長門ブリッジ。宇宙戦艦らしく、滑らかな壁や大きなモニターが備え付けられている天井。怪しげなクロノグラフとかはない、シンプルな内装のブリッジだ。
ホログラムが、それぞれのオペレーターの前に映し出されている。
「これが連綿と伝えられてきた長門の真の姿だ」
浅田艦長は老齢には見えない若々しい笑みを意外なことに浮かべて喜びを隠せない様子を見せる。
「艦長、甲板の物は全て撤去完了しました!」
オペレーターが報告してくるのを重々しく頷き、バッと手を前に突き出す浅田艦長。
「よし、反転やめ。艦内重力戻し、長門発進せよ!」
「了解、反転やめ、艦内重力戻し」
「エンジン状態問題なし」
「長門発進します!」
逆さまになっていた艦が、元に戻り重力が戻ってくる。オペレーターがハキハキとした口調でモニターを操作していく。
そうして長門は真の姿を取り戻し、出港するのであった。
16本木ポートに残された住民たち、元々ポートの住民であった人々も日差しの中で、長門の威容に感動したように声をあげる。
目の前には流線型の戦艦がいた。嘗て宇宙を旅していた宇宙戦艦。
無駄な物を全て剥ぎ取った本来の姿。
ゆっくりと高空に飛んでいくその姿を見ながら。
「頼むぞ〜」
「俺たちの夢を叶えてくれ〜!」
「なんとか居住艦を復活させてくれ!」
わあわあと騒ぎ、あれならば期待できるかもしれないと空の彼方へと飛んでいく長門へと応援するのであった。
「艦長、富士山に接近します!」
「はやっ! こういうのって、色々旅をしながら到着するんじゃないですか? 10分も経っていないですよ!」
オペレーターの報告に幼女はぴょこんと飛び上がって驚いた。速すぎるだろ。もうちょいなにかないわけ?
「音速で飛行しているからな。当たり前だ」
「ネム、旅のパートは終わっているのよ、きっと。私たちは双子惑星で到着を待っていた宇宙人役なのよ」
「むぅ、いきなり最終回とか、残念ですね。私も旅パートに加わりたかったです。万能戦車ラザニアとか作ってぶいぶい言わせちゃったりなんかして」
浅田艦長の言葉にがっかりしちゃうネムである。最終面あたりで新型ロボットが手に入っても使えないんだよ。使いたいけど資金もパイロットを育てるポイントも足りないので、高性能でも使わないのだよと不満で頬を膨らませる。
「……万能戦車ね……。あぁ、もしかしてあれならいけるのかしら?」
なにか気になったのか、指には宝石のついた指輪を嵌めて、金銀のネックレスをジャラジャラと封印でもされているかのように首から大量にかけた成金静香が顎に手をあてて考え込む。
何やら不吉な匂いを感じるネムである。静香が考え込むと、だいたい酷い目に遭うような予感がするので。
「ねえ、静香さん? 私はなにか変なこと言いました? 私が創造するとたぶん万能戦車の車輪は回転しませんよ?」
幼女はイメージが貧困なのだ。おっさんがイメージ貧困なわけではないと信じています。
「私の能力に……まぁ、良いわ。それよりもクライマックスのようよ」
言葉を濁す静香に不安を覚えながらも、モニターへと視線を映す。そこには文字通り富士山があった。頂上に薄っすらと雪がある富士山だ。
島のように海の上に存在しているのだ。なんで住まないのかは聞かなくてもわかる。空間が陽炎のように歪んでいるのだ。なにかシールドが存在する模様。
「グラビティラム、スタンバイせよ!」
「了解、エネルギー凝集開始」
「グラビティラム エネルギー100%」
「いつでもいけます、艦長!」
モニターに映る船首付近がエネルギーを集め始めたのか眩しく光っていく。
「ねぇねぇ、なんでラムなんですか? 宇宙で白兵戦するんですか? なんで未来的なフォルムなのに、武器は原始的なんですか?」
「宇宙要塞を破壊するのに一番良い方法だっらしいにゃ」
渚がうにゃんと小首を傾げて、なんか変なことなのと答えてくれるが変だろ、変すぎたろ。戦艦が突撃する意味ないだろ。
「それ、ミサイルで良くないですか? なんで戦艦が?」
どういう運用方法だよと、キグルミ幼女はツッコミをしきれないと騒ぐが誰もおかしいとは考えていないようでスルーされて、富士山のバリアっぽいのに船首がぶつかる。
船首のグラビティラムとかいうのが、バリアを徐々に食い破っていく。
「うわぁ、凄い振動です! これ、大丈夫なんですか?」
凄い揺れだよと、幼女はコロンコロンとでんぐり返しをしながら叫ぶ。揺れが酷すぎて立てないのだ。
「慣性操作装置があるから揺れてないにゃよ?」
「そんなの面白くないです。緊迫感を出しましょうよ。うわぁ」
再度コロンコロンとでんぐり返しをしながら言うネム。ごっこ遊びをしている可愛らしい幼女である。だってブリッジまったく揺れないし。アニメとは違うんだなとは思ったけど。たしかにブリッジが揺れるレベルだと宇宙で運航しているんだから、戦艦崩壊しているよな。
皆は手を強く握りしめて緊張しているが、ただそれだけでシンとしていた。寂しいので、うわぁ、と転がる演技をするアホな幼女以外。
バリアはあっさりと貫けて、長門は富士山に接近する。高空砲とミサイルとかが相手してくるかと思ったが、なにもない。迎撃されることがないので、富士山の麓に長門はゆっくりと着地した。
バキバキと木々を押し潰して、長門が降り立つと、浅田艦長たちはハッチへと移動する。もちろんネムたちもぽてぽてとちっこい手足を振って、あとに続く。
「なんか期待はずれですね。敵の激しい迎撃。そしてボロボロになりながら敵へと突撃がテンプレですのに。そういえば不思議の海の肉嫌いのアニメ、あの宇宙戦艦って、正式名称は宇宙怪獣と戦っていた他のアニメの宇宙戦艦って知ってました?」
フンフンと自分の豆知識を語るキグルミ幼女。期待はずれといいながら、アニメ談義を始めちゃう残念さを見せる。たしかにコントロールセンターに迎撃装置なんかないか。情報センターに高射砲が取り付けられているようなものだ。
「あれって、いくつかのアニメが同じ世界線らしいわよ。っと、ついたわね」
ハッチの前に浅田艦長たちは横並びに整列していた。なんだか変だなと思いながらも中を見ていたいよねとその横を通り過ぎてハッチの前に立つ。なんだろう、一番の功労者に最初の一歩の栄誉をくれるのかな?
ゴゥンと重々しい音と共にハッチは開き、外の様子が見えてくる。緑溢れた森林で、少し先の麓にはハッチの閉まった隔壁がある。
「秘密道具の出番ね」
静香が得意げに言いながら、てってこ外に出るので、待ってぇと手を突き出しながらネムもてってこ降り立つ。
「さて、隔壁なんかこのクラッキングガンなら、ないも同然よ」
黒髪ポニーテールをフリフリと振りながら、宝石幼女は銃を隔壁に翳す。ウィーンと音がして隔壁がガコンと開き始めるので、さすがは静香さんと、おててでぱちぱち拍手をしながら、さっきから気になっていることを口にする。
「なんで浅田艦長たちはハッチから降りないんでしょうか? しかも敬礼してますよ? 皆で敬礼をしてますよ、なにあれ? 隕石を破壊に行く勇気ある宇宙飛行士へ敬礼みたいなのは」
ねぇねぇ、物凄い気になるんですけど? なんで? 嫌な予感しかしないよ?
「ネム、このバリアって、実はエネルギーをかき集めれば貫ける程度は古代でもできたらしいわ」
静香が真剣な表情で返してくるので、そりゃそうかと気づく。コントロールセンターに入れない当初、もっとエネルギーはふんだんにあったはずだ。
「あれぇ? なら、どうして彼らは入ろうとしなかったんですか?」
何重にも重なった隔壁が開いていくのを横目にコテンと首を傾げて疑問が湧く。おかしくない?
「手を出してネム」
「ほい?」
真剣な声音で言ってくる静香。疑問に思わず手を差し出すと、静香がポフンと煙を出して消えて、ネムのおててにはダイヤモンドをあしらった可愛らしいサークレットが現れた。サークレットタイプにも変身できるらしい。
「それじゃ任せたわよ」
何をですかと尋ねようとして止めた。開ききった隔壁。そして目に入る倉庫っぽい入口から赤い光がネムへと命中したからだ。
光速を見切れるネムであっても、見切ることはできない速さの光線である。
ジュイーと命中した箇所の服が灰になっていく。ぷにぷにお肌は傷つかない。
「セキュリティシステムをなんとか無効化してくれっ! では健闘を祈る」
浅田艦長たちが頑張ってくれと敬礼しながら戦艦のハッチを閉めていく。その間も光線はネムを倒さんとピーピーと命中していく。
「現実だとレーザーは防げないみたい。コントロールセンター内部はセキュリティシステムがあるらしくて、レーザー兵器に対抗できないらしいわ。まぁ、光速で撃ってくるし、薙ぎ払うようにレーザーは放たれるから、普通は回避できないわよね?」
カタカタと震えながら説明をしてくるサークレットを頭に乗せて嘆息する。たしかに光速ならロックされた時には命中してるもんね。レーザーって、本来はそういうものだ。アニメなどとは違うのであるからして。
「私頼りだったんですね! なんで最終回でぽっと出のキャラが活躍するんですか! さては契約の時に話を聞かせないようにしてたのは、このせいですね!」
刺身の味をわかるようにしなさいとお食事を勧められたのだ。変に思わず静香に任せてお刺身を食べていたのだ。実印を渡して店を乗っ取られるバカ若旦那みたいな幼女である。
「その代わりに、途中で見つけた物は貰って良いらしいわよ。良い契約だし、さっさと中に入りましょう?」
静香に任せたら駄目だったと嘆息しながら前へと向き直るネム。
そこにはガッシャガッシャと未来チックなロボットたちが金属音をたてて姿を見せていた。レーザーを撃ち続けてくるので、お肌がこそばゆい。
まぁ、仕方ないかと服が燃えていくので、絶対に代わりを手に入れるぞと決意しながら中へと潜入することを決めたのであった。
コントロールセンター内部には物騒なセキュリティがあったのね。




