12話 戦艦観光をするキグルミ幼女
ワイワイと騒々しい甲板をてこてこと短い手足を振りながらネムは歩いていた。
「次元転移しても、言葉が通じるんですね、不思議です。今さらですけど、ウィルスとか他の世界から持ち込んで火星人みたいに人類滅亡しませんよね?」
転移してから、色々な疑問が思い浮かぶネム。その質問はかなり手遅れだと思われる内容だが、実践しないと疑問とかは思いつかないよねと、全然ネムは気にしていない。たとえゾンビ化するウィルスの世界でも、ウィルスをふりかけにご飯を平気な顔で食べれる幼女なのであるからして。本人は半エネルギーアホ生命体なことに気づいていないので、いつものことでもある。おっさんの時も同じ失敗を壊れたカセットテープのようにしていたので。
「大丈夫よ。その点もその指輪はクリアしているわ。転移の際に一般言語翻訳と病気などの状態異常耐性の力が付与されるの。持ち運ぶアイテムとかはクリーニングされて他の世界に運ばれるし、致命的な環境破壊を起こす物は運べないらしいわ」
「へぇ〜。よく考えられた指輪なんですね。それなら良かったです」
もしも家族が多次元の病気にかかって死んだりしたら、後悔するどころではない。きっと7つの玉を集めることのできる世界を俺は目指すだろう。
平坦なる胸を撫でおろして良かったと聖母のように優しげに微笑む銀髪の幼女。その安堵する姿は儚げで弱々しく、周りで崩れた掘っ立て小屋などを修復していた人たちも足を止めて、見守ってしまう。
まったくもって外見詐欺の幼女である。
「はぁ、その指輪が転移アイテムニャン? 話して良かったにゃんこ?」
目の前を歩く案内役をしてくれるにゃんこな渚が呑気な表情で尋ねてくる。たしかに普通ならこうやって話しているのを他人に聞かれて盗まれてからの取り返すイベントが始まるパターンだ。
「大丈夫よ。この娘の指からは外せないし、指を切れるぐらいの力の持ち主なら、私たちも皆殺しにあっているだろうから」
「む、人をメタルな幼女みたいに言わないでくださいよ。私の世界なら当たり前です。でも安心しました。これなら安心安全な旅行を楽しめますね」
「恐ろしい世界ニャン……渚がそんな世界に行ったら生き残れにゃいよ……」
先程鉄の甲板を大きく凹ませる攻撃を受けたにもかかわらず、安心安全と言い切る幼女を前に渚は口元を引きつらせる。
しおしおと尻尾を萎れさせて、耳もぺったんこに塞ぐようにするので、ぽてぽてと近づいて、んせんせと背を伸ばしておててを伸ばし、慰めようと撫でるネム。その懸命さにキュンとして、渚は元気を取り戻した。その幼女が元凶なのだが。
「まったく幼女って便利よね。あたちも幼女言葉にしようかちら」
「似合わないので止めたほうがいいで、いたた」
なにか言ったかしらと頬むにゅーんの刑に静香にされちゃう懲りないネムであった。
周囲は戦いのあとが色濃く残り、忙しそうだ。掘っ立て小屋を建て直そうと、不思議な光沢の壁を持って支えてトンカンしている。どうやら木ではなさそう。
「あれは貝にゃね。貝を壁素材にしているにゃ」
「木って希少そうですもんね。本当にこの惑星は水で覆われているにゃん?」
ネムも口真似をしてにゃんこ言葉で聞き返す。幼女はおててを猫手にして、にゃんにゃんと呟くので、その愛らしさは紳士ならば持ち帰りしたいと血の涙を流すに違いない。
「この惑星は大昔に彗星を何発も打ち込んで作ったらしいにゃん。打ち込みすぎて、水で覆われちゃったにゃんね」
「テラフォーミングをしてた惑星だったのね? でも水の惑星によく植民に来たわね。しかも化け物たちがうようよいるんでしょ?」
静香がポリポリと腰に下げた袋から何かを食べながら尋ねる。たしかにこんな危険な星によく来たよなぁ。俺なら絶対に訪れたくない。そもそも冷凍睡眠とかで移動しているんでしょ? 冷凍睡眠で移動すると碌なことに遭わない映画ばかり見たから宇宙船に乗りもしないけどね。
たぶんおっさんはエイリアンの餌になったり、事故が起きて、覚醒もせずに死んじゃうと思うんだ。起きて死ぬ脇役どころか、画面に映らないで死ぬ自信があるおっさんである。
「違うにゃんよ。あの化け物たちは当初はテラフォーミング用バイオマシンにゃ。鉄島ヤドカリは海底にある鉱物採取用で集めたら、甲羅を回収して、また海底に放流するバイオマシンにゃ。他の化け物たちもうようよいるけど、ここって、元は生命の無い星だったにゃ。重力及び太陽の位置などからこの惑星が植民星に選ばれただけにゃ」
「うへぇ、よくある話です。お決まりの暴走をしちゃったんですね?」
そうか、ここは戦艦都市だったのか。きっと多くの戦艦都市がこの星を回遊しているんだろう。将来的に滅亡しそうである。
「う〜ん……コントロールセンターが動かなくなったかららしいにゃん」
「よく勉強しているのね、渚だっけ? こういうのって、だいたい失伝する話だと思うんだけど?」
宝石幼女が幼女らしからぬ眼光鋭く尋ねるがたしかにそのとおり。大昔にこの星に来たら、そんな話は伝説となるはず。
「他の都市はそうかもにゃ。でもこの都市は違うにゃんよ。……まぁ、お前らに言っても仕方ないことにゃから、案内を続けるにゃ」
含みのある言葉を口にして、くるりと前に向き直りてってこと歩き始める渚。ネムは静香に顔を向けてコクリと頷く。
「静香さん、それなに食べているんですか?」
全然関係ない質問を口にするネムであった。
ポリポリとスナック菓子を食べるかのように、静香は何かを口にしているけど……。
「さっきの報酬よ? 私が交渉して手に入れたんだから私のよね? 安心して、携帯ゲームは譲るから」
先程浅田艦長から、何もしていないにもかかわらず宝石を報酬として分捕ったのだ。携帯ゲーム機はなかったのに。そして平然と自分の物と言い張る静香。宝石人とは本当らしくパクパク宝石を食べる宝石幼女である。
「不平等すぎますよ! 私にも分けてください!」
「嫌よ! 久しぶりのご飯なんだから渡さないわ」
少し分けてくださいよ、嫌よ私の物だからと、ちっこい幼女二人が言い合う姿に、渚は半眼となり呟く。
「異世界の幼女たちって、変わっているにゃ」
宝石を食料にするなんてと、肩をすくめながら先に進むのであった。
案内してくれたのは、甲板の先端付近。とはいえ弩級艦の先端はかなりの広さを持つ。そこには一面に土が敷かれた棚が日光に当たるように調整されながら大量に積み重なっており、野菜が青々と繁っている。
「ここがうちの田畑にゃん。色々と生っているにゃんよ」
「ほうほう。でもおかしくないですか? 塩で育たなくないですか?」
見た限りキャベツやレタス、トマトやきゅうり。あとは綿花みたいなボンボンの実が生っている見たことの無い植物もある。
塩害というレベルではない。海の中にある都市なのだ。この惑星の海は塩水ではないのかというと、潮風の独特の臭いがするので、塩が土にかかるはず。それとも塩害に強い野菜なのかな?
コテンと不思議に思うネム。それをニヤリと猫少女は笑って、てけてけと畑に近づき綿花のような草を抜く。
「これ、塩花っていうテラフォーミング用草にゃんよ。塩の染み込んだ土で育つにゃん。あっという間に染み込んだ塩を吸収するの。僅か3日で育って、こんな実を出すニャンよ」
草に生ってる実を割ると真っ白な塩がザラザラと出てきた。精製された塩にしか見えない。というか塩だとのこと。吸収した塩を実の中に集める草だそうな。
「これは凄いですね。この惑星のテラフォーミングはよく考えられていたんですね、高度な科学力ってやつですね」
こんな草があるなら、塩害に苦しむ地域を助け放題だ。チートな草だなぁ。のほほんと草を手渡されたので珍しそうに眺めるネムである。何も考えずに草をキャッキャッと見て楽しんでいるので中の人は消えたのだろう。まさかおっさんの歳で、何も考えずにチートな草を眺めるなんてある訳ない。
「これ……。ネムの実家で使えないかしら?」
静香はまともな答えを返してくる。たしかにへんてこな草だとは思うが、それがなにか? おっさんは携帯ゲーム機が欲しいんだけど?
携帯ゲーム機がどこにあるかしか興味がない頭の中がカラカラと鳴りそうなネム。幼女だから興味がないことにはとことん興味がないのだ。うちは炊きたてのご飯を食べれるし。
……でもたしかに貧乏だって言ってたよな……。ちょっと気になる。
「どうかしたにゃん?」
「いえ、この草ってたくさんあるんですか?」
「あるにゃんよ? これって塩と土があるといくらでも増えるからにゃ」
おぉ、とちょっと怖い草だなと思いながらも、それならなにかに使えるかもと考える。
からからから。
「後で分けてもらいましょう。それよりも他の所に案内してください」
速攻考えるのを止めるおっさん幼女である。からからからとの音はネムが考える際のBGMということで。頭が空っぽというわけじゃないよ? ネムは5歳にしては頭が良いと言われている幼女なのだから。5歳にしては。
「次は食堂に行くにゃ?」
「そうですね。なにか美味しい物ってあります?」
「お刺身とかあるニャン。醤油で食べるのが普通かニャ? お肉は超高いにゃよ? 宝石はメニューにはないニャン」
ほほう、お刺身ですか、なるほど。醤油? 名前もそうだけど、この人たちの祖先は日本人だろ。
「……お肉って高いのかしら?」
「合成肉もあるニャンけど高いにゃよ。本物の肉は見たこともないけど、宝石と同じ価値があるニャン」
宝石と聞いて、静香はネムのリュックサックに素早く手を伸ばす。燻製肉を取り出そうとしてきたので、ネムも幼女ガード。48の幼女技幼女ガード。リュックサックを抱えて蹲る最強技を披露しちゃう。
「駄目ですよ、これは私のです! だーめ!」
「こんなの戻ればいくらでも手に入るでしょ! 宝石よ、宝石! ほーうせーき」
幼女ファイトが発生し、醜い争いを繰り広げる二人であったが、たしかにそうかと喧嘩を止める。そうして少しニャンコにあげて、あとは宝石に換金することに決めた。なので、食堂より先に換金屋に向かうことにした一行である。
そうして怪し気でもなく、ごうつくばりなお婆さんとかテンプレキャラでもなく、ふつーの商人に交換してもらう。
「なんか拍子抜けな商人でしたね」
ネムは塩花の種をリュックサックにいっぱいに詰めて、宝石をちょっとリュックサックのポケットに入れて。
「まぁ、こんな狭い都市だし、ごうつくばりなことをしたら総スカン食らうからでしょ」
静香はごうつくばりな幼女の力を見せつけて、ポケットに宝石を詰めて安い宝石だからあんまり価値はないわねとも呟くので、どこの強欲商人だろうか。
「初めて合成肉以外の肉を食べたにゃ! んまー!」
猫なのに、肉で喜びニャンニャン踊りをして、燻製肉を齧る渚。燻製肉はガチガチに硬いはずだが、気にしない模様。牙がキラリと光るので、食いちぎる力が人間とは違うのだろう。
そうして、次は食堂を案内してもらい、さっき倒したヤドカリや、お魚を堪能して帰宅したネムたちであった。
幼女は門限が夕方までだから仕方ないのだ。




