2話 メタルな幼女と家族
ネム5歳。儚い幸薄そうな少女は白銀の腰まで伸びている髪、煌めく宝石のような銀の瞳、ちょこんと可愛らしい鼻に、色素が薄い儚さを感じさせる絶世の美少女である。というか幼女である。小柄で簡単に抱っこできちゃうマスコット的幼女だ。
現に、今は姉の膝に抱かれて、髪を梳かされている。ふんふんと鼻歌を歌い、ご機嫌な様子の、ネムと同じく肩まで伸ばしている白銀の髪の毛を持ち、ネムと違い勝ち気そうな瞳の活発な美少女である。
宝石のような瞳をランランといつもは輝かせて、館の中で遊んでいる。歳は8歳だ。
名前はリーナ。元気いっぱいな美少女は、毎日ネムの髪の毛を梳かすことを日課にしていた。
「ネムの髪の毛って、絹みたいな感触でスベスベよね。羨ましいわ」
「リーナおねーちゃんの髪もツヤツヤです」
セミロングなので、膝に乗せられていると、なかなか手が届かないネムであるが懸命に手を伸ばして、リーナの髪の毛を触る。
リーナはその懸命な様子に、キュンと胸を鳴らして可愛らしい妹をぎゅうと抱きしめる。こんなに可愛らしい存在がいるなんてと。ありがとうございます神様、私の妹をネムにしてくれて。
リーナは愛らしいネムが自分の妹で良かったと心底神様に感謝をした。それはもう神官になれるぐらいに。
保護欲を喚起させられて、リーナが抱きしめているが、中身はおっさんである。中身がバレたら、悪魔付きよりも酷い目に遭うとネムは理解しているので、キャッキャッと愛らしい声でくすぐったがる。
この5年間、全力で可愛らしい妹の演技をしてきたのだ。おっさんは命が大事なのであるからして。そのおかげで、誰にもおっさんだとはバレなかった。
普通はバレないと思うが。可愛らしい幼女の中身がおっさんだと知られたら、家族は哀れ狂乱するだろうから、秘密なのである。
たまに小説とかであるパターン。主人公が実は俺転生したんだとカミングアウトして、家族がそれでもお前は家族だと暖かく受け入れるパターンがあるが、それは男主人公だからである。
幼女の中身がおっさんなんです、グヘヘとカミングアウトしたら、聖水に漬けられて、おっさんがいなくなるように神官たちが祈り続けるのは確実なので。
なので、この5年間、ネムは幼女のフリを頑張った。きっと役者になれるだろうと思うぐらい頑張りました。
そんなネムへとリーナはまだまだ貧相な胸を反らして、髪を触ってくるネムの手をそっと触る。
「私は『闘気』を使えるからね。髪とか肌はつやつやなの」
肌荒れもないのは『闘気』のおかげなのと、得意気に言ってくるリーナのセリフにネムはキラリと目を輝かす。まるでどら猫が魚を見つけたように、いつものようにお願いをする。
「リーナおねーちゃんは『闘気』を5歳から使えたんですよね? あたしも使いたいです! 教えてください!」
良い子なネムなのよと、顎を反らして後ろを見ながらウルウルおめめで伝える。このウルウルおめめは5年間の間に手に入れたネムの必殺技の一つ、ウルウルおめめの術だ。この技をネムが使うとだいたいの希望は通るのである。相手の反論を殺す技なのだ。
おっさんの時は、そんなことをしたら良い病院がありますよと紹介されるが、幼女なので相手は心をズキュンと撃ち抜かれた。
だがリーナはネムの表情に罪悪感を持っただけであった。
「ごめんね。『闘気』は身体能力を上げて生命力を強化するんだけど、人間の魔力を使うの。ネムは少し魔力が少ないから無理かな。もう少し大きくなったら教えてあげるね」
慰めるために頭を撫でてくるリーナに、ネムはまたかよと嘆息する。魔力はモニョモニョのことだと思っていたのだが、どうやら違ったと気づいたのは去年のことだ。
生命力を上げるモニョモニョとは違う力が魔力らしい。人の魔力を測定する魔力計で去年測って貰ったところ、普通の平均よりもだいぶ低いと出たのである。
血圧が低いのならば、いつも健康診断で血圧が高いので再検査しましょうと言われていたので、おっさんは健康的だと喜ぶが、魔力が低いのは喜べなかった。
その頃、リーナたちが『闘気』を見せてくれたので、ならば『闘気』と考えたのだが、魔力を変換するので、それも駄目らしい。
成長すれば、少しは魔力が増えるらしいが……。5歳にしては華奢な身体に弱い魔力。まったく期待はできない。おっさんのチート伝説は始まる前に終了した模様。普通、子供の頃から練習して無双できるようになるんじゃね? と、それを知った去年に悔しくて泣いたのはナイショだ。無難に生きる手段が一つ消えた。
「……そうですか。残念です………」
わかってはいたが、しょんぼりしてしまう。妹が悲しそうに俯くのを見て、リーナは悲しく思うが、こればかりは無理なのだ。
空気が悪くなる部屋に、コンコンとドアを叩く音がして声がかけれられた。
「リーナ様、ネム様、朝ご飯の準備ができました」
「すぐ行くわ。髪はおしまい。さ、ご飯に行きましょ」
「あい! 行きましょー」
悲しんでたネムはすぐに笑顔に変わった。この世界は娯楽が少なすぎるので、食事は楽しみなのであるからして。
朝食で機嫌を戻す、安い幼女であった。
リーナのあとに続いて、てこてこと石造りの城内を歩いて食堂まで向かう。武骨なる城内はそこそこ広い。メイドが先導する中で、もう飽きてしまった代わり映えのしない城内を歩きながら思う。
このぬるま湯に浸かっているような力は『闘気』ではなかった。だって、全然身体能力上がらないもんな。と、するとだ。ぬるま湯パワーに変換している元モニョモニョは何なのかしらん。魔力でないとしたら、転生者特有のチートかしらん。
お疲れのおっさんを癒やす、マッサージパワーなのかしらん。うん、そんなチートは嫌だ。いや、よく眠れるし、腰も痛くないし、偏頭痛もしないから、このチートで良かったのかしらん。
チート的に微妙だが、まぁ良いかなと、いつもの如く懊悩するおっさんだが、よく眠れて腰も痛くないし偏頭痛もしないのは、若い身体だからである。生命力強化をしていなくとも問題はなかったのだが、おっさんは気づかなかった。
「へぶっ」
そして考えことをしながらぼんやりと歩いていたので、壁に激突してコロリンと後ろに倒れて頭を打った。それはもう思いきり。いつもぼんやりしている可能性あり。
「大丈夫っ、ネム?」
「大丈夫です、リーナおねーちゃん」
無防備に壁に突っ込んだネムへと、慌ててメイドとリーナが近寄って心配するけど大丈夫。いつものことである。幼女となって、かなり注意散漫になってしまったのであるからして。
きっと幼女になったせい。本来のおっさんはここまでぼんやりしていなかったと、内心で誰にも聞かれない言い訳をします。
「コブはできていない? 頭は大丈夫かしら?」
大丈夫ではない。頭脳がおっさんの時点で大丈夫ではない。
だがリーナは怪我を心配した模様。頭脳を心配すれば、間違いなく大丈夫ではないのだが。身体は幼女、頭脳はおっさん。おっさんいりません。
本来ならば、後頭部を打ったのだ。もうこれ以上アホにはならないだろうが、怪我の心配をするのは当たり前である。
「大丈夫です、受け身を取りましたので」
受け身をとったと言い訳をするネム。チートなぬるま湯パワーは防御力だけは高いとネムは実感していたので誤魔化した。多少痛いが、あくまで多少である。ぷにぷにの肌の下に柔軟性のある金属が備わっているみたいにネムはダメージを表面上でしか受けていなかった。
この間、壁に掛けられている剣を触ろうとして、落として頭に刺さっても弾き返してちょっと痛かったという感想を持っただけなので、防御力があることは間違いないのだ。
さすがに少し幼女としては変かもと誤魔化したのである。もしかしたら、異世界では一般人はこれぐらいの防御力を持っているかもとも考えたが。
メタルなスライムみたいな幼女である。これで素早かったら、害虫扱いされてもおかしくなかったであろう。
「ネムお嬢様にコブは見られません。大丈夫だったようです、リーナお嬢様」
メイドがサワサワと俺の頭を触って安堵の表情となる。良かったわとリーナも安心する。
良かった良かったと、頭に剣が刺さっても弾き返す幼女も誤魔化せて安心した。
幼女の身体は生きるだけでも冒険だなぁと、勝手に冒険にして、ちっとも反省しないネムはリーナに手を繋がれて食堂まで向かうのであった。
食堂の長テーブルには既に家族が座って待っていた。
上座に黒髪黒目で見た目には山賊に見える髭もじゃ筋肉だるまな親父のイアン・ヤーダ伯爵。その斜め横に白銀の髪の毛を持つ、まだまだ若々しく美しい癒やされる穏やかな顔つきの母親のミント、対面に黒髪黒目の優男の13歳の長男クリフ。
イアンの遺伝子はほとんど活躍しなかった幸運なネムの家族である。やっぱり見た目って大事だと思うんだよね。
「遅かったな? なにかあったか?」
「それがネムがまた歩きながらぼんやりとして、壁に激突したの」
イアンの強面に恐れを見せずに答えながら母親の横にリーナが座る。またって、いつもじゃないよ。3日に1回ぐらいだよ。俺がまるでいつもぼんやりしているみたいじゃん。
いつもぼんやりしている自覚のないネムは内心で抗議をした。内心なのは、イアンの強面が親父ながら怖いので。家族でも怖いよと、おっさんは怯んでしまうのだ。実の父にも怯える小物なおっさんである。
「またか。まぁ、まだ小さいからな。気をつけなさいネム。メイドたちにも気をつけるように言っておこう」
心配げに注意をしてくるので、強面でも優しい親父である。
「あい、おとーさま」
ニパッと可愛らしい笑顔で頷く。この身体は可愛らしい幼女だから、だいたい微笑んでおけば大丈夫。
それに、まだ5歳だから仕方ないよな? ほら、5歳って壁に激突したり、階段から落ちたり、剣が頭に刺さったりするよね。
異世界なら当たり前だよねと固く信じるおっさんであるが、そんな5歳はこの世界でもいない。痛い目に遭わないので、反省をしない幼女であった。
「まぁ、怪我がなければ良い。では朝食を食べるとしよう」
ネムが、んせんせと幼女用の椅子に座るとイアンが告げる。
「いただきまーす」
本日の朝食は白米、わかめと豆腐の味噌汁、焼き魚に海苔、そしてキュウリのお漬物だ。魚の種類はよくわからない。ネムはカンパチとハマチの違いもわからないし。
美味ければ良いんだよと、お箸を手にしてもっしゃもっしゃ食べようとするが、幼女なのでちっこいお口、そしてちっこいおててなので、ちまちまと可愛らしい食べ方になっちゃう。
転生して一番素晴らしいのは朝食が食べられることだよなと、出勤ぎりぎりまで寝ていたので、常に朝食を抜いていたネムは嬉しそうに食べる。実に安いおっさんであった。
傍目からは、ニコニコと笑顔で嬉しそうに食べる幼女なので、皆は微笑ましそうにその姿に癒やされる。実に外見詐欺な幼女だった。
しばらくはお醤油とってとか、最近の天気の話を家族はしているが、ネムはご飯を食べることに集中していた。転生して2番目に良かったことは、和食だよなと思いながら。
そう。和食である。純和食な朝食である。いただきますとの声もあげる。それがどういうことなのか、当初ネムは理解できなかった。テンプレとして、以前に現れた転生者や転移者が広めたのかなと推測したのだが違った。
「リーナ、お前も多少は闘気を扱えるようになったと、家庭教師から聞いておる。そろそろ魔物退治に行っても良いだろう」
「アタミワンダーランドに行けるのっ?」
リーナが椅子から立ち上がり、嬉しそうに顔を輝かす。傍から聞くと、父親にテーマパークに連れて行って貰えると喜ぶ子供にしか見えない。
「うむ。そろそろ魔物狩りをしても良いだろうからな。まずは入り口近くの庭園で魔物を狩りなさい」
「やったぁ! 遂に私も魔物狩りをできるのね」
喜ぶリーナをミント母さんがはしたないわよと注意をして、おとなしく朝食に戻るが、話の流れからテーマパークに行くのではないとわかる。
「クリフ、リーナを守ってあげてね? 気をつけるのよ?」
「はい、母様。僕の回復魔法の練習にもなりますし、ちょうど良いです」
ミント母さんの心配に対して、爽やかな笑みで毒を吐くクリフ。
「失礼ね、お兄様。アタミンごとき相手にはならないわよ」
「油断をすると酷い目に遭うよ」
「もうっ。私の剣さばきを見て驚かないでよねっ」
頬を膨らませるリーナにクリフは微笑で返す。二枚目は微笑むだけで良いから羨ましいわとネムは思いながら、魚の小骨を取ることに専念する。どんな小さな小骨もとっちゃうぜと。俺の小骨捌きを見よっ。
実にしょうもない対抗をするおっさんである。とはいえ、アタミである。
「うむ。アタミを治める伯爵家として、魔物を退治するのは責務……いや、責務でもないが腕を上げておかんと、スタンピードや、幻獣との戦いで先頭に立って戦えぬ。リーナ、頑張るのだぞ」
ちらりと俺を見て言葉を濁すイアン。最弱な幼女では魔物退治は無理なので気遣ったのであるが、ネムは小骨取りに夢中となって気にしなかった。図太さは最強な幼女である。
アタミを治めるといったことからもわかるとおり、ここは熱海らしい。とはいえ、元熱海だ。以前に聞いたことがあるのだが、東に数日船で行くとハワイがあるらしい。そのことからわかるとおり、地形は大幅に変わっていた。
異世界に転生したと思ったおっさんであるが、実は地球だった。遥かな未来の地球。もはや、大陸の形も変わり、御伽話でしか国名も残っていない未来。
一度人類は滅びたらしい。アタミの地名が残っていたのは奇蹟と言えよう。
日の本王国のアタミ領を治めるヤーダ伯爵の次女。それがネムなのであった。
滅びた理由? 魔力とか言うのを見つけ出して、もしくは作り出すことに成功して、身体を改造して不老長寿となり、野菜人並のパワーを持つことに成功したらしいよ?
テンプレだけど、不老長寿となり、強大な力を手にし、暇を持て余した人類はアホみたいな難易度の魔物が徘徊するテーマパークをたくさん作ったりして楽しんでいたそうな。それも飽きて、どこかに消えていったらしい。
残ったのは不老長寿にはならなかった自然派の人類のみ。御伽話として聞いた内容から推測するに、そんな感じだったらしい。
今はそんなテーマパークをダンジョンとして資源採掘場として使っている。そんな世界だ。魔物が生成されるんだけど、魔石を元にしているんだよね。万能エネルギーな魔石を。ちなみに魔物は倒されると魔石を残して消滅する。それが魔物と言われる由縁である。
テーマパークだとわかった理由は簡単だ。
今は古代語として誰にも読めない言語。即ち日本語で書いてあるのだ。
城から見てもわかるドデカイ看板が街から離れたドームについているんだが……。
夢の世界へようこそ、アタミワンダーランドで遊び尽くそう。って書いてあるのだもの。
あまりテンプレではない異世界転生をしたらしいとネムは思ったものだ。
くたびれたおっさんが可愛らしい幼女に転生した時点で、テンプレではないと思われるが、おっさんはその点は全力で目を逸らした。社会人たるもの、都合の悪いことには目を背けるのだよ。