108話 説明を聞くキグルミ幼女
精霊界に行ってきますと言って、お店に移動。ネムはナップサックに色々な物を入れてワクワクしていた。
「ポテチはおやつに入りますです?」
「明らかに入ると思うわよ?」
「ロザリー。ポテチつくって〜」
おやつにポテチは必須だよと、ロザリーの足にぴたりとくっついて、クイクイと服を引っ張る幼女。
ぐはぁと、ロザリーは鼻血を出して倒れ込む。あまりの幼女の可愛さに興奮の許容度が越えたらしい。
「主様。妾が作っておきましたよ。はい、どうぞ〜」
ニコニコとイラが小袋に入れたポテチを手渡してくるので、素敵とおめめを輝かせて受け取る。
「ほいさっと、飴玉もチョコレートも用意しておきました。私はそこの倒れている役立たずとは違いますからね〜」
「むむ。ネム様、私はお弁当を用意してあります! いなり寿司に卵焼き、一口カツも入っていますよ。ネム様の好物ばかりです」
ガバッと立ち上がったロザリーが、イラに対抗するべくフンスと鼻息荒くお弁当箱を手渡してくる。わーいと、幼女はお弁当も受け取っちゃう。
「これから遠足楽しみです。ワクワクです。ホラー展開の世界じゃないですよね?」
お弁当におやつ。両手にそれらを持ち抱えて、むふふと輝くようなスマイルを浮かべるネムである。
「お気楽な幼女はあんなこと言っているけど、本当のところどうなの? 夢の世界は危険じゃないのかしら?」
美女スパイモードな静香は、コントをしているトリオにため息をつきながら、縁側に座るお爺さんに問いかける。
お爺さん。即ち、ラスボスを引退した浅田艦長は湯呑を手にしながら、ふむぅと顎に手を当てる。
「夢の世界は、精神だけの人間となった存在が創ったもう一つの世界だな。創造した世界は嘗てどこかの次元を超えた存在が使っていた次元転移システムを模倣されている。一時期流行ったんだ、精神だけの存在となるやつ。不老不死になれると機械化したり、精神だけとなったり」
「失敗したんでしょ?」
当たり前のことよねと尋ねる静香に、浅田艦長は頷く。
「まず機械化だが上手く行かなかった。バグが多すぎたんだ。人の思考をパッケージ化する試みは最初は上手く行った。だが、すぐにわかった、バグがある場合はバージョンアップをするのだが、バージョンアップをすると性格などに毀損が発生する」
「わかりやすいわね。機械と違って人間の性格は複雑怪奇。思考も入れるとカバーしきれなかったのね」
壁に寄りかかり、腕組みをするクールな女スパイ。幼女もそのクールな雰囲気に気づいて、あたちも入るとぽてぽて側にやってきた。
「とーぜんでふね。機械化なんて無理に決まってます。メンテナンスフリーな人の思考を宿す機械なんてあるわけないです」
幼女もわかっているよと、ふふーんと壁に寄りかかり、ちっこい腕を組む。
天ぷらだもんね。ジュージューだもんね。幼女はナスの天ぷらおかわり。
「メンテナンスは設計者が機械化して、中から行う予定だった。機械が自分の身体を直す。だが、設計者は最初のバージョンアップで欠損補完により変わってしまった。設計者は狂いメンテナンスは不可能となった」
「魔王になったんですね?」
幼女わかっちゃったと、キリリと真面目な幼女。シリアスだぜ。
「いや、豆腐職人に転職した」
「私、お昼寝しまーす」
ぽてんと床に倒れて、おやすみなさーい。知らんよ、あたちのせいじゃないもんね。
「というわけで、機械化は一気に廃れた。次は精霊化だ」
「豆腐の精霊になったんでしょ? どーせ」
もうわかっているよ。不貞寝しまーす。幼女は不機嫌になってコロコロと床を転がっちゃう。
だが、予想と違って、浅田艦長は首を横に振った。
「精神だけの存在は不安定だ。なので、精霊水晶に精神を宿して、精霊化して、創造した自分たちだけの世界で暮らそうと企んだのだ。だが、次元を操り世界を作る試みは失敗し、偶然の産物か、人の精神が住まう自らの世界と接続したのだ。無意識の深層意識が集まる世界だな」
「なんだか怪しい話になってきたわね?」
薄っすらと笑い静香は目を細めて、ネムはロザリーの敷いてくれたお布団に包まる。ネムはもう騙されないよ、どうせ最後は豆腐職人になるんでしょとおねんねしちゃう。聞く気はもはやない模様。布団の隙間からこっそりおみみをダンボにしていたりするが。
「無意識の世界の人間。その世界はなんなのか? 研究が成された。その世界の人間を殺すとどうなるか? 生きている人間は死ぬのか? 精神の世界の持ち物はこの世界に持ち込めるのか?」
浅田艦長はお煎餅を口にして、パリンと割る。どうやら、サポートポジション枠に入れたお爺さんの説明は続く。
「結果は、精神だけの世界でその人間を殺しても意味が無かった。たんにこの世界の人間の精神の仮住まい。たとえ死んでも、悪夢を見たと目覚めるだけで嫌がらせ程度にしかならなかった。そして、その世界の物はこの世界には持ち込めない。精神だけのものだからな。人はそこを夢の世界と名付けたのだ」
湯呑からお茶を一口飲んで、話を続ける。夢の世界。そこが禁忌の精神の世界となるみたい。で?
「精霊となって、そこで暮らす。夢の世界。不死の世界だ。食べ物も自由に食べれ、遊び呆けて、永遠に暮らせる。そんな世界だ」
「まさに夢の世界ね。現実の世界には本当に影響は無かったの?」
「悪夢、暗示と言う点で影響は僅かにあった。だが微々たるものだ。すぐに暗示は解けて、悪夢は忘れる」
「それじゃ、なにも問題ないじゃない。めでたしめでたし? なら、禁忌にはならないわよね?」
夢の世界だ。悪い影響はなく、永遠に不死として暮らす。良いじゃんね?
「夢の世界を発見したゼニスキーは夢の世界の王となった」
「名前からして不穏なんですが?」
つっこんじゃったと、お布団の中で聞いていた幼女は舌打ちしちゃう。だってゼニスキーだよ?
「うむ。ゼニスキーは商人だ。ミルドランコーポレーションを持つ企業の社長。金を稼ぐのが大好きであった。彼は夢の世界を支配したが、まったく面白くなかった。願えば叶う夢の世界。商人の出る幕はない」
「タダで物が手に入るんですものね」
「だから、精霊化したゼニスキーは夢の世界を体系化したのだ。精霊化した部下を各地に配置。この世界と同じ法則で成り立つ世界に変えた。ミラーリングシステムだな。常にこの世界と同期しており、夢の世界は夢ではなくなった。普通の世界へと変わったのだ」
「労働が必要な世界に理想郷を変えるって………そいつアホね」
商売をしたいから世界を天国ではなくす。本末転倒な話だが、人間なんてそんなものよねと、静香は呆れたようにため息をつく。
「ゼニスキーがそうして世界を働く世界へと変えたことに気づいて、時の支配者は夢の世界と繋がっていた世界移動用ゲートのマスターキーを使い封印した。それが過去の出来事だ。自分の会社をこの世界に残していたゼニスキーはその資産を全て奪われた。そのことに怒り狂ったゼニスキーは復讐をしようとこの世界を狙っている。なので、夢の世界へのゲートを開けることは禁じられているのだ」
「魔会社ミルドランコーポレーションが生まれたんですね! ちゃちゃらーらーらー、らーらー、勇者ネムが誕生です!」
ついにまともなストーリーが開始されたのだ。仲間は魔法使い、ヴァンパイア、女スパイだ。勇者ネムが世界を救うのだ。
「たんなる噂でしょ? 懲りないの?」
「懲りないです! 幼女の剣を作り出しておきますです。はぐれ幼女の鎧と盾、兜も作って、最初から強くてニューゲームです」
レベルはカンストしているし、大丈夫。豆腐技は封印しておこうと固く誓う幼女である。ファンタジーに豆腐は必要ないかもしれないと、チビッとだけ反省したのだ。幼女反省。
「精神世界でもある夢の世界は精神の強さが力を決めるぞ」
「おやすみなさーい」
やっぱ、良いや。夢の世界は幻としておくよ。幼女の精神は強いんだけど、ね。幼女は遠慮しておこうかな?
「駄目よ、面白そうじゃない。精霊化した奴らが支配しているということは、もしかしたら、夢の世界の持ち物でも、この世界に持ち込める物があるかもしれないのよ? よく聞くじゃない? 夢の宝石とかって」
ギラギラと目を輝かせた静香は布団を剥いで、幼女を抱き上げる。たしかにそんなアイテムがあるとは聞いてはいるけどね? どう考えてもやばいって!
「精神ですよ、精神? 私の精神はそりゃ強いですけど、勇者並みの精神? って聞かれると、幼女は成長期なので、もう少し時間が必要かな? って、思うんです」
おっさんの精神と幼女の精神。その2つを合わせてもきっと精神の数値は1から変わらないだろうネムは自信満々に目をきょどらせた。もうお布団の上でクロールをしちゃう勢いだ。
「私は大丈夫よ」
「そりゃ静香さんは大丈夫でしょうよ? 宝石の如き硬さを持っていますものね? 私は幼女なんですよ!」
「きっと大丈夫よ。幼女は放送コードに引っかかるから死なないの」
「現実では死んじゃいますよ! 眠り姫になっちゃいます、ネムだけに」
ビギャーと泣いちゃう幼女だが、
「主様、夢の世界って、美味しいおやつがあるかもですよ、夢だけに、夢の味がするおやつが」
「出発しましょー! 急ぎますよ!」
夢の世界だけにね。なるほど、イラの言うことは一理ある。一理しかないので、あとの危険は目を瞑るつもりらしい。
「ほいさっ。それではゲートを開きますね」
イラが手を翳すと、店内に魔法陣が闇の粒子で描かれていく。ふわりと魔法陣が輝きその中心に空間の歪みが現れる。
キィンと金属音が響き、空間の歪みがゲートへと変化していく。美しい彫刻が彫られているアーチ型の扉だ。
金色の扉であり、徐々に開いていく。
『夢の世界。ミルドランワールドへようこそ』
「なんかファンタジーっぽいですよ。魔王が潜んでいそうな感じがします!」
ネオン輝くド派手な看板はいつものことなので無視です。
「さぁ、ここを潜れば夢の世界です、主様。ムドンの追跡から間違いないはずです」
「はぁい」
ナップサックを背負って出発だ。夢の世界はどんなんだろうね。




