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1.天使が空から舞い降りて不幸を告げる

 窓側の一番後ろ、掃除ロッカーの前の席。そこは彼、時重光青の指定席だ。何度席替えをしても光青(こうせい)は必ずその席になる。クラスメイトたちは不正を疑ったが、結局誰もそのトリックを暴けずにいる。だから今日も光青は眠たそうな顔をしてその席に着いていた。

 

 教壇に立つ堅苦しい如何にもガリ勉がかけてそうな眼鏡をかけた若い女の英語教師はカタカナ表記された方がしっくりくる発音で教科書を読み上げていた。この英語教師は今年の春から英語を教えるためにこの学校に赴任してきたのだが、残念なことに英語に苦手意識をもつ光青のほうが優秀ということがたった二ヶ月ではっきりしてしまっていた。かといって、授業を免除されるわけでもないので、今日も光青はぼんやりと空を見上げ雲の形を見て楽しんでいた。


――なんて平和なんだ。


 光青は遠くを見つめながら微かに笑った。


 平和に平凡に平穏に。これが光青の人生の目標だ。簡単なように見えてこれが意外と難しい。特に特別な力を持って生まれてしまった光青には尚更だ。特別な力がある時点で光青は決して平凡といえない。それに、力は争いの種だ。争いが起きるということは平和ではない。無論、平穏も遠い存在になる。


――しかし、なんで神は俺なんかを選んだのだろうか? 

 いつも浮上する疑問に光青はひとり首をかしげた。


「リピートアフターミー」


 光青の思考を邪魔するように女教師は声を大にして云った。さっきまでは口をもごもごさせながら喋っていたくせにこのセリフだけはいつも元気が良い。


 自分よりも劣っている相手のをリピートアフターユーするはずもなく、光青は女教師の言葉を無視して人の顔に見えなくもない雲を目で追った。他の生徒たちはなんの疑問も持たずにリピートアフターしている。その声が、これまた大きい。今時の高校生には似合わず素直な生徒たちである。


時重(ときしげ)くん!」


 元気な声をさらに上回る威勢の良い声が響いた。ぼんやりしていた光青は眠たそうな目を仕方なく声の主である女教師に移した。


「時重くんもちゃんと読んでください」


 女教師の怒る姿は威勢はよいが威厳はない。むしろどこか可愛げがある。光青は何度も素早く頷いた。アフレコをつけるなら「はいはい。わかった、わかった」であろう。


「じゃあ、罰として時重くん。スタンダップ。ひとりで読んでください」


 光青は軽くため息を吐いてからだるそうに立ち上がった。そして少し息を吸ってから澄んだ声で読み始めた。


「A LONG long time ago there lived an old man and an old woman. One day the old man went to the mountains to cut grass, and the old woman went to the river to wash clothes~(以下省略)」


 生徒たちから「おーっ」と歓声が上がる。理由は光青は教科書を一切見ずに、教師よりも本場に近い発音で暗唱したからだ。


「ストップ! グッド! シットダウン」


 女教師は少しも動じず笑顔で言う。どうやら彼女もこの二ヶ月で自分よりも遥かに優秀な生徒が存在するという現実を受け止め、そして完全に開き直ったようだ。それがいいこととは思えないが。


 光青もこのやり取りを当然のものとしてなにごともなかったかのように着席した。

 ところで決して偏差値の低くないこの高校で二年にもなって、なぜ「桃太郎」を使って授業をしているのかは謎である。


 椅子に静かに座った光青は再び雲を追い始めた。そして女教師も変わらず退屈な授業を続けた。

 光青は生まれながら他の人間と比べて記憶力が桁違いに良い。一度でも見たものや聞いたものはまず忘れない。それがどんなに時間が経ってもだ。青光は幼い頃はそれが当然のことだと思っていた。だから、小学校に入学してテストを始めてやらされた時は光青は酷く混乱した。


 なぜこんなことをするのか? できて当然ではないか? もしかして何か裏があるのではないか? 


 とまで子供ながらに疑った。しかし返ってきた答案には大きな花丸と100という数字が書かれていただけだった。この感覚は高校生になった今でも残っているがおかしいのは自分の方と理解はしっかりとできている。


 退屈な授業の終了を知らせる鐘が鳴り響く。と同時に


「じゃあ今日の授業はここまで。今日のところまでが中間の範囲だからしっかりと復習しておくように」

 女教師が言った。生徒たちは「えーっ」と不満の声をあげた。


 これがまた光青には意味がわからない。

 せっかく出る場所を教えてもらっているのになにが不満のだろうか。本当は感謝すべきことではないのだろうか? それともうひとつ。本当に復習ってやっているやつはいるのだろうか? 全く意味のない行為ではないのか?


 光青はそう思うがおかしいのは自分の方だと割り切り、決してこの思いを人には云わない。それがまた嫌味になってしまうこともちゃんと理解しているからだ。敵を作らないように生きることも光青の人生の大きな目標のひとつだ。


 帰りのHRを終えて、光青は黙々と帰り支度を始めていた。そこに、ひとりの男が光青の机の前に勢いよく突っ込んできた。


「光青、光青! 部活がテスト休みに入ったらさ、勉強教えてーや!」


 男の名は三郎。野球部の元エースだ。元というのは事情がある。去年、一年にして四番でピッチャーを務めていたのだが、今年の春、監督が代わり野球部員は全員坊主にしろと命令が下った。しかし、三郎は天然パーマによるアフロみたいな髪型を維持している。命令違反として三郎はレギュラーの座を下ろされたのである。因みに、どうでもいいことだが三郎は長男である。父親が次郎で、その子供だから三郎とのことらしい。


「ああ。いいよ」

 光青の一言を聞きつけさらに五人の男女が群がってきた。


「時重くん。わたしもお願い」「光青俺も頼むわ」「わたしもいい?」「おれも」「わたしもわたしも」

「わかった、わかった。テスト前になったらみんな見てあげるから早く部活行きなさい」


 一同は声を揃えて「ありがとう」と告げると、これまた声を揃えて「じゃあ、またね」と言い残し慌しく去っていた。


 平穏を求める光青は騒がしいやつらが嫌いなのだが、例外として彼らは嫌いではない。彼らの騒がしさは平穏とかけ離れたものではないと感じているからだ。だからといって、いつも光青が部活に行く彼らを暖かく見送るはめになっていることには不満である。

 少し納得のいかないまま帰宅部の光青はひとり帰路に着く。



 いつもと変わらぬ帰り道。閑静な住宅街。車さえ滅多に通らない。近くの公園からは先に学校から解放されていた子供たちが騒ぐ声が聞こえてくる。平穏そのものと言っても良い光景であった。


 この道は光青の好きな場所のひとつである。

 家から学校への道のりはたった五分。もし光青が別の学校に通っていれば、もっと騒がしく、吐き気を催すような人ごみを毎日数十分かけて抜けなければいけなかったはずである。光青はそのことを考えただけで頭が痛くなる。しかし、この道は違う。清清しい気分にさえさせてくれる。


 しかし、その時、いつもの平穏が脆くも崩れた。

 黒猫だ。


 あろうことか、不幸を運んでくるといわれる黒猫が塀を乗り越え光青の前に姿を現したのだ。しかも、光青を見て「みゃー」と鳴いているではないか。それを見て光青は凍りついた。


 光青は迷信や占いを信じるタイプかと聞かれれば間違いなくYESだ。なぜなら現代の科学で証明できないものがこの世に存在することはその身をもって知っているからだ。


 いずれにしても、光青はこの黒猫(ふこう)を退けなければならない。いや、よく考えればもう退くことはできない。出会った時点で不幸という運命から免れることはできない。光青にできることは一刻も早くこの場から立ち去ることだけであった。


 光青は早足で黒猫から離れた。これで光青の不幸は軽減されるはずであった。そう思ったのに、

――なぜだ? なぜなんだ?


 振り返って確認はしたわけではないが、間違いなく黒猫は光青の後をついて来ていた。なぜわかるのかというと、ずっと光青の後ろで「みゃーみゃー」鳴いているからだ。しかし、決して振り向いて確認してはいけない。そうすれば、現実を認めることになってしまう。光青はひたすら歩を早めたが鳴き声が遠のくことはなかった。


 結局、光青は黒猫と一緒に家路に着いてしまった。


 光青は家に入る前に恐る恐る後ろを振り返った。黒猫は光青をしっかりと見て、やはり「みゃー」と鳴いた。光青はがっくりと肩を落としながら家の中に入った。


 光青が「ただいま」と告げると居間の方から「おかえり」とすぐに返事が帰ってきた。中学生の妹のあかりの声だ。


 光青は居間には行かず真っ直ぐ自分の部屋へと向かった。


 光青が最も落ち着ける空間へ続くドアを開けた。……はずだった。そこは間違いなく彼の部屋のはずだ。几帳面に整理された勉強机。漫画で埋め尽くされている本棚。今となっては見かけない箱型のTV。光を完全に遮る緑色の一級遮光カーテン。全てが間違いなく彼の部屋だ。


 しかし。おかしなところが一箇所だけある。それはベッドだ。正しくはベッドの上だ。リクルートスーツを着た、見知らぬセクシーブロンド美女がいるではないか。寝転がり、足をパタパタさせながら、漫画を読んでいるではないか。


 光青は数秒の間、石像のように固まってから無言でドアを閉めた。


――一体全体、なんで俺の部屋でブロンド美女がくつろいでいるのだ? 俺には外国人の知り合いはいない。ただ、直感的にわかる。これは災難だ。黒猫が運んできた災難だ。だが、まだ災難の規模がわからない。


 光青は一度大きく深呼吸をして階段を下り、居間へと向かった。

 居間では妹が呑気にせんべいを食べながら、夕方のワイドショーを見ていた。家に正体不明の女が上がりこんでいるというのになんて平和なことだろう。


「なあ、俺の部屋に見知らぬパツキンの女がいるんですけど?」

「えっ? なに言ってんのお兄ちゃん? お友達なんでしょ?」


 ――お友達? 誰の? 俺の? こいつはいったいなにを言っているんだ?

 光青は困惑した。


「イギリスから留学に来てるミスチェフさん。お兄ちゃんの友達だっていうからあげてたんだけど……違うの?」

 

――ミスチェフ? 間違いなく知らない名なのだが凄く嫌な予感がする。いや、嫌な予感をさせる名前だ。


「違うけど……人違いじゃないのか?」

「でも、ちゃんとお兄ちゃんの名前を言ってたよ」


「……とりあえず、もう一回部屋に行ってみるわ」

 光青は本当は関わりたくないのだが、彼の最大の安らぎ空間である部屋を占拠されているのなら仕方ない。光青は重い足をはなんとか動かした。


 ドアの前で光青は再び深呼吸をした。そして、自分の部屋の扉なのに律儀にノックをした。すると、中から「はーい、どうぞ」と可愛いい子ぶった声で返事が返ってきた。部屋の主に対してどうぞとは実におかしな返答であった。光青はなぜか面接を受けに来たかのように丁寧にドアを開いた。部屋にはさっきと同じ体勢のままで女がいた。


――ここは本当に俺の部屋なのか?


 先程は気がつかなかったが部屋はすでに女が発する特有の甘美な香りに包まれていた。光青はまるで、自分の方が女の部屋に遊びに来ているような奇妙な感覚に陥った。


 ミスチェフと妹に名乗った女性はベッドで寝転んだまま顔だけを光青に向けた。ここでようやく光青は女の顔を確認することができた。女性特有の曲線美を描いたセクシーなスタイルとは裏腹に顔は幼さを残すあどけない顔であった。肩まで伸びるウェーブのかかった金色の髪がこれまた男心をくすぐる。いずれにしても、やはり、光青の知らない顔であった。


「えーっと、どちらさまでしょうか?」


 ミスチェフは起き上がると光青の問いを無視して淡い青い瞳でまじまじと俺の顔を観察した。

 

――やはりただの人違いか?


 光青は淡く儚い希望を胸に抱いた。しかし、光青自身がよく知っている。嫌な予感というものはよく当たるということを。


 二人はしばしの間見つめあう形になっていたがあまりにもまっすぐ見つめてくる綺麗な目にとうとう光青は視線を下にずらした。が、それは間違いだった。


 光青はゴクリと唾を飲んだ。

――む、紫だと!


 白いワイシャツの下に収まるべき胸がはみ出している。しかも、しっかりと紫色のセクシーなブラジャーまでもが見えている。


 光青はみるみるうちに顔が真っ赤になった。そんな光青を見てミスチェフは小馬鹿にするようににやにやと笑いながら光青の両腕を見て満足げに頷いた。。

「ふむ、両腕に腕時計。時重光青で間違いないな。にしてもエロいんだな、時重光青。出会って早々胸を凝視するわ、こんな本を持っているわ」


 ミスチェフは読んでいた漫画をひらひらと振って光青に見せ付けた。


 ミスチェフが読んでいた漫画は少年向けの漫画であり、もちろんR18指定のものなどでは決してない。しかし、世の少年たちは家族に見つかっては困ると判断し、部屋の奥底に隠す代物だ。そして、光青もその中のひとりで、勉強机の右下の引き出しにしっかりとその漫画は隠していたはずであった。


 光青は「胸をそんなに露出させているあなたに問題がある」とか「なぜその本を持ってる」とか言いたいことがたくさんあったが、とりあえずは最大の疑問を振りかざした。


「だから、あんた誰だよ!」


「ごめん、ごめん。自己紹介がまだだったね」

 そういうとミスチェフは強調された胸ポケットから名刺を取り出し丁寧に渡してきた。これまた光青も丁寧に名刺を受け取った。


 名刺にはこう書かれていた。

「天界行政所 現世管理局 出生部 基本才能管理課 平天使 ミスチェフ・アンジェリア」


 光青は白々しくそれを見つめてから迷いもなく破り捨てた。そしてもう一度尋ねた。

「で、あんたは誰だ?」


 ミスチェフはにこやかに笑うと胸から全く同じ名刺を取り出し光青に渡した。

「悪いが下らないジョークに付き合う気はないんだけど」

「ジョーク? どの辺が?」


「この名刺全てがだよ。わざわざこんなもの用意するとかよっぽど暇人なんだな、あんた」


「残念ながら暇人じゃないんだよね、これが。まあ、もう一度よく読んでよ。なんかピーンとこない」

 仕方なく光青はもう一度悪ふざけの名詞を覗き込む。ひとつひとつ丁寧に見れば見るほど手の込んだ悪戯だと感じた。そして、

「……全然」

 と一言だけ言った。


「もう鈍感ね。課に注目して。課に」

――課? 他につっこむべき点はいくつもある気がするのだが。課の名前は基本才能管理課……。名前から推測するにこの課の仕事は……。


 ここにきてようやくピーンと来た光青は大きく目を見開いた。


 先程も言ったように光青は決して平凡とはいえない。というのも彼には生まれつき人間業ではない特別な力がある。記憶力がずば抜けてよいとかそんなレヴェルのものではなく、非科学的な能力(ちから)が。ここに書いてある才能管理と彼の能力に関係性があると推測するのは十分可能だ。しかし、


――この女は俺の特別な能力のことを言っているのだろうか?

 はかりかねた光青は頭の回転が遅く、とても鈍い男を演じ続けることにした。


「才能管理課? 悪いがまったくもって意味がわかんないな」

「もう、察しが悪いな。君の便利な能力に関係することだよ」

 光青はドキッとした。


 ミスチェフは才能といわず能力とはっきり言った。光青の記憶力が異常なまでに良いのを能力と表現するだろうか。いや、普通ならしない。


 光青が能力について今まで誰かに喋ったことはないし、もちろん見せたこともない。そんなことすれば、彼の人生が平和でも平穏でもなくなることをよく理解していたからだ。それなのに、この女は全てを知っているのかのように喋る。それでも光青は、


「俺の能力? なんのことだ?」

 と、半ば意地になって惚けてみせた。


「はー、疲れるなー。話を進めるためにきっぱり言うわ。わたしは君の能力『無生物の時間旅行』を知っている」


 この発言により光青は完全に理解した。この女は自分の不思議な能力を知っているということを。そして、彼女が普通の人間ではないということを。


 光青の能力には名前がある。ミスチェフが言ったとおり『無生物(マテリアル)の時間旅行(プレーヤー)』という恥ずかしい名前が。光青の名誉のためにも言わせて貰うが断じてこの名は光青自身がつけたものではない。では、どう名前がついたのかというと、光青が自分の能力を自覚したときに勝手に、極自然に浮上してきたのだ。光青の脳内から。


 この光青しか知らないはずの能力の名前をなぜミスチェフは知っているのか? 光青にはてんで見当がつかなかった。


「まさかその名前を現実に聞く日が来るとは思わなかったよ。あんたも能力者か? それとも本当に天使か?」


 光青は激しく動揺していたがそのことミスチェフに悟られないように平静を装い、余裕があるかのように言った。しかし、ミスチェフは光青の焦りを見透かすかのようにニヤニヤと笑う。


「名刺に書いてあるとおりわたしは天使よ。でも、君が思ってる天使とはちょっと違うかな。天使は天界でいう公務員みたいなものよ。まあ、そのへんの事情ははどうでもいいか」


――天界?

 また怪しい単語が出てきたが光青はいちいち構っていられない。どうやら、この名刺を事実と受け止めて話を進めたほうがよさそうであった。


「それであの自称天使がなんの用だ?」

「やっとわかってくれた。さて、どこから話せばいいのやら」

 ミスチェフは悪戯に笑った。その笑顔は天使よりも小悪魔と評すほうが正しかった。


「むかしむかし、あるところにそれはそれはさぞ美しい女がいました」


 ミスチェフはベッドに座りなおして語り始めた。得体の知れない女の戯言などさっさと切り上げたい光青であったが、どうもミスチェフの切り出し方から話しが長くなることを察知して仕方なく椅子に腰掛けた。そんな光青にお構いなくミスチェフは淡々と話を続ける。


「女は好奇心旺盛なため、職に就いては飽くと新たな職に就く、そんな生活を送っていました。そんな彼女が新たに興味を持ったのが現世管理局の出生部、基本才能管理課でした」


 名刺に書かれた職と全く同じ名前の職。ということは、恐らくさぞ美しい女はミスチェフ本人のことなのだろう。しかし、自分のことを美しいと表現するとは。嘘をついて家に上がりこんでいたのだから当然といえば当然なのだが、やはり頭のネジが数本はずれているのだろう。


「優秀な彼女は試験に楽々合格し、見事、基本才能管理課、通称『基才』でのビジネスライフが始まりました。基才の主な仕事はこれから生まれてくる人間の才能、今風の言い方をするとステータススペック、あるいは初期能力の設定ことです。これがなかなか楽しい。もちろんどんな人間を創ってもいいってわけじゃないのよ。ステータスの合計にも制限があるし、特殊欄も好き勝手できないし。それに、父親と母親のステータスも関わってくるしね。育成ゲームとか、キャラのエディット作成が大好きだったわたし……じゃなかった、彼女にとっては理想の職場でした」


――うむ。こいつ今完全にわたしと言ったな。

 光青はミスチェフの失言にもちろん気づいたが指摘はしない。余計なことをして話を長引かせたくないからだ。


 それにしても、ミスチェフにとって他人の人生はゲームと同じようだ。光青にとっては自分自身のステータスが(恐らくではあるが)高いからそこまで怒りは湧かないが、聞く人が聞けばこの場で惨殺されても文句は言えないだろう。


「しかし、彼女が仕事に就いて半年、問題が生じる。そう……彼女は飽きてしまったのだ」

 ミスチェフはさぞ意外そうに言ったが光青にはまったく意外ではなく、いや、むしろなぜだかそんな気がしていた。しかし、半年とはこれまた随分と早い。


「それから彼女は転職を視野に入れながら仕事を適当にこなすぐうたらな日々を送りました。しかし、彼女は結局仕事をやめませんでした。なぜなら給料が非常によかったからです。彼女は楽な仕事で得た金を趣味に費やしていました。そうです、多趣味な彼女にはお金が必要だったのです」

 まったくもって酷い話である。こんなにも汚れきった自己紹介も珍しい。


「そんなある日彼女に転機が訪れます。基才にひとつの連絡が入りました。なんと、もうじき神に人智を超えた力を与えられし人、そう、『神に選ばれし人間(ゴッヅ・エレクト)』が生まれるというのです」


「ん? ちょっと待て。なんだ『神に選ばれし人間』って?」


 それまでは大人しく聞き流していた光青であったが思わず口を挟んだ。話を長引かせたくないと気をつけていた光青ではあったが、その聞いたことない単語は生まれながら人智を超えた力を持つ光青にとっては聞き逃せないものであった。


「人の話はちゃんと聞きなよ。神に人智を超えた力を与えられし人ってはっきりと説明したでしょ。いつの時代も現世に七人は必ずいるの。だから七賢人って呼ぶ人もいるわね」


「要するに非科学的な能力を持つ人間。それってつまり……俺のことか?」


 光青は的を射たことを言ったつもりであったのだが、ミスチェフは吹きだすように笑った。


「あはは。残念。はずれ。なに? 君、自分が選ばれし人間だと思ってたの? どうなの?そうなの? ん? ん? あはは、いいね、これは傑作だね」


 ミスチェフは愉快そうに笑い続けた。一方で、光青は非常に不愉快であった。今の流れで光青がそう思うのは至極自然だと思われる。それなのに、こんなに笑うとは。


 光青はできるかぎりの蔑んだ目をミスチェフ注いだ。


「あはは、ごめんよ。謝るからそんな目で見ないでよ。大事なのはここから。ちゃんと聞いてよ。えーっと、どこまで話したっけ? あー、そうか神に選ばれし人間が生まれるって所か。そこで、早速その生まれてくる人間にどんな能力を与えるか会議が始まったの。今までとは違う仕事に彼女ははりきったわ。これでもかってくらいアイデアを出したの。そして、結局彼女が出した能力のひとつが採用されたわ。もう、それは凄い嬉しかった……らしいわ」


 飽くまでこの話に出てくる彼女とミスチェフは同一人物ではないことにするらしい。それにしても、未だにこの話の終着が見えてこない。そのことがさらに光青を苛立たせた。しかし、ミスチェフはその光青の苛立ちすらも愉快だと言わんばかりに笑う。そして、話を続ける。


「彼女は無事大きな仕事を終えて満足感にひたっていた。だが、それも長くは続かなかった。またつまらない日々が始まった。彼女はどうにか面白くならないか考えた。職務を殆んど放棄して考えた。そのとき、ふと彼女は彼女がまとめたアイデア帳を見たの。そこには残念ながら採用されなかった能力がずらりと並んでいたわ。そして閃いた。もっと人智を超えた人間が現世にいたら少しは面白くなるんじゃないかなって。早速彼女は新たな能力者を生み出そうとしたわ。しかし、そこには大きな弊害があった。そう……あの糞ロリショタ野朗よ!」


 突然声を荒げて吐き出した暴言に光青は戸惑いつつも

「糞ロリショタ野朗とは?」


 と、しっかりとそしてなぜか敬語になって尋ねた。相手は不法侵入のわけのわからぬ話をする女なのに。

「神よ! 神! か・み!」


 ミスチェフはそれはもうきっぱりと云った。

「神が糞ロリショタってどういうことですか? そもそもロリとショタは混在しないのでは?」


「それは見ればわかるから会ったときの楽しみにとっておきなさい」


――神に会うことなどあるのだろうか?


 疑問に思う光青であったがすごい剣幕のミスチェフを見て、そんな野暮なことを聞いたら窓からごみのように投げられそうなのでやめることにした。


「わたしたちの仕事は全て神が最終チェックするのよ。その量が膨大だからどうせ見落とすだろう、と思ったけど、そんなことは全然なかった。神は超完璧主義者。ひとつのミスも許さない。それからわたしと神の戦いが始まったわ。わたしはなんとかして能力者を生み出そうと色んな工夫をしたわ。一日のノルマ100のところを10000提出したり、超小さな字で書いてみたり、超薄い字で書いてみたり、暗号にしたり。だけど、ことごとく失敗に終わったわ。その度に呼ばれわたしは反省文を書かされたわ」


 すでに彼女とわたしの使い分けをすることを忘れているミスチェフは嘆く仕草を見せた。しかし、同情すべき点はどこにも見当たらない。それどころが熱く語るミスチェフには悪いが光青の感想は、なぜクビにならないのか? だ。それと、こんな部下を持った神には同情する、である。


 光青の非難の目も気にせずミスチェフは続ける。


「流石のわたしも……じゃなくて彼女ももう無理だ。あの糞ガキの目を欺くのは不可能だ。そう思ったわ。そんな時に神はわたしに最大のチャンスを与えてくれたわ。あっ、ここでいう神は架空の存在の方のやつね」


――なんてややこしいんだ。天使が公務員なら神は総理大臣ぐらいに考えればよいのか? いや、直接的に一公務員の書類に目を通すなら市長とか知事の方が近いか?


 光青はミスチェフの話からよくわからない架空としか思えない世界の話を現実の物に置き換えなんとか整理する。


 しかしそう考えると公務員の悪意にまみれた悪戯を反省文程度で許す総理大臣あるいは知事、市長ということになる。そうなると、きっと天界とやらは素晴らしい国に違いない。あるいは半壊状態なのかもしれない。

 そんな光青の思いも知らずミスチェフはさらに熱を込めて話を続ける。


「そう。なんとあのクソガキがなんとなんと2200年ぶりに……いや2500年ぶりだったかな? とりあえず、久しぶりに風邪気味になったのよ。わ……彼女はここぞとばかりに煽ったわ。神ともあろう方が風邪ですかって。そしたら神のやつ、完璧な僕が風邪なんか引くわけないだろって怒るのよ。もうあいつ結局はガキだからすぐに乗ってくるのよ。それで彼女は、風邪じゃないなら今日、仕事終わったら呑みに行けますよねって誘ったの。そしたら当たり前だろって見事に罠にかかったのよ」


 光青はツッコミたいことがたくさんあるがあまりに多すぎるのでひとつに絞った。


――なるほど、神は僕っ子なのか。全く持っていらない情報だ。


「他のやつらも引き連れてしこたま呑んだわ。神を潰してやろうってね。でも、結局できなかった。最後は彼女と神しか残らなかった。他の人たちは後日、一人残らず記憶が消えてたわ」


 なんて恐ろしい職場なんだろうか。今時の大学生でもそんな飲み方はしないであろう。ミスチェフが言っている神が酒の神を指すならば少しは納得がいくかもしれないが。


「次の日、神はいつもと変わらぬ姿で出社したように見えたわ。でも、実際は違ったわ。やはり流石の神も風邪気味のところに百升以上飲んだら体調を崩すわ。彼女も二日酔いではあったけどここしかないと思って最後の聖戦を挑んだわ」


 神が参加しているとは云え聖戦と呼ぶにはかなりの抵抗がある争いであった。


「それも、全て空振りに終わった。こうして彼女たちの戦いは終わったわ……」


 ミスチェフは遠い目をして感傷に浸った。勿論、光青には一切ミスチェフ共感できなかった。結局、ミスチェフは何しに来たのか、光青が能力を持っている理由も不明のままだ。


「そして、話は飛んで今から二ヶ月前になるわ」

 確かに飛んだようにも感じるが、そもそもこれまで前の話がいつの話かわからないのでどのくらい飛んだのか光青には見当がつかない。しかし、光青は特に訊いたりはしなかった。話がやっと本題に入る気配を察したからだ。


「基才のモレスター大天使がセクハラでクビになりました」

 ミスチェフは呆気からんに云った。

 

――大天使ということはミスチェフの上司か? 


 光青は素早く現実の解釈に置き換えた。そしてミスチェフがあれだけやってもクビにならないのに、大天使はセクハラでアウトとは。やはり性が関わるとあっちの世界も厳しいのだなとしみじみ感じた。


「堕天使となったモレスターはクビになった腹いせに基才のデータベースに侵入して情報を盗んだわ」

「情報?」


「そう、情報。神の最終チェックによって能力を消された者たちを調べてたの」

「なんでそんなことを?」

 ミスチェフはにやりと笑った。


「能力を復活させるためよ。モレスターは現世に無断侵入して本人たちに接触。そして、病原菌(ウイルス)を送り込んで魂情報(パーソナルデータ)を改ざんした。モレスターは能力を与えるついでに悪の芽まで植えていったわ。モレスターはすぐに捕まったけど『天使(エンジェル)の罪(・ギルティ)』はまだ見つかってないわ」


 光青はため息を吐いた。なんとなく予想はできているが、ちゃんと聞かなければならない。

「『天使の罪』とは?」


「『天使の罪』はモレスターによって生まれた能力者とその能力のことよ。この名は課の本会議で決まったことよ。でも、わたし的にはモレスターは堕天使なんだから堕天使(デーモン)の罪(・ギルティ)の方がふさわしいと思ってるわ」


 恐らく堕天使の罪にしないのは、『天使の罪』の天使にはミスチェフも含んでいるからだろう。しかし、光青は余計なことは言わない。愛想笑いで相槌だけ打った。その間にあることに気がついた。


――あれ? 俺は? じゃあ、俺はいったいなんなんだ?


 モレスターの事件が二ヶ月前なら光青は『天使の罪』には当てはまらないことになる。なぜなら光青の能力は生まれつきのものであり十六年も前からあるのだから。


「なあ、俺は『神に選ばれし人間』でも『天使の罪』でもないんだよな?」

 ミスチェフはそれはたいそう嬉しそうに笑った。そして光青を指さす。


「そう! そうなの! ここ大事! 君はどちらでもない」

 ミスチェフは興奮気味に云う。新しい惑星でも発見したかのような興奮ぶりだ。


「じゃあ、なんなんだ?」

「君は『神様の手違い(ゴッド・エラー)』! そして、わたしの勝利の証よ!」


 ミスチェフは諸手を挙げて悦に浸った。そして光青は肩をがっくりと落としうな垂れた。神に選ばれたと思っていた光青だが、それはただの勘違いどころが神様の間違いとまでいわれたのだから当然といえば当然だ。


 光青はとりあえず、どんなに精神的なダメージを紛らわすために指摘できるところはしておくことにした。


「わたしじゃなくて彼女だろ」

「あー、そうだった。彼女彼女」

 ミスチェフは最早興味なさ気に云った。実際、どうでもよいのだろう。落ち込む光青は肝心なことに気がつく。


――ん? 結局、なにしにきたんだこいつ?


 光青はこれだけ長い話を聞かされたのにまだ根本的な質問に答えてもらってないのである。ただ残念な事実を突きつけられただけなのである。


「で、俺になんの用だ?」

「あー、そうだった。じゃあ、ここからが本題ね。わたしがさっき言った神の性格覚えてる?」


「超完璧主義者だろ?」

 あれだけ長い話でも記憶力が抜群の光青は質問に即答した。


「そう。超完璧主義者! じゃあ、神にとって君はどんな存在?」

 ――神にとって俺がどんな存在かだと……?


 一瞬ミスチェフの質問の意味がわからなかったが光青であったが答えはすぐにわかった。そして、わかった途端、かきたくもない汗で背中がびっしょり濡れた。


 答えはミスチェフが言っている。光青はミスチェフの勝利の証であり、「神様の手違い」である。

 光青は恐る恐る尋ねる。

「神の失敗(ミス)の証拠?」


「ピンポーン。大正解。今回のモレスターの事件によって現世を大捜索したのよ。そしたら、思わぬものが見つかった。それが君。神の失敗作ってわけ。実はこれが大問題なんだよね」


 人を失敗作呼ばわりとは何て無礼な女であろうか。さらには、その原因が彼女自身にあるというのに。しかし、光青にとって現状の問題はそこじゃない。もっと重要な差し迫った問題がある。


「俺をどうする気だ?」


 超完璧主義者の神が失敗作を発見したらどうするだろうか。能力を消して終わりにするだろうか? いや、そんなものでは済まされない。恐らく……なかったことにするだろう。

 光青の顔は青くなっていた。


「最初はあんなに鈍感だったのに、今は随分鋭いじゃない。惜しいとこまでいってるけどはずれ。事態はもっと深刻。神の嘆きの矛先は君だけじゃないんだよね。例えば有名な陶芸家が自分の作品の一部に小さな傷を発見したとしよう。陶芸家はどうすると思う? その傷だけを治して満足するかな?」


 光青はミスチェフのたとえの意味を即座に理解してぞっとした。

「作品を丸ごと破壊するっていうのか?」


「そうなる可能性が高いかな。このままじゃ神の怒りが降り注ぐのは時間の問題かな」

「神の怒りってなにが起きるんだ?」


「こっちの世界の解釈でだいたいあってると思うよ」

 冗談ではない。光青がこちらの世界の解釈で知ってる一例をあげれば、神の怒りはとあるトレーディングカードゲームでは全ての生き物を墓地に送る魔法カードだ。それは間違いなく世界の破滅を意味する。しかし、光青は焦らない。なぜならミスチェフがここに来た本当の意味に見当がついたからだ。


「わざわざ俺にそれを報せるためだけに来たんじゃないんだろ? 俺を消すためにきた訳じゃないならなにか防ぐ手立てがあるんだろ? その神の八つ当たりを」


 光青は鈍い男から飲み込みの早い男へと変貌した。ミスチェフは感心したように「ほーっ」と唸った。


「神の八つ当たりか。まあ、人類から見たらそうなるわね。じゃあ、さっきの例えばをそのまま使おうかな。陶芸家が傷を発見した作品を破壊しようとした時、弟子たちは慌ててそれを止めました。弟子たちの説得の末、作品は破壊を免れました。さて、どうやって説得した?」

 

――そんなことができるのか? 

 光青は黙り込んで考えた。それをミスチェフは楽しそうに見つめる。


――どんなに作品を褒めても滑稽でしかない。失敗の事実は変わらないのだから。手っ取り早いのは失敗を消すことだが……そうか! 弟子たちは失敗を消したのだ。


「ミスを味があるとか言って芸術の一部と解釈する……か?」


「ピンポーン。よくわかったね。というわけで、君には失敗ではなく作品の魅力の一部になってもらいます」


 ミスチェフの笑顔を見て光青は落胆した。今のこの状況は平和じゃなければ、平穏でも平凡でもない。それはまだ仕方ない。この状況を切り抜ければ「三つの平」は取り戻せるはずだ。


 しかし、問題はミスチェフだ。ミスチェフは確実にこの状況を楽しんでいる。ミスチェフは平和で平穏で平凡な日々を望んでない。いつもと違う日常。刺激溢れる日常。そして、世界が滅ぶかもしれないこの状況。ミスチェフは楽しくて仕方ないのだ。いうならば光青とは対局の考えの持ち主なのだ。さらには、ミスチェフは最高のおもちゃを見つけた。それが光青なのだ。やっぱり、この女は光青にとって最大級の災害であった。


 そして災害からは逃れることはできない。できるのは軽減させることだけだ。光青は己の平和を取り戻すためにすぐさま腹を決める。


「で、具体的にどうするんだ?」

「君の能力がこの世界に必要だったと証明してもらう」


「具体的にって言ってるだろ」

 光青は苛立ちをもう隠す気もなかった。


「具体的にはモレスターによって生まれた『天使の罪』を見つけ出して能力を消してもらう」

 光青も予想はしていたがやはり七面倒な話であった。光青は念のために訊いておく。


「断るといったら?」

「世界は滅ぶ……かもしれない」


「かもしれない? だったら、やらなくても世界が滅ばないかもしれない……だろ」

「確かにそうかもしれない。で、どうする? 断わられたらわたしは困るけどね」

 そう云ったミスチェフの顔はまったく困ってなどいなかった。むしろどこか楽しそうでもある。


「困る? お前が考えた能力者同士の争いが見れなくてか?」

「はは、ばれたか。で、どうすんの?」


「他の方法はないのか?」

「他のって?」


「それは知らんが、もっとリスクが低いやつだ」

 ミスチェフは少しの手を口に当て考えた。いや、恐らくは考えたふりをしているだけだろう。そして、けろっとした顔で「ないかな」といった。


「それに、いずれにしても『天使の罪』を回収するためには君の協力が必要なんだよね」

「なんでだ? おまえらで勝手にやればいいだろ」


「ところがそういうわけにはいかないんだよ。天使は人間と天使としての接触は禁止、重罪に値するわ」

「ちょっと待て。お前は俺とこうして喋ってるじゃないか」


「君は天界と現世の『境界人(マージナルマン)』に正式に決定したからセーフ」

 境界人の正しい意味と全く違う気がするが、光青にはもう突っ込む気もなくなっていた。


「妹とも接触したろ?」

「妹ちゃんとは人間として接触だからセーフ」


「随分と曖昧なルールだな」

「君から見たらそうかもしれないけど、こっち側から見たら明確なルールなんだよ。それで、結局どうするの?」


 あっさりと話は本題に戻される。何度もミスチェフはどうするか訊いてくるが実際のところは光青に選択権があるとは思えない。やるといわなければ世界が滅ぶと言われているのだから当然だ。それでも光青はなにか他の道はないか必死に考える。


「ねえ、どうするの? YES? NO?   WHICH?」

 そんな光青の考えを知ってか知らずか甘ったるい声でミスチェフは急かしてくる。真っ直ぐ光青を見る青い瞳が無邪気な子供みたいなのがまた憎たらしい。さっきの過去話でわかったが、ミスチェフにこの可憐な瞳はふさわしくない。これこそが神の失敗だろ。


「相手の能力は?」

「不明」

 ミスチェフは即答する。


「わかっていることは?」

「なし」


 これ以上の情報は与えられないらしい。光青はここまでの材料で判断するしかないようであった。

 そして光青は全てを諦め、


「やればいいんだろ、やれば」

 と投げやりに言った。それでもミスチェフは満足気に笑った。


「うん。それでいい。じゃあ早速行こうか」


 ミスチェフは立ち上がり大きく伸びをした。光青は強調される形になった豊満な胸に目を奪われた。それに気づいたミスチェフは恥らう乙女のように胸を隠した。だが、ミスチェフは間違いなく乙女でもないし、恥らってもいない。


「もうコウ君のエッチ」

 ミスチェフは体をくねらせ間延びした声で言う。


――間違いないこいつは天使ではない悪魔だ。


 光青はもしかしたらモレスターという上司もこいつの罠にかかったのではないかと疑い始めた。さらには、その後のモレスターの悪事、能力者を生み出すというところまでもがミスチェフの計算なのかもしれない。


 光青は目を逸らす。ミスチェフと正面から見るのは危険だ。ミスチェフからは強力な魔力が出ている。少なくても光青はそう感じた。


「で、行くってどこにだよ?」


「『神に選ばれし人間』のところよ」

 そう言ってミスチェフはポケットからとく見慣れた、しかしよく見れば今まで見たことのないスマートフォンらしきものを取り出しどこかに電話をかけた。



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