116話 黒竜との史上最大の決戦
イアン・ヤーダ伯爵こと、ネムのお父様はようやく幻獣が現れた目的地へと辿り着いた。破邪の剣まぁくつーを腰に下げて、気まぐれ精霊の鎧を装備している。破邪の剣まぁくつーは、強力な魔力を放っており、娘が用意してくれた精霊の力を籠めて作ったと言われる純白の鎧は聖なる力で仄かに輝いている。
まるでラストダンジョンに挑む勇者のような装備だが、顔が髭もじゃの強面で、大柄な体格なので、残念無念。山賊の頭から山賊王の頭にしか見えません。同じく聖女の杖と、精霊のローブを着込むミントお母様がうっとりとその勇姿に見惚れてはいるが。例外的存在だと思います。
クリフお兄様にリーナお姉ちゃんもライトなセイバーを装備して、同じくはぐれ幼女の鎧を装備している。肩に舌をペロリと出しているネムの笑顔の紋章が描かれている。
ジーライ老やサロメお姉ちゃん、騎士たちも重装備だ。何しろ背中の籠に特上薬草を詰めているんだけど。なにあれ? 勇者ヨシコさんと魔王の城? あのドラマ大好きだったんだけど。
「邪悪なる黒竜よ、この私、イアン・ヤーダが貴様を倒すっ!」
「きゃー! 貴方、素敵〜っ!」
パチパチパチパチと、ミントお母様が目をハートにして拍手をして、イアンお父様を褒め称えている。ちょっと意外なミーハーっぷりだ。お母様のそういう姿はあんまり見たくなかったかも。
「そういえば黒竜のネタはまだ片付いていなかったです。これはまずいかもです」
「え? あの黒竜の変態はネム様の知り合い……! イラとかいう変態娘なんですね!」
ロザリーが意外そうな顔でネムの呟きを拾うが、すぐに真実に気づいちゃった。まじかよ、この子エスパー?
「魔力の波長が似ていたので、おかしいなとは思っていたんです。なるほど。あの変態だったんですね、あの変態」
「貴女が変態じゃないですか! 主様、この変態はそろそろ沈めましょう。マリアナ海溝辺りが良いと思いますよ」
影から飛び出て来て、イラがロザリーに詰め寄って抗議してくるが、コックピットはそんなに広くないから暴れないで
「ちょっと狭いです。二人とも組んすほぐれつは後でみせて、あ」
強ボタンと弱ボタンを同時に押してしまった幼女。
「ギャオーン!」
バハムートフが、維持を止められて消える中で、超合金ドラゴンミルドランは口からビームを吐く。
「ぬん! 『魔力障壁』」
大魔道士の杖を振るい、ジーライ老が鏡ののようなシールドを生み出す。そのシールドによりミルドランのブレスは打ち消されて防がれる。
『聖付与』
ミントお母様が、皆に聖なる魔法を付与していく。皆の装備に強力な聖なる力が宿り、白き輝きを見せる。パチモンの聖なる付与とは違う、普通の聖魔法だ。残念なことにパチモンの方が強いけど。
「てやぁっ!」
リーナお姉ちゃんが叫んで、ミサイルのように亜音速で突撃してくる。マジかよ、またパワーアップしている。なんで?
卵豆腐を食べたからじゃないはず。美味しい美味しいと人一倍食べていたけど気のせいだろう。きっと苛烈な訓練をしていたに違いない。ほら、子供って成長早いから。数カ月で亜音速の速さで移動できたりするよね?
『クロスブレード』
十字にビームソードを振るい、ミルドランの装甲を簡単に傷つけるリーナお姉ちゃん。
「ギャー! 私の玩具が! 傷つけるのは駄目です。ダメダメです。大切なことなので2回言いました」
絶叫して、私がお小遣いを貯めて買った玩具が壊されちゃうと、暴れている変態娘たちを避けながら、レバーを握りしめてバックステップをさせる。早くも自分の記憶を改竄したおっさんディスク。8メガという大容量なので、記憶に間違いはないはず。
「逃しませんよ! 『即死』」
クリフお兄様が手を翳して、即死呪文を使うが、ロボットには効かないのだ。クリフお兄様は放置で良いかな。
『剣聖技 北斗七星』
イアンお父様が剣を構えると、光速の突きを繰り出してくる。ミルドラン1号の胴体に北斗七星の形で突き刺さる。世紀末救世主伝説になっちゃうぜと、幼女は涙目になっちゃう。この玩具高かったのに。
わあっと、騎士たちも攻めてくるので、ますます慌ててうりゅりゅとおめめを潤ませる。騎士たちの騎馬突撃で竜子さんが踏まれていたけど、あれは大丈夫でしょ。
「ああっ! ネム様大丈夫ですか?」
「主様、元気を出してください!」
喧嘩をしていた二人が涙目のしょんぼり幼女に気づいて、慌てて慰めてくるが、今は慰めが必要ではないのだ。
「解決策、解決策を提案してください。このままだとおやつを我慢して、貯めたお小遣いで買ったミルドランが壊されちゃいます。あと、ついでに黒竜の問題も片付けておきたいです」
もはや完全にお小遣いを貯めたことにしてしまったアホな幼女。黒竜問題も片付けておきたいと、欲張りなことを言う。
二人はう〜んと考えて、ロザリーがポンと手を打つ。
「英雄譚には、魔王的存在は変身するらしいですよ。煙幕でも炊いて、何かダミーを出したらどうでしょうか? そこのハーフエルフがちょうどよいと思います。黒竜に変身できるんですよね? ここで死んで貰いましょう」
「そこのエルフは見かけだけです。中身はダークエルフですので、私の魔法で肌の色を黒くしておきますので、代わりにしましょう。そして死んで貰いましょう」
息のあった仲の良い二人はお互いを殺そうとネムに提案してくる。仲良しすぎでしょと半眼になりながらもピンとくる。その提案もーらいっ。
「イラ! 『闇』をお願いします」
「ほいさっ。『闇』」
ネムのお願いをすぐさまイラは実行に移す。イアンお父様たちを闇が覆い、視界を阻むので、素早く指輪を振りかざす。
「転移アンドドラゴンビット創造! イラ、染色よろしくです」
「ほいさっ」
そうしてネムはミルドラン1号と共に転移させて、ドラゴンビットをダミーに残すのであった。
イアンは闇に包まれたが焦りはしない。仲間の支援があると信じているからだ。
『聖光』
杖を振りかざしてミントが聖なる光を放つと、闇はあっさりと打ち消した。視界がクリアになり、敵の姿が露わになるが……。
「ぬうっ? 姿が変わっている?」
力を得たのか、新たなる姿へと変身していた黒竜の姿がまた一つ変わっていた。だが、その姿がまた一つ変化していた。
「すはははは〜。クハハでしたっけ? んと、クハハ〜。これぞ私の最終形態。ミルドラン2号! 貴様らはここで大魔王の力を見ることになるだろう!」
闇が晴れたその先には巨大な竜の頭と両手が存在していた。恐ろしく強大な力を感じる。禍々しい力ではないのは、圧倒的な力へと至ったからであろうか? そして、なにやら声がへんてこだ。低いキィキィ声でこれこそが魔王の本来の声なのだろう。
10メートルはある竜の頭はギラギラと黄金の瞳を光らせて、水晶のような牙を剥き出しにしている。
頭と同じような大きさの両手は紅い爪を生やして、いかなるものをも切り裂きそうだ。
頭と両手しか存在していないにもかかわらず、その力は先程感じた時よりも強大だ。
「胴体など不要なのだ。考える頭と攻撃できる両手があれば良いのだ。偉い人はわからんのです〜!」
最強の力を求めた末路とでも言うのだろうか。哀れにも見えるその姿に、イアンは顔を険しく変えて剣を顔の前に掲げる。
「力を求めし哀れなる黒竜よ! そなたは私が引導を与えようぞ!」
「ふはは〜、そうは行くか! 左弱ぱーんち!」
わざわざ次の攻撃を口にして、左パンチを繰り出すミルドランに、馬から降りて、空高くジャンプをして回避する。敵は馬の頭をなぜか撫でてから、こちらへと攻撃をするべく手を広げて追いかけてくる。
『2倍王拳』
ジーライがイアンの身体能力を跳ね上げる魔法をかけてくれる。身体が軽くなり、動きが軽やかになっていく。
『胡蝶剣の舞』
蝶が羽ばたくように美しい剣撃をイアンは繰り出す。何本もの剣にも見える残像がミルドランの左手を切り裂き、怯んだ手のひらにトンと踏み込むと身を翻し間合いをとる。
山賊にはあるまじき美しい舞のような動きであるので、編集ではカットされちゃうに違いない。
『聖光竜巻』
最近なぜか急激に力を上げたミントが、極大風魔法を上回る複合極大魔法を放つ。
白き聖なる光を纏う竜巻が、ミルドランの左手を包み、バラバラに切り裂く。
『幻影疾風剣の舞』
左手が消滅する中で、リーナが何人にも分身して、右手を光の剣で切り裂いていく。
『即死』
クリフが一撃で倒そうと再び即死呪文を使う。クリフの理論によると1%で確率があれば強大な敵でも倒せるらしいが………。
『騎士一斉攻撃』
騎士たちが投げ槍を手にして、一斉に投擲する。ほとんどその顔には弾かれるが、それでも何本かはその皮膚を傷つける。
「皆、離れるのじゃ! これこそが今の儂の最大魔法! 『対消滅ミサイル』」
炎と氷を合わせただけでは発生しないだろうピコグラムでも惑星を吹き飛ばす威力の魔法をジーライは解き放つ。
バチバチとジーライの手のひらが紫電に包まれて、翳す両手の中央の空間が歪む。
カッと光が輝き空間の歪みがミルドランの頭に命中して、大爆発を引き起こす。
「ぐぁー! やっぱり一体多数はずるいです! 手数がまったく違うじゃないですか! 左手再生!」
苦悶の声をあげてミルドランは瞬時に左手を再生させてくる。それを見てイアンは驚きで目を見開き、周りの仲間もどよめく。
「あなたっ!」
「うむ! 頭を潰さないと修復する幻獣だな!」
このような敵は見たことあるのだ。頭を核として、復活するタイプ。
「ジャングクラーシュッ」
両手でイアンをミルドランは挟み込む。
「見たか、大魔王の力を! このままひねり潰してやるわっ!」
ぎりぎりと押し潰そうとミルドランは力を入れてくるが
「こんなものか?」
余裕のあるイアンの言葉に戸惑う。
「こんなものかーっ!」
イアンは己に眠る『闘気』をすべて解放して、ミルドランの両手をその力の波動だけで吹き飛ばす。
「ば、ばかなー! というか、本当にバカナー。強くなりすぎです」
白金の髪の毛になり、身体から純白のオーラを吹き出して、イアンは剣を構えていた。
「滅びるが良い、大魔王ミルドラン!」
『超究極聖罰剣』
無数の髭もじゃのおっさんに分身すると、ミルドランの頭に終わりなき剣撃を加えていく。
ザクザクと、硬い身体を引き裂いていくイアン。ミルドランは対抗しようと目を光らせたり、口をパクパクさせるがイアンには効かなかった。
「これで、終わりだーっ!」
轟き叫ぶと、イアンの振り下ろした剣はミルドランを唐竹割りにして、2つに分断させて
「バカナー、だいまおーのわたしがー」
断末魔をあげて、ミルドランは大爆発をするのであった。
そうして、ゆーしゃに大魔王は倒されて、世界は平和になったのだった。
たぶん?




