101話 月のキグルミ幼女
ふわりと砂埃が音なく舞い上がる。音のない世界。空気のない世界。豆腐はある世界。豆腐はいらないかもしれない世界。
月面にふわふわと豆腐が浮いていた。綺麗な長方形で柔らかくて美味しそうだ。きっと絹ごし豆腐だろう。豆腐は月面上に降り立つと、ポヨポヨと歩き始める。
「…………」
「…………」
豆腐は静寂の中でひょこひょこ歩き始める。静かな空間を重力が6分の1しかないために、ふわふわと移動していき、しばらく飛ぶと、ドームがいくつも建てられて、それを筒状の通路が繋いでいる基地を見つけた。
エアロックがある場所まで四角い豆腐は近づくと、取っ手をくるくると回して中に入る。そうして、ドアを閉めると、プシューと空気が入ってきた。
「ぷはぁ。死ぬかと思いました」
豆腐が真ん中から割れて、とうっと幼女が飛び出てきた。コロリンとでんぐり返しをして、ピシッと腕を伸ばしてポーズをとっちゃう。
愛らしくもアホの幼女はポーズをとって、口を開く。
「ネム・ヤーダ伯爵令嬢、華麗に見参ですっとと」
低重力に慣れていないので、コロコロコロリンと、また転がっちゃう。誰か止めて〜。
無重力も大変だったけど、低重力も大変なんだね。でも低重力だと、身体が軽くて面白い。空まで飛べちゃう感じがするよ。
地球から飛んできたおっさん幼女は自分がどうやって来たのか忘れた模様。視界が通れれば転移できるって、怖いんだね。最初は空気がなくて窒息するところだった。慌てて豆腐に身を包んで精霊の力で空気を作ったよ。
空気がなくても平気な幼女は、ぎりぎりセーフで窒息しなかったと、信じていた。普通は数十秒で死ぬと思うんだが。
異能幼女生命体だから仕方ない。そこにアホを付けると完璧だ。
「さて、月に来ちゃいましたよ。意外と簡単に基地見つかりましたね」
まぁ、物凄くわかり易かったんだけどね。
「静かの海にようこそって、看板あったものね。しかも月面上空にデカデカとネオンを光らせて」
頭に被った静香さんの言葉に頷く。この世界って、全部テーマパークだよね。わかりやすすぎる。隠す気ないでしょ。
「ほいさっ。中のドア開けましたよ〜」
イラがニョロンと影から現れて教えてくれる。さすがはイラ。そのどこにでも入り込める能力が羨ましい。
カシュンと音がして中へと通じるドアが開く。とてちたてーと、ネムは転がるように中に入る。
中はというと、まさしくSFの世界であった。銀色で滑らかな通路があり、扉の横にはパネルが見える。監視カメラは見えないけど、きっと隠してあるのだろう。
埃一つなく、延々とメンテナンスされていたと思われる。それか、月だから埃とか積もらないのかな?
一歩踏み出し、
「うひゃ」
幼女は勢いよく前へと転がっちゃう。すってんころりとコロコロと。小柄な身体ででんぐり返し。
ゴチンと壁にぶつかり、額をさすって立ち上がった。
「いだぁ〜。ここ、普通の重力ですね」
6分の1かなと思って踏み出したら、普通の重力だったので、バランスを崩しちゃったネムである。額が赤くなってないかなと、痛がっちゃう。
「重力制御システムが働いているのね。ここはスタッフ通路のようよ」
通路の壁にスタッフオンリーと書いてある。なるほど、他に出入り口あったのね。たぶん宇宙船を入港させる場所。ここもテーマパークっぽいもんなぁ。というか、この世界は本当にテーマパーク多すぎ。食い合って失敗する光景しか目に浮かばないよ。
「主様、ここって、どうなっているんですかね?」
イラは早くもテーマパークを楽しみたい模様で、ゴスロリスカートを触りながらソワソワしている。気持ちはわかるけど……。学習しちゃったよ。幼女も学習しちゃったよ。
きっとろくでもないと。
なので、眉をきりりと引き締めて、ネムはイラに答える。
「ちょっとだけですよ? ほんのチラッとだけ」
まったく懲りない幼女であった。学習能力はおっさんのデリート能力に負けている模様。
装甲のような厚さ50センチ近い分厚い扉があり、そこからテーマパークの通路に入れるみたい。テーマパーク通路と書いてあるし。細かく案内が表示されているので、間違う理由がない。
「懲りないのねぇ」
「少しだけ。少しだけです」
静香の呆れた声にも、大丈夫、大丈夫と、今までのパターンから、全然大丈夫じゃない言葉を吐きつつ、幼女はんせんせと扉を開けて、中をこっそりと覗いた。
ちょっと薄暗い。スタッフルームは煌々と灯りがついていたので、薄暗いとよく見えないので、目を凝らす。
「キシャァ」
ベチャ
何かが張り付いてきて、視界を埋めた。首に紐みたいのが巻き付く感触がします。
「ねぇ、今の私はどんなんになってます? どんな感じです?」
おててを前に翳してよろよろと歩いてイラに尋ねる。宇宙基地のコンセプトで、この感じ。嫌な予感がします。
「あ〜っと………宇宙カブトガニが顔に張り付いています、主様」
「それって、カブトガニじゃないと思いますです。なんか管を口に入れようとしてきていますし」
もぉ〜、と張り付いていたカブトガニを掴んでベリッと剥がす。
「ミニハンスちゃんモード!」
純白の粒子を体に纏い、パワー重視のミニカウボーイハットにブカブカロングコートを着たミニハンスちゃんに変身する。
カブトガニは手の中でカサカサ動いていて気持ち悪い。……これ血液は……。
「やあっ」
気持ち悪いので、壁に叩きつけちゃう。ガウンと物凄い音を響かせて、壁がへこみ、カブトガニは潰れた。シュウシュウと音がして、血液のあった場所が泡立つ。溶けはしないが。
「酸対策はしているんですね」
「まぁ、していない方がおかしいわ。4とか、酸の血液を持っているのわかっているのに、なんで対策をしていない檻に閉じ込めていたか、わからなかったわよね」
「あれ、意味不明でしたよね。ザルにもほどがあります。普通は爆弾を女王の体に埋め込んだりしておきますよね」
有名な古典映画の話をする緊張感のないネムと静香。目が慣れてきて、よくよく通路を見ると、通路は気持ち悪い硬質の肉塊みたいな物に覆われていた。そこかしこに腹を食い破られた人の死体……に見せかけた人形が張り付いている。趣味悪いです。
「さて、スタッフルームへと戻りま、アダッ」
もうここのテーマパークは見なくて良いかなと、目を逸らして出ようとした幼女だが、何かに殴られて張り飛ばされた。
通路の奥への吹き飛ばされて、コロコロ転がっちゃう。幼女はちっこいから、よく転がっちゃうのだ。
『闇爪』
「キシャア」
即座にイラが爪を伸ばして、漆黒のオーラを纏わせて一閃する。ピシリとプラスチックを割ったような音が響き、暗闇の中に潜む者は分断された。
「なんなんです? って、ぎゃあー」
立ち上がろうとして、何かが覆い被さってきたので、パニックになる。何かは口の中に杭のような口がある化け物だった。
「成体です! 成体カブトガニがいます! いたっ、痛いっ」
成体カブトガニは杭のような口を打ち出してくる。ドスンドスンと幼女の額に当たって痛い。肌が赤くなっちゃうでしょ。
「てやっ」
口を掴んで、ぶん投げる。ミニハンスちゃんのパワーは伊達ではないのだ。
そのちっこい身体のどこにそんな力があるのか、壁にべシャリと虫みたいに叩きつけられて四散するエイリ、成体カブトガニ。やはり酸の血液を持っているようで、ブクブクと周囲が泡立ち、刺激臭がくちゃくて、目に染みちゃう。
おめめを擦って、立ち上がろうとして、再び成体カブトガニが襲ってくるのが目に入る。他にもたくさんいる様子。
「ていていっ」
ハンマーをちっこいおててに生み出して、掴んで振るう。幼女が棒を振り回して遊んでいるようにしか見えないのに、掠っただけで成体カブトガニは身体を抉られ錐揉みして吹き飛んでいく。竜巻のような幼女である。
『体力吸収沼』
イラが周囲に闇の沼地を作り出す。手加減無用の魔法にて、その沼に一歩でも踏み込むと、成体カブトガニはその足先から灰色となって石化していくように崩れていった。
「主様! ちょっと数が多いですよ、これ」
ほいほいっとなと、イラは爪を振るい、スカートをひらめかせて、踊り子のように美しく舞いながら天井や壁に張り付い接近してくる成体カブトガニを倒していく。が、敵は通路奥から押し合いへし合い、大量にやってきていた。
「数で勝負ですか。でも私には無駄だと思うんですけど」
ていていっと、ネムはハンマーを振るい、スカートをはためかせて、学芸会を頑張る幼女のように踊りながら敵を倒していく。イラに対抗するために床に転がりスピンもしちゃう無駄にダンスが上手いアホな幼女。なんの対抗心を持っているのだろうか。
「変ね? こいつらじゃ、ネムは倒せないとわかっているはずよ?」
「たしかに……酸なんか洗い流せば良いですしね」
普通は酸がかかったら、洗い流せば大丈夫、なわけはないと思われるが。メタルな幼女は大丈夫なのだ。
浅田が攻撃してくるにしては変な感じ。普通のテーマパークなんかな? ここ、ハズレ?
普通の定義を教えてもらいたいと、成体カブトガニの群れを白蟻退治みたいに倒していく幼女たちに第三者は問い詰めたいだろう。もはや不気味なテーマパークには慣れちゃった模様。
竜巻幼女はハンマーを振り回して倒していくが……減らない。どこにそんな数がいるんだというぐらいに続々と集まってくる。
「きりがないわね。少しだけ手伝うわ」
天変地異の前触れか、珍しく静香がお手伝いをしてくれるみたい。ドスンと2台の銃を取り出す。機関銃だ。レーザーサイトがくるくると動き、銃身の向きが変わる。ガンタレットだ。
「私は2が一番気に入ってるんです」
「奇遇ね、私もよ」
ガンタレットは猛然と銃弾を吐き出して、轟音をたてながら近づく成体カブトガニを撃ち倒していく。
「ちなみに無限弾よ」
「それじゃあ、通風口以外は問題ありませんね」
弾切れが起きなければ、大丈夫。私はディレクターズカット版も、カットされていないのも全部何回も見ているのだ。
数で押すなら、こちらも銃弾の嵐で対抗と、敵を弾幕シューティングみたいにどんどん倒していくガンタレットを見て、平坦なお胸を撫でおろしていると、
キィン
金属を削るような音がして、何かが飛んでくるので、ハシっと受け止める。なにこれ?
チャクラムだ。外側が薄っすらと緑に光っている。幼女には効かないけど、これってもしかして……。
薄暗い通路をよーく目を凝らすと、不自然に空間が歪んでいるところがある。
「オーク。きっとオークです。ふぁんたじー的モンスターが遂に現れましたよ?」
「オークっぽい者でしょう」
成体カブトガニに続いて、ハンター的オークがいそうだねと、ため息をつきながらキグルミ幼女はハンマーを握り締めるのであった。
活動報告を書きました。




