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10.本当の最終決戦

 千家邸が見えた。雨に打たれるお城と呼ぶべき家はどこか不吉な予感をさせた。お城の門へと向かうためレンガで作られた城壁を反時計回りに回る。しかし俺は門にたどり着く前に足を止めることとなった。


 千家邸を囲む塀の一部が破壊されている。見事なまでに粉々だ。そして、その残骸は銀行の壁と同じであった。


 間違いない。あいつだ。


 光青はごくりと音をたて唾を飲む。光青は急いで中へ入った。


 雨のせいで元気のないお花畑に真っ直ぐな一本の道ができている。道の下には踏みつけられ潰れた花が残っていた。光青もその道を突き進む。その先には再び粉々に破壊された壁。やつはもう家の中に侵入している。


 ――アリス無事でいてくれ。

 光青は祈りながら駆け出した。


 壁の先は執事の部屋であった。すぐに本来の出入り口から廊下に出た。

 長い長い廊下。右か? 左か? 光青は左右を首に振る。 落ち着け俺。光青は自分にそう言い聞かして左腕の時計を見た。


「巻き戻し」

 物体の時を戻してすぐに左から幻影が現れた。武蔵野高校の制服が後ろ向きに歩いてくる。


「再生、早送り」

 幻影は廊下を進む。通常の三倍の速度で。光青はそれを追った。廊下の先には大きな扉があった。幻影の動きに呼応して扉が開く。扉のむこうは大広間。そして、そこでひとりの男を発見した。


 洗切について詳しく教えてくれた男。そう、石破だ。しかし、アリスの姿はない。

 石破は周囲をキョロキョロと見渡しなにかをさがしているようであった。


「石破!」

 光青は叫ぶ。石破はびくっと肩を震わせ振り返った。


 直後、アリスは石破の背後に現れた。石破は全く気づいていない。アリスは手に持っていた警棒で力いっぱいに石破の後頭部を殴った……はずだった。しかし、警棒は石破に触れた瞬間粉々になった。


 アリスは目を丸くしてその場に立ち尽くす。石破はゆっくりと振り返り呆然とするアリスを見てにやりと笑う。


「残念だったなお嬢様」

 石破はゆっくりと右手をアリスに伸ばした。


「アリス! よけろ!」

 光青は叫んで走り出す。


 光青の声で我に返ったアリスは石破の右手を咄嗟にかわすが体勢が崩れ尻餅をつく。石破は床に座り込むアリスを見下ろした。石破はふんっと鼻で笑うとアリスの頭をゆっくりと撫でようとした。


「アリスぅぅぅぅぅぅっ!」

 光青は叫びながらアリスに飛びかかり、アリスを抱きかかえるようにして転げた。石場の右手はアリスに触れる代わりに光青の右肩に触れた。その瞬間光青の右肩を支えていたものが消えた。


「うああぁぁぁぁっぁぁっぁ!」

 次の瞬間光青は激痛に襲われた。右肩に走る痛みはこれまで経験したことなのないものであった。


「時重くん! なにが起きているのですか?」

「説明はあとだ。逃げるぞ」

 光青は嫌な汗をだらだらと垂らしながらも云った。


「逃がすかよ」

 いつの間にか近づいていた石破の右手が光青の顔に迫っていた。


 ――やばい、死んだ。

 光青はそう思い目を強く瞑った。しかし、光青の予想に反して光青は無事であった。ゆっくりと目を開くと青い世界にいた。


 石場の右手は光青の頭をすり抜けていった。

「時重君。立ってください。」


 アリスが光青の手を握っていた。光青もアリスのいう「静なる世界」に引き込まれていた。

 光青たちは奥の部屋へと逃げていった。


「アリス無事か?」

「わたしは大丈夫です! それよりも時重君のほうが」


「大丈夫だ。肩の骨が粉々になっただけだ」

「大丈夫じゃないじゃないですか! いったいどうなっているんですか?  彼のあれは『天使の罪』ですよね? なぜ彼が能力を? それに時重君はなぜここに?」


「気持ちはわかるが落ち着けよアリス。お嬢様の風格が損なわれるぜ」

「そんなものはもともとありません」


「自覚なかったのか。まあ、いいや、とりあえず全ての質問に答えよう」

 光青は平静を装うもののあまりの痛みに呼吸が乱れ続けて喋れなかった。光青は呼吸を整えてから話し出す。


「俺が家に帰ったらミスチェフがいた。そこで得た情報なんだが洗切は『天使の罪』の二次感染者であり『天使の罪』はもうひとりいるということ。それが石破だった。


 石破は洗切が能力者だと知っていたんだ。そこに、洗切が起こしたと思われる事件を調査している俺たちに偶々出合った。石破はすぐに気づいたはずだ。こいつらも能力者だと。そりゃそうだよな。警察でもない人間が嗅ぎまわっているんだ。そう考えるのが自然だ。


 だから石破は俺たちに洗切と接触するように仕向けた。そして、生き残ったほうを始末する。要するに俺たちを始末しに来た。それに気がついたというよりミスチェフに煽られてアリスのところに来ているんじゃないかと思って俺は急いできた。他に質問は?」


「まとめると、今すべきことは彼を倒す。それでよろしいですか?」

「完璧だ」


「わかりました。わかりましたがあの能力はいったい?」

「あいつの能力はさっきので確信した。触れた物体を粉々にする能力だ。だからアリスの警棒も破壊された。それにこれでわかっただろ? 銀行を襲ったのは洗切じゃなく石破だったんだ」


「では石破さんがわたしたちに話してくれた洗切さんのお話は?」

「もちろん嘘だ。あの時気づくべきだった。洗切の能力じゃ金庫を粉々にするなんて絶対にいわないはずだからな」


「お気持ちはわかりますが今は目の前のことに集中しましょう。触れたものを粉々にする能力……いったいどうすれば? そんなの攻撃のしようがありません」

「ああ、ほぼ無敵だ。だが結局はほぼだ」


「なにか策があるのですね?」

「ああ。石破は弱点を自ら吐露している。アリス、今から俺の指示とおりに動いてくれ」

「勿論です」




 光青とアリスは作戦決行のために二手に分かれた。

 光青は目的の場所に着くと腰を下ろして息を潜めた。




 石破は広すぎる家に対し舌打ちをした。

 周囲を警戒しながら進むと大広間に出た。大広間には吹き抜けになっていて二階へと続く階段があった。石破は階段を上るか、下の道を行くか悩んだ。


 その時、悩む石破の頭上目掛けて赤いなにかが落ちてきた。

 石破は焦ることなく右手でそれに触れ粉々にしたが、中に入っていた液体が石破の全身を濡らした。

「冷たっ! なんだ? 水か?」

 石破は呟く。


「わかりませんか? あなたが粉々にしたものを考えればわかるかもしれませんよ」

 いつのまにか現れたアリスが二階から石破を見下ろしていた。石破は自分が壊した物体を見る。赤い色。プラスチック製。


「わかりませんか? では答えをお教えいたします。あなたが今破壊したものはポリタンクです」

 石破は少し考えてから青ざめた。


「わかりましたか? そうです灯油です。あなたの物体を粉々にするという能力。非常に強いと思います。ですが、欠点があります。それはあなたの方がよくわかってますよね?」

 アリスは手に持っていたマッチ箱をカシャカシャと振りながら石破に笑いかけた。そして、また忽然と姿を消した。


 青ざめたまま石破は周囲をキョロキョロと見渡し襲撃に備えようとした。しかし、ここまでのことからアリスの襲撃から逃れるのはほぼ不可能と理解していた。焦る石破はふと窓から見える外の景色を見た。外は強い雨が降っていた。

 迷いもなく石破は窓を破壊して外に出た。


 窓から転げるように外に出た石破は大きく手を広げ全身に雨を浴びていた。目的は体にかかった灯油を流すためだ。その石破の背後から声がした。


「そんなに慌ててどうした名役者。放火魔にでも出会ったか?」


 石破はギクリとして慌てて振り返った。声の主は光青であった。身構えていた石破であったが光青の姿を見るなり肩の力を抜き見下すように笑った。


「何してんだおまえ? こんな時にお花に水遣りか? 肩と一緒に脳みそまでいかれちまったか?」


 石破がそういうのも無理はない。光青が手に持っているのは散水用のホースだ。しかし、今度は光青が石破を馬鹿にするように笑った。


「おいおい脳みそがしっかり働いていないのはお前のほうだろ? お前の弱点はばれてんだぞ」


「気遣いありがとう。だが天は俺の味方のようだ。こんな土砂降りじゃ火を恐れる必要がないからな」


「勘違いするなよ。俺が言っているのは違う弱点だ」


 石破は黙っていた。


「水もなんだろ? だから洗切を俺たちに仕向けた。違うか?」


「ふん。そうだよ。お前の言うとおり俺の能力『公正なる破壊(ナーバスカット)』は火や水のように形なき物には使えない。だがな、それがどうした? そんなこと今は関係ない! そうだろ? それともなんだ? そのシャワーホースで俺を倒そうって言うのか? あははははは! やれるもんならやってみろ!」


 石破は狂ったかのように笑った。対して光青はさめざめと笑う。


「知らないのか? これにはなアクアガンっていうかっこいい名前があるんだぜ。水の銃だぜ。強そうだろ?」


「あはははは! そうかそうかそれはよかったな。わかったから、もう死ね」


 石破はゆっくりと余裕を持って動き出した。今度こそ確実に光青を殺すために。それを見て光青はニヤリと笑った。


「最後まで冷静になれなかったな、秀才君。俺も能力者だということを思いだせないとは本当に残念だ」


 そして、一言、「早送り」と呟き引き金を引いた。


 と、ほぼ同時に轟音が響いた。そして石破の体が勢いよく後方に吹っ飛んだ。


 光青はアクアガンから放たれる水の時を加速させた。水に加わった速さはそのまま破壊力へと変わる。


 石破にはなにが起きたか把握する間もなかった。気が付けば胸に衝撃を感じながら、しかし痛みを感じる間もなく意識を手放した。そして、石破は雨に打たれ元気のない花畑に突っ込んだ。石破はピクリとも動かなかった。


「や、やりすぎたかな?」


 加速させた物体を人間にぶつけたのは光青にとって初めてのことであった。故に一体どれほどの力を生み出すのかは予想できなかった。できれば加減をしたかったが半端な攻撃をして下手に反撃の機会を与えるわけにもいかない。結果、石破は光青が少し申し訳ないと感じるほど吹っ飛んだ。


――だ、大丈夫だよな。


 光青は無言で微かにも動かない石破を見て恐る恐る能力を発動させた。しかし、能力は発動しなかった。光青はホッとした。能力が発動しないということは無生物ではなく生物ということである。要するに石破は生きている。


 安心したとたんに光青は肩に走る痛みを思い出し肩を無意味にも抑えた。

「まあ、これでおあいこということにしようぜ、石破」

 そして、光青は雨の中、濡れて気持ち悪いというのに芝にそのまま寝ころび目を閉じた。光青の体力も限界であった。

 

 痛みに耐える中、うっとうしく振り続ける雨の感触が光青に届かなくなった。雨が止んだかと思って目を開けたがそうではなかった。真っ赤な傘を差すアリスが立っていた。


「時重君無事ですか?」


 家の中で隠れていたアリスがことの終わりを察知して駆け寄ってきたようだ。それにしても、この緊迫した状況でわざわざ傘をしてくるとは、アリスはやはり極上のお嬢様である。


「ああ、なんとかな。それよりも俺はもう動ける気がしない。今のうちに石破の能力を消して来てくれ」

 光青は石破を倒れている方向を指差す。


「はい。今すぐ」


 アリスは傘を光青に雨が当たらぬように置いてからすぐに駆け出した。石破に近づくとヘヴンズフォンを取り出して迷いもなくズブリと石破の頭に繋いだ。真剣な顔で操作するアリスを光青は眺めていたがその景色はすでにかすみ始めていた。それでも光青は水も滴るいい女だなと思った。


「消去完了です! 時重君、今度こそ全てが終わりました」

 雨に濡れたアリスが振り返り嬉々として報告した。


「そうか…………………それはよか…………」


 ありすの元気な報告を聞いた光青は安堵と共に体の限界が訪れて言葉は途中で途切れた。


「時重君!」


 駆け寄ってきたアリスの不安そうな顔を最後に光青の意識は途切れた。

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