107話 怪しげな儀式を見るキグルミ幼女
夜更けである。ヤーダ伯爵領都から少し離れた森林で、ゴン太王子たちは密かに集まっていた、地面には六芒星が書かれて、真ん中にはピンクダイヤモンドが置かれている。
「よし、準備はオーケーっすね?」
ゴン太王子が周りに確認すると家臣たちは頷く。
「はい。ミスリルの粉による魔法陣。作成した魔法陣に間違いはないか二度チェックもしました。ピンクダイヤモンドも所定の位置に配置済みです」
魔法陣の書き間違いを防ぐために、二度チェック。常識だよねと危機管理がなっている家臣たちに満足する。
「このピンクダイヤモンド。天使の心臓があれば、悪魔精霊ムドンも暴走しないはずっす。では詠唱を始める!」
「ハハッ」
ゴン太王子たちは詠唱に合わせて手を空に翳し、歌い始める。
「べんちゃら〜、べんちゃら〜! 悪魔精霊ムドンよ、おいでませ〜、べんちゃら〜べんちゃら〜」
まるで宇宙人を呼び出すような詠唱であった。謎のカルト集団の如く、ゴン太王子たちは踊り狂い、エルフにあるまじきアホな詠唱を歌う。さすがはふぁんたじー。儀式魔法もあるのだ。そういうことにしておこう。
べんちゃら〜べんちゃら〜とエルフたちは狂ったように踊る。その中で狂っているかもしれない白い塊も私も混ぜてくださいと、ぴょんぴょんと跳ねている。全く懲りない人物が1人紛れ込んでいる模様。
そうしてしばらく踊って汗だくになり、息を切らすゴン太たち。白い何かは即行飽きて、消えていた。
その中で、魔法陣が光り始めて、森林の暗闇を照らす。
「おぉ。ようやく来たっす!」
喜びの声をあげるゴン太王子のとおりに、魔法陣から何かがせり出してきた。
ズルリと茶色の毛皮を持つ手が出てきたと思うと、のそりとそれは姿を現す。
「この悪魔精霊ムドンを喚びだしたのはそなたたちか?」
それは茶色の毛皮に目の周りを黒くして、つぶらな瞳が可愛らしい腹が太っているので出っ張っており、ポンポコとなりそうな5メートルはある体躯の巨大な悪魔精霊であった。
「そのとおりだ、悪魔精霊ムドンよ! この精霊王国の第一王子ゴン太がそなたを喚びだした!」
「ほほう?」
と、たぬき、ではなく、悪魔精霊ムドンはニヤリと歯をむいて楽しそうに嗤う。
「なるほど? 願いを叶えようと言うわけか?」
「そのとおりっす! 私の願いはこの街の領主イアン・ヤーダの思考を少し変化させて、ユグドラシル王国に世界樹を渡すこと、だ」
ゴン太王子は勢いこんで、願いを口にする。夢の悪魔精霊ムドンは夢から相手の深層意識に忍び込み、その心に暗示をかけることができるのだ。
「代価を貰うが良いのだな?」
「もちろんっす」
クククと悪そうに嗤うムドンに、僅かに怯むがゴン太王子は強く頷いた。魔法陣の真ん中にあるピンクダイヤモンド。その力にて、契約は踏み倒せるのだから。
借金を申し出ながら、すでに踏み倒すことまで考えている酷いエルフだ。
それを知っているのか、知らないのか、ムドンはニヤリと嫌な嗤いを浮かべて手を翳した。
「ここに契約はなった。契約内容復唱。イアン・ヤーダが領地にて持っている世界樹をゴン太・ユグドラシルに譲渡するように夢の世界で説得する。相違ないな?」
「相違ない!」
その言葉と共に、魔法陣が上空に現れて、バチバチと紫電を散らす。そして、ムドンは声高々に叫んだ。
「イアン・ヤーダへの世界樹の譲渡をするように説得。説得は成功。ただし、この者は世界樹など持っていなぁい」
クヒヒと哄笑するムドンの言葉に、ゴン太たちは驚き戸惑う。
「そんなバカな! あれは世界樹のはず!」
「ばぁかぁめ! あれは精霊たちの創造の木。世界樹よりも希少な木だ。では、契約を執行する! 対価はお前たちの魂!」
「グッ! そんな木が……天使の心臓起動! 契約を無効化せよ!」
悔しがるゴン太王子は、天使の心臓を起動させようとするが、ぽふんと音がして、煙を吹き出してピンクダイヤモンドは2つに割れて、ハズレと書かれた文字が出てきた。
「はぁ?」
目が点になり、ゴン太王子たちは呆気にとられ、たぬきは指をゴン太王子たちに突きつけた。
「オーホッホッ、契約を無効化しようなんて、悪い人たちですね? では、対価をいただきます。ドーン!」
どこかの笑っているセールスマンみたいなセリフを吐いて、ムドンは指から闇の魔力を撃ち出す。
「グアァ!」
その光を受けて、ゴン太王子たちは石化して、ポゥっと半透明の姿の自分が弾かれるように出てきた。ピクリとも動かずに気絶しているようだ。
「ふふん。では、夢の世界で楽しんでもらおうか。がっはっはっ」
倒れている半透明のゴン太たちを魔力で浮かせると、ムドンは魔法陣の中へと一緒に沈み込み消えていくのであった。
そうしてコオロギがリリリと鳴いて、フクロウがホーホーと声をあげる中で、草むらがかざりと動き、ほっかむりをした幼女たちが顔を覗かせた。
「あわわ。私、あのセールスマン凄い苦手なんです。夢にまで一時期出てきて魘されてからは、あの顔がちらっとでも出てきたら怖くて目を背けちゃうんです」
白銀の髪が美しい幼女はおててを口にそえて、ぷるぷると震えちゃう。
「わかるわ。あの顔と笑い声って、なんか頭に残るのよね。結末も怖いというより、嫌な気持ち悪い終わり方だし」
ウンウンと黒髪の妖しい魅力を持つ女性が同意する。
「あれは、契約の不履行のペナルティを免れた人っているんでしたっけ? 主様?」
「たしか性悪女子高校生が免れた覚えがあります。あのセールスマンが恋した女性。性格が悪かったんですけどね」
「苦手と言いながら、貴女全話見ているでしょ?」
「何かの番組の中でやってたんですよ。その番組は忘れましたけど」
「ネム様、私にもわかるように教えて下さい。仲間外れにされているようで寂しいです」
不満そうなロザリーの言葉にお喋りをしていたネム、静香、イラは顔を見合わせる。
「えっと……。ゴン太王子は夢の世界に連れ去られたようですね」
説明が面倒くさいので、すべてを省くキグルミ幼女である。
むぅと不満そうな顔であるが、ダメ? と、ネムがうりゅうりゅおめめで見上げるとぎゅうと抱きしめてロザリーはあっさりと機嫌を直した。
「わかりました。夢の世界。禁忌の魔法ですので、ゴン太王子の末路に同情はできませんね」
抱きしめながら、頬ずりしてきながら、ロザリーはあっさりとして口調で教えてくれる。夢の世界って、なんじゃらほい?
「夢の世界とは、人々の深層意識の集まった場所と言われております。様々な夢を具現化しようと、雑多な人々の意識の集合体だとか」
「入る前からわかりました。理解しました。オチを見抜きました。ほのぼのとした義理の妹がいる世界ではない予感がします。厨二病の子供が暗躍するサイコなブレイクの予感がします。あれって、グロい世界だったんですけど」
クリア特典のマシンガンが弾丸補充ができなかったしと、あれは金庫マンが怖かったと思い出す幼女である。
「夢の世界のことは言われている以上は不明です。行った者は帰って来ないと言われていますし」
「そうなんですか……では、ゴン太王子たちを助けることはできないです? ちょっとだけ罪悪感があるんですが。宝石をすり替えましたしね」
ね、と静香の方に顔を向けるが、
「あら、私は拾った物を返したつもりはないわよ? 悪事に使う予定だったんだもの。ジュエリー星の正義の使徒としては見逃せないわ」
正義よ、正義と、犯罪者は述べております。
でもまぁ、そのとおりだ。人の親を洗脳しようなんて、完全にアウトである。……とはいえ……。
「ユグドラシルの王子たちが、ヤーダ伯爵領地で死んでたらまずいですよね、主様?」
「イラの言うとおりです。瑕疵を突かれてこの土地を没収とか、貴族なら言い出しそうですよね」
そうなんだよね〜。面倒くさいことになりそうな予感。この場合、健気で聡明でか弱い薄幸の世界一の美幼女が王子の婚約者にとかで手を打つとか言われそうだよなぁ。まぁ、行かないけど。その前に王城は隕石が落ちてきて消滅しちゃうだろうね。
「妾は役立たずのどこかのエルフ娘と違い、ムドンの後を追えますよ?」
ケッと、ロザリーを見て舌打ちするとイラはネムへとニコリと笑う。ロザリーがその舌打ちを見て、ケッと舌打ちする。この二人の仲が良すぎて幼女は嬉しいよ。
「さすがは闇の精霊です。それじゃあ、仕方ないから助けに行きますか」
仕方ないと言いつつ、ソワソワワクワクしているネム。口元もニマニマして、新たなる世界に期待大。お菓子の家とかあるかしらん。
「駄目です、ネム様!」
その行く手を新レギュラー的ポジションのロザリーが立ちはだかる。
「危険ですよ、ネム様」
ネムの力を知らないロザリーなので、危険だと言ってくるのだろうと、ウンウンと頷き、ドヤ顔で人差し指を振って、チッチッと小鳥のような可愛らしい舌打ちを見せちゃう。その姿は大魔王を倒して、神様のいる世界に辿り着いた野菜人の如し。このあと、ミスタータンポポにボコられる可能性大。
「ロザリーには隠していましたが、私は世界の危機を何度も救っているんです、この間も進化の究極生命体を倒したんですよ」
卵豆腐を食べたことを倒したと言い張る幼女がここにいた。というか、お土産に持って帰ったので、近所のおばさんたちも世界を救ったことにその論理だとなります。
「このままだと夜更ししちゃいますよ? こっそり出てきたんですから。ミント様にまた朝うつらうつらしていたら怒られちゃいますよ?」
最近クソゲーと言いながら夜中まで携帯ゲームでスベランカーをやっている幼女。今のところ、最高新記録は三面だ。眠くて朝はうつらうつらとしていたりする。
「……帰りましょう。きっと何泊してもストーリーは進まないはずですし」
お母様が怒ると怖いと、即座に意見を翻す幼女である。ミントお母様は怒ると怖い怖いなのだからして。
「ほいさっ、それじゃあ、主様。この石像たちは埋めておきますね」
「任せました。さ、早く帰ってねんねします。ホットミルクを作ってくださいロザリー」
「ちゃんと寝る前に歯磨きをして差し上げますね」
そうして、夢の世界へは次の精霊界に行く日へと延期されたのであった。
幼女は信じています。ゴン太王子たちが生きていることを。きっと精霊祭の準備でもしているよ。あの魔王優しすぎだよね? なんであんな美味しい環境に主人公を飛ばしたのかしらん。




