109話 弱くてニューゲームなキグルミ幼女
夢の世界。ミラーリングシステムにより、現実世界とまったく同じ世界だと聞いた幼女は勇者の力に目覚め、お昼寝をするのであった。
「意味のわからないモノローグを口にしても、もう夢の世界に来たみたいよ?」
「う〜ん、私は寝ていたいのですが、駄目みたいです? 本当に駄目なんです?」
静香の言葉に現実逃避を諦めたので、キョロキョロとネムは夢の世界とやらを見渡す。表向き、元いたお店とそっくりである。
「あ、起きたの〜? 今日は伯爵に会いに行く日よ〜」
真魚さんが、てけてけと部屋に入ってきて告げる。嫌なセリフを言ってくるよ?
周りを見るが浅田艦長の姿はない。アンドロイドは夢を見ないのね。
「ほらほら、伯爵に会いに行かないと。魔王を倒しに行かないといけないんでしょ?」
「そうですよ、ロザリー。勇者は王様に会いに行かないといけないんです」
迷いなくロザリーを勇者に仕立てようとする幼女である。幼女に勇者は無理そうなので諦めます。
「そうよ、ロザリー。ヤーダ伯爵は誘拐された豆腐を助ける勇者を」
「わーわーわー」
真魚のセリフを途中で止める。大声で止めちゃうよ。もう豆腐いらないから。誰かの意識が豆腐を……。ミラーリングシステム。ワタシカ。
「ウォォォ、豆腐を封印します!」
ここで豆腐を意識から封印しておかないと、また訳のわからない結末になっちゃうぜと、幼女は吠えた。ワンワン。
夢の世界だからだろう。幼女の豆腐のような意思にて、願いは叶い身体を純白の粒子が覆う。そうして、粒子が消えると……特になにも変わらなかった。うん? 本当に?
「あれぇ? 私、なにを言おうとしてたんだっけ? あ、忙しいから、そろそろ手伝ってって、言いに来たんだった」
真魚は魔王ネムから解放されたのか、首を傾げて一瞬呆けるがすぐに元に戻った。ふぃー、魔王は封印されて、世界は元通りになった模様。
「大丈夫なの? 嫌な予感しか、しないけど」
「大丈夫ですよ。まだまだ精霊パワーがありますからね。今日は魔王封印を祝って、精霊祭にしたいところです。頭飾りを貰いに行かないと駄目だと思います」
大丈夫、大丈夫とフラグをせっせと建てる幼女である。きっと高層ビルのような高さのビルになるだろうことは間違いない。
「ほらほら、お店を手伝ってよ。忙しいんだから」
セリフも普通になるので、ひと安心。
「幼女は散歩に行ってきまーす」
「私も外に」
「ほいさっ。主様についていきまーす」
「ネム様、日傘をさしましょう」
お仕事は真魚さんにお任せと、皆でぽてぽてと外に出ようとしたが、ヒョイと襟を掴まれて止められちゃう。
「お仕事、ね?」
にっこりと微笑む真魚さん。
「は〜い。お仕事頑張ります」
とりあえず、お仕事頑張ろうかな、うん。幼女はお仕事大好きです。
結局、喫茶店のお仕事をすることになりました。夢の世界はどんな感じなのかなぁと思っていたが、普通でした。夢の世界だから、願えば料理はできるかと簡単にできると思ったが、普通にお料理しないと作れない。現実とそっくりである。
お客も普通だ。冒険者も多いが、住民もいる。それぞれ見慣れた顔もいておかしいところもない。今日は魔石を稼げたとか、敵に苦戦したとか、奥さんにへそくりがバレたとか、会話も普通だ。
「なにかおかしいですね? これが夢の世界です? まったく夢がない世界です」
トレイにお料理を乗せて、ぽてぽてと運びながら首を傾げてしまう。なんでなんのかしらん。もっと夢の世界だから成功している話ばっかで良いと思うんだけど。
「ミラーリングシステム。たしかあの爺さんはそんなことを言っていたわよね? その力でしょう。誰も彼も成功してお金を儲けることができたら、商売の意味なんかないものね。貧富に格差がないと商売は成り立たないのよ」
「嫌な話です。たしかに札束を皆が振り回していたら、商品は物々交換をしないと駄目な世界になっちゃうでしょうし」
ここを支配しているゼニスキーはアホだろ。楽園を駄目にするなんて。ワーカホリックなおっさんなんだろうなぁ。
「お仕事を終えたら、ムドンを倒しに……どこにいると思います?」
あいつどこにいるんだろ。四国? 狸なだけに。
「情報を集めないといけないわね。どこにいるのか」
情報集めかぁ。面倒くさい話だ。情報屋いないかなぁ、ニャンニャンいう猫娘とか。
「主様。私が調査しておきますよ」
「任せました! イラに期待しますね」
「ほいさっ」
イラに任せておけば大丈夫だろう。さて、それじゃあ幼女はお手伝いを頑張るとするか、……んん?
「なんか外が騒がしくないです?」
わぁわぁきゃあきゃあと黄色い声が外から聞こえてきて、首を傾げてしまう。なにか楽しそうな声だよ。
「休憩入りまーす」
てってっけと外に出る。面白いイベントは私に教えてもらわないと困ります。
幼女がちっこい手足を振って、外に出ると大勢の人々が集まっていた。なにこれ?
「なにかのパレードみたいね?」
「なんでしょうね、ネム様」
静香とロザリーも人混みを見て不思議そうだ。ロザリー、私を抱えて〜。
キグルミのように持ち上げられて、高い高いされて、皆の視線の先を見る。と、白馬に乗った金髪の二枚目がパカラパカラと歩いてきていた。後ろにはミントお母様も乗ってにこやかな笑みで手を振っている。
「きゃー、イアン伯爵〜!」
「素敵〜」
「こっちを向いて〜」
「今日も悪の黒竜を倒したらしいわ」
女性たちが手を振って黄色い声をあげている。んん? 今なんて言った?
馬に乗っている輝くようなスマイルを見せる二枚目。……えぇ〜。まさかあれ……。
「イアンお父様?」
口元を引きつらせちゃう。泣けるよ、泣けちゃうよ。やっぱりコンプレックスをお父様は持っていたのね。うう〜ん。
「まぁ、ミントと容姿という点では合わないものね。わかるわ、あの山賊はずっとコンプレックスを持っていたのね」
仕方ないよねと、静香たちはうんうんと頷くが……。
「テンプレなら、そうですねと納得しますが、私はお父様を信じています」
おててを翳してモニョモニョを集中する。これって、おかしいと思うのだ。
「お父様は自身の容姿にコンプレックスはありません。傷つくことはあっても、卑屈にならない。そう信じています! あれは偽物です!」
『雷豆腐』
バチバチと手に紫電を宿らせて、キリリと真剣な表情でネムは豆腐百珍技の一つを放とうとする。イアンを信じているのだ。間違っていたら、ごめんなさい。死んでも悪夢になるだけだから、大丈夫でしょ。
ていっ、と放とうとして
ぽふんと音がして、ポップコーンのようなちっこいのが一粒フヨフヨと二枚目イアンへと向かった。
ポスとその体に当たるが気づかれるとはない。弱すぎて、なにも感じなかったようだ。
「あれぇ?」
コテンと小首を傾げて、おててをワキワキさせちゃう。不発かな?
「ネム、貴女さっき豆腐パワーを封印したじゃない」
静香の言葉に、そういえばそうだったと思い出す。そんなことをしたね、たしかに。
「え? ええええええ! 私、力が使えませんよ? あわわわわ。『雷霆』」
ぽふん。
やはりおててからは力は放たれない。ヤバい、ヤバいヤバい。
「ミニハンスちゃんモードッ!」
ロザリーがいるけど、それどころじゃない。私のパワーが封印されてるよ?
だが、いつもなら即座に展開するはずのキグルミは現れなかった。変身することはなく、力が漲ることもなく、あわわあわわとオロオロしちゃう。
「くっ。巧妙な罠にかかりました! 力が封印されています!」
豆腐パワーを自ら封印したアホな幼女は敵の罠だと言い張った。だって、力が使えなくなっているんだもの。敵の罠だと思います。
「ネム様。私にお任せを! 『旋風』」
「え? ちょっと待っ」
ロザリーがフンスと鼻息荒く、良いところを見せようとその手に魔力を込めて、二枚目イアンを竜巻で覆う。後ろに乗っていたミントはその威力に吹き飛ぶ。まったく容赦のないエルフ娘である。ネムへと良いところを見せようとしているのだろうが、主に対して躊躇いなく攻撃魔法を放った。
「ウグぉ?!」
竜巻により、二枚目イアンはズタズタに身体を引き裂かれて吹き飛ぶ。
二枚目イアンは旋風により130のダメージ!
みたいな感じで、血だらけとなって倒れる。
「ふふふ。見ましたか、ネム様。私の魔法を。私の力を! イラがイラとか、イラみたいな女とは違うという訳です」
「たしかに強いですけど、強いですけど、前からこんなに強かったでしたっけ?」
「たまごど」
「修行ですか、修行ですね。頑張りました。良い子良い子してあげます」
ロザリーの頭をナデナデしてあげます。ナデナデ。
ふへへと美少女は他人に見せてはいけない顔でヨダレを垂らす。イラがムキーとハンカチを咥えて悔しがる、が。
「コントはそこまでよ。あれを見て」
「あれって? ……なるほどです」
静香の指差すイアン。血だらけで倒れているが、その姿が二枚目から髭もじゃの山賊に変わっていく。
あれ? 私はかっこいいセリフを口にしたのに、やっぱりコンプレックスをお父様は持っていたの?
「ちょっと違うみたいですよ、主様」
その身体から幽霊みたいに、何かが出てくる。黒い水晶がふわりと浮くと黒い粒子が集まり、肉が生み出されてか皮を纏い獣の姿となる。狸の身体に蛇の尻尾、ヒヒの顔。
「なんだなんだ? 英雄ごっこをして楽しんでいた吾輩を攻撃してきた愚か者は?」
5メートル程の身体を持つ化け物。嗄れた老人のような声で怒鳴るのは、見たことがある姿だ。ゲームでだけど。
「このイアン伯爵領を支配する悪魔精霊鵺様の邪魔をする奴はどこのどいつじゃー!」
鵺。有名すぎる化け物である。渡辺なんちゃらが倒した妖怪だっけ?
「この領地は私のお父様、イアン・ヤーダ伯爵の領地! 貴方は私たちが倒す! 勇者ロザリー率いるりっぱでかっこいー勇者パーチーが!」
わあっ、と、人々が突如として現れた鵺を前に逃げ惑う中で勇者ロザリーの後ろに隠れている幼女は、チラッと顔を覗かせて宣言しちゃう。
パワーが封印されたネムは勇者ロザリーに頼ることにした。だって、豆腐が使えないんだもん。おのれ、魔王め。私の力を封印するとは!
「あぁん? 勇者? そんなイベントがあったかぁ? まぁ、良い! それならば、相手になってやろう。このミルドランコーポレーションの課長の鵺がな!」
「あの、役職は口にしないでくれます?」
ズシンと鋭い爪を持つ足を踏み出して、鵺は凶暴そうに牙を剥き出しにするのであった。
課長かぁ。




