第8話
神様の住む山の頂上には一本の木があった。
その木には不思議な力があって、……遠くの世界にいってしまった大切な人ともう一度、その場所でなら、出会うことができるという伝説がある。
大きな木の根元に、二つの小さな花(白い花と赤い花だ)が咲いている。花は風に吹かれて、ゆっくりと、まるで小さく笑うように楽しそうに揺れていた。
その場所にたどり着いて樹は彼女を待とうと思ったのだけど、やがて疲れていたのか、その木の根元でぐっすりと眠ってしまった。
それからどれくらいの時間が立ったのだろう?
「樹さん」
そんな声を聞いて樹はゆっくりとその目を開けた。
するとそこには、……霰がいた。
優しい風が吹いて、……空が晴れ渡って、そして、目の前には君がいた。……ずっと会いたかった霰が、笑顔で、樹のことをじっと見つめていた。
「こんなところでなにしているの? 樹さん」と幸せそうな顔で霰は言った。
「ずっと、君を探していたんだ。僕は君に会いに来たんだよ」
そう言いながら、いつの間にか樹は涙を流した。
ずっと我慢していた涙を、その目からぽろぽろとこぼした。
「樹さん」
霰が言った。
「ずっとあなたに会いたかった」
「僕も、……ずっと、君に会いたかった」泣きながら樹は言った。
樹はそっと彼女のことを抱きしめる。彼女は樹の背中にそっとその懐かしい小さな白い手を回した。
二人はゆっくりと手を伸ばす。その手は確かにお互いの手と手を捕まえた。
二人は強く抱きしめあう。
「ありがとう」樹は言う。
「私のほうこそ、どうもありがとう」霰が言う。
やがて、大きな木の根元で抱きしめあう二人の姿が、ゆっくりと、淡い光のような現象になって、消えていく。
二人の消えた神様のいる山の山頂に吹く風に、小さな白い花と赤い花が揺れている。
その風景を見ている人は誰もいない。
霰 あられ 終わり