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神よ、嘘だと言ってくれ。


冷や汗が止まらない。


人間、こんなにも瞬時に眠気を覚ます事が出来るのか。


今日はそう、2年生になって最初の登校日、始業式がある日だ。


クラスが替わった最初の日、今日を逃せば俺はぼっちスタートである。何が何でもそれは防がなければなるまい。


大丈夫、落ち着け、始業式に遅れたとしてもそのあとのHRホームルームに間に合えばセーフだ。この後普通に支度をして行けば、10時開始のHRには間に合うだろう。

そう思った途端、気が楽になってきた。


あぁそうだ、昨日新しいポスターに張り替えたんだった。


冷静になって考えると、幻覚だと思って見た超絶可愛い天使様は、ベッドの真上に貼ってあるポスターに写るトップアイドルの千波 雫だった。


見渡す限り部屋に貼られたポスター。その全てが今日本中で大人気なトップアイドル 千波 雫 がプリントされている。


小顔で目は大きく、お人形さんみたいに睫毛が長い、口元はキュッとしていて艶やかな桜色をしている。


髪型はショートボブで、つむじから伸びた後ろ髪は項へ向けて綺麗な放物線を描いている。


その髪型のお陰で項から肩にかけての首のラインが、それはもう拝みたいくらいに綺麗なのだ。


そんな彼女は12歳の時に子役として芸能界デビューし、可愛すぎる小学6年生として一躍有名になった。

その2年後、14歳になった彼女はソロアイドルとしてデビュー、16歳になった現在グループアイドルを退け、アイドル界のトップとして君臨する、凄い女の子なのだ。


俺は俗に言うアイドルオタクだ。彼女が居ない世界など生きている意味がないと思う程にとびっきり依存しているオタクだ。


さて、それじゃあ今からこのポスターたちを片付けることにする訳だが。

何故かって?うん、そう思うよな、説明しようじゃないか。


それは俺が中学二年生の時、千波 雫のファンそしてドルオタになった頃に起きた出来事だ。


その日俺は、東京のとある場所で開催された千波雫ちゃんのグッズ販売イベントに行ったのだ。


わざわざ電車で東京まで行ってゲットしてきたアイドルグッズの1つ、雫ちゃんの水着姿がプリントされたポスター。


俺はそのポスターをホクホク顔で持ち帰り、ホクホク顔で天井に貼り、ホクホク顔で天井を眺めた、そしてそのまま旅の疲れも相まって、ホクホク顔で眠りについた。


次の日、目が覚め一度ホクホク顔をし、リビングで朝食をとり、自分の部屋でホクホク顔をしながら制服に着替えた。

そのまま行って来まーすと学校へ行き、帰って来るや否や自分の部屋へと続く階段を、ホクホク顔の準備をしながら上って行った。


ホクホク顔の準備は出来ている、いざ行かん!と扉を開けた俺は、唖然とした。


今朝俺を笑顔で見送ってくれた雫ちゃんのポスター、それが見るも無残な姿に切り刻まれていたのだ。


どういう事だ、と思想に耽っている所、後ろから声が掛けられる。


「お帰りお兄ちゃん」


振り返ってみると、そこには俺の妹の 東雲 火恋(しののめ かれん )がドヤ顔で仁王立ちを決めていた。

何だその顔、まるでフッフッフしてやったぜ的な顔をしてるじゃないか。お前がやったのか火恋。


「なぁ火恋、お前がやったのか?」


妹を疑うのは兄として良くないが、聞く他無かった。そう思わざるを得ないような顔を火恋はしていた。


「そうだけど、それが?」


顔の通り、犯人はやっぱり火恋だった。

そしてその妹の態度に、怒りがこみ上げて来る。


「それがじゃないだろ。このポスターはわざわざ東京まで行って買ってきた限定っ、」

「ねぇお兄ちゃん」


火恋に怒りの丈を伝えている途中に食い気味で発せられた、その威圧するような声に思わず言葉が止まってしまった。


「ねぇお兄ちゃん、今度この家でキモいポスターが私の目に入ったら…その女殺すから」


そんな言葉を吐き捨て、火恋は部屋を出て行った。


俺はそのまま1分ほど立ち尽くしていたのを覚えている。


これが理由である。過去にこんな事があったのだ。


なので俺がいる時以外、この部屋は単なる男子高校生の部屋と化す。わかっていただけたかな。


さて、そんな事を言っているうちに、ゴリゴリのドルオタ部屋がごく普通の男子高校生部屋へと変身を遂げた。


衣替えが終ったので朝食をとるために部屋を出る。


俺の部屋は階段を上って一番左の部屋だ。ちなみにその隣が妹、火恋の部屋である。


一番右の部屋は物置と化しているのでそっちの部屋を使えば良いものを、俺が変な事をしないように監視する為だろうか。この部屋じゃないと嫌と言って住み着いている。


その為夜になると、雫ちゃ〜ん!!と叫ぶ習性がある俺とは相性が悪い。


火恋は、2人のプライベート空間を守るのに尽力してくれている壁を俺が叫ぶ度に殴る習性がある。


な?相性悪いだろ?


もうそろそろ部屋が一体化しそうな程、壁がこちら側に盛り上がってきている。


もし壁という名の防壁が無くなれば、俺は3日と持たず殺されてしまう事だろう。

もう少し耐えてくれ、せめて俺が卒業するまでは。


階段を降りてリビングへ行き、テレビをつける。


いつも見ているニュース番組は、見る時間が違うからか知らないコーナーがやっている。


心なしかいつもと違う周りの雰囲気に、なんだか少し気持ちが昂ぶる。


靴下を持ってきてテレビの前に置いてあるソファーに腰掛け靴下を履いた。


その後ソファーの横の机に設置された鳥カゴのなか、二羽のセキセイインコがピョリピョリ鳴いているのを見て、二羽の名前を呼ぶ。


体が蒼くて頭が黄色いのがラムネくん、雲が綺麗な青空の様な模様をしたのは白身ちゃん、2人は夫婦だ。


一見関係ないようにも思える名前だが、ちゃんと理由がある。


もともとラムネくんが最初に家へ来てラムネと名付け、その後にやってきた白身ちゃんの名前を決める際、せっかく夫婦なのだから関連した名前にしようと考えた結果、ラムネくんの頭が黄色で、白身ちゃんの頭が白だったから「黄身と白身」で白身ちゃんに決定した。


しょっちゅう「ラムちゃん」「白ちゃん」と呼んでいるので、その内喋らないか密かに期待している。


鳥を見た後は朝食の準備。スーパーで買った6枚切りの食パンを一枚袋から出しオーブントースターに入れる。


オーブンのダイヤルを回しパンが焼きあがる間にフルーツグラノーラを皿に移して、4.4の特濃牛乳を注ぐ。


パンが焼きあがったらジャムを塗る。今日はイチゴのジャムだ。


準備が整ったので、右手にパン左手にフルグラを持ちソファーの後ろ側にある6人掛けのテーブルに座る。


一息つき、パンに齧り付くと見せかけてフルグラを食べる。俺は牛乳があまり染みていないザクザクのうちに食べるのが好きなのだ。


フルグラを気がすむまで口に運んだ後は、ジャムが贅沢に塗られたパンに齧りつッ……、ちょっと待て。


パンを齧る直前に俺の動きが止まった。


あれ、視界の端にあってはならない物が映っている気がする。テレビの方、いやテレビだ。


待てよ、見るのが怖い。聞きたくない言葉がさっきから耳に入って来る。だが見なければいけない、真実を確認しなければ。


意を決して俺は音のなる方へと顔を向ける。


そこには衝撃的なニュースがテレビ画面に映し出されていた。


【大人気アイドル千波 雫 アイドル活動休止】


ジャムが塗られたパンがスルリと手から落ちる。


俺はそんな事にも気付かず、ただ一生懸命に心臓を動かす事しか出来なかった。


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