115話 キグルミ幼女と竜王
バハムートフ鍋式は最新型のネムのキグルミである。ちゃんと背中にチャックもあって中に入れる……かもしれない。そこらへんはナイショとしておきたい竜王である。
煌めく10枚の水晶の羽を羽ばたかせて、その身体は白銀と白金の鱗をもち、強力な力を持つ神秘的な竜王だ。まさしく竜王の名に相応しく、最強の召喚獣と言えよう。ちょっと頭にお鍋が冠の如く乗っているので、センスが悪い。作ったあとにそれに気づいたネムはソッと白銀と白金の角へと変えておく。たまには幼女も失敗しちゃうのだ。てへへ。
対する竜魔ドワーフ、ミルドラン1号は漆黒の何者をも通さない竜の鱗。敵対するものを全て噛み砕く力を持つ牙を持ち、その身体にはネムも驚く程の魔力を宿し、肩にはキャノン砲。目はバイザーで覆われて、ウイングタイプのバーニアが背中に取り付けられていた。
ドワーフの技術の粋を集められて作られた機体らしい。竜と魔と人を合わせた者よりも強いと竜子さんは自信たっぷりの笑みを浮かべていた。
「フハハハ! 接触通信により、竜子の顔がそちらに映っているはず。見たか、このミルドラン1号を!」
アニメによくある設定、接触通信。ロボット同士が相手に触るだけで通信ができるという謎な技術だ。触っていないのに、ネムの目の前に竜子さんの顔が映し出された。空気を伝わっているから、接触しているでしょの理屈な様子。たしかにそうだね。空気を介して触っているわな。アニメの通信って、なんであんなに通信できるんだろうね。お互い暗号化していないわけ?
「どこで売っているんです? 幼女のお小遣いで買えますです?」
高笑いをする竜子さん。その竜子さんに売っているお店を教えて下さいと、もじもじ指を絡めて尋ねる可愛らしい幼女。私も超合金ロボミルドランが欲しいです。
「進化の粒子。いや、貴様の力を代価に貰おう。そうすればゲートも開き、代表取締役社長も来れるはず」
「ゲートを開けても自衛隊にやられちゃいますよ!」
あのアニメはおっさんの夢が詰まっていました。何しろおっさんたちに年若い恋人がバンバンできたから。主人公たちが羨ましかったと、プンスコ他のことで怒り始める幼女。私の周りも美少女ばかりだけど、性格が微少女なので、あんまり嬉しくないんだよ。
「??? よくわからないけど、ミルドランのパワーは圧倒的! この攻撃を防げるかぁ! ブラスタァキャノーン」
ミルドランの肩に装着されているキャノン砲が赤く光って超高熱のビームを放つ。赤き熱線がバハムートフ鍋式に飛来してくる。ミルドランは怪獣系統だから自衛隊は負けちゃうかもとか、余計な思考をしつつ、対抗するべく力を込める。
『真フレア鍋式』
クワッと牙を剥き出しに、バハムートフ鍋式はブレスを吐く。蒸気を吹き出して、周囲の視界を阻みながら、純白のエネルギーがブラスターとぶつかりあう。
膨大なエネルギー同士がぶつかり合い、その衝撃波は周囲に撒き散らされる。
「あのでっかい水晶を基に作られた機体だけあって、強いです!」
風に煽られて、地面へと落ちそうになりながら、ネムはそのパワーに舌打ちしちゃう。浅田の残った遺物でしょあれ。
「うぉー! ひっさぁつ、ノバァブレースッ」
「負けないです! グラグラブレースッ」
幼女とロリドワーフは二人とももはや混乱して、必殺技を撃ちまくる。竜子さんは呪われているために混乱しているのだが、幼女は正常なはずで
「むぉー、やれやれ〜!」
おっさんが取り憑いているために、常に混乱しているのがデフォルトであったりする。ペチペチバハムートフの身体を叩いて興奮していたりします。
超越した力を持つ二人。そんな力を持ってはいけない二人が持ってしまい、大混乱間違いなし。辺りは星をも打ち壊す威力の余波だけで、荒れ地へと変わろうとしていた。
「ネム様! もう少しおてては上に。顔は必死さを。そこでターンしてください!」
エルフの変態娘は演技指導をしており、このアホな戦闘を止める気はない模様。もはや対戦ゲームで、二人ともレバガチャをして戦うようなめちゃくちゃさを見せていた。偶然、大技が発動した方が勝ちというやつである。
「……むむむ。手強い。それにこのロボット、操作が難しい。技の入力コマンドが難しすぎ。レバーをくるりと回転させたあとに強ボタンなんて、どうやって入力する?」
どこらへんが接触通信なのかわからないアニメのように、モニターに映る竜子さんはレバーをガチャガチャ動かしていた。
「見抜きました! さっきから遠距離武器しか使わないのは、それしかレバー入力できないからですね!」
明晰なる幼女は敵の弱点に気づいてしまった。力に溺れて、その力を使いこなしていないと。きりりと幼女は名探偵となって、真実に気づいちゃった。ミルドランは弱パンチとジャンプをし始めた。どうやら大技を出したい模様。
ならば今こそチャンス。なにがチャンスかわからないが、とにかくチャンス。幼女的にチャンス。
「バハムートフ鍋式! 突進です!」
「ギャオー!」
幼女の言葉にバハムートフ鍋式は翼を畳み、弩から放たれた矢のように加速してミルドランへと突進する。弱パンチを繰り出していたミルドランのその僅かな隙を見逃さなかったのだ。僅かな隙なのかは、幼女の主観によります。
ズズンと突進により、ミルドランの胴体に食い込むバハムートフ鍋式であるが、驚いたことに、ミルドランは不可視のフィールドが働き、その突進を防ぎきっていた。恐ろしく性能が良いらしい。残念なことに、中身が悪かった。呪いで混乱した人をパイロットにしてはいけません。
「ですが、これは竜子さんを助けるチャンスです!」
たあっと、ネムは飛び降りてフィールドをちょっと邪魔だねとあっさりと通り抜けて、コックピットハッチにしがみつく。こういうのは、緊急用開閉レバーがあるはずと見渡して、見つからないので、おててでハッチを掴んで引き剥がす。
幼女は哀れな呪われた少女を助けるために力を振り絞ったのだ。頑張って、か弱い力を振り絞ったのだ。
「ギャー! なんで厚さ120ミリの特殊オリハルコン合金装甲を簡単に壊せるんだ!」
メリメリと分厚い装甲が歪んで、シールみたいに剥がれていくのを、竜子さんは恐怖で顔を青褪めて叫ぶ。
「正義の心が貴女を助けろと轟き叫ぶんです。コックピットから降りてください! サイコなミュウに貴女は縛られているんです! 今気づきましたけど、ミュウなツーの元ネタって、そこからなんですかね?」
常に余計な事柄を考えるネムはハッチをポイッと段ボール箱のように軽く放り投げて、コックピットに入り込んだ。
「くっ。離れろ、貴様〜!」
竜子さんは腰から銃口の先が4つの積み木で組み合わされているような、未来的銃を取り出すとネムに撃つ。チュインと熱線が発射されてネムの胸に命中する。
「えっ!」
ネムは竜子さんが熱線銃を持っていたことに驚き目を見張り、竜子さんは倒したとニヤリと嗤う。
うぅ、とガクリと俯いて、幼女は信じられないとよろけて体を震わす。
「服に穴が空いちゃったじゃないですか! どうしてくれるんですか! ミントお母様にまた怒られちゃいます。あぁ〜、こんなに大きい穴が!」
胸の部分の服に拳大の穴が空いていて、涙目になっちゃう。ちょっと酷いよね。なんで、服を破っちゃうの?
「なんで服しか燃えない? どうなっている、貴様の身体!」
絶叫する竜子さん。再びネムに熱線銃を向けてくるので、とやっと突進する。
「失礼なっ! ぷにぷになお肌ですよ! 私はか弱い幼女なんです。その銃は危ない危ないですので、凍らさせて貰います」
まったく幼女に銃を向けてはいけませんと、教育を受けてはいないのだろうか。とりあえず氷に封印。ネムは熱線銃を掴んで、凍らさせておく。これぐらいもうお茶の子さいさいだよ。
ピシリピシリと熱線銃が氷に覆われて、慌てて竜子さんは銃を投げ捨てて、ネムを殴ろうとしてくる。
「離れろ、貴様!」
「離れません! 貴女はサイコなミュウの暴走で正気ではないんです。本来の貴女を取り戻してください! 本来の貴女がどんな人かわかりませんけど。ろくでもない人の予感はしますけど」
竜子さんと組み合って、うにゅにゅと睨み合ういつも正気ではない可能性のある幼女は悲痛の叫びをあげる。だいたいこういうパターンの強化人間は死んじゃうから防がないと。
「うへへ、ネム様たち幼女がくんずほつれつ……。もう少し服の穴が大きければ……くうっ」
撮影しかしていない変態娘のお見せできない笑顔は放置して、幼女たちはコックピットの中でぽかぽか殴り合い、コロンコロンと転がって戦う。
「この竜魔王ミルドランに手加減しているな、貴様!」
ぽかぽか子供の喧嘩を繰り広げる中で竜子さんは怒りの表情で言ってくる。
「私の本気のパンチは、貴女を潰れたトマトにしちゃいますよ」
「手加減もっとして! うぉ〜っ!」
戦意溢れる咆哮か、恐怖の叫びかは不明だが不明だが、竜子さんはなかなかの戦いの腕を持っている。そのパンチは目に止まらない速さで、突風を巻き起こし殴ってくる。ペチペチと地味に痛い。
「……無駄に戦闘力の高いアホが二人戦うとこうなるのね」
弱いパンチに見えるが、実際はコックピットの装甲をへこませているので、竜子さんの攻撃力は極めて高い。
静香がそれに気づいて呆れながら呟く。本来は簡単に敵を倒せるだろう強力な攻撃なのに、メタルな幼女には効いていない。グダグダな戦いであった。
「ガゼルパンチ、ガゼルパンチ、ガゼルパンチ!」
懸命にペチペチと殴ってくるカモシカな竜子さん。ちょっと痛いので、正気に早く戻さなきゃと、ネムはきりりと真剣な表情で竜子さんの首元に細っこい左腕を絡めると、右腕を掲げる。
「そのマスクは頂いた! 1人クロスボンバー!」
「グヘッ」
とやっと右腕でラリアットを食らわす。二人いないから仕方ないのだ。とりあえず腕で挟めばマスクは剥がれるんだよね?
……剥がれない。竜子さんがうめき声をあげただけだ。
仕方ないので、ちっこいおててで、掴んで剥がす。呪いの効果はそこまで高くなかったのか、幼女のか弱い力でもなんとかメリメリと金属が軋む音をたてて、仮面は剥がれた。
ポイッと、壊れた仮面を放り投げると、うぅ、と竜子さんは苦しみ始めて、フラフラと顔をあげて尋ねてきた。
「うぅ……ここはどこ? 私は誰?」
「そういうのいらないんで」
この娘の十八番の芸を見せてくるので、コックピットから、ポイッと放り投げて捨てる。ぬぉ〜と、コックピットから放り出されて、途中の装甲にガンガン当たって落ちてゆくが、あの娘は地味にひっとぽいんと持ちだから大丈夫。
「竜子さんを正気に戻せて嬉しいです。で、スタートボタンはこれです?」
やったぁ、正義の勝利だよと、幼女はコックピットに座って、壊れたハッチを新たに作り直して塞ぐと、モニターをワクワクと見る。ロボットゲーム好きなのだ。このロボット私の〜。名前書いておこうかな。
「ネム様、遊ぶのはまずいかもしれませんよ?」
ぎゅうぎゅうのコックピットにロザリーが入り込んで、警告してくるが、なぁに? 悪は潰えたよ?
「黒竜か! なんと禍々しい姿よ! 貴様はこのイアン・ヤーダが倒す!」
外から、なにか聞こえてきた。……何かな? 幼女わかんなーい。




