14話 伯爵領の現状を知るキグルミ幼女
トコトコとお馬さんは馬車をひき、ネムは窓から手を伸ばして、ひひ〜んと口ずさみながら、お馬さんの注意をひこうとしていた。その可愛らしい無邪気な幼女の姿に皆は癒やされほのぼのとする。
もはや主演幼女賞を取るのは確実なネム。その演技は幼女よりも幼女らしく、中の人は引退して幼女に次代を任せたほうが良いと思います。おっさんは頑張った、頑張ったから、そろそろ幼女にあとは任せたほうが良いのではなかろうか。
分厚い城壁を越えて跳ね橋を通るとすぐに城下町だ。そこでネムは意外な光景に口をつむぐ。
街灯があり、大通りは白い床だ。凹みもひび割れもない。どうやら過去の遺物みたい。これ、上下水道も過去の遺物に頼っているな?
それはまぁ、予想通りだから気にしない。それよりも貧乏領地と言っていた理由が何となく理解できた。大通りは6車線の幅はある道路だが、市場らしきものも見えるが、人々に活気がない。何となく疲れたような感じで、特に痩せているとか、ボロボロの服を着ていると言うわけではないが、全体的に貧相さを空気でも感じ取れる。貧民街一歩手前な感じなのだ。スラムがあるかはわからないが、イアンはぎりぎりの経営をしているに違いない。
活気のある風景ならば、露店が大量にあったり、人々の元気な話し声が聞こえてくるはず。売り物が見えるが野菜の数も少なく、魚も少ない。肉屋は暇そうに鶏肉を並べているが、買い物客はあまり見えない。
「あんまり活気ないです。お父様」
「うむ……まだネムにはわからないだろうが、塩害による農作物の収穫量の減少、温泉の封鎖、港の使用禁止、塩精製ファクトリーの魔石不足とこの地は今困難に見舞われている。アタミワンダーランドの魔物から採れる魔石の質が下がってきたのが起因なのだが……」
頭を撫でてきながら苦渋の表情を浮かべるイアン。5歳だけど理解できるよと、おっさんの精神は大人気なく得意げに考えながら静香をちらりと見る。
塩害のこと知ってたな? いや、そんなこと言ってたっけ……だから、塩花を持ってこようと提案してきたのか。
幼女だから、貧乏だと以前に言っていたことは理解できなくて仕方ないよねと自己弁護をしつつ考え込む。たしかに自分の住んでいる領地が貧乏なのは困る。土地を王様から取り上げられたり、暴動が起きたりするかもだし。その場合、か弱い薄幸の幼女は死んじゃうよ。
ブラックホールに吸い込まれてもホワイトホールから平気な顔で抜け出てきそうな幼女はなんとかしたいなぁとようやく自覚した。とはいえ、餓死者とかが出ているわけでもなさそうだと深層意識で考えちゃったので、携帯ゲーム機の取得が一番なのは変わらない困った幼女であった。
活気がなくても、子供たちは元気そうで、こちらの馬車に気づいて並走して楽しげに手を振ってくるので、ネムもちっこいおててでフリフリと振り返す。護衛の騎士たちもその子供たちを咎めないので、そこらへんは緩そうだ。そして、領主の馬車に手を振ってくるので、イアンが嫌われていないことは理解できる。
たぶん苦しい生活でも、善政を敷いていると領民からは思われているのだろう。ちょっとイアンを尊敬してニマニマしちゃう。尊敬できる両親とは貴重なのだと、おっさんの体験的に思う。
別に重い過去がおっさんにあるわけではない。両親には育ててくれたことには感謝するし、愛してもいたが、それと尊敬の念を抱くと言うのは別の話だ。
感謝と尊敬は別の意味を持つのである。立派なことを、他者が感心するようなことをしてくれないと尊敬ってしにくい。これは一般的なことだと思うけど、個人的意見な幼女です。もちろんおっさんの時に人に尊敬されるようなことをネムはしたことがありません。
イアンはわかりやすく領民に少しは好かれているようだ。そんなことがあればちょっとは尊敬しちゃうのである。手持ちのカードでできることをしているのだろう。その手持ちのカードが少ないし、しょぼいのしかないのだろうけど。
俺も手伝おうと、幼女はちっこいおててを握りしめて誓う。たまに旅行先で珍しい物を持ってこようと。
自分の力ではなく、他力本願に、この場合、他物本願なおっさん幼女であった。
中世の街壁といえばそれまでだが、街壁へと近づくと予想外に継ぎ目のないつるつるとした壁だとわかった。
城は石造りだったのに、街壁の方が立派だとは……。さてはこの街は古代遺物の上に作られているな? と、フフフと灰色に塗ったかもしれない脳でほくそ笑む幼女だが、先程母親から上下水道は古代遺物のだと聞いている。その時点で思いつかないので、平凡な知力だと言えよう。
外に出る時であった。馬車がコトリと足を止めたのだ。窓から外を眺めていた自称無邪気でぷるぷる私は悪い幼女じゃないよと宣うネムは小首を傾げる。悪い幼女なんかいない、悪のおっさんだけがいるのだというツッコミはなかったためではない。
門のところに外から来たのだろう、やけに立派な馬車の車列が並んでいたからだ。
こういう場合、伯爵の馬車が通るんだから、他の馬車は横にどかない? ちょっと立派な装飾がある高価そうな馬車だけど。伯爵の馬車より高価そうな感じするけど。
こっちだって、負けていない。だって大勢が座れる馬車なのだ。サスペンションも効いているし、テーマパークの観光客馬車よりも椅子はふかふかなんだぞと、なにと比べて負けていないか不明な幼女がプンスコ対抗心を剥き出しに頬を膨らませる。
なんという心の狭さだろうか、さすがは悪魔よりも心が狭いおっさんの魂だと思われたが、意外なことにイアンたちも渋い表情をしている。
なんだろうと不思議に思う中で、馬車からのっそりとでっぷりと太ったオークが現れた。馬車の内装がちらりと見えたが、総布張りで、テーブルは置いてあるわ、ワインが高そうなガラス瓶に入っているわ、クリスタルガラスのワイングラスはみえるわ……。街の外から来たのに、豪華極まりない。
ワイングラスをテーブルに置くということは、街の外の悪路も安定した走行ができるということ。魔法の匂いがする馬車だな。
男が降りてきたために、こちらも合わせてドアを開けて降りる。
そして……なんというか……。
「いやぁ、これはこれはどこの馬車かと思えば、ヤーダ伯爵ではないですか。これは奇遇ですな」
ニチャアと厭らしい笑みを浮かべて口を開くオーク。いや、たぶんオークじゃない。太りすぎたおっさんである。服装は金ピカのギラギラ、その指には大粒の宝石をつけた指輪をそれぞれ嵌めており、ネックレスも高価そうな宝石を散りばめさせた物をジャラジャラと鳴らしている。
「ボルケン殿か。久しいな、塩を持ってきてくれたか」
「はい、ヤーダ伯爵。エスター侯爵のご指示によりこの貧乏な……おっと失礼。長閑なことが特産のヤーダ伯爵様の領地に訪れさせて頂きました」
慇懃無礼を地でいっているボルケンとやらは、僅かに顎を下げる。もしかしなくてもあれが会釈?
「ボルケンよ。あいつっ、なんてムカつく奴かしら」
「駄目だよ、リーナ。奴扱いなんて。ちゃんとオークらしく一匹って言わないと」
ガルルとリーナが怒りで頬を真っ赤にして、クリフが冷ややかな視線でボルケンとやらを見る。
「二人とも。ネムがいるのよ、それにボルケンさんは貴重な塩を持ってくる商人。礼を失ってはいけません。たとえオークといえど」
まったく嗜める気のないミントお母様の言葉にネムはさすがに驚いた。珍しいな、こんなに皆が怒るなんて。幼女の教育に悪いよ?
そんな表情にミントは気づいたのだろう。ネムの頭をナデナデしてくれながら、誰かを語る。
「あれは私の実家、エスター侯爵家からの依頼で来ている商人。ボルケンです。塩商人で助かってはいるのですが……。それはエスター侯爵が補助金を出して、そして、それにもかかわらず高値で塩を売ってくるので、まったく感謝の気持ちが持てない相手です」
「あら? ここは海沿いじゃない。塩なんかいくらでも作れる……なるほどね、中世風だけどこの世界は中世ではない。ファクトリーで塩を大量に生産できるから、人力で作る塩よりは遥かに価格が安いのね? 他の領地から持ってきても、それでもなお安い」
静香が疑問を口にするが、途中ですぐに気づく。そういや、塩精製ファクトリーとか言ってたな。そうかファクトリーで作れるとなれば想像力を働かせなくても、海水を自動で汲み上げて大量に生産できる工場なのだろう。えっほえっほと塩田を作って人力で作るより遥かに安いに違いない。
「そのとおりです。ボルケンはそこにつけ込み人力で作るよりは少しだけ安く、本来の塩の相場よりは遥かに高値で我が領地に塩を売り払い暴利を貪っています。……それでも、この地に来るのはそういった輩ばかり。悔しいことですが。補助金を支払っている私の実家へは文句を言えません。実家は私達に秘密でやっていると……その親切心からしているのでショックを受けるでしょうし恥をかかせることになりますから」
落ち込み顔を暗くさせるミントと、怒り心頭のクリフとリーナ。はぁ、たしかになぁ。親切のつもりで行っているのに、そんな商人を送り込んでいたなんて知ったら相手が可哀想である。言えないわ、そりゃ。
「お母様、でも補助金をあの人が貰っているなんてよくわかりましたね?」
「あのオークが自分からそういったのですよ。恥知らずにも。実家の心遣いを無にする行いでもあるのに」
そりゃ酷いわと呆れながら、窓の外に注意を向ける。
「ヤーダ伯爵の馬車とは思わず失礼しました。まさか私よりも安そうな馬車にお乗りになるとは、お忍びのお出かけですかなぁ? 今回も塩を持ってきましたのでご安心ください。そうそう、また塩の相場が変わりまして。多少値段は高くなりました。わっはっは」
「そうか……それは感謝を。それでは我らは行くので失礼する」
「えぇ、またご挨拶に向かいますよ。ん? あれは魔力なしのお子ですか? ほうほう、未だにご存命とは私も嬉しい。なにしろ魔力なしは成人前に死ぬことが多いですからな」
窓から覗いていたネムに目敏く気づき、ボルケンは腹を揺らして高笑いをして
「ブゲ」
頭をのけぞらせて、地面に転がった。イアンが目にも止まらぬ速さで殴ったのだ。速さを重視して威力はなさそうだが。
「あぁ、長旅で疲れましたかな? 体調にはお気をつけを」
気絶したのだろう。ピクピクと痙攣するボルケンと、何をしたか気づいたがイアンの威圧に動けないボルケンの護衛を尻目にマントを翻してイアンは帰ってくる。
キャァカッコいいとミントお母様たちはその光景に黄色い声をあげて、ネムはというと髭もじゃには似合わないシーンだなと酷いことを考えていた。なんとも酷い幼女である。
「しかし……なんだか……」
「そうね……あれは、それね……」
俺と静香は顔を見合わせて、複雑な表情になる。これってあれだろ?
「ザマァ展開だよね、これ?」
「さすがはふぁんたじ〜世界。この先の展開がわかるわね」
なんという天ぷら展開。さすがはジュージューふぁんたじー世界だと幼女たちはお互いにため息を吐くのであった。
カラリと揚がっているよ、この天ぷら。




