110話 鵺と戦うキグルミ幼女
鵺。有名すぎる妖怪だ。たしか精神を水晶に移した人間の成れの果てだっけ? ぶっちゃけ記憶を水晶に移した時点で人間じゃないよね。記憶をコピーしたただの機械だと私は思います。本人だとは思えないよ。
「吾は鵺! 闇の悪魔精霊にてこのヤーダ伯爵領のグハァ」
飛び蹴りがその頭にぶちかまされて、ゴロゴロとその巨体をころがして、どんがらがっしゃんとパン屋を破壊する。
「あはぁ? 闇の精霊とか、なにか戯言を口にしてましたね〜?」
倒れ込む鵺の頭に飛び込んで踏みつける。その少女の名はイラである。凄みを見せる凶暴な笑みで口から牙を覗かせる。ちょっと怖いレベルです。幼女はロザリーの背中に隠れます。どうやら闇の精霊と名乗ったのが頭にきた模様。
だが、鵺は踏まれた頭を勢いよく持ち上げる。イラはふわりと浮いて後ろへと飛びのき、鵺は怒りの咆哮をあげた。
「貴様ら、肉体を持っているな! 侵入者発見! 排除対象」
目を真っ赤に光らせて、四肢を踏ん張り睨んでくる鵺。
「どうやら、今の攻撃で異常を検知したみたいね。やっぱり機械的なのね。見て夢の住人が全て消えたわ」
静香が冷静に目を光らせて敵の様子を解析するけど、たしかにね。ミントお母様たちが姿を消していた。緊急退避させた模様。
『灼熱息吹』
灼熱の炎がその口から吐かれて、石畳が飴のように溶けて店を灰に変えて迫ってくる。
『励起冷凍』
ロザリーが灼熱の炎へと氷の障壁を産み出し対抗する。湯葉障壁を使おうとネムはおててを振るけど、やはりなにも起きない。幼女ぴーんち。
たまごど、いや、修行をしたロザリーの氷の魔法は灼熱の焰を受け止めてビクともしない。おすそ分けしておいて、良かった良かった。
『闇爪』
自らの手から爪を長剣の如く伸ばして、イラが横薙ぎに一閃すると灼熱の炎が切り裂かれる。
「シッ」
クルリと回転して、さらに一閃して鵺を切り裂こうとするが、後ろへと大きく下がり回避する。大柄な体躯の割りに素早い。
『闇炎』
闇の炎がイラの足元から噴き出すが、その身体をコウモリへと変えて回避する。そうして、集結して元に戻ると手を振るう。
『闇炎』
対抗して、まったく同じ魔法を放つイラ。
今度は鵺が飛びのいて屋根の上へとジャンプして移動して唸る。
「ヌググ、貴様っ、闇の精霊だな?」
「悪魔だか精霊だか、はっきりしない奴には負けませんよ〜」
後方回転をして、スッと軽やかに地面に着地したイラは目を赤く光らせてニヤリと嗤う。
「よし、私の存在が薄い間に退却です。私のパワーが復活するまで」
ていっ、とでんぐり返しをしながら家の影に華麗に隠れようとする幼女。かっこいい幼女だが、石畳の上はゴツゴツして痛かったので、ぽてんと寝っ転がって転がるのをやめちゃう。
「ふぃー。マットがないとでんぐり返しも痛いです」
幼女のお肌はやわなんだよと、額の汗を拭う。なお、汗はかいてもいない。
イラと鵺は家屋の屋根の上を飛び跳ねながら、激しい戦闘を行っている。鵺が蛇の尻尾をしならせて、矢のように突き出せば、身体を捻り、スパンと爪で切り裂く。そのまま蹴りを繰り出すと後ろに鵺は下がり、衝撃波の咆哮を放つと、闇の障壁を生み出して受け止める。
二人は交差して、キンキンと音をたてて、致命打をお互い受けることはない。
そこにはシリアスなバトルが繰り出すファンタジーな光景があった。かっこいい戦いだ、華麗な戦闘が目の前にはあった。
「くっ。私も加われば、もっとシリアスなバトルになるのに。力がミキサーな大帝に封じられて、戦えません」
ネムの頭の中では、力を敵に封印されたと記憶は改ざんされた模様。おっさんのスキルが記憶改ざんの加護を与えているので、魔王に封印されたのだ。きっとシリアスな展開が待っていたのに。
「これでも喰らえっ! 『極大火炎』」
素早く舞うように戦うイラは鵺の速度ではついていけない。ダメージを与えることができなくて、苛立ちを覚えた鵺は自らが持つ最大全体攻撃魔法を放とうと魔力を集中させていく。
「まずいです、ネム様、私の後ろに!」
その魔力の波動は辺りを震わせて、放つ前からその威力の高さを教えてくる。ロザリーが氷の障壁をもう一度生み出そうと手を翳し、イラも闇のバリアで自分を覆う。静香はサークレットに変わり、さっさとネムの頭に装着された。
ゴゴゴと鵺の周りが燃えていき、空気が熱くなり、ゆらりと蜃気楼が揺らめく。
辺り一面が灼熱地獄に変わろうとする中で、ネムは新たなる力を手に入れようと模索した。ここは夢の世界。いつもより、自分の力がダイレクトに伝わるはず。
「ウォォォ! ステータス!」
きっと、夢の世界なら出てくるはずと、おててを翳す。
ピコン
ねむ
HP:0
MP:あ6J8_じ3
「く。ステータスは現れませんでした」
幼女はなにも見なかった。表示なんてなにもなかったのだと、ぱっちりおめめを背ける。やはり別のアプローチが必要だ。
鵺の炎が辺りを灰に変えて、床を溶岩へと変えていき、家屋を燃やし、全てを包み込む。
「くうっ」
ロザリーが呻き額に汗を流す。炎の熱気が氷を通して感じる。かなりの暑さだ、アチチだ。これはヤバい。
「今までの戦いから、私の新たなる力のヒントがあるはずです」
ここでかっこよく事態を回復すれば、目立つかもしれないと、邪な考えの元にネムはおててを握りしめる。
「本当に?」
「きっとあります。ん〜と」
記憶を思い出す。最初に力を手に入れた時、その時を思い出すのだ。最初の時はなんだっけ? デフォルトのテスト用キャラを思い浮かべたんだよね、たしか。
……何だっかな。思い出せないや。う〜んと、たしか強くてかっこよいキャラだ。
「いえ、もっと前。まだまだ幼い頃、魔力がモニョモニョと違うと思っていた頃。その力を解き放ちます」
ウォォォと、力をためて発動させる。その手に純白の粒子を集めて。
「聖石」
白い石が鵺を覆い、その身体に命中していく。亜音速の石が唸り、その胴体に大穴を空けていく。バラララとマシンガンのように命中していくと穴だらけにしていく。
「むぉぉぉぉ! このパワーは一体?」
血は流れなかったが、その代わりに闇の粒子が流れ出し消えていく。
「ほいさっ。『闇氷』」
敵の魔力供給が止まったことをチャンスと、イラが闇色の氷を辺りに生み出して、灼熱地獄を凍らせる。炎を凍らせる闇の炎。闇と名付ければ、強力なのと、幼女は疑問に思うけど、現に炎は凍りついた。
穴だらけになって地面に転がって倒れ込んだ鵺は、すぐに立ち上がり、こちらを睨む。
タフネスな精霊である。課長レベルでこれかよとネムは驚いちゃうが、どうなんだろ? 役職イコール強さとは限らないしな。
「悪魔精霊を傷つけることができるとは、何者だ?」
「ふっ。すけさん、かくさん、教えてあげなさい!」
ネムはフンスと鼻息荒く新たなる力を手に入れて元気を取り戻した。たぶん新たなる力だ。きっと新たなる力だ。
「ネム様、かくさん、すけさんってなんでしょうか?」
ロザリーがコテンと首を傾げて、尋ねてくるが、むむむ、知らないのね。
「印籠が用意できませんよ、主様」
イラがコテンと首を傾げて、尋ねてくるが、むむむ、印籠ないのね。
不満そうに頬を膨らませちゃう幼女である。無茶振りなのは幼女であるが、幼女は我儘で気まぐれなのだ。
「なら、仕方ないです。私の名前を教えてあげましょう! 私は悪魔使いのゲルマです!」
名前が知れ渡ると怖い怖いかもと、寸前で偽名に変える幼女がここにいた。
「ネム様、ゲルマって、誰ですか?」
早くも偽名だとバレた。ロザリーはゲルマ知らなかったっけ?
「仕方ないです。私の名前はネム・ヤーダ伯爵令嬢。この領地イアン・ヤーダの娘にして、精霊の愛し子!」
今度は真面目にババーンと人差し指を鵺へと突きつけて名乗りをあげる。
「ん? ネムだと! 精霊塩の樹を作り出した幼女だな! なぜか、この夢の世界に現れない存在! 貴様がそうだったのか! 貴様、人間界からやってきたな?」
ガルルと唸り、鵺はネムの正体を即行看破した。まぁ、肉体を持っているのだから当たり前か。
でも、私いないの? ミラーリングシステムなのに?
おかしいなと、城の方へと視線を向けると、城は何も変わらない。その隣に城と同じ大きさの白くて丸い何かがあるぐらいだ。……あれって、もしかして?
「転生したら丸豆腐だった件ね」
「言ってはならないことを言いましたね。もしかしてずっとあのまんまです?」
スライムでもないから、動くことはなさそうだ。丸豆腐だとそこで話は終了だよね。プルンとしているけど、豆腐という弱点がその行動を制限しているようだ。
制限しているも何も当たり前なのだが。
「これはチャンスだ。社長へと良い土産ができる! 精霊塩の樹だけでも人間界へのゲートを開けそうな莫大なパワーがあるのに、精霊の愛し子を捕えれば確実だ!」
フハハハと高笑いをする鵺。その身体に空いていた穴が塞がっていく。再生能力も高いらしい。
「なにか嫌なフレーズが聞こえましたよ? とっても嫌なフレーズが」
なにか変なことを言ってたね? え? 精霊塩の樹がなんだって? 難聴主人公になっても良いかな?
「捕えて社長の元へと連れて行くぞ!」
『闇捕縛』
闇の触手がネムの足元から吹き出して、その身体を拘束する。ロザリーが素早く手を翳して
『解呪』
ネムを捕らえた触手を消そうとするが、その触手が消えることはない。
「無駄だっ! 私の力は人間如きでは解けぬ!」
「それならば、『魔力吸収』」
素早くイラが魔力を吸収しようと魔法を放つ。吸収系魔法で、闇の触手を吸収しようと言うのだろう。だが、やはり闇の触手は揺らぐだけで消えることはない。
『闇転移』
捕らえたネムを何処かへと連れ去ろうと、転移を使う鵺。テンプレならばここで幼女は連れ去られて、勇者ロザリー率いる遊び人たちの旅が始まるのだが……。
バチバチと触手に紫電が走り、転移はされなかった。
「ふふふ。無駄です。新たなる力を手に入れた私は転移などサクッと妨害できるんです!」
触手の中から可愛らしい声が聞こえてきて、中から純白の粒子が輝き始める。
「ミニハンスちゃんモード!」
ズドンと内部から爆発すると、純白の粒子は辺りに散らばって、ネムが姿を現す。
カウボーイハットにブカブカロングコートの幼女である。
「新たなる力。ミニハンスちゃんモードツーです!」
そのロングコートの肩にはツーと書いてあった。
他は全然かわらないけど、ツーなんだ。




