119話 夢魔王とキグルミ幼女
裏ラストダンジョンは違法建築により崩壊した。違法建築。こんな高層ビルなのに、費用をケチって崩壊するなんて残念だ。せっかくの裏ラストダンジョンだったのに。
「ネムッ! 大変よ、あの瓦礫の中になにやら良からぬ力を感じるわ!」
黒髪幼女は慌てて、とてとてと瓦礫の中にうんしょと潜り始める。なにやら良からぬ力を感じた模様。
「なんじゃこりゃー!」
瓦礫を吹き飛ばして、中から巨大な狸が絶叫しながら姿を現す。かなり激怒しているようで、その顔も胴体も赤で染色し直したように真っ赤だ。
黒き粒子を身体から立ち昇らせて、禍々しい力を吹き出している。その横を狸ガン無視で、良からぬ力とやらの正体を見極めるため、金庫を開けようと奮闘する黒髪幼女がいた。あの人、なんでいっつもいつも金庫だけは開けられないんだろ?
「この悪魔精霊ムドンの会社が〜! 本社が幾らかかったと思っているんじゃー!」
「ムドンさん! それは違います!」
ドシンドシンと足を踏み鳴らし怒りを露わにするムドンにゆーしゃネムは叫び教えてあげる。
「違法、違法建築なんです! 間違いなく違法建築! 頼んだ建設会社を間違いましたね!」
「頼んだ建設会社は我のグループ会社じゃあ〜、ボケ〜っ!」
ムドンはますますヒートアップした。テンション50%。
「それに、監視カメラでなにが起こったのかも見ておるわ! お前、ちょっと人としてどうかと思うよ? なんでお前、その歳で、治るとわかっていても、あっさりと人を殺せるわけ? もう少し躊躇いはないのか?」
「倒せば元の身体に戻るとわかっているんです。殺した訳じゃありませーん」
常識的な答えをしてくるムドン。大魔王的な狸なのに、そういう態度はしないで欲しいと、プイッと顔を背けちゃう。幼女は不機嫌さを見せちゃうよ。まったくもぉ〜。
「なんて態度の悪い幼女だ! 精霊の愛し子よ! そういえば、精霊樹の支配をよくも妨害してくれたな!」
「支配? なんで……あぁ、ミラーリングシステムだから、本当に支配するには、この夢の世界ではなくて、現実世界を支配する必要があると」
ピンときちゃったよ。幼女はピンときちゃったよ。よくある話だもんね。
「夢の世界と現実世界。その両方で精霊樹を支配して、精霊樹の力で、現実世界へのゲートを開くつもりですね! めーたんてーネムッ、真実はいつも一つっ!」
見抜いちゃったよと、ビシッと指を指す。当たっているよね? 当たっていると言って欲しいな。
その言葉に狸はニヤリと牙をむきだし高笑いする。
「フハハ〜。よくわかったな、そのとおりだ、あの樹が夢の世界に現れたときに、我は狂喜した。遂に夢の世界から脱出できる鍵を手に入れたと! 後は現実世界の精霊樹を支配すればゲートは開くはずであった。が、妨害してくれたな、貴様!」
「ふ。このゆーしゃネムッ! 世界1可愛らしい幼女が貴方のやぼーを打ち砕きますっ!」
「キャーキャー、ネム様素敵〜。目線をこちらにください」
ビシとちっこい人差し指をムドンに突きつけて、ムフンと息を吐く幼女と、ゴロゴロとその周りを転がりながら、撮影をする変態エルフ娘。
かっこいーゆーしゃネム。夢魔王ムドンを倒すために参上!
「ググッ、なんてムカつく幼女だ! このムドンとの契約なく夢の世界に入り込んで、なおかつ我を倒そうとは不遜! 不遜! ふそーん! オーホッホッ、ドドーン!」
人差し指をネムに突きつけて、その闇の力を解き放つムドン。さり気なく戦闘に入ったムドンに、ロザリーの撮影モデルとして指示を受けて、こう? こうかな? とポーズを取っていた幼女は虚を突かれてしまう。
闇の粒子がネムを覆い隠して、苦しめようとする。
「フハハハ! 私は人の罪悪感を呼び起こし、増幅させて心を壊す。どんなに不死身でも、心を壊す我の力には敵うまい!」
「なんですって! キャァ」
ネムはその恐ろしい力を聞いて青褪めちゃう。幼女の弱点をついてきたよ、この狸。
闇の力がネムの罪悪感を呼び起こそうとして、心を破壊しようと増幅を仕掛ける。
あんなことや、こんなことがネムの記憶から引きずり出されて苦しめてくる。うわぁと、幼女はコロコロ転がって苦しんじゃう。心が壊されちゃう。大変だ〜。
大変だ〜。あんなことやこんなことが罪悪感として思い出される。あんなことやこんなことね。うん。
コロンコロンと地面を転がり苦しむが、地味に小石とかがあって痛いので、転がるのを止めて、うめき声をあげようとして、フワァとあくびをしちゃった。昨日も3面でストップしたんだよね。夜更ししちゃった。
「お、お前、罪悪感持ってないのか? し、信じられん。なぁんにも無いの?」
ドン引きして後退るムドン。なんて失礼な魔王だ。あんなことやこんなことがあるんだよ。決して記憶からデリートされたわけではないよ。私の記憶容量は8メガあるもん。
おっさんの処世術。嫌なこと、罪悪感を覚えることは全て忘れる、の加護により、ネムの頭にはそんな記憶はなかった。おっさんの処世術、恐るべし。
「うぉ〜! ざ、罪悪感を、私は乗り越えます! なぜならば正義を愛する幼女だからです!」
白銀の髪をキラリと輝かせて、可愛らしい表情をむむむと変えて頑張る幼女。ちなみに自称正義を愛する黒髪幼女は未だに金庫にへばりついています。イモリの真似かな?
「イラ、私に補助魔法を!」
昨日のイアンお父様の戦いを真似たい年頃の幼女は仲間にお願いしちゃうのだ。その言葉にイラが補助魔法を使ってくれる。
「ほいさっ! 『暗視』」
闇の魔法には補助魔法は少なかった。
「ナイスです、イラ。幼女パワーアップです!」
とりあえず、補助魔法であれば何でも良いやと、幼女はパワーアップした。純白のオーラに身を包み、白銀の髪はますます輝き、その力を押し上げる。幼女我儘の術だ。
「ロザリー!」
「任せてくださいっ!」
『高速連写』
ロザリーはパワーアップしたレアな幼女を撮影するために、武技高速連写を発動させて、バシャバシャ幼女を撮る。ゆーしゃネムのパーチー。素晴らしい連携だ。
「うぉー! トーフデイーン!」
天を支えることができそうなほどの巨大な雷の柱がムドンへと落ちる。
『攻撃誘導囮』
ムドンは何匹にも分身して、その攻撃をデコイへと誘導する。まともな武技だ。雷は軌道を変えて、デコイへと命中して消えていく。
「むむ、きっとスキルに見せかけて、ただの身体能力なんですよ、きっと! 私は騙されませんよ!」
攻撃を誘導させるスキルに見せかける気なんだよと、明晰なる幼女は敵の技を見抜くが、明らかに分身は本物のように見えるがそこは明晰なる幼女はスルーした。節穴どころか、大穴レベルの穴が開いている幼女だった。
「お前のパーティー最悪だな! 戦っているのは貴様だけではないですか!」
「何言ってるか訳がわかりませんね。私のパーティーは完璧なる信頼と完全なる連携で戦えるんです!」
黒髪幼女へと視線を移すと、金庫を抱えて、他の金庫を探している。
ハーフエルフなヴァンパイア少女は、ボンボンを持って応援の踊りを踊っている。
エルフの美少女は幼女を懸命に撮影している。
「3人が役に立たないと私は信頼していますし、私の戦いの邪魔をしないように離れています。完全なる連携です!」
私の戦いを邪魔しなければ良いんだよ。パワーがありすぎて、絶対に巻き込むからね。
「グッ! 信じられん、ここまで酷い奴が精霊の愛し子なのか?」
慄く狸。どうやらゆーしゃパーチーの力に恐れを見せた模様。
「行きますよ!」
そろそろ真面目に戦うよと、地面を蹴り土埃を舞いあげながら間合いを一気に詰める。紅葉のようなおててをぎゅうと握って、ムドンに迫っていく。
「むぅん」
『栄光炎熱地獄』
ムドンが手を翳すと、瞬時に光のような炎がネムを包み込む。あっという間に服が灰になると思えたが、今回は今までの戦闘から反省をして、豆腐の服に着替えていたので、焦げ一つつかない。
『幼女パンチ』
左手をていっと音速にて打ち出すネム。単純に殴って倒すということをしようとしたが、ムドンは身体を瞬時に転移させる。
『短距離転移』
ヒュンヒュンと現れては消えて、消えては現れてと、ムドンは転移での移動をして翻弄してくる。
なんてことでしょうか。この魔王、まともな魔王だよと、ネムは内心で驚く。狸の癖にオーソドックスな戦い方だ。
「ならば、私もシリアスに攻撃します!」
『対消滅ミサイ……対豆腐ミサイル!』
対消滅ミサイルだと、極めて嫌な予感がしたので、ちこっとだけ改造して撃ち放つ。ピコグラムの豆腐が音速で転移している狸へと向かう。
『完全魔法反射』
ムドンは豆腐を防ぐべく反射魔法を瞬時に発動させて跳ね返す。
「なぬっ」
まさか跳ね返されるとは考えていなかったネムは直撃を受けてしまう。いつもなにも考えていない幼女なのであるのだが。
カッ、とネムを中心に眩い光が発生して、周囲を純白に変える。
「主様っ!」
「ネム様!」
イラとロザリーがその光景に慌てて、静香は3個目の金庫をどうやって持つか迷う。
「やったか?」
そして、ムドンは哄笑をあげて、勝利を確認した。確信してしまった。
「うぉぉぉぉ!」
純白の光で、誰もが目を眇めて、結果が確認できない中で、ネムの声が聞こえてきて
白くて四角い長方形の物がムドンへと突撃してきた。
「なにっ?」
ムドンはその姿に驚く。慌てて逃げようとするが遅かった。
「これが幼女の最後の力。TOUFUだ〜!」
『ナイフ』
TOUFUから、銀閃が奔り、ムドンの身体を通り過ぎる。その攻撃をまともに受けて、ヨロリと狸はよろめいて
「ば、馬鹿な。ホトトギス。鳴くまで待とうホトトギス……であったはずなのに……」
ズルリとその身体は斜めにズレていき、鮮血と共に分断されて地に倒れるのであった。
「これが基本にして、最終キグルミTOUFUです!」
TOUFUのキグルミからちょこんと可愛らしい顔を突き出して、ネムはふんすふんすと鼻息荒く決め顔をした。
ムドンに対抗するために、初心に戻ったのだ。まだひ弱だったあの頃に。
「アーマーパージ」
そう呟くと、TOUFUのキグルミは消えてなくなり、幼女の姿が現れて、薄っすらとおめめに涙が浮かんでいた。たぶん浮かんでいた。
「最終裏ボス……強敵でした」
長く辛い戦いだったよねと、キグルミ幼女は脳内補完もするのであった。




