20話 中トロ対キグルミ幼女
村上ボスは叫ぶと中トロはマグロとなった。うん、中トロがマグロに。同じ意味になっちゃうのでわけわからんなと、ネムは思いながらも、こちらもモニョモニョ装備を身体に纏う。纏わなくても良い物を纏う。
すぐにモニョモニョはちっこいデフォルメされたつぶらな瞳がチャーミングなシーサーペントのキグルミと変わっている。ぴょこんと愛らしい顔をキグルミから覗かせて変身完了のキグルミ幼女。その姿は幼女が遊んでいるようにしか見えない残念さを醸し出していた。
「わかったぜ、理解したぜ。てめえはエネルギー吸収生命体なんだな? 見た目に騙されたぜ。だからエネルギー系統の攻撃は効かねえ。そうだろう?」
中トロマグロマンが、理解したぜと吠えながら身構える。マグロに手足が生えたと思ったが、肌がマグロ肌になっており、顔がマグロになっているだけだった。それでもかなり不気味だが。
「こんなに可愛らしいか弱い私がそんなわけわからない生命体なわけないじゃないですか。少しだけ普通より硬いだけです。きっと精霊の加護のお陰ですね」
見たこともない精霊の加護パワーだと、適当に設定を思いついて、キグルミから顔を覗かせて抗議するわけわからない生命体ネム。この場合の精霊の加護は流れ的に静香の加護となるのだが、良いのだろうか。大金をせびられせそうな加護である。
「はっ! なんにせよ物理で殴るしか倒せねえんだろ? 行くぜっ!」
幼女の力はエネルギー系統を吸収したり、排出したりするのだろうと思い込んだ中トロは半身になり、肩を突き出し走ってくる。
まさか素でメタルな防御力を持っているとは想像もしていない模様。たしかに見かけはぷにぷにぼでぃ。まさか如何なる攻撃も効かない変態生命体だとは思わない中トロである。
『鮪弾丸撃』
鮪の回遊する速度は速い。それこそ弾丸のような速さなのだ、とか説明が入りそうだと高速で迫る中トロを前にネムは身構える。とやっと、ヒレの前足を突き出してふりふり。
光速でも見切れるチートな動体視力で、たぶんテニスでプロが放つボールぐらいの速さの中トロに前ヒレで叩こうとするネム。
「甘いぜ!」
だが、近づいてきた中トロは目前で地を蹴り飛翔して、幼女の頭上をとる。
『鮪落下撃!』
鮪中トロは逆さまになり、ネムの頭上から叩き潰そうと、頭突きを繰り出してくる。ネムのヒレアタックは見事に空を切る。
「ちょ、ちょ」
キグルミはそんなに細かい動きはできないのだと、ネムは慌てて頭上の攻撃に対応しようとするが、リヴァイアちゃん頭上の攻撃に不向きである。なんだったら、戦いに不向きである。テーマパークにいた方が良いと思われるキグルミだ。
「くらいなっ!」
大柄な体躯からなる体重と鮪の突撃威力が重なった中トロの攻撃はリヴァイアちゃんの頭ごとキグルミを潰そうと落下をした。
グシャリと幼女が潰れるだろうと、静香以外が思ったが、突撃を受けた結果に目を見張る。
なんと中トロの頭突きをあんぐりとリヴァイちゃんの口が開いて受け止めていたのだ。か弱そうな頭に見えるが、首はピンと立ち、牙もない柔らかそうな口はしっかりと中トロの鮪頭を掴んでいる。
「リヴァイアちゃんの力を甘く見ないでください。ネックフィッシング」
これまでのキグルミと違いその中身は筋肉繊維。思考を巡らせれば、ダンプカーさえ受け止めることができるのだと、ネムは噛み付いた鮪を空へと放る。
「ば、馬鹿なっ! そんなキグルミのどこに俺様を受け止める力がっ」
動揺する中トロへと、リヴァイアちゃんの首を縮めて、ネムは追撃を仕掛ける。
「幼女三大奥義幼女インフェルノ!」
キグルミの頭をビヨヨンと伸ばして、ネムは落ちてくる中トロへと頭突きをかまして、さらに上へと吹き飛ばす。数回吹き飛ばしたら空中で手足を拘束して倒すアニメを参考にした幼女三大奥義の一つだ。
名前が間違っているように見えるが、ネムは勘違いしていたので問題ない。インフェルノとリベンジャーって、どっちがどっちだかうろ覚えであったので。
とにかく吹き飛ばして、空中で極めるぞと気合を入れているがヒレの手足でどうやって拘束するかは甚だ不明である。なにも考えていないとも思われる。
何しろ天井はそこまで高くはなかったので。
「グホォ」
天井にめり込むように叩きつけられる中トロ。ミシミシと天井部分がへこみヒビが入り、パラパラと壁の砕けた破片が落ちてきた。
「あぁっ! ボスが!」
天井にめり込み意識を無くしたボスを目にして、部下たちが悲痛の声をあげる。めり込む時点でどれだけの威力かわかる一撃だ。今回は人の100倍程度の筋肉組織をイメージしたリヴァイアちゃん。それでも威力ありすぎである。ちなみに適当にイメージしているので本当に100倍かは不明である。
「続いて、幼女サーフィン!」
まぁ、倒せたから良いやと気を取り直し、ヒレをシャキンと伸ばすと、地を蹴り空を滑空するネム。シーサーペントというより、ムササビである。まるで弾丸のような速さで敵へと体当たりをしていき、ボーリングのピンのように弾きとぱしていく。
「ぐへ」
「ゴフッ」
「ガッ」
マーマン族が弾丸のように飛んでくるネムのアタックに次々と吹き飛ばされる。
そうして幼女の弾丸は敵を吹き飛ばして、もちろんブレーキなどは無いので、ズガンとそのまま壁にめり込むのであった。
「助けてください〜」
キグルミが壁にめり込みヒレをパタパタ振りながら、反省の色を見せないネムが悲痛の声をあげるので、静香がぽてぽてと走る。
「今たちゅけるわっ!」
どこからか長い棒を持ってきて、静香が急いで動く。スタタタといつもより速い動きの静香。ていていと天井に突き刺さる中トロへと攻撃して落とす。
気絶している中トロへとトドメの一撃と、部屋に飾ってあった壷を叩き落とす容赦のなさっぷりを見せてから
「ちょっと待っちぇってね。敵と激闘していりゅの」
と、興奮から幼女言語になりながら、中トロの指輪を外し、ネックレスを剥ぎ取りテキパキとポケットに入れていくのであった。
「見えないですけど、なんか別のことしてませんか? 早く助けて〜」
上半身を壁に埋め込むネムは悲痛の声をあげるが、結局長門の面々が来るまで助けられなかった。長門の面々が来たときは、なんとか隠し金庫を開けようとしがみついていた宝石幼女であったので。
「やっぱり無傷にゃんね。無事だと信じていたにゃん」
「いや、このお洋服見てくださいよ。穴だらけになっちゃいました。お母様になんて言い訳をすれば良いか悩んでいるんですから」
村上水軍の縄張りだった高層ビル。そこは今長門の部隊で制圧を終えていた。魚は陸の上では猫人族にまったく対抗できなかった模様。
マーマン族は全員変身して戦っていた。自動小銃や銃を片手に。
攻めてきた長門は猫人族が変身して戦っていた。自動小銃や銃を片手に。
そうなるとどうなるか? 猫人族は壁どころか、天井すらも足場として素早い動きで銃弾を躱しながら戦い、マーマン族は鮫や平目、鰤などに変身していたが、素早くはない。
鮫肌の硬度を見ろとか言っても、銃弾の前には敵わないのである。というか、陸の上で魚に変身しても全然意味がない。
あっという間に猫人族に魚たちはやられてしまったのだ。マーマン族は水中で活躍できるから、この世界では優位に立てるが陸上では猫には敵わなかった。
というか、平目や鰤に変身って、猫を前に命知らずにも程があるだろう。
「ブラスターがあるのは予想外だったにゃんけど、お前の肌はぷにぷにのままにゃんね……」
焦げ後もないよとネムの頬をぷにぷにとつつきながら、渚は冷や汗をかく。この生命体が大挙してこの世界に来たら……来たら、どうにもならないかもしれない。アホな幼女生命体がワチャワチャと遊ぶだけかもにゃと、心を落ち着ける。
渚の中では幼女変態生命体だけの世界だとネムの世界はイメージされていた。無理もない、ネムも静香も幼女なので。
「すまなかったな、こんなことになるとは思わなかった」
浅田艦長がのそりと姿を現し、謝罪の言葉を口にする。艦長帽子の下から覗く眼光の鋭い視線に気圧さられて、小物なおっさん幼女は気になさらずにと言おうとしたが、静香が横合いから口を挟む。
「それは嘘ね。貴方は私たちが攫われるかなにかされるのを待っていたでしょう? 狸ね」
鋭い口調で、それでいてからかうような声音で静香が問いかけるのを浅田艦長は肩をすくめてみせる。
「私は人間だが、どういった意味かな?」
「ネムがエネルギーを補充できるのをマーマン族は知っていたわ。でも、不思議なことにヤドカリの攻撃を受けても傷一つ負わない変態的な硬さだとは知らなかった。それっておかしくない? いったい誰がそんな情報を流したのかしら?」
ふふっと、妖しく微笑み静香が語り始めるので、ネムは話の流れを理解した。一応は元おっさん。いらないおっさんであるが、推理力は一応あるのだ。
「待ってください!」
ネムはそのため、真剣な表情を浮かべて話を止める。浅田艦長がフッと渋い笑みでこちらを見てくるので、コクリと頷く。
「今、探偵キグルミを創造しますから、それまで話を進めないでください。子供でも蝶ネクタイはつけないだろうって思われる青いスーツの子供探偵の服をイメージしますので」
私も、私も、なにかかっこいいセリフを言いたいと、幼女は子供探偵のキグルミをイメージするためにウンウンと考え始めた。
「それで、何が言いたいのかな? 五野嬢」
浅田艦長はスルーして、何事もなかったのように話を続ける。さすがは歴戦の勇士かもしれない。このような場合にも冷静に対応できる賢明さだ。アホな幼女を意識から締め出したのかもしれない。
「私たちが帰ってから、ここに戻るまで1週間。高速飛行でこのポートに来れたなら、もうかなりの期間停泊してたんじゃないかしら? もう補給は終わったんじゃないの? いったいなにを、いえ、誰を待って停泊を続けていたのかしら? トラブルの元を待っていたんじゃないの? 邪魔をしてきそうな相手を片付ける大義を作れるようなトラブルの元を」
「ふ、そこまで理解しているのならば、話は早い。正直なところ、君たちが再び来るかは賭けだった。1か月停泊して来なかったら諦めようと考えていたのだが……予想以上に上手くいって助かった」
ニヤリと笑う狸な浅田艦長。どうやら、コントロールセンターに向かう前に邪魔をしてきそうな相手を片付ける気であったのだ。
「君たちへの報酬も考えてある。全ての水晶燃料を満タンにしてもらいたい。富士山のコントロールセンターが復旧したら、倉庫の貴金属の半分でどうだろう? もちろん……携帯ゲーム機も用意してある」
「決まりね。わかったわ、私たちの力を貸しましょう」
ふふっと妖しく笑い、ネムをこき使うことを躊躇うことなく決める静香。
「それなら、まずはこの金庫の中身から貰いましょうか」
コアラのように宝石幼女は隠し金庫にしがみつきながら答えた。
さっきから金庫にしがみつきながら話していたので、こちらもアホそうだと思われたのはナイショである。




