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第27話

 それから硯は今の私の十六歳の記念に、十七歳になる前に今の自分のすべてを詰め込んだ、ひとつの作品を描こうと思った。ちょうど深津先生の作品の展覧会が冬の季節に、硯たちの住んでいる街であったので、その展覧会に(展覧会では一般の作品も募集していた)作品を応募してみようと思ったのだ。(とりあえず、深津先生には内緒にして、きちんとどんな作品を描くのか決まったら、正式にお話しようと思った。それと、せっかくだから墨も誘ってみようと思った)

 硯はその作品のテーマをなににするか、すごく悩んだ。

 悩んだ結果、テーマは、……、『龍』にすると決めた。

 硯が初めて見て、水墨画が大好きになった運命の一作に描かれていたのが、雨の中を天に向かって飛ぶ巨大な龍だった。その水墨画を描いたのは、当時から若き天才として有名だった、その展覧会の会場で初めてお会いすることになる深津茂先生だった。

(それに今年は辰年だったし)

 龍を描くことに決めたあとで、かなり悩んだのだけど、硯は自分の水墨画の作風は無理に変えたりはしないで、今の画風のままで、そのまま自分の龍を描こうと思った。

 そのかわり、自分の水墨画とはなんなのかをあらためてじっくりと時間をかけて考えた。

 そして、たどり着いた答えが、『人を笑顔にできる』水墨画だった。

 硯の水墨画を見た人が思わずくすっと笑ってしまうような、水墨画を見ている人が幸せな気持ちになれるような、そんな水墨画。まるで福の神のような、……、そうだ。幸運を呼び込むような縁起の良い龍だ。それが私の龍なのだ。まるで、自由気ままに遊んでいるような子供の龍をそのまま描くことにした。

 それが自分の水墨画なんだし、その水墨画を変える必要はないと思った。

 私は、私の水墨画を見てくれた人が笑顔になれたり、幸せな気持ちになれるような、そんな水墨画を全力で描けばいいんだ、と思った。

 なんだか変な絵だねって見た人に言われても別にいいんだ。だって、それが私の水墨画なんだから。

 私は、私の水墨画をもっともっと自信をもって描いていけばいいんだ。

 そんなことを硯は学校の授業を受けながら、窓際の席から秋晴れの晴天の空を見ながら、ぼんやりと頭の片隅で考えていた。……、なんだか早く水墨画が描きたくて、ずっとわくわくしていた。


「ねえ、墨。墨はもう自分の水墨画って見つけたの?」とお昼休みに墨と一緒に学校の中庭のベンチの上でお昼ごはんを食べているときに硯は言った。(墨はいつものように都さんの手作りの愛情たっぷりの和風のお弁当だった。すごく美味しそうなお弁当だ。都さんの料理はいつも美味しくて、深津家でご飯をごちそうになるときは、いつも硯はお腹いっぱいご飯を食べていた。中身は焼き鮭にだし巻き卵に煮込んだしいたけ。にんじん。たけのこ。ご飯は塩おにぎりで、三つはいっていたけど、一つ硯にくれたりはもちろんしなかった。飲み物はお茶だった。硯はいつも混んでいる学食で頑張って売り切れる前に買った大好きなたまごサンドイッチのお弁当だった。飲み物はいつものコーヒー牛乳。たまごサンドイッチは、たまごがたっぷりと入っていて、すごく美味しかった)

 墨は付き合いが長いだけあって、硯の言葉を聞いて、すぐになんとなく硯の言いたいことをわかってくれたようで、晴れ渡っている秋晴れの青色の空を見上げて、少し考えたから、「まだ、見つかってないよ」と硯を見てそう言った。

 それから墨は都さんの手作りのお弁当を食べながら、(しいたけの煮物がすごく美味しそうだった)「僕はあんまり水墨画のこと好きじゃなかったんだ。とくに子供のころは水墨画のことが、すごく大嫌いだった」と、急にそんな出会ったときから、今まで一言も聞いたこともない、びっくりすることを墨はあっさりと硯に言った。

 その言葉を聞いて、たまごサンドイッチを持つ手を止めた硯は本当に大袈裟に目を丸くして驚いた。

「もちろん今はそうじゃないけど、昔はそうだった。父さんのことで、いろいろあったから。だから僕は硯と初めて会ったときから、ずっと、硯のことが羨ましかったんだ」と驚いている硯を面白そうな顔をして見ている墨は言った。

「え!? 墨が!? 私を!?」とようやく動けるようになった硯が自分の顏を人差し指で指さして言うと、「うん」と墨は言った。

「私のどんなところが?」と、まだ驚いたままでいる硯が言うと、「ずっと水墨画が大好きなところ」と子供っぽい顔で、珍しく声を出して笑って、墨は言った。

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