女魔術士ですが、使い魔が弱すぎて婚約破棄されました。〜でもこの使い魔、様子がおかしいようですよ?〜
私は今、狭い魔術工房の床一面に書き連ねた魔法陣の上に居る。
今は召喚の儀式の真っ最中。
完全に暗記している呪文は、私にとっては聴き慣れた歌を口ずさむのと同じだ。
絶対に間違えはしない。
「冥界の番人よ、セツナ=ロイエンタールの名を以て、我が魔力に応えよ!」
呪文の最後の一文に、残るすべての魔力をこめた。
普段は力をセーブしているから、こんなに全力で魔術を使ったのは初めてかもしれない。
顎を伝った汗が床に落ちたその瞬間。
目が見えなくなるくらいの、まばゆい七色の光が魔法陣の中心で爆ぜた。
え? こんなに光るなんて聞いてないけど……
とりあえず召喚は成功したのね?!
私の使い魔、一生の相棒になるのは……一体どんな子なのかしら。
雄大な翼を持つグリフォンか。
火を自在に操るサラマンダーか。
強すぎる光にやられてくらんだ目で、召喚した使い魔の輪郭をとらえようとしたが、よく見えない。
それでも、早く私の相棒に会いたくて、必死に目を凝らした。
視力はだんだん回復し、煙になった魔力が徐々に晴れていく。
光の中心にいたのは、グリフォンやサラマンダーなどとは全く異なる存在――
金色の毛並みに蝙蝠の羽を持つ―――
手のひらサイズのハムスターだった。
「セツナ=ロイエンタール。お前がこんなにも役立たずだとは思わなかった。今日をもって、お前との婚約は破棄させてもらう!」
貴族の令嬢、令息が大勢集まるこの学校――、アークフォード魔術学園の昼下がり。
皆がくつろぐ大食堂で、突然その事件は起きた。
皆の注目を集める中で高らかに婚約破棄を宣言したのは、伯爵家のお坊ちゃま。ブノワという男だ。
「俺はマリアベルと婚約することにした。元平民のお前よりもずっと高貴で心優しく、魔術の才能も学年イチだ」
赤髪をかき上げながらブノワは私にそう言い放って、彼の後ろで小さくなっていた令嬢、マリアベルの肩を抱き寄せた。
マリアベルは、化粧でばっちりと縁取った大きな瞳にうるうると涙を溜めながら、うんうんと頷いている。
――たった今、婚約破棄を宣言された私の名前はセツナ。
私はもとは平民の出身だが、魔術の才能を認められたのがきっかけに貴族の養子になり、この名門といわれるアークフォード魔術学園に通っている。
とはいえ、魔術の才能がある平民が、貴族の養子になるのは特別珍しいことではない。魔術の素質は遺伝することが多い。なので、名家の子息は優秀な子孫を残すために元の魔力が高い女と婚約したがることが多いのだ。
だから、私を養子にしたロイエンタール男爵家のような弱小貴族は、私のような魔力の高い平民を養子にして、有力貴族に嫁がせて自分の家の地位を高めようとしているわけ。
200%の政略結婚ということだけど、そのあたりの事情もお互いの家同士で納得して、私とブノワは婚約した。
――うん、したはずだった。
怒りで震えそうになるのを必死でこらえて、ブノワの目をまっすぐと見返した。
いくら魔術の才能があると言っても、平民出身――しかも孤児だった私が、ここまでのし上がれたのは血のにじむような努力をしてきたからだ。
なのに、一方的に別の女をつれてきて婚約破棄? 人をコケにするのも大概にしてほしい。
何よりも、いままでの努力をを踏みにじられたと思うと、悔しくてたまらなくなる。
「……婚約破棄をするならせめて、理由を教えていただけますか。家同士で決めたことなのに、こうやって一方的に宣言されるだけなんて、私に対して失礼だと思いませんか」
「っ、そんな言い方、ひどいっ――」
私の至極真っ当であろう言い分に対して、マリアベルが鼻にかかる高い声で叫んだ。
……いや、なにもひどくないですけど?
ひどいのは圧倒的にブノワだ。私は皆の前で婚約破棄されて、さらし者にされてる被害者ですし。
ふざけるなと大声で言い返したいところだけれど、どうせ何を言っても、ひどいの一点張りで被害者ぶるに違いない。
ブノワの後ろに隠れている、この女ーーマリアベルは、一見この世の悲しみを背負った悲劇の美少女に見えるかもしれない。
だが実際は、なんでも自分が一番じゃないと気が済まない性質のわがままな女だと、彼女と関わった者は皆知っている。
「気分を害したならごめんなさい。でも、私にも知る権利はありますよね」
「フン……そんなことも分からないのか。先週、使い魔の召喚をしただろう。そこでお前が呼び出したのは七級使い魔だった。よりにもよって最低ランクの使い魔を呼ぶとはな! 魔力が特別高いと聞いていたから婚約したのに、こんなの騙されたも当然だ」
やっぱり、その話をだされるか。
先週の召喚の儀式は、一人前の魔術士になるための通過儀礼のようなものだ。魔術士になりたい者は一生に一度だけ、召喚の儀式を行って異界から使い魔を呼び出し、自分の下僕として契約する。
自分で言うのもなんだが、私は生まれ持った魔力がずば抜けて高く、相当高位な使い魔と契約できるだろうと期待をされていた。
にもかかわらず、実際に召喚されたのが羽の生えたハムスターだったせいで、ブノワは失望したんだろう。
「それは、誰かに邪魔をされたからです」
あの召喚の後、来てくれたハムスター君には悪いが、なにか召喚におかしいところがなかったか徹底的に調べた。
そうしたら、わずかだけれど誰かが侵入したような形跡が見つかったのだ。
「どんな使い魔と契約できるかは、魔術師の魔力次第。だから、上級の使い魔を召喚できなかった魔術士は皆そうやって言い訳をする。どうせ、もともとお前には魔力なんてなかったんだろう」
完全な言いがかりだ。
私に魔力がなかったら、ロイエンタール家が平民の私を引き取るはずがないし、ブノワだって婚約しなかっただろう。なんなら部屋から今すぐ魔力検査の証明書をもってきて、魔力の高さを証明することだってできるのだけど。
ああ、召喚の時、誰かに邪魔さえされなければ、三級くらいの使い魔は呼べるはずだったのに――
ならだれが邪魔をしたのか?
心当たりは大いにある。
「……召喚のあと、私の魔術工房を調べたら、長いクリーム色の髪が落ちていたのを見つけました。あれは間違いなくマリアベルの髪です。準備していた魔法陣を書き換えられたとしか思えません」
「っ、マリアベルがやったというのか?!」
ブノワは驚いた顔でマリアベルを見た。
だが、マリアベルは動揺するそぶりも無い。
「わたくしとセツナさんは、授業も一緒だし、普段から仲良くしてもらっているので……。セツナさんのお洋服にわたくしの髪がついていて、それが落ちただけではないかしら?」
「あ、ああ、そうだな。髪がおちていたなんて、そんなことでは何の証拠にもならない。セツナ、お前のような自分の失敗を人に擦り付けるような醜い女は願い下げなんだ」
その言葉を聞いて、マリアベルは私にしか見えない角度で意地悪そうに笑った。
あの女に間違いないとわかっているのに、なんて歯痒いんだろう。
だが、ブノワの言う通り、はっきりとそれを証明する手段もない。
「ブノワさんっ……、セツナさんは普段からとっても努力されていらっしゃるんです。それが本当のことだとしても……あんまりはっきり言うのは可哀そうです」
マリアベルはぷくっと頬を膨らませて、ブノワを上目遣いで見つめた。
――なにを言っているんだろう、この女は?
私が元平民だっていうことを吹聴してまわったのは、あんたでしょうが。
婚約者の財産を狙ってるだとか、先生に色目をつかって成績をごまかしているって噂も流されたことがあったかしら? 私には正直、マリアベルの自己紹介にしか思えないのだけど。
彼女にロックオンされてしまった男はみんな、この小動物みたいなふわふわの見た目に騙されるのだろうか。ああ、頭が痛い。
「こんな女に情けをかけるとは、マリアベルは優しいな」
「ブノワ……」
うっとりとした表情で見つめあっている二人に鳥肌が立った。
完全に脳内がお花畑になっているブノワには、この場で何を言っても通じないだろう。
まあ、元々このブノワという男自体、高慢で人を見下すようなところがあって、根本的に私とは合わないと思っていた。
好きになる努力をしようとつとめていたけれど、冷静になると結局婚約破棄になってよかったかもしれない。
伯爵の地位には興味もないし、適当なところで学校もやめて自由に生きようかしら。
「――わかりました、婚約破棄のことは好きにしてください。あとは私たちではなく家同士の話し合いで決めるべきことでしょうから、今後一切こうやって私に絡むのはやめてください。それでは次の授業があるので失礼します」
毅然とした態度で宣言して、私はお花畑二人組に背を向けた。
こうも簡単に受け入れられるとは思わなかったのか、背後から呼び止める声も聞こえたけれど、無視してその場を後にした。
――ああ、今日は本当に疲れる一日だった。
私は大きく息を吐いて、魔術工房の机に突っ伏した。
ここは、誰にも邪魔をされない唯一の場所だ。
婚約破棄騒動の後、ずっと一人になりたくて仕方なかったのに、やたらとマリアベルの取り巻きたちに絡まれるし、面倒くさいことこの上なかった。
マリアベルは召喚の儀式で、水の精霊ウィンディーネを呼び出したのが相当自慢らしい。取り巻きたちからも、それに比べて私の使い魔がいかに劣っているかを何度も聞かされた。
はいはい、すごいですねウィンディーネ。
「――主の前に汝の姿を現せ」
私が一言つぶやくと、ふわりとした風とともにハムスターの使い魔が机の上に現れた。
ふわふわで小さな体に、ビーズのようにつぶらな目が可愛い。
あんまり無垢なその姿に、思わずにやけてしまう。
「ウィンディーネがなんだっていうのよ。君はこんなにかわいいもんね」
小さな体を手のひらにのせて、頬ずりしてみる。短い金色の毛がくすぐったい。
嫌がられるかなと思ったが、使い魔は黙って私に身を預けてくれた。
ああ、かわいいねー、君だけがわたしの味方だねー。なんてつぶやきながら、やわらかい体にキスをした。
――これからどうしよう。
ロイエンタール家からは破門されるかもしれないけれど、学校をやめて恵まれない孤児たちの支援でもしようか。
折角学んだ薬学や錬金術の知識もあるし、町で店でも始めるのもいいかもしれない。
うん、私ならきっと、なんだってできるはず。
無理やり笑ってみたら、瞳に溜まっていた涙が一筋だけこぼれた。
意外と私、ショックを受けていたのね。
私に寄り添っていた使い魔が、短い後ろ脚を目いっぱい伸ばして、慰めるように私の涙を舐めた。
「――ずっと、この時を待っていたぞ」
突然、耳元で知らない男の低い声がした。
その瞬間。召喚の時に見たような七色のまばゆい光が、カッとあたりを包んだ。
「何?!」
目がくらんだまま慌てて立ち上がろうとしたら、足がもつれて後ろに倒れそうになる。
あっまずい、これはかなり強かに尻餅をつくぞ。
ガラスの実験道具を床に置いたままにしていたから、下手をすると大惨事になるかもしれない。
きたる衝撃に身構えたが、いつまでたっても痛みはなく、ガラスが割れる音もしなかった。
――なんだか、暖かくてやわらかいものに包まれている感触。それに、ほのかに甘い華の香りがするような?
「そう慌てるな。我輩の主だろう?」
それは、優しいような恐ろしいような、深い響きのある不思議な声だった。
やっと見えるようになってきた目に映ったのは、鼻先が触れるくらいの距離にある、美しい男の顔。
男の金色の瞳は、角度によって色を変えるオパールのように不思議な色できらめき、翡翠色の長い髪には隅々まで強い魔力が通っている。
こめかみのあたりから生える一対の山羊の角が、彼がこの世ならざる者であることを現しているようだった。
温かいと思ったのは彼の腕と獣のファーのついた長いローブで、倒れる寸前に彼に抱き留められたのだと気付いた。
この世のものは思えない美貌に見惚れて一瞬動けなくなったが、はっと我に返って男を押しのけ自分の足で地面に立つ。
「いきなり何?! あなた、どこから入ったの? ていうか誰?」
「誰とは、人聞きの悪い。この一週間はずっと一緒にいただろう」
「いいえ、あなたみたいな人は知りません。助けてくれたのはありがとう。でもここは私の工房よ、出て行って!」
「ふむ。先ほどは可愛い可愛いと頬ずりしながら口づけまでされたと思ったが、あれは間違いだったか?」
「えっ……」
男の言葉に顔がカッと熱くなる。頬ずりして……口づけですって?
私はこの男を知らないはずだけど、でも、それってもしかして……?
「あなた、もしかして私の使い魔なの……?」
「気付くのが遅いぞ、我が主――セツナよ」
心底愉快そうに男は笑った。背中に生えている翼がバサッ、音をたてて動く。その風圧で机の上の紙が舞った。
「今まで魔力不足でこの姿になれなかった。お前の涙から魔力を摂取したおかげで、やっとこうやって話すことが出来るようになったという訳だ。まったく、面倒な形で呼び出してくれたものだな」
――そうか、あの時の涙で。
でも、使い魔が主の魔力を糧にして力を強めることは知ってたが、ここまで姿を変えるなんていうことは聞いたことがない。
しかも、人の姿を取ることができる使い魔は特に力が強いものだと習った。
一体こいつは、どれだけの力を持っているのか、全く想像もつかない。
「この時を待っていた――っていうのは、私が涙を流すのを待っていたのね」
「先ほどのような小動物の姿では、魔力不足で意思疎通もままならぬからな。お前の魔力の味、悪くなかったぞ」
「魔力に味なんてあるの? 人間にはない概念だわ」
「左様。お前の頭の天辺からつま先まで、我輩にとっては甘美というわけだ」
「まって。私を頭からむしゃむしゃ食べる気でいるんじゃないわよね? 流石にそれはやめてほしいのだけど」
「ふむ。たしかに体の一部や血を与えられればかなりの魔力が戻るに違いないが、方法はそれだけではないぞ」
男は黒い手袋をはめた長い指で私の顎先を掴み、くいっと上に向けた。
男の前髪が私の額をかすめる。そのまま金の瞳に見つめられ、唇と唇が近付いてゆく。
え、ちょっとまって。私、何されようとしてる?
「っ、簡易詠唱――冥府の原典より、131番目の死のコンパスよ。彼の者に罰を与えよ!」
私の詠唱に反応して、弧を描く見えない刃が男を襲った。彼は後ろに飛びのいて避けて見せたが、長い髪が数本、切れてはらりと床に落ちた。
「なんて狂暴な主だ。よくもまあ、高難度の死のコンパスを簡易詠唱で呼び出すものだ。我輩でなければ真っ二つだぞ」
「……あ、ごめんなさい。つい」
使い魔が言うことを聞かない場合、罰を与えること自体は問題ない。でもまさか、キスされそうになるとは思わなくてついやりすぎてしまった。反省反省。
でも、ファーストキスが使い魔なんてことになったら、マリアベルあたりに一生バカにされるだろう。いや、彼女のことだから、こんな美形相手だったら悔しがるかもしれない。
「魅了の魔術も効いていないようだ。やはり、我輩を呼び出すだけあるということか」
いつのまに、魅了の魔術まで使われていたのか。顔と声は物凄く良いけれど、油断ならない使い魔だ。気をつけないと。
「私を試したり、バカにするのはやめて。あなたが誰であれ、主人は私」
「ふっ、そんな口をきかれるのは久しいぞ。だが悪くない。善処しよう」
男はくつくつと笑った。
悔しいけれど、髪を梳く仕草だけで様になっている。
……魅了の魔術、効いてるんじゃないでしょうね?
「ところであなたの名前は? 完全な人型の使い魔なんて、噂に聞くだけで実際に見たのは初めてなのだけど」
「まだ名乗っていなかったか。我が名はベルゼブブ。名だたる悪魔の中でも最も高貴な王の名だ、覚えておけ」
ベルゼブブ。
思いもよらない名前に足が震える。
「ベルゼブブって、本で読んだことあるわ。歴史上最も偉大な魔術師だったって言われてる人が召喚した使い魔の名前」
「偉大な魔術師? 我輩が召喚されたのは三度目のことになるが。もしや、クロードのことか?」
「そう。クロード・フォン・グリフィス」
「ほほう、あの悪ガキが最も偉大な魔術師とはな。そういえばあいつも、お前と同じ栗色の髪をしていたぞ」
知ってるんだ。
こいつが本当にベルゼブブだとしたら……とんでもないことかもしれない。
「でも、信じられないわ。悪魔は嘘をつくのが上手いというし。本当は、インキュバスやヴァンパイアかもしれない」
「我輩がインキュバスだと?」
ベルゼブブは形のいい眉を不愉快そうにしかめた。
「おい、手を出せ。両手だ」
意図はわからなかったが、言われるがまま手を差し出してみると、その瞬間。
ジャラジャラジャラ。
ベルゼブブの黒い手袋をした手のひらから、溢れるくらいの金貨と宝石が湧き出て、私の両手を満たした。
見たこともない金銀財宝だ。
これって本物?
本物だったら、城が買えるくらいのシロモノだけど。
「セツナよ。インキュバスやヴァンパイアにこんな芸当ができるか? 」
「それは……間違いなく無理ね……」
この手にのしかかる、ずっしりとした重みが偽物とは思えない。
「あなたがベルゼブブであるということ、信じるわ。でもなんで、ハムスターみたいな姿で召喚されたの?」
「召喚術式のミスだな。使い魔の魔力の制限に加えて、結ぶべき契約のいくつかが破棄されている」
「やっぱり……おかしいと思ってたの。魔法陣の術式は何度も見直したのだけど」
「故意にやらなければ起こり得ないような間違いだ。大方、あのマリアベルとかいう令嬢に細工でもされたのだろう」
どうやら昼間の婚約破棄騒動は、ベルゼブブにも見られていたらしい。
「見てたのね。恥ずかしいところを見られたわ」
「ああ。あの女からは嘘の匂いがプンプンしたぞ。おそらく、ウィンディーネを召喚したというのも嘘だろうな」
「まさかそんなこと…わかるの?」
「我輩を誰だと思っている。微力な魔力の揺らぎで嘘など見通せるわ。それに、ウィンディーネはあの女の魔力程度では呼べるまい」
「そう……だったのね。ああ、やっぱり」
ベルゼブブの意見に、疑惑の点と点が繋がった。
マリアベルなら、本当にウィンディーネを召喚したなら毎日のように見せびらかすだろう。
なのに、人から聞くだけでまだ一度も見たことがないということは、召喚自体が嘘なのだ。実際は、マリアベルの意に沿うようなレベルの使い魔が召喚できなかったのだろう。
それで、自分より高位の使い魔を召喚しそうな私を潰すために、魔法陣に細工をしたに違いない。
「我輩の力を使えば、奴の悪行をあばくこともできるだろう。力を貸してやる代わりに、取引をしようではないか」
「取引?」
「ああ。力を貸す代わりにお前の魔力をもっとよこせ。これっぽっちの魔力では、またすぐに小動物に戻ってしまう」
「魔力をあげるくらい、私の使い魔なんだし、かまわないけど……」
ーーん? かまわないんだっけ?
さっきのキス未遂とかもあったし、少しだけ嫌な予感がするんだけど。
「まって。そんなに簡単に取引なんてできないわ。悪魔との契約は、たとえ口約束でも絶対に破れないんだから」
「復讐したくはないのか?」
「それ以上に、もう面倒ごとに巻き込まれるのは嫌なの。私が我慢すれば済む話なら、身を引こうと思ってる」
「そうか。まあ、お前一人が良かったとしても、マリアベルは次の獲物を見つけて、同じことを繰り返すだろうな」
う。それを言われると弱い。
人の物を奪い取らないと気がすまないマリアベルは、私が居なくなったとしてもすぐに次のターゲットを見つけて、今回と同じようなことをするだろう。
それはあまりにも可哀想だし、マリアベルだけがいい思いをし続けるのも気分が悪い。
「……いいわ、わかった。やれるところまで、やってやろうじゃない!」
私と翡翠色の悪魔は、確かめ合うように硬い握手をした。
契約成立。
なんだか乗せられた気がするけど、気のせいかしら?
まあ、いいわよね。
これで私は、本当の意味で悪魔と契約することになった。
けれど、物語はまだほんの序章にすぎないことを、まだこの時の私は知らなかったのだ。
後日、私とベルゼブブは、とある作戦でマリアベルの悪行の証拠を突きつけ、ブノワに泣いて謝られることになったりーー
その噂を聞きつけて視察に来た皇太子に、求婚されることになったりーー
そんな未来もあるのだけれど、
それはまた、別のお話。
読んでくださり、ありがとうございます。
連載用に検討しているネタの一つでした。
もし気に入ったら感想や評価頂けると嬉しいです。
追記: 今書いている連載が終わったら連載を検討しています。暖かく見守ってください!