105話 真面目な幼女に戻ろうとするキグルミ幼女
おうちに戻ったネムは、とりあえずお店に顔を出して、鹿のソテーに舌鼓を打っていた。鹿って美味しいんだね。
じゅうじゅうと鉄板に乗ったお肉の肉汁が鳴って美味しさを増します。
うまい、とりあえず生ビールもほしいですと、内心で叫ぶおっさんの魂。幼女の成長に悪いから、自重してくれないでしょうか。永遠に。
そんな世界の嘆きはまったく聞かないおっさん幼女はふんふんとご機嫌にソテーを口に運ぶ。おかわりください。
「これが悪の組織から手に入れたお土産? 豆腐にしか見えないよ?」
同じく鹿のソテーを食べている真魚が、テーブル横に置かれている卵豆腐を疑いの眼差しで見てくる。本当だよ、多すぎるからご近所に配っているのだ。美味しいよ?
「そんで、あのお爺さんが、世界を滅ぼそうとした悪の人?」
縁側でのんびりとお茶を飲んで寛いでいるお爺さんを指差す真魚。ウンウン、気持ちはわかる。気持ちはわかります。
「厳密に言うと、世界を滅ぼそうとしたわけではなくて、進化の先。究極の生命体を作ろうとして、豆腐職人になったお爺さんです」
「わからないよ! 厳密に言うとなんで豆腐職人に変わっちゃうの? 英雄譚でも、魔王は出てくるけど、ラーメン屋の店主に転職なんかしないじゃん!」
グサッとソテーをフォークで突き刺して、ムグムグ口に頬張る真魚。ウンウン、気持ちはわかる。気持ちはわかります。
「卵豆腐はそれだけ美味しかったということです。美味しい卵豆腐に出会うのは本当に大変なんです。だから、誰のせいでもないんです」
世界の理を面白おかしく変えてしまった幼女は、すっとぼけることに決めた。邪神とか現れないだけ、良かった良かった。英雄なんていらなかったんだよ。豆腐があれば良かったんだよ。
「はぁ……ま、法螺にしても面白くないから、周りに話さない方が良いよ? ネムちゃんのイメージががらがらと崩れるから」
「結社パラソルの仲間にしか世界の真実は教えないので大丈夫ですよ」
嫌な真実である。きっと誰も知りたくない世界の真実に違いない。ある意味秘密結社が持つに相応しい秘密だ。……本当にそうかは考えてはいけないと幼女は思います。
「まぁ、私の目的はある意味、無意味だったということだ」
のんびりとお爺さんは白髭を扱きながら、口を開く。
「どういう意味ですか?」
「いやな、あれは卵豆腐は完成品と同じ存在と理解したのだ。完全生命体は、不死であり、その意識も肉体も完全であるから、自己だけで世界が完結しておる。動くこともなく、思索することもなく、石のようになると私は悟ったのだ」
「卵豆腐は美味しかったと言うわけですね?」
わかったよ、幼女は頭が良いからわかったよと頷く全然わかっていないネムである。おっさんの頭は全然役に立っていないことが判明しました。
「違うわよ、ネム。ほら、火山で宇宙に飛ばされたラスボスよ。あいつは石になったでしょう? 結局そういうことになるということね」
美女バージョンの静香がフワァと欠伸をしながら、ソファに寝そべって教えてくれる。
「なるほど。ラスボスは隕石になるんですね? 理解しました」
理解したよと、全然理解していないネム。腕組みをして、わかったように頷いた。ネムの特技知ったかぶりである。ツッコまれたら、おめめうりゅりゅの特技を見せちゃうぜ。幼女って、お得だよね。
「ま、良いわ。もう終わった話だし」
「転移の指輪、次元転移はメンテナンス中になってます」
指に嵌る指輪を眺める。鈍い色に変わっており、この世界の中でしか転移できないように変わっている。次元転移、メンテナンスはいつ解除されるのかなぁ。
「私は疲れたよ。爺さんは疲れたよ。もうあとはのんびりと暮らすことにするよ」
ズズッとお茶を飲みながら煎餅を齧る浅田艦長。燃え尽き症候群になった模様。
「それじゃあ、世界は平和になったんですね。もう浅田の暗躍もないですし。私たち秘密結社パラソルのしょーりです!」
むん、とソテーを突き刺して高々と掲げて勝利宣言をするネム。ソテーをぶんぶん振り回すので、ソースが顔にかかってびちゃびちゃだ。
「ネム様、お目を瞑ってください。顔をお拭きしますので」
「はぁい」
おめめをぎゅうと瞑って、ロザリーが顔を拭いてくれるので、ジッとする。むいむいと拭いてくれて、キレイキレイになる。んん?
「な、なんで、ロザリーがいるんですか! ここは秘密結社パラソルの秘密基地にして喫茶店のスターズですよ!」
ネムはびっくりして、顔を拭いてくれたロザリーを見る。いつの間に来てたの?
そこにはネムの専任メイド。変態にして変態なエルフ娘、ロザリーが立っていたので驚く。
「ネム様が世界を守る戦いを人知れずしていたなんて…、水臭いですよ! 私も混ぜてください!」
「なんでわかったんです?」
色白の肌の美しい顔立ちのロザリーは、フグみたいに頬を膨らませて怒ってくる。美少女なので、怒った顔も美しい。
「どうやってわかったんです? 秘密にしてたのに!」
「ネム様が、あしたのよていひょーに、ひみつきちにいっておみやげをわたすと書いてましたので、わかりました」
「あれは私の秘密のメモなのに! 読んだら駄目って言っておいたでしょ!」
プンスコとお餅のように顔を膨らませて幼女も怒っちゃう。読んだら駄目って言ったでしょ。
「申し訳ありません、ネム様。掃除の時に偶然引き出しを開けてしまいまして。ナンバータイプの鍵も一番上を左にずらしたら開けることができましたので。オヨヨ」
忘れっぽいので純白のメモ帳を作ったネムは、引き出しにネム以外は壊せない鍵を作った。10桁の数字を揃えないと開けられないタイプを作ったのだ。ナンバーを忘れそうだし、揃えるのも面倒くさいので、一番上の数字をずらすだけにしたら、バレた模様。横着者がよくやるパターンなので、誰しも鍵を開ける時に最初にやるのであろう。
「お詫びに、上杉商会から生チョコレートを買ってきました。お食べください」
スッと美味しそうなチョコレートの詰め合わせを差し出してくるロザリー。美味しそうだねと、おめめを輝かせちゃう。
「仕方ないですね。次は気をつけてくださいよ?」
チョコレート大好きな幼女は、すぐにご機嫌幼女に早変わりした。幼女だから、怒ってもすぐにお菓子でご機嫌を直せるのだ。
「では、秘密結社パラソルの部下第五号にします。秘密は守ってくださいね?」
口の周りをチョコレートでベタベタにして、幼女はふんすと胸を張った。
「お任せください、ネム様。私がこれからはお世話しますので」
「ア〜っ! ダメダメ! 主様は妾がお世話するんだから! さっさと帰って。帰って寂しく主様のお部屋でも漁っていて!」
おかわりのソテーを持ってきたイラが、キシャアと牙を剥き出しにして、ロザリーへと怒鳴りつける。
「もう、ネム様の物は保管したので、新たなるコレクションが必要なんです! ところで、貴女はどなたですか?」
「私はイラ! 主様の第一の従者にして、最強なる者!」
「けっ! そんな爆裂娘みたいなセリフを言うなんて、キャラがたってませんね! ネム様、この娘は危険な匂いがします、首にしましょう!」
「お前は私の怒りを買ったぞ〜!」
二人が精霊魔法を使い始めて暴風が生まれる。どんがらがっしゃんとテーブルが吹き飛び、椅子が宙を舞う。
あわわとネムと真魚はソテーを手に取り縁側に避難した。水と油が出会った模様。
「む〜ん、全然平和になったように見えませんよ? やはり、空が赤くなり凶悪な魔物が徘徊しないと、世界の滅亡とはわからなかったですね?」
「というか、特に私は悪いことはしていないからな。チャンスを狙って眺めているだけだったし。人間というのは黙っていても争う生き物だからな」
バリッと煎餅を口で割って、浅田艦長はのんびりと言う。たしかになぁ。
何かの小説で、神様の世界に行った男が、荒々しい獣みたいな神様と、のんびりと何もしていない優しげな神様を見て、近くの神様にあれは、戦争を司る神様と平和を司る神様だと教えてもらう。そこで憤慨して優しげな神様に一言言おうとするのだ。平和の神様、もう少し仕事をしてくださいと。だが、それを聞いて優しげな神様は自分は戦争の神様だと答える。人間は神様がかかわらなくても、争うから仕事をする必要がないんだと。荒々しい神様が平和の神様で、忙しく戦場を渡り歩いているから、荒々しくなった、そんなオチである。
「さて、私は仕事をする気はもうないのでな。あとは自由に暮らすつもりだが、そなたはこれからは面倒くさいことになろう」
「ほへ? これが面倒くさいことです?」
でろでろでろと、イラとロザリーが魔法を撃ち合っているのを指差す。ロザリーが炎を生み出すと、イラが闇の球体に吸収していた。異能力大合戦である。
「いや、外を見てみたまえ、面白い集団が来ておるぞ?」
まじで? と、幼女は嫌な表情に変わる。この爺さん、第2期で仲間にしれっと入った1期のラスボスのポジションになろうとしているな?
まぁ、言うとおりにしてみますかと、窓へと近づき外を眺める。と、エルフの集団が歩いていた。堂々と歩くその先はお父様のお城だ。
「トラブル! トラブルの匂いがしますよ? なんでです? 世界は平和になったのに」
「全然知られない戦いだったものね。仕方ないわよ。地上では関係なかったし」
えぇ〜と口を開けるネム。もう面倒くさい戦いは終わったんじゃ?
「ネム……気づいてる? 全然街のことは解決していないわ。貴女はやりたいことだけやって放置していたでしょ?」
フフッと妖しい微笑みの静香の言葉に口元を引きつらせちゃう。
「冒険者たちも増えてきて、治安が悪くなってもいるよ! それにお金儲けができるからって、こっそりとダンジョンに潜ろうとする人もいるし!」
「付け加えると、王家も動いてきておる」
「真魚さん、浅田艦長! 聞きたくないので、お昼寝します! それじゃあ!」
ビッとおててをあげて、お昼寝をしようと走りだす幼女であったが
「なにかお城は大変なことになりそうよ?」
止めるでもなく、嫌なセリフを口にする静香へとゆっくりと嫌そうな表情でネムは振り返った。
「わかりましたよ、わかりました! 行けば良いんでしょ、もぉ〜」
まったくもぉ〜。
ところで、この鹿ってどこでとってきたんだろ?




