15話 キグルミ幼女、外に出る
トコトコと馬車は移動して、田畑を横目にどんどん進む。あまり実りが良くないのか、どこの畑も作物が萎びており元気がなさそうな感じがするなぁと窓から外を見ながらネムは思う。
それでも農家の人たちは頑張って草むしりなどをしているので、頑張って〜と声をかけて、可愛らしい微笑みでおててをふりふり。
その愛らしさに騙されて癒やされた農家の人たちは張り切るのであった。この幼女の中の人はそろそろ詐欺師として指名手配しよう。
そうしてしばらく進むと、唐突に畑が途切れて平原が広がった、草原とは言い難くまばらに雑草が生えている。少し先は雑草すら生えておらず、たんなる荒れ地となっていた。その境目には3メートルほどの木の柵が延々と続いていた。
「この先が塩害の激しいところでな、もはや農地にはできん」
苦々しくイアンが語るとおりに、荒れ地には草も生えていないし……なにかな、あれ?
荒れ地の50センチぐらい上に浮遊している30センチぐらいの大きさのクラゲがいます。そして、カシャカシャと蟹が歩いているよ? 1メートルぐらいのカニさんです。赤い甲羅にギョロリとした突き出した目、横歩きに歩いてはクラゲを捕まえて、食べている。
「あれは、塩クラゲだ。浜辺に現れる幻獣だが弱い。子供でも麻痺の触手に気をつければ倒せるし、麻痺の触手も刺さった場所が腫れるが多少痺れる程度。致命的な攻撃はない。……だが、塩クラゲが恐ろしいところは厄介なことに倒すと核のみを残して身体を塩水に変えて周囲にばら撒くところだ。津波で一時的に塩害となったこの地にも塩クラゲはやってくるようになった……塩クラゲを餌とする塩毛ガニとともにな」
「それは厳しいですね、お父様。魔法でなんとかならなかったのですか?」
もはや塩クラゲが現れたらその地は詰むから放棄するか、巨額の資金を投資して兵を張り付けて塩クラゲを倒すしかないのだろう。塩害が何年後に回復するかわからない。貧乏領地では無理な話なのね。
悲しいことだねとうりゅりゅと瞳に涙をためて……あくびをしないと出ないかもしれないから、それは止めて悲しむので、リーナが抱っこをしてきて、ぎゅうと抱きしめてくれる。
「一つしかないが、その種には期待している。境目よりは少しだけ奥に植えるとしよう。その前に塩クラゲと塩毛ガニを倒しておかないとな。クリフ、リーナ、気をつけてたたかうのだぞ!」
「了解だよ、父さん」
「任せてっ!」
「わかりました!」
クリフとリーナ、それとネムがどさくさに紛れて手をあげるが、ネムはお留守番ねと言われて、ネム、静香を残して全員外に出る。騎士たちも馬から降りて、騎士槍を構えている。
「この世界初の戦闘を見れそうですけど、馬から降りて騎士槍って、どうなんですかね」
おかしくない? まぁ、『闘気』で馬並みの力を出せるからこそなんだろうけど……RPGの世界を現実化したらこんなへんてこな光景になるんだね。
「まぁ、お手並みを拝見しましょう?」
「そうですね。豆腐だとヤドカリに苦戦しましたし、なにか私がパワーアップできそうなヒントが見れれば良いんですが」
ヤドカリの硬さに攻撃がほとんど効かなかったので、新たなるキグルミが必要だと思ったネムである。チュートリアルは終わり、デフォルトの装備を改造する必要ができたと考えているのだ。コアは豆腐で決定として、火力をまず上げたい。硬くて速い武器だけだとこの先詰みそうだし。
魔物と違って、幻獣はいきなり襲ってくるわけでは必ずしもない模様で、カニは約200体はいるようだが、散開する騎士たちを気にしている様子はない。カサカサと徘徊するだけだ。
なので、充分に力を溜めてジーライが杖を掲げて魔法を放つ。
『大熱波』
たぶん長ったらしい構文を使ったに違いない。杖の先端が揺らめき炎が噴出される。
と、ネムは思っていたのたが予想に反してカニの足元から炎が吹き出して丸焼きにせんと体を覆う。しかも見渡す限り100体は同時に炎に巻かれている。
「えぇ〜っ! もしかしてこの世界の全体魔法って必中です?!」
発動する魔法の形に驚くネム。ぴょこんと飛び上がって窓枠にしがみつく。火炎放射みたいな魔法かと思ったら、敵の目の前に発動するタイプかよ。
「今の魔法の発動はかなり速かったし、地面ではなくて敵の身体を対象にして地面から炎が噴き出したわ。たしかに回避しにくいから必中なのかもしれないわね」
「う〜ん、発動の瞬間に回避するしかないですか。いや、あの発動だと回避した先に炎が噴き出してきそうだから、かなりシビアですね」
静香の冷静な判断に俺も考え込む。そうか、この世界は魔法が強い世界だったか。
「でもそうそう簡単には魔法で倒せないみたいよ。見て、カニたちは無傷だわ」
宝石幼女もキグルミ幼女の隣で仲良く窓枠にしがみついて眺めていたが、カニの様子を教えてくれるので観察すると火傷もしていないで、ぞろぞろとジーライ相手に歩き始めていた。意外と速い。原付きバイクぐらいか?
敵全員が、誰から攻撃を受けたのか理解しているのであろう。その全てがジーライに向かうが、その行く手を騎士やイアンたちが阻む。
『突槍』
槍を赤い闘気で覆い、いかにも攻撃力上がってますよ的な突きを足を踏み込み、力強く騎士が放つと、塩毛ガニに回避されることもなく命中する。
カニの甲羅に槍が刺さったと思いきや、その体に薄いバリアみたいな物が現れて、騎士の攻撃は防がれた。なんじゃあれ?
「ロザリー、ロザリー。あれってなんですか?」
窓を開けて、敵を警戒して弓を構えているロザリーに声をかける。
「あれこそが魔力ある幻獣が持つ『ひっとぽいんと』です。幻獣や魔物は自らの魔力の一定量の割合を常に自分の受けるダメージの身代わりとして使える『ひっとぽいんと』と言う名前の障壁として、維持変換しているのです。そのため、まずは『ひっとぽいんと』を削らないとダメージは与えられません。ちなみに弱点属性や急所に当てるとひっとぽいんへ倍以上のダメージを与えられます」
「うん、わかってました。この世界が面白半分に作られたモノが徘徊する狂気の世界だって」
ひっとぽいんとってゲームかよ。いや、テーマパークの魔物が人を殺せる時点で狂気だと思っていたが、幻獣とやらも古代の人々は作ったのね。質悪すぎ。
「身代わりの魔法や闘気は人類側では高レベルの技となります。騎士たちでも使えません。ここで使えるのはイアン様とジーライ様ぐらいでしょう」
「使えることにより戦力に大幅な格差ができそうですね……」
イアンを見ると近づく塩毛ガニをその魔法の剣であっさりと切り裂いている。風斬り音をピュインと鳴らしながら、剣を振るうその姿は残像を残しており、人外の速度だとわかる。
威力が高すぎるのだろう。塩毛ガニは障壁を光らすこともできずに次々と捌かれていっていた。
あのレベルの戦士が身代わりのバリアを張れるなら、一般兵は傷も与えられないに違いない。極めてゲームの世界っぽいけど、古代人がそのように魔法や闘気を作ったんだろうなぁと悟ってしまう。
まぁ、それならイアンは気にしなくても良いだろう。か弱い幼女の戦法には微塵も参考にならないけど。俺は搦手からの燻し銀のような戦法が必要なのだ。
誰よりも脳筋な幼女は玄人好みの技が必要なんだよねとイアンをスルーして、クリフとリーナに視線を移す。
子供なクリフたちなら力には頼れない。技を見せてくれるだろうとワクワクと目を輝かせて眺める。
クリフはレイピアを天に掲げて隙だらけとなっていた。何やってんのお兄様? 厨二病かな?
それはおっさんだろとツッコミがありそうだが、無駄に掲げていたようではなかった。朗々と声をあげているクリフ。
「闇と死を司るイザナミよ! 信徒たる私に力を与え給え! 『弱点特効』」
闇の光がレイピアを覆う。そうしてカニへとレイピアを繰り出すクリフ。カニの心臓を狙ったのだろうが『ひっとぽいんと』の障壁に防がれて弾かれる。だが、塩毛ガニはクリフを敵と判断し、立ち止まりハサミを繰り出す。
重そうな鈍器のようなハサミの一撃をクリフはバックラーで受け止める。スズっと僅かに後ろに押し負けて下がるが、すぐに盾を振って敵のハサミを流すと再び心臓狙いで攻撃を繰り出す。カキンカキンとしばらく単調な戦いが続き、ようやく『ひっとぽいんと』が無くなったカニの心臓へと突き刺して倒すのであった。
なんだかイザナミって、邪悪な感じがするけど良いのかしらん。
説明をしてくれるのだろう、ロザリーが窓の下まで来てくれて教えてくれる。
「クリフ様は冒険者に一番人気のある闇と死を司るイザナミを信仰しています」
「冒険者に一番人気なんですか!」
あんなに禍々しいのに? エフェクト的に最悪だから、邪教と呼ばれても良いんだけど!
「イザナミはドレイン系統の神聖魔法があり、敵の弱点がわかる魔法もありますので、継戦能力が一番高いのです。雑魚刈りには欠かせない魔法ですから冒険者の神官に一番人気。弱点は回復魔法が弱いことですが、これも回数を使えば良いですからね。マジックポーションいらずなんですよ。イザナミ専用特殊魔法として、即死魔法もありますが、小さい虫とかにたまに効く程度で使い物にならないのでそれは人気がありませんけど」
「あ〜、たしかに闇系統って便利な魔法多いものね。現実ならそうなるわけね」
たしかに静香の言うとおりだ。闇魔法って、ゲームだと敵が使う時がほとんどだから、かなり優遇されていたしね。でも魔法は構文を使うから、それを考えると神聖魔法もなぁ。本当に神様がいるか怪しいけどな。企業ごとに作ったOSが違うから規格が違うとかオチじゃないよな……。
「ちなみにミント奥様が信仰するのは天照大神ですね。回復魔法と光系統の神聖魔法に強力なものがあります。他の方々は無神教ですね。ジーライ老など魔法使いは神を信仰するとだいたいの魔法の威力が大幅に下がり使える種類も制限されてしまいますから」
ほうほう、まぁ、あんなに長ったらしい構文覚えてられないし、俺も無神教決定だな。
リーナはというと、双剣を器用に扱いカニのハサミを受け流して、ヒットアンドアウェイ方式で素早く懐に入っては切り裂いていた。八歳なのにその動きは野生の兎のように素早く、当たりそうな時もロールしながら回避をして当たらない。塩毛ガニも結構速いのに追いつけていない。
その姿は八歳なのに、慣れておりかっこよくて見惚れちゃう。
俺も同じ動きで颯爽と戦えるようになるかなと思いながらリーナを参考にすることに決めた。でんぐり返しの練習しようっと。
しばらくして、あれだけいた幻獣は全滅したので、ようやく世界塩花の種を埋めることができるのであった。
待っている間にロールの練習をしなきゃと外に出てコロリンとでんぐり返しの練習を幼女がしていたが。




