第24話
「田丸さんの水墨画はすごく上手だよ」と深津先生は言った。(それは素直に嬉しかった。深津先生は優しいけど、水墨画のことに関しては絶対にお世辞は言わない人だから)
「ただうまくなるだけじゃなくて、きちんとした水墨画の画家になりたいんです。深津先生のような水墨画を見た人の心を感動させることができるような、水墨画の画家になりたいんです。それが私の子供のころからの夢なんです」と硯は言った。その言葉は、硯が深津先生のところのお弟子になったときに、深津先生に言った言葉とよくにていた。
「それはよく知っているよ。田丸さん」と深津先生はにっこりと笑って言った。(まるで小学校一年生のときの、小さな子供のころの硯に言って聞かせるように)
「でも、今のままではだめなんです。深津先生。私の水墨画にはなにが足りないのでしょうか? ただの私の努力不足でしょうか? これから、もっともっと、たくさんの水墨画を描いていけば、私は水墨画の画家になれるくらいに水墨画が上手になるのでしょうか? それとも私は水墨画の画家になれるほどの才能が、……、はじめからないのでしょうか? 深津先生。深津先生の目には、今の私の水墨画はどう見えていますか?」とじっと不安そうな顔で深津先生の顔を見て、硯は言った。
十六歳になって硯はちょっと焦っていた。……、六歳のころから、十年間。水墨画を描いてきた。水墨画の画家になることだけを夢に見てきた。それなりに自信もある。(あるいは、少し前までは、あった)……、だけど、でも、私の水墨画にはなにかが足りない。そう。水墨画の画家になるためには、たぶん、まだなにかが私の水墨画には必要なのだ。あの、墨の迫力のある本物の命が宿っているような水墨画のように。なにかが。……、それがなんなのか、今の私にはまだ、全然、わからないけど、……。
硯はその場に立ったままで、自分でも気が付かないうちに泣き始める。(……、そんなつもりなかったのに。くやしい)
深津先生の顔をじっと見たままで。硯は涙をぽろぽろと子供みたいにこぼし始めた。そんな硯のことを深津先生は優しい顔で見つめながら、硯がきちんと泣き止むまで、ずっと立ち止まって待っていてくれた。(むかしの六歳の硯から、今の十六歳の硯に、ちゃんと戻ってこられるまで)
「いい作品は時間がたてばたつほどに素晴らしい作品になっていくんだ。成長していくんだよ。その水墨画の中で。人の心の中でね。しっかりと成長する。本当によくなっていくんだ。本当にそこに命があるようにね。だから焦らないことだよ。それがいい作品を描くために必要なことだね」と深津先生はようやく泣き止んだ硯に言った。
その深津先生の言葉は、なんだかわかるようなわからないような気が硯にはした。(赤い目をした硯は鼻をすすりながら、そんなことを思った)
深津先生のことはもちろんよく知っているし、先生の作品も全部、知っている。(暇さえあれば画集を見ていたし、今もよく画集を見ている。本物を見せてもらえることもあった)大好きな作品ばかりだったし、確かに深津先生の言っているようなことは深津先生の作品にはあるような気がする。(ちゃんと時間をかけて、作品を熟成させていると感じることは、確かにあった)
……、でも、それはあくまで深津先生の場合はそうなのだ、という風に硯には思えた。(ちょっと生意気だけど)
少なくとも今の自分の作品はそうではないのではないか、と硯は思っていた。まだまだ今、深津先生が話してくれたこと、それ以前の問題が私の水墨画にはいっぱいあると硯には思えた。




