112話 夢の街並み
鵺を倒し、ネムは周囲を見渡して、ウンウンと頷いた。わかっているよと幼女はコクコクと頷いた。隠し味に豆腐を使うことを決めた幼女は巧みかもしれない技にて強敵を倒すことに成功した。ちゃららら〜。
とりあえずは決めていることがある。決意の表情でネムはウンウンと頷く。周りを見渡す。鵺が情け容赦ない攻撃をしたことによる惨状が広がっていた。鵺のせいです。鵺の。
一面更地となっていた。あの技は封印かな。
「一旦帰りましょうか」
ゴズラでも現れたかのような、建物は砕けて消滅し更地となった街を見て思うのだった。ほら、一度場所移動すれば戻っているよね? ゲームだとパズル的岩も階段を登りおりすれば元に戻っているもんね。幼女は信じているよ。
「イラ〜、おうちにかえる〜」
気絶しているロザリーを回収して、ネムは一旦おうちに帰るのであった。
夢の世界から、お店に早くも戻ってきた一行。とりあえずは魔力が尽きたロザリーを寝かして、お茶を飲んで疲れを癒やす。
「早かったね、戻ってくるの」
真魚がお茶を持って来てくれながら、意外ねと尋ねてくる。
「ちょっと激戦を早くも繰り広げまして。危うくやられるところでした。ひっとぽいんとも1桁になり、こちらの力も効かず、裏面の敵ってすごーく強かったです」
大変だったんだよと、両手をあげて、武勇伝を語る幼女。語るというか騙る幼女である。ほら、ストーリークリア後の裏ダンジョンに入ったら敵が強すぎてすぐに戻って来るじゃん? そんな感じだったのだ。
嘘はついていない幼女でもある。危機一髪だったかどうかは不明だ。鵺は涙目になって攻撃していたような感じがしたけど。
「なにか、変なところはない? 夢の世界の影響はどうなるのかしら?」
美女モードに戻った静香が腕組みをして、興味深げに真魚へと尋ねるが、そこらへん私も気になります。
「今のところ、なにもないよ?」
コテンと不思議そうな表情になる真魚。影響はなさそうだ。
「ミラーリングシステムは一度本人が寝ないと、夢の世界の影響は受けない。明日にするんじゃな」
説明役な浅田艦長がお茶を飲みながら教えてくれるが、なるほどね。
それなら、更地も戻っているよね? おうちに帰ろーっと。
その説明に根拠なき自信を持って、幼女はおうちへと転移の指輪を使い戻るのであった。
おうちに戻って、お風呂に入ろうとしたら、シックスセンスを持つ変態エルフは復活して、お手伝いしますのでと、一緒に入ったりもして、疲れを癒やすネム。本当に疲れていたかは不明です。
そして、夜が明けた。
朝である。ねみゅいと幼女はおめめをコシコシ擦って、食堂に向かった。そろそろ夏も終わりだ。残暑でも暑いよねと、廊下にもエアコンを付けようかなと、堕落の歩みを進める幼女。おっさんの魂がきっとエアコンを家中に付けろと囁いているのだろう。クーラーに頼る社会人は、夏を感じるのはビールだけにしたい模様。
ロザリーに髪を梳いてもらい、服を着せてもらい、抱っこもしてもらっています。いわゆるお姫様だっこです。おっさんの魂は、こんなにお世話になるなんてと、警告を促しているが、5歳なんてこんなものだよね? ロザリーお胸がぷにぷにです。
まぁ、5歳だから仕方ない。ううん、仕方ないなぁと、おっさんの魂も妥協してくれたので問題はない。あとは、ロザリーの崩れきった犯罪者の顔を見て騎士が捕まえようとしてこないことを祈るだけです。
さすがに、ロザリーも食堂の扉の前で下ろしてくれたので、んしょとドアを開ける。
「おはよーございまーすです……」
元気に挨拶をしながら、中に入ったが、その声は尻窄みになった。
本日の朝食は純和風。だし巻き卵に、焼き魚、豆腐とワカメのお味噌汁に白米である。美味しそうだ。おかわりしちゃうぞと決意をする、いつも無駄なところで決意をする幼女であるが……見過ごせないことがあった。
「うむ、おはようネム」
髭もじゃのお父様がいつもと同じく重々しく頷く。その額にデカイ宝玉を付けたサークレットを被って。いつもは着ていないマントも付けて座りにくそう。服装も旅人が着るようなシンプルな服だ。
「おはよう、ネム。今日は起きられた? 眠くない?」
「最近いつも眠そうだから、心配したけど大丈夫そうだね」
ミントお母様がにこやかに微笑む。その額にサークレットを被って、やはりマントを着込んでいる。クリフお兄様も同様。なぜかサークレットを被ってマントを装備しています。
「ふふ。ネムは携帯ゲームに夢中ですものね」
「仕方ないわねっ! 後で私と遊びましょう」
サロメさんとリーナお姉ちゃんも同様の姿であった。なにこれ?
「あの、なんで皆でそんな格好をしているんです? まるで……勇者みたいです?」
なぜにその格好? というか、全員勇者だとゲームクリアは難しいよ? せめて神官はいないと。
「うむ、それがだな……。今日はなんとなくこの格好をして、旅立たないといけないような感じがするのだ。酒場で仲間を集めねばならぬ」
「何か、壺とか割って、タンスを漁りたい気分でもあるのよっ!」
イアンお父様がよくわからない。リーナお姉ちゃんはもっとわからないことを口にした。わからないったら、わかりません。
「どーなってるんです? 元に戻らなかったら、一家全員勇者で旅に出るところでしたよ! うちの家族は人工勇者です? いくつもの職業をマスターしていたりします? 天然より全然強いんですよ、人工勇者」
お昼になってから、目が醒めたのか、イアンたちは服装を戻していつもどおりになったので心底安心した幼女は、タンスをゴソゴソ探りながら叫ぶ。ふくびきけんないかな?
「どうやら、夢の世界の強い意志が人々に影響を与えたんだと思います、ネム様」
幼女がタンスに頭を突っ込んで漁っている後ろに並んで、足踏みをしながらロザリーが答えてくれる。たしかに夢の世界から影響を受けるとは聞いていたけど、これは酷い。
「勇者のイメージを皆が受けたんです?」
壺がないかなと探すけど、ないので、ザッザとロザリーと部屋の中を歩きながら、首を捻る。
「そうね、きっと誰しもが受けるんだわ。アホな娘ほど、その影響は受けるのかもね」
幼女モードの静香がジト目で見てくるので、溜息をついて床に座る。片膝立ちでのお座りだ。言いたいことはわかるよ。
「なんだかタンスや壺を漁りたい気分なんですよ。そして、レベル上げにシャウトをしたい気分です。白魔道士、詩人が欲しいです〜」
「初期のネトゲーね。あれってサービス終了間際だと経験値200制限どころじゃなかったわよ」
「プレイ2でやってたから、途中でついていけなくて止めたんですよ。性能がどうしても追いつけなくて。パソコンに切り替えるのも面倒くさくてやめちゃいました」
夢の世界の影響を受けているのはわかっているよと、ネムはぽすんとベッドにダイブした。飽きっぽい幼女はすぐに夢の世界の影響を打ち消した。勇者ごっこ遊びに付き合ってくれたロザリーがおやつを持ってきますねと部屋を出ていく。
「全員勇者なのは想定外でした。せめて、戦士神官格闘家魔王とかだと思っていたんです」
「最後の職業が気になるけど、仕組みは判明したわよね。強い意志が、人々に影響を与える」
その予想は間違っていないのだろうと考える。私の意思はダイヤモンド並みだもんね。ゲームのこだわりはちょっとしたものだよ。スベランカー、三面から進めないんだけど。
「勇者のイメージを全面に出しすぎましたか……。半日しか効果はないと言っても、これまずいですね」
今回は勇者だったから良いけど。街はどうなんだろ?
「イラ〜。街はどうでした?」
影に隠れるイラへと声をかけると、びょこんと飛び出てくる。
「ほいさっ。一応調べてきましたけど、皆は普通でしたよ。大掃除をして自分のお店に感謝したり、騎士がいつもより激しい訓練をしてましたけど」
シュタンと床に足をつけて、ほっぺに人差し指を添えながら、不思議そうに答えてくれるイラ。
「たぶん更地にしたからよ。自分の家がなくなることに恐怖を覚えたんだわ」
「街が汚いと思ったら、夢の世界の街を更地にすればいいんですね」
「フフッ、下手すれば、貴女は大魔王扱いされるかもね?」
妖しいというか、悪戯そうに笑う静香の言葉に、うーんと悩んでしまう。たしかにそうかもしれない。高笑いをしながら、大魔王幼女ここに見参とか言いそうな予感がする。自分なだけに信用ならない。もう少し慎重に動かないとねと、慎重という言葉の意味を知っているのか不明な幼女が考え込むと
「急げっ! 装甲車を出すんだ!」
「出られる奴から出発せよ!」
「武器を持ってこい!」
窓の外から切羽詰まった声が聞こえてくる。なんだろうと、てこてこと窓へと向かって覗いてみると、騎士たちが怒鳴り声をあげて、鋼の鎧を着込み、槍を手に忙しく走っている。なにかあったっぽい。
「イラ、なにがあったかわかります?」
「ほいさっ、調べて」
イラへとお願いしようとしたら
「魔王軍と名乗る幻獣が世界樹の周辺に現れたらしい! 防衛に向かうぞっ!」
見覚えのある隊長が怒鳴っているので、理解しました。
「あ〜、もう良いです。わかりました。お父様たちは退治しにいくんですね」
魔王軍が現れたらしい。遂に王道が始まったのだ。今度こそ、王道テンプレ勇者ストーリーだ。
「魔王軍と戦いを挑みやられる役にしては、装備があれよね?」
イアンお父様たちが、装備を整えて出てきた。ライトなセーバーとか、傷もつかなそうな強力な魔法の鎧に身を包んでいる。
「うぬぬ。普通に勝っちゃいそうです。誰ですか、あんな最強な武具を持ち込んだのは。ドラゴンキラーやっぱり使わなかったじゃないですか」
あの武器微妙すぎたんですよと、飛び出していったお父様たちを見送る。勇者が救援に行く前に終わりそうな予感。
「勇者イベントをスキップはしたくないです。転移で追いかけますよ」
「私をハブったら駄目ですよ!」
バーンとドアが開かれて、エルフ娘が入ってくる。レギュラーキャラを逃さないつもりだ。
「イアンお父様たちが来る前に謎のパラソルが戦いに挑みますよ」
仮面、仮面を作らないとと、ネムは純白の仮面を作り出そうとする。ふふふ、謎の組織出現だよ。
問題はちっこい身体の幼女が仮面をつけても、バレバレになる可能性があるのだが、そんなことはちっとも思わないアホなキグルミ幼女であった。




