111話 とりあえずツーと名乗るキグルミ幼女
ミニハンスちゃんモードツー。それはパワーアップした幼女の姿である。カウボーイハットに裾がブカブカのロングコート。その肩にはツーの刺繍がしてある。
即ちやる気のない運営の手抜き主人公と同じである。いや、幼女は新しいキグルミと信じています。
「このミニハンスちゃんツー、略してミニハンスちゃんは、今までと違い、聖なる力を扱えるようになったんです。来たれ雷霆!」
手を掲げると、稲光がして、そのちっこいおててに、ハンスちゃんハンマーマークツーが収まる。フィンと軽く振って、ビシリと鵺に突きつける。
「やめておくです。貴方では私には勝てません」
よくある主人公パワーアップ時の初めての戦闘で圧倒的力を見せつける際のセリフ、ランキングトップに入るセリフをネムはムフフと嬉しそうに口にした。
「今の私は精霊王ハンスちゃんの力を無利息で借りし、ある時払い契約を結んだ精霊の愛し子。ネム・ヤーダ伯爵令嬢です!」
かなり自分に有利な契約を結んだネムである。ミニハンスちゃんの説明もロザリー向けに言っとく悪賢さも見せたりしていた。
「幼女がいくらパワーアップしても限界があるわ!」
がばりと大口を開けて、襲いかかってくる鵺にパワーアップをした幼女はふんすと息を吐き、ハンマーで迎え撃つ。幼女に似つかわしくない長大なハンマーが振るわれて、かみつこうとする鵺の頭へと命中した。
だが
「うにゃー」
コロンコロンとネムはあっさりと力負けして吹き飛ばされて、コロンコロンと転がって喫茶店の中へと飛んでいった。マジかよとネムはびっくりした。パワータイプのミニハンスちゃんがこんなにあっさりと押し負けるとは考えてもいなかった。新パワーを手に入れた幼女のお披露目会ではないのかな?
触手はそのパワーにより吹き飛ばしたのに、なんでかしらん。立ち上がりながら、戸惑ってしまう。
チクリと右腕が痛いので、視線を向けると右腕が赤く染まっていた。
「ダメージを受けています!」
その様子にネムは驚愕した。傷を負わない無敵の身体なのに、怪我をしたのだ。
「ケチャップね」
「ありゃ、ケチャップでしたか」
頭のサークレットが呆れたように言ってきた。喫茶店に置かれていたケチャップで汚れただけらしい。やっぱり怪我は負ってはいなかった。いつもどおりな模様。喫茶店のケチャップでベトベトになっちゃった幼女なので、後でお風呂に入らないといけないだろう。
「と、言いたいですけど、力負けしましたよ!」
「たしかに服装はミニハンスちゃんだけど、貴女全然パワーがないわよ?」
そんなバカなと、そんなアホな幼女は首を傾げて不思議に思う。変身はできたのだ。と、すればパワーが伴わないはずがないのに。
「ネム様、大丈夫ですか!」
血相を変えて、ロザリーが飛び込んでくるので、コクリと頷き返す。
「大丈夫です。ちょっと痛かっただけです」
ケチャップ塗れの幼女はニコリと微笑み、エルフ娘は絶叫した。叫ぶエルフ娘は頬に両手を押し当てて絶叫した。
「大怪我を負っているじゃないですか! 『完全治癒』」
ロザリーが手を翳すと、ネムの周りを神聖な光が覆う。そして、ケチャップが浄化されて、染みも消えていく。クリーニングいらずの魔法だねと、ホホゥと幼女が人差し指をぷにぷにほっぺにつけながら感心していると、パタリとロザリーは崩れ落ちた。
「あわわ。ロザリー大丈夫ですか?」
ぽてぽてと近寄って慌てて倒れたロザリーを助け起こそうとする。
「怪我が回復して良かったです………。全魔力を消費しました」
ぐるぐるおめめにはならなかったが、エルフ娘はそう言うとガクリと気絶した。マジかよ。
ダメージゼロなんだけどと、口から出そうだが、辛うじて我慢した。ヤバい感じがします。
「グハハ、たいしたことがなかったな、精霊の愛し子よ!」
ジャリと瓦礫を踏みながら、鵺がニヤニヤと口元を曲げながら追いかけてくる。
「主様! こいつなかなかの強さですよ!」
鵺の後方に瓦礫に埋もれたイラが苦しげに倒れている。なんだったら、瓦礫をさらに自分の上にせっせっと積み重ねている。助けに来るのは無理ですとのアピールだ。ロザリーを合法的に葬ろうとする闇の娘だった。
「ひっとぽいんとが消えたら、助けにいけると思います。少しそこのエルフ娘は痛い目にあった方がいいと思うので」
「それはちょっと酷いと思います」
ちょっとヤバいと思うんです。洒落にならんぞ。だが、なぜ力を使えないか考える。真剣になり思考する。深く深く沈み込むように。お布団を敷いて眠ったら良い考えが思いつくのではと思っちゃう。
「とや〜っ!」
とりあえず幼女パンチを繰り出すかなと、考えるのは面倒くさいので、ポイッとロザリーを店から放り出して、拳を振り上げて突撃だ?
「あれ? 今の普通にパワーを使えました? ガフッ」
あれぇと、不思議に思うネムだが、パクリと鵺に噛みつかれた。
「ひっとぽいんとを持っているな? まずはそのひっとぽいんとを削ってやるわ!」
ブンブンと噛みつかれたまま振り回される幼女。こういうのはキグルミだけで良いんじゃないかな? 幼女が交じると目が回るよ。ブンブンと扇風機のように振り回されて、吐き出されて、ゴィンゴィンと地面を転がるキグルミ幼女。
「うひゃー」
コロンコロンと転がり、ネムは目が回る。
『幼女は130のダメージ! 残りHP0
幼女は130のダメージ! 残りHP0
幼女は130のダメージ! 残りHP0』
かなりのダメージを負って、幼女は倒れた……。
「なにかおかしいです? なにか見えました」
ムクリと普通に立ち上がったが。
「なんかさっき、ステータスと言ってたわよね。ステータス」
静香がポツリと呟くと
しずか
HP:876
MP:768
「まともなステータスね」
モニターが空中に浮かび、静香のステータスが現れる。
「なにか、レベルカンストっぽいステータスですよね?」
羨ましい。幼女のステータスと同じぐらいかな。
「そこで、貴女のステータスは?」
かわいいよーじょ
HP:0
MP:とーO
「バグっていて、よくわからないです。たぶん999はあると思うんです」
明後日の方向を向く幼女である。ウンウン、よくあるじゃん? ステータスが莫大すぎてわからない小説とか。わたしもそんな無双系幼女なんだよ、きっと。
『超振動咆哮』
鵺がこちらが平気そうなのを見て、追撃の咆哮を放ってくる。振動波が直線上に放たれて、石畳が砕けて細かく砂と変わり、ネムへと命中する。
『幼女は130のダメージ! 残りHP0
幼女は130のダメージ! 残りHP0
幼女は130のダメージ! 残りHP0』
ウヒャアとコロンコロン転がり、さらに吹き飛ばされてしまう。おめめが回り、世界が回転しちゃう。
鵺の必殺魔法。かなりのダメージだ。ダメージを負って幼女は倒れるはず。ここは一発逆転の攻撃で倒すしかない。主人公なら、アイとユウキとユウジョウで勝利するのだ。
「精神が強さを求める夢の世界。私の力は使えないということですか。でも、負けませんよ……ムググ」
とりあえずムググとシリアスなお顔をする幼女。
「ねぇ、ネム。貴女、バグっているわよね? よくバグで見るHP0表記で死なないキャラね。どれだけ貴女は精神がひ弱なのかしら?」
「ひ弱なのかしら、で、HPが決まる世界。きっと幼女は無敵モードなんですよ。配管工シリーズで現れた無敵なキャラみたいに」
トゲトゲに落ちても、敵に当たっても死なないキャラなのだ。あのキャラは温すぎる難易度だと、さすがの私も思っちゃうよ。
どうやら紙よりも薄くて、ミクロンよりも小さな幼女の精神は夢の世界でステータス表記できないほど……強大なのだ。たぶんそう。幼女はそう信じています。
「ヌォォ」
鵺の体当たりからの爪ひっかき、もはや幼女を殺す気満々の悪魔精霊である。いくら攻撃してもダメージを与えられないことに気づいた模様。
「なんだ、お前? どうなっている?」
猫がじゃれるように、剣のような尖さをもつ爪でネムを転がすが、死なないことに鵺は混乱する。普通はそうであろう。バクッた幼女はダメージを受けても、コロンコロンと転がり、ダメージ音をたてるだけで、死ぬことはない。ついでに言うとダメージも負うことはない。
その様子に、ネムはピンときた。この世界は夢の世界なのだと。
「現実世界と違っているところがあるんですね? それ即ちゲーム仕様!」
「ゲーム仕様?」
「ある程度は数値化しないと、この世界は成り立たないんですよ、きっと」
「イラたちは普通に戦っていたわよ? 貴女の思い込み……」
見抜いちゃったぜ、この世界の秘密を。と、キラリと瞳を煌めかせて、明晰なるネムは名探偵な豆腐の頭脳からの真実を知る。絶対に不可能なものを全て除いていけば、どんなに信じられない事でもそれが真実なのだ。
問題はない。絶対に不可能なものを除くのは面倒くさいので、幼女の独断と偏見で決めるのだ。鵺に頭を齧られながら、ふふふと得意げに笑う幼女である。ちょっと痛い。静香の言葉はスルーします。
「ウォォォ。コマンド『たたかう』選択!」
その言葉を口にした瞬間に、ネムから莫大ななにかが吹き出たような感じがして、その力を感じ取れない鵺はこいつどうなってんのと、幼女の頭を齧り続ける。
「ネムは鵺に攻撃!」
ていっ、とパンチを繰り出す。鵺の頭にパンチがめり込むと、ギュルンと回転して吹き飛んだ。
「ゴヘェ」
がらがっしゃんと家屋にめり込む鵺にフンスと息を吐く。
「パワーが解放されました! 聖なる力を手に入れました!」
てれってーと、おててを掲げるとそのハンマーに力を込める。
『聖鎚撃』
新たなる力を手に入れた幼女は鵺へと、ジャンプして間合いを一気に詰めて、純白のハンマーを振り下ろす。
9999ダメージ!
9999ダメージ!
9999ダメージ!
9999ダメージ!
『円卓騎士一斉攻撃』
9999ダメージ!
9999ダメージ!
9999ダメージ!
9999ダメージ!
ミニハンスちゃんモードのネムはハンマーを大剣に、槍に、短剣へと変えて素早く攻撃を入れていく。コスプレ幼女だ。本当は服も変えていきたかったが、面倒くさいので武器だけ変えました。
9999ダメージ!
9999ダメージ!
9999ダメージ!
9999ダメージ!
純白の攻撃は合わせて12撃。その最強チートなアタックにて、鵺は消し飛ぶのであった。
欠片すら残らなかった鵺。そして更地となった街並み。最初の一撃で鵺は死んだような気がするが、ネムはフンスフンスとおててを翳す。
「これが私が手に入れた『聖なる力』です」
えっへんと平坦なる胸を反らして、白銀の髪を煌めかせて、夢の世界にて新たなる力を手に入れたキグルミ幼女は初戦の戦闘を終えるのであった。
即ちトーフは影に隠すのである。世界にバレないようにね。




