13話 精霊の愛し子の持ち帰った物
「ネム! 良かったわ、無事だったのね!」
転移を使い自室に戻ると、豹が獲物を捕まえるようにネムはリーナに飛びつかれた。頬をくっつけられて、むいむいとされちゃう。
「くすぐったいですよ、リーナおねーちゃん」
キャアッと、可愛らしい幼女は声をあげて嬉しそうに応える。その姿は仲の良い可愛らしい姉妹にしか見えない。実際に可愛らしいのだが、中の人が取り憑いているので、妹は愛らしいが除霊必須である。
「痩せてない? あぁっ、なんだか頬が痩けている感じがする! お肌はぷにぷにだけど」
むいむいと頬ずりしながら心配そうに言うリーナであるが、ネムは腹いっぱいに鉄岩ヤドカリを食べてきたので太ったと言われる方が正しい。まぁ、エネルギーおっさん幼女生命体は太らないのだが。全部エネルギーに変えてしまうので脂肪とかにはならないのである。全世界のメタボなおっさんの理想の体と言えよう。
鉄岩ヤドカリは人は食わない。殺すだけであり、メインは鉄を食べることなのだが、その肉は毛蟹のように美味しいのだった。なにせテラフォーミング用のバイオマシン。甲羅は資源に。肉は美味しく食料にと、捨てるところがない人間のための生命体であったので。たしかにヤドカリからしたら反乱しても良いかもしれない。
「大丈夫です。精霊さんに歌って踊ってきました。楽しんで貰ってご褒美も……んん、なにこれ?」
塩花を貰ってきたんだよと言おうとして口籠る。なぜかというと、目の前にモニターが表れたからだ。
『検疫にてお持ちの植物が検知されました。適当に無害化処理を行い、塩花の種は、世界塩花の種となりました。特徴は繁殖不可』
マジかよとネムは驚く。なるほど、これが転移時に問題がないようにするシステムか。凄えな、これ。
「ん? どうかしたの、ネム?」
「いえ、精霊さんに貰ってきた物があるんです」
なんつー、チートアイテムなんだと感心しながら、リュックサックを外して床に置く。そして中身を取り出そうとして、さらに戸惑う。
「大きな種ね! これなぁに?」
「えっとですね……世界塩花の種です」
リュックサックにいっぱいに詰めてあった無数の種は消え去り、一個のどでかい種が入っていたのだ。………世界と名がついているし、嫌な予感がするぞ?
「ふ〜ん、なんだかすごそうねっ! さすがは私の妹ね。こんなのを精霊から貰ってくるなんて。夕食の準備は終わっているから、食べながら聞かせてね? あ、静香さんもお帰りなさい」
「あいっ! 食べながらお話しますね」
「さっきあれだけ食べたのに、まだ食べれるのね」
若いから育ち盛りなんだよ静香さんと違ってと、内心で思いながらリーナとおててを繋ぎネムは食堂へ向かうのであった。静香の第六感によりお尻を蹴っ飛ばされたけど。エスパーじゃないだろうな、この宝石幼女は。
食堂でパクパクと相変わらずの白米にお味噌汁、焼き魚を食べ終わり、家族は応接間に移動していた。このラインナップは贅沢だよねと、安いおっさん幼女は思っていたのはナイショである。
「『鑑定』………ううむ、この種は凄いものですぞ、見たことがない種であり、その力はさすがは精霊界から持ち込まれた物と言えましょう」
野太い声で重々しく言うのは、伯爵家付き魔法使いジーライである。魔法使いなのにマッチョで戦士のようなおっさんである。強面で顔が傷あとだらけなので、初めてあった時は魔法使いとはネムは信じられなかった。
こう見えて多彩な魔法を使う凄腕である。というか、魔法って本当に魔法だよな。なんで鑑定って、前知識なくその物の効果とかわかるんだろう。
「どのようなものなのだ、ジーライ?」
イアンが顎を擦りながら尋ねるので、ジーライは種を指差し説明する。
「これは世界樹の孫の友達の隣に生えている木の親戚の植物です。極めて貴重であり、その効果は土に染み込んだ塩を吸収して、実に集めるという物。しかもエルフたちが敬う黄金樹のように周囲一帯の土地を豊穣とする、と鑑定結果に出ております」
あんだって? それは世界樹と関係ない植物ということだよね? 前言撤回、鑑定って適当なんだな。なんだよ、親戚のひよこのぴーちゃんだっけ? 赤の他人だろ。世界樹関係ないよな。
「ううむ。世界樹の関連植物だというのか!」
「それは凄いわ、さすがはネムですね」
イアンが顎を擦りながら感心して、ミントが優しい微笑みで頭を撫で撫でしてくれるので、幼女はこんにゃくみたいに身体をクネクネさせちゃって喜んじゃう。
「姉として鼻が高いわ!」
「世界樹かぁ。そんな種なんて伝説でしか聞いたことないよ」
リーナとクリフもパチパチ拍手をしてくれるので、エヘヘと両手を合わせてますますクネクネしちゃう。このままだとクラゲになるかもしれないキグルミ幼女である。
「世界樹の種を貰ってきました! お父様、役に立てて下さい」
下心のない無邪気な笑みでネムはムフンと告げる。たしか世界樹の種だったよね? うん、恐らくそういう鑑定結果だったと思うよ?
それに俺は携帯ゲーム機が欲しいのだ。この種はいらないかな。
「それほど凄い種であるならば、我が領地の一番塩害が酷く放棄された場所に行くとしよう」
「そうですな。アタミ領もだいぶ塩害で放棄された土地が増えました……。多少なりとも効果はあると思われます。周囲一帯と鑑定結果には出ました。ならば、数町分の土地を回復できるやもしれません」
イアンの提案にジーライが同意する。……んん? 外に出たことないけど、そんなに被害がでかいのかぁ。この種一つじゃあまり効果はないかもだけど、また持って来れば良いよな。
長門にはたくさんの種があるのを知っているのだ。また燻製肉を持っていけば良いだろう。大量に持っていけないけど。大量に持っていくとなると、精霊界の精霊が燻製肉好きなの? と本当に精霊界に行っているか疑われるしね。
今も静香さんが、もしゃもしゃ落花生を食べるがごとく口に宝石を放り込んでいるし。食べ尽くしても俺のはあげないからな。
「それじゃ、ネム? 外に行きましょうか? やっぱり持ってきた当人が植えないとね」
「お外ですか?」
「えぇ、初めてのお出かけね」
ミントがニコリと微笑み、この世界のお出かけが決まったのであった。
すぐに行こうと、フットワークの軽いイアンの言葉で家族全員で移動することになったネム。無骨な石造りの城を出て、メイドさんたちが刈り揃えている庭園を抜ける。今気づいたけど、庭園って庭師がやる仕事だ。メイドさんがやっているのを見たことがあるけど、その時点で変だと思わないといけなかったのだろう。
つるつるの脳ではわからなかったネム。灰色のスプレーで脳を染めないといけないかもしれない。
城前には馬車数台とお馬さんに乗った騎士たち数人。なぜかイアンを始めとして、全員完全装備っぽい。イアンは青い光が仄かに灯るなんだか魔法が付与されている立派な鎧に、装飾の入った剣をはいている。ミントはなんの宗教かわからないけど、白い僧服に金糸で刺繍が入った物に、小鳥の彫り物が先端についた高価そうな銀の杖。
クリフとリーナは子供用なのか小さい革鎧に、クリフはバックラーとレイピア。レーナは2本の小剣を装備している。
騎士たちも全身鎧で騎士槍装備。ジーライは赤い宝石のついた杖に黒いローブ。ロザリーは弓を背負い若草色の服を着ている。
なんというか……。
「ちょっと外に行くんですよね? なんでこんなに完全装備なんでしょうか? 不安感しか感じないんですが。あんなに硬い人たちが完全装備をしていますよ、静香さん?」
こっそりと隣に座る静香へと不安に思い声をかける。ゲームじゃないんだから、完全装備は必要ではないと想うんだけどなぁ。幼女用装備はないんですか?
「……ねぇ、もしかして、もしかしなくても、貴女は自分を基準に家族の力を測っているのかしら?」
疑り深そうな表情で尋ねてくるので、コクリと頷く。
「え? 私はこの家族で最弱ですよ?」
薄幸の幼女だよと、アピールする。ほらほら、こんなに華奢なんだよと。見てよこのぷにぷにで細っこい手足。
のほほんと答えるネムに嘆息して頬を引っ張ってくる静香。
「なんか変だとずっと思ってたのよ。あの装備から見るに、貴女の家族はファンタジー的高い身体能力はありそうだけど、ソレでも防具に頼るぐらい普通。ネムの能力が変なのよ。貴女は硬すぎるわよ、内包するエネルギーも桁違いだし」
「がーん! 私も薄々そうじゃないかなと考えていたんです。いつも木剣や鉄剣でリーナおねーちゃんや騎士が訓練してましたけど、あんな装備じゃ敵を傷つけることもできないと思っていました」
おかしいとは思っていたのだ。玩具にしては本格的な装備だと。ようやく自分のチートなぷにぷにメタルボディに気づいた幼女であった。剣が頭に刺さってもイテテで済む時点でおかしいと思うのだが。
「どうかしたの、ネム? 静香様?」
「んと、お外に行くのに、皆がやけに物々しいなと思ってるんです」
小声でぼそぼそ話すネムたちに、ミントお母様が尋ねてくるので、薄幸の幼女は不思議そうにコテンと首を傾げて質問する。もはや幼女の演技は完璧なおっさんである。
「あぁ、そうね。お外は幻獣が徘徊していることもあるから念の為ね。極稀に強力な幻獣も出てくる時もあるのよ」
「幻獣? 魔物ではないのですか、お母様?」
なんだっけ? 聞いたことのあるような?
「魔物はダンジョンにしか現れないの。倒すと魔石や稀にアイテムを落とすけど、基本は倒すと消える魔力の塊ね。幻獣は魔法を使う私たちと同じ生命体よ。繁殖もするし、倒しても死体が残るのよ」
「そうなんですか! 幻獣って強いんですか?」
「魔物と違って、必ず人間たちを襲いにはこないわ。使役することもできるし、肉食や草食、怖がりなのとか、好戦的なもの、知性が人間よりも高い竜などもいるわね」
「私と同じなんですね。わかりました!」
おっさん幼女と同じ存在はくどいようだがいないのだが、わかったよとおててをあげて元気よく答えるネムである。
「今から行く場所は元農地だから、柵に覆われているけど、もうかなり前から放棄されているから、きっと柵が崩れているところもあると思うの。まぁ、クリフとリーナの訓練も兼ねてだけどイアンは絶対に油断しないのよ。祖先の残した言葉の一つ。フラグは決して立ててはいけないというのがあるらしいから」
「そうですか、わかりました!」
フラグかぁ。たしかにこういうイベントの時は強敵が現れて油断をして軽装だったイアンが、いきなり現れた幻獣に殺されるとかあるもんな……。ゲームなどと違って、現実は用心深いというわけね。
祖先よ、素晴らしい教えを残してくれてありがとうございます。イベント的には美味しくないけど、家族が傷つくのはノーサンキューだしね。
そうして、準備の整ったネムたち一行は馬車でトコトコ出掛ける。まずは城下町を通り過ぎ、外の農園地帯を超えて行くらしい。
「街はどんな感じなんでしょうね」
リーナが抱えてきたので、お膝の上に乗って、脚をパタパタとさせながら期待をするキグルミ幼女であった。




