16話 種植えをするキグルミ幼女
地面をえっほえっほと騎士たちが掘ってくれて、しばらく経過して、2メートルは深さがありそうな穴が掘られた。
「さぁ、ネム。せっかく貴女が手に入れた種だもの。貴女がその手で植えなさい?」
ミントお母様が優しく頭を撫でてくれながら、言ってくるので笑顔でネムはおててを掲げる。
「はい、お母様。頑張って運びますね!」
宝石のような美しい銀の瞳を輝かせて、ニパッと微笑みちっちゃな拳を握りしめる愛らしさの塊の幼女。相変わらずこの手の演技は得意な悪魔、いや、おっさんである。
「ネム、私も手伝うわっ! ネムだと重いでしょう?」
「なんとか持てるから大丈夫ですよ、リーナお姉ちゃん。任せてください」
リーナが手伝おうかと言ってくるが、きっぱりとお断りを入れて、んせと種を抱える。
穴に落ちないかしらと、ハラハラする周りの心配を余所に、ネムはなんだか主人公っぽいよなと。
おててに種を抱えて、んせんせと頑張って歩く。筋力はか弱い幼女なネムにとってリュックサックと同じぐらいの大きさの種を持つのは大変だ。幼いのに、健気に頑張ると静香以外はハラハラしながらも感心していた。静香はメタル幼女の真の力を知っているので、天然で演技しているのかしらと半眼になっていたりしたが。
「よっ、幼女〜、幼女。よっうじょ、幼女〜。不思議な〜なんちゃら〜」
口ずさむのは、某都市伝説で主人公姉妹が実は死んでいたという噂が流れていた有名アニメ映画の替え歌だ。もちろんおっさんはその歌を覚えていないので原型がないどころか、音程すらも似ていない可能性あり。
あの噂を聞いた時は、映画を見直したけど本当に影がなかったなぁと思いながら、穴の前へと辿り着いた。
そして、穴の前でピコーンと豆電球が頭の上で光る。
光らなくても良かったのだが、良いことを思いついたのだ。ゲームだと技を閃くが、ネムは余計なことを閃いた。
この種にモニョモニョを流し込んでから、植えたらどうなるだろうかと。
今の種は見た目は茶色く大きさ以外は極めて普通の種だ。このまま植えても良いだろうが、モニョモニョを流し込んだら成長力がアップするかも。
いいねいいね、ナイスアイデアだね、さすがはネムっちだねと、自画自賛しながら隠し味だぜと種にモニョモニョを流し込むイメージを想像する。
その姿は初めて料理をする人間が隠し味を入れると料理の味が引き立つよねと考えるが如しナイスアイデアだ。だいたい味見もしないので謎の物体エックスになる可能性あり。
そうして種へとモニョモニョを手加減してお猪口にホースで水を入れるレベルで流し込む。ドバドバドバと。本人的には手加減しているイメージで。
少しは成長が早くなりますようにと、幼女の加護を与えてやるぜいとニヒヒと笑っていたが……顔色を変える。
なぜならば種が光り始めて水晶のように透き通り始めたからだ。
「やばい、モニョモニョをあげすぎて腐ったかも」
朝顔の種に水をやりすぎて腐らせた過去を持つおっさんは慌てて種を穴へと放り込む。
誰も見ていないよね? 俺のせいじゃないよ? 説明書がなかったから、ほら、注意書きにモニョモニョをたくさん上げてはいけませんと書いていなかったからと、敗訴確定な自己弁護をしているが、周りはもちろん見つめており、ポカンと口をあけていた。
やばい、アホな真似をしたから呆れられていると慌てるネム。このままでは聡明な5歳幼女なのに、アホな5歳幼女へと評価が変わっちゃう。
本来の正しい評価に戻るのだから問題ないだろと、知っている人間がいればツッコむだろうが、幸いいなかったので、ネムは言い訳を懸命に考える。
どうやら賞味期限切れだったみたいですと、言い訳をしようとした時であった。
ゴゴゴと地面が揺れ動き、穴に埋めた水晶と変わった種が発芽した。
「な、なんですかこれ? うっおー!」
芽は瞬く間に木の幹へと姿を変えて、地面からメキメキと音をたてて現れる。もちろんそばにいたネムを巻き込んで。
「な、なんだこれは!」
「信じられない……」
「これが世界樹なのですね」
皆が素早く後ろに下がりながら、現れた木を呆然と眺める。世界塩花は、その幹を直径100メートル、高さ300メートル程の巨木へとあっという間に成長した姿を見せたのだ。
その全てが水晶のように透き通っており、キラキラと輝き影が映らない。本当にそこにあるのかと疑うほどに幻のような美しさを持つ木となったのだ。
それだけではない。幹の根本には水晶でできているような南瓜みたいな実が無数に生ったのである。透明なその実は中身が見えており、黄色がかった塩が入っているのがわかる。
さらにそれだけではない。まるで波紋のように仄かな風が周囲へと広がると雑草すらも生えていなかった荒れ地からみるみるうちに雑草が生え始めて、一行の背丈の半分ほどまで育ってしまった。
確かめなくてもわかる。豊かな肥沃の平原へと生まれ変わったのだ。
さらにさらにそれだけではない。
幼女は逃げそびれて、木の天辺に連れ去られてしまったのだ。このままで良さそうなので放置が世のためとなるだろう。
「たーすーけーてー。なんでこんなことにー!」
天辺の枝にしがみつき泣き叫ぶネムの声を聞いて、イアンたちは苦労して助けることになったのだった。本当に世間騒ぎなおっさん幼女である。なお、本来の世界塩花は30メートル程の木へと育つ予定であったが、幼女は黙秘します。俺知らんもんね。幼女悪くない。
完全に自業自得だと思うのだが。
その後、皆は帰宅して、執務室にてイアンは難しい顔で腕を組んでいた。石造りの部屋は調度品もなく殺風景で、人々が座るソファも綿がはみ出ていて、ガタがきているのが哀愁を誘う。
そんな貧乏だとわかる部屋にはミントやジーライ、騎士や文官が揃って難しい顔を見せていた。
「……作物がもう収穫できたというのだな?」
帰り道で、田畑の作物が秋のように実っていたのでわかってはいたが確認する。
「そうですな。調べたところ、アタミ全体を少し超えた地域までその全ての田畑の作物が収穫できるようになっております。しかも今までにない豊作とのこと」
文官の報告にますます難しい表情となる。
「鑑定をかけたときと、効果は変わりませぬが……世界樹の力を見誤っておりました。ここまで凄い効果の植物とは……世界の植物を全て作ったという伝説は本当だったのでしょう。恐らくは作物の成長速度を2倍以上にするかと」
おっさんのせいです。アホなおっさん幼女のせいです。
「ネム様が植える時に種は光り輝き水晶のようになったことを皆が見ております。精霊の加護を持ちし者の力もありましょう」
アホなことを幼女が思いついたからです。他人に感知できないモニョモニョを大量に使ったからです。
「ふむ……塩の実はどうだ?」
「領民が消費する約一年ほどの量が採取できました。採取したあとは実は生らなったので、辺り一帯の塩を吸収したということでしょう。しばらくは採れないと思われます」
「そうか、それは残念だったが一年分は大きいな。ファクトリーの稼働は必要か」
そこまで上手くはいかなかったかと残念がるイアンであるが、ジーライが紙に包んだ塩を机に置き眉をしかめて言う。
「この塩も鑑定しましたが……。どうやら魔力の回復に効果があるようです。しかもミネラルたっぷりで味も普通より美味いですぞ」
「ファクトリーの物と味も違い、効果も付くのか……それでは一般に売るのではなく高値で売り払い、その金で塩を買い取って領民に安く卸すか。迂遠な方法ではあるが」
ファクトリーの電解させた塩とは味が違う。それを聞いたらネム岡ネム郎なら、塩は昔ながらの方法で作ったほうが美味いんだとドヤ顔で言うかもしれない。木が勝手に作った塩だが。
「悩ましいな……。だが、久しぶりにあった良い出来事だ。草原となった放棄された農地を再び耕せる」
「王国への年貢は土地の年一回の収穫にかかります。2回収穫できるとなれば、かなりの増益となるでしょう」
年一回というのは王国法で明記されている。これは過去に大魔法使いが大魔法を使い収穫を何度も行ったことに起因する。もちろん、王国は収穫された全てに税をかけようとしたが、不平等だろと大魔法使いが怒って内乱となり大きな被害が出たために、今後は一回しか取りませんと明記されたのだ。
「単純に2回と言うわけにもいくまいよ。冬の時期に何を植えるか、早めに植えるとしてもなにが良いか考えねばなるまい。種の購入費用もある。連作障害は大丈夫なのか?」
見かけによらず頭の良いイアンの質問にジーライが頷く。
「世界樹の加護の範囲の土地は常に肥沃であるらしいです。鑑定結果が曖昧であるとわかりましたのでなんとも言えませぬが大丈夫かと」
「そうか。……強力すぎる力だ。簡単には喜べぬな……。田畑のために耕運機やコンバインなどが残っていれば良かったが、過去に起きた大津波の際に復興費用を作るために全て金に変えたからな……。そして今も金は必要になったか。開拓費用を捻出しなければなるまいよ」
う〜んと、皆が悩ましいなと苦笑する。収穫が2回になるからと、それじゃ2回種植えをしようとはならないのだ。まず種籾がない。どこからか用立てなければならないが、ボルケンのようなクズの商人しかこの地には来ていないので頼みたくないのだ。
ぼったくられる可能性も高いのであるからして。耕運機などがあれば田畑も簡単に耕すことができるが、古代の遺物であるために希少で高価である。過去にヤーダ伯爵領には何台かあったが全て売り払ってしまったのである。動かすのに多大な魔石が必要であり、アタミワンダーランドからの魔石の質が落ちてきたために使用しにくくなったということもあった。
「精霊の愛し子とは、少しばかり精霊に好かれるだけかと思っていたのだが……。まさかあれほど凄い種を持って来るとは……精霊界とは人の常識が通用しない世界なのだな」
おっさん幼女の常識がないだけだが、イアンたちはそうですなと感心しきりに頷く。
魔力がない分、ネムには素晴らしい贈り物があったのだと思う反面、これは非常にまずいことだとも理解している。
「この話が王家に伝わったら大変なことになりますね」
ミントが物憂げに口を開くがそのとおりだ。あのレベルの物を精霊界から持ち込める少女を放っておくわけはないだろう。しかし、婚約者などにもしないだろう。なぜならば魔力がないか弱い娘だからだ。
「イアン様。それに世界樹の話を聞きつければ必ずエルフの国やエルフ個人でもちょっかいをかけてくると思います。世界樹は遥か昔に枯れて無くなったとの伝説の樹。植物を愛し護るという建前を掲げる彼らはきっと世界樹の所有権を求めてきます」
同じエルフだからこそ、その行動が予想できるロザリーが手を挙げて発言する。彼らが自然主義なのはよく知っているからだ。あと、プライドが高いので、人間如きが精霊の加護など許せないと奪いに来る確率も高い。ロザリーはロ……幼女讃美主義なので当てはまらないが。
「うむ……これは大変なことになるが……我が娘は必ず護る! あのか弱く心優しい娘には誰も手を出させん!」
強い口調でイアンは宣言して、その宣言に皆もあの愛らしく優しい娘を護ると同意するのであった。
「それに、しばらくはなにも持ってこないだろうからな。その間に方策を考えよう」
あれほど凄い種を貰ってきたのだから、しばらくは何もないだろうとイアンたちは楽観視していた。
次の旅行も頑張って携帯ゲーム機の他にもなにか持ってくるぞとキグルミ幼女は心に誓っていたが。誓わなくても良かったのに誓って張り切っていたが。
それと世界樹ではないのだが、あまりの美しさに世界樹だと各地にその噂は広まったりもするのであった。世界樹世界樹と皆言い過ぎである。塩花と言っておけば、しばらくは噂は流れなかったかもしれなかったのに。




