11話 初旅行は潮の香りなキグルミ幼女
ネムは静香と共に別世界への転移ができたみたいだねと、周りの様子を見ながら安堵した。岩の中にいる! とかになったらどうしようかと思っていたので。
その場合はネムはすぐに元の世界に戻れるが、静香は宝石になって採掘されるまで眠ることになるだろう。静香はそうなった方が世界のためかもしれない。
なんによ、次元転移は成功である。なんだか暑い部屋だけど、目の前にはなんと猫耳褐色少女がいた。ピンと張った猫耳に、ロープのようなクネクネ尻尾。活発そうな顔立ちで、タンクトップとパンツルックのネムが大好きなタイプである。
ここは可愛らしくご挨拶だねと、自らの美しい顔立ちを利用して微笑もうとしたら、なんか指を指して叫んでいる。なに、志村がどうしたって?
嫌な予感しかしないなと後ろをそ~っと振り向くと、何やらどでかいヤドカリがいた。なにこれ? なんのアトラクションかな?
幼女が現れたことに驚いたのかヤドカリは一瞬動きを止めたがすぐに動き出し、幼女と同じぐらいのハサミを大きく振りかぶるのが見えた。
「ちょっと、なにこりぇ!」
静香は身体を翻しすぐに床を蹴り、横回転をしてあっという間にヤドカリから離れる。かっこいい身のこなしにネムは感心しちゃう。
「あわわわ」
私も私もと、ネムも横回転をしたくて、ちっこいおててを床につけてでんぐり返しをする。コロリンと小柄な身体で可愛く転がり、パタンと寝っ転がっちゃう。まだ5歳なので、でんぐり返しも苦手なのだ。おっさんの時は腹がつかえるか、腰を痛めそうなのでしばらくやっていなかったせいもあるかもしれない。
可愛らしくテヘヘと立ち上がろうとするがハサミがその頭上から落ちてきた。
「グハッ」
ハサミは鉄の床を大きく凹ませて、ガンガンと繰り返し振り下ろしてくる。
「きゃー! 幼女が大変にゃ!」
「ネム、リュックサックは壊されないようにね!」
猫少女が悲鳴をあげて、宝石幼女はリュックサックを破壊されないように声をあげる。傍目から見たら酷い幼女である。普通に見ても酷い静香であるが。
助けるんだと、でもどうやってと、周りの人たちが騒ぐ中で
「いたっ、痛いって、『剣爪』」
鉄がクレーターのように凹み、肉塊となってしまったはずの場所から可愛らしい声が聞こえてきて、
キイン
と金属が歪む音がして、振り下ろされていたハサミが下から弾かれて大きく鉄岩ヤドカリをのけぞらせた。
「マジですか、ここはなんというテーマパークなんですか? それとも水族館? ぐふっ」
可愛らしい声をあげて、潰されたはずの幼女が立ち上がる。が、仰け反ったヤドカリは反対側のハサミで横殴りをしてきた。
ビュンと風切り音がして、ネムはピンポン玉のように吹き飛ばされて、大型のシリンダーのような機械に突っ込む。
「反重力エンジンが!」
むさ苦しいおっさんが何やら叫ぶ。だが、ネムはそれどころではない。何やら鉄塊にめり込んじゃったので、慌てて出ようとして、短い手足をバタバタさせる。
「ぬぐぅおーりゃー」
幼女はささくれだった刃物のような裂けた鉄に手をかけて、なんとか抜け出しコロリンとさらに中へと落ちてしまう。ぷにぷにおててではあるが、傷もついていない幼女。
見ると、敵だと認識したのか、シャカシャカと多脚を動かして、巨大なヤドカリが迫ってくるのが目に入る。
「マジですか。『剣爪』で穴も空かないんです」
自分の武技は無敵だと信じていたのにと、しょんぼりしながら今度は気合を入れて攻撃をすることに決める。なんだかやけにすべすべした壁に寄り掛かりながら、近づくヤドカリへとちっこい両手を翳す。
「ネム・ヤーダの名において命ずる。いでよ『豆腐爪』」
獣魔ならぬ豆腐魔を使う。やってみたかったんだよね、これ。と、厨二病全開のおっさん幼女である。不死者よりも不死っぽい幼女なので、相応しい技かもしれない。
手のひらから白い長方形の豆腐が先端を槍のように変えてヤドカリを迎え撃つ。
クシャリと音がして
もちろん柔らかい豆腐はヤドカリに命中して弾け飛んだ。射出された威力でヤドカリは押し下がったがピンピンしており、傷一つない。当たり前である。先端を尖らせても豆腐は豆腐であるのだからして。
「遊んでいないでよ、ネム!」
「真面目にやりましたよ! 音速の豆腐だから普通の敵なら砕けちゃうはずだったのに!」
静香の言葉に反論する。音速なんだからその衝撃だけでもかなりの威力だったはずなのに。なぜか豆腐にこだわる幼女。
「硬いのは理解しましたです。ならこれはどうでしょうか? 『幼女飛拳』」
今度は精神を強く集中させて手のひらに集中する。集中することをめったにしない飽きっぽい幼女であるが、ヤバそうなので本気になった。凝集させたモニャモニャを拳へと具現化させて体勢を立て直すヤドカリへと振りかぶって放つ。
ゴウンと衝撃波が発生して、幼女と同じくらいの大きさの鉄色の拳が幼女の手の前方に生み出されて空気を震わせて発射された。砲弾のようなその塊はヤドカリへと命中すると、バカンと音をたてて砕けて消える。
今度も効かなかったと思われたが、違った。鋼鉄の甲羅は大きく凹み、ヤドカリはハサミごとその頭を潰されていた。
貫けないなら、潰そうと考えたネムである。どうやらその試みは上手くいった模様。
よろよろとよろめき数歩歩くと、ずずんと音をたてて、鉄岩ヤドカリは死ぬのであった。
「ふぃー。やりましたよ静香さん。私もやればできるんです」
やれやれと肩をすくめて良いかな? 良いよね? と口元をニマニマさせちゃうネムであったが
「な、水晶が光り輝いてやがる!」
「おやっさん! 燃料が満タンですよ!」
「おっしゃ! フルパワーだ! 野郎ども気合を入れろ!」
こちらを見ながら、むさ苦しいおっさんたちが怒鳴っていた。なんだろうかと後ろを振り向くと寄りかかっていた壁が強く光っており、ゴウンゴウンと回転し始めていた。よくよく見ると巨大な六角形の水晶だった。壁ではなかった様子。
ここにいるとまずそうだなと、なんだか漫画とかで見た核融合炉に似ているので、幼女は、んせと抜け出そうとして
「お前たち、何者ニャ?」
ひょいと襟を捕まれ猫のように持ち上げられちゃうのであった。猫少女に。
「はぁ………ここは海なんですね」
あれから子猫のようにネムは持ち上げられて艦橋まで運ばれた。静香も物珍しそうに周りを確認している。
艦橋から見える外の風景は地平線の先まで水であった。今、この戦艦は戦艦にあるまじき速度で移動している。時速500キロぐらいかなと適当に速度を決めるネム。スピードガンでもない限り、速度なんてわからないもんね。
ただ外から入ってくる風が強く、外の掘っ立て小屋も大きく軋んで倒壊しそうなので、勝手にそう思いました。どうやら鉄島ヤドカリの群れとやらに襲われてピンチだったようで、今は全速力で逃げているらしい。この船、海上を浮いて移動してるや。
凄い凄いと窓枠にしがみつき、キャッキャッと無邪気に笑うその幼女の姿は初めての旅行ではしゃいでいるようにしか見えない。中の人のことを考えなければ、愛らしいことこの上ない。
「転移装置で旅行をしている……信じがたい話だが……いきなり現れた理由がつかないからな。真実なのだろう」
この艦の老艦長が難しそうに表情を厳しくしながら言ってくる。
「そうよ? 人助けをしながら旅行をしているの。で、どうやら危機を救ったみたいだけど、お礼はいかほどかしら? 貴金属の類で良いわよ」
ふわさと髪をかきあげて、ポニーテールをぶんぶん振って交渉する宝石幼女。早くもお礼をせびっているが、静香さんは何もしてないよね?
「全部話しちゃって良かったんですか? 転移のことまで」
ぽてぽてと歩み寄って、静香の裾をクイクイと引っ張る。
こういう場合は秘密にしなくちゃいけないんじゃない? 俺は記憶喪失の演技をすることができるよ? ここはどこだ? 私は空から落ちてきたんですか?
ギギィと錆びたブリキのロボットのように、セリフを口にする大根役者でももっとマシな演技をするだろうアホな幼女の額にパチンとデコピンを静香はしてくる。
「ここが海上でなければね。こんな逃げようもない場所で誤魔化しようがないでしょ? たびたび来るんだし、記憶喪失のふりだと報酬も貰えないじゃない」
「言ってることはもっともですけど、本音は後者ですよね?」
「お金って、世界で私の命の次に大切なのよ」
悪びれずに飄々と言ってくる静香である。だが、正論ではあるので、ふむ、とキグルミ幼女はちっこいおててを頬にそえて考え込む。他に良い方法ないかなぁ?
「門限ありますしね。それでいいことにします」
即行諦めるネムであった。考えるのって、どうも幼女になってから苦手なんだよね。幼女になってから。
本当に幼女になったからなのか、おっさんだからなのかは不明だが、とりあえずはそういうことにしておく。
「話は終わったのだろうか? 旅行者たちよ」
「はい、終わりました。とりあえずは星を旅するネム・ヤーダと私は申します。5歳です」
「私はジュエリー星の正義を愛する五野静香よ。5歳ね」
本当に5歳なん? とジト目になるネムであるが、何か文句あるなら聞くわよと鋭い眼光で静香が見てくるので、ふーふーと口笛を吹けないのに吹く演技をするネム。
「ふむ、ようこそ、銀河探索宇宙戦艦長門に。そして水の惑星アクアスに。私の名前は浅田。ここの艦長をしている」
両手を翳して、フッとニヒルな笑みを浮かべて挨拶を返す浅田艦長。
「あたしは水田渚ニャッ」
猫少女も親指をたてて自分を指してニヤリと笑う。フリフリと揺られる尻尾が可愛らしい。
「宇宙戦艦っ!」
これ宇宙戦艦なわけ? と飛び上がって喜ぶ。なんか凄い世界に最初から当たったようだ。喜びのダンスを踊っちゃうぜ。
やったねと大興奮する幼女へと、浅田艦長は話を続ける。
「まぁ、それも大昔の話。今は水しかない惑星の居住艦長門だがね」
「はぁ、なにか色々あるみたいですね」
コクコクと頷き、ネムは可愛らしい笑みで手を突き出す。
「なんにせよ、ここに携帯ゲーム機ありますか?」
ここには携帯ゲーム機を取りに来たんだよと、空気を読まずに尋ねちゃうキグルミ幼女であった。




