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第20話

「失礼します」

 学校が終わって、いつものように深津先生のお家にお邪魔をした。

「あら、硯ちゃん。いらっしゃい。今日は墨くんと一緒じゃないのね。珍しい」と深津先生の奥さんである都さんが硯のことを出迎えてくれた。

 都さんはあいかわらず、すごく美人だった。上品で、綺麗で、(身なりも行き届いていて)大きな黒い目が少し墨に似ていた。声も小鳥のように美しくて、とくに硯は都さんのいつも頭の後ろで綺麗にまとめている、しっぽのような長くて美しい黒髪が好きだった。(自分も髪を伸ばそうかと、ちょっと思ってしまったくらいだった)

 都さんはいつものように着物を着ていた。深津先生と都さんはほとんど毎日、着物を着て日常生活を過ごしていた。都さんは日常的にいつも着ているということもあるのだろうけど、本当に着物がとてもよく似合っている。(今日の着物は、鳶色の着物で、帯は小豆色の帯をしていた)

「こんにちは、都さん。ちょっと学校で用事があって」

 と都さんに挨拶をして、硯はいつものように深津家にお邪魔をした。

 歩きなれた家の中を移動して、緑色のお庭が見える縁側まで行くと、そこには猫がいた。

 草花という名前の猫で深津先生のお家で飼っている三毛猫だった。

 硯が深津先生と出会ったころからいるので、ずいぶんと年老いた猫のはずである。草花はずっと縁側にいて、お日さまの光りの中から動こうとしないで、日向ぼっこをしていた。(目を閉じていて、気持ちよさそうに眠っているみたいだった)

 硯は草花を起こさないようにそっと歩いて、木の床の縁側を移動する。(それでも、ぎいぎいと古い縁側の床は音を立てた)

 目的の部屋について、障子を開けて、その場所から中の様子を見ると、そこには先に一人の少年がいた。

 深津墨ふかづすみ

 その名前の通りに深津先生と都さんの一人息子で硯と同じ十六歳の硯と同じ高校に通っている(そして、同じ教室の)男子高校生だった。

 いつもは同じ時間に学校が終わって、そのあとで向かう目的地が同じだから(つまり、この深津家だった)二人はずっと一緒に学校から帰っていた。(今日みたいになにか学校の用事があったりしたら、待ったりはしなかったけど)

 なんとなく似ている人生をおくっている二人だけど、……、でも、硯と墨では二人の女の子と男の子という性別以外で、一つだけ決定的に違っていることがある。

 それは硯が凡人であり、墨が天才である、ということだった。

 ……、墨は間違いなく水墨画の天才だった。(硯だけが勝手にそう思っているわけじゃなくて、みんながそう墨のことを評価していた)

 墨はいつものように綺麗な姿勢で座布団の上に座って正座をしていた。(そこからじっと障子を開けた硯のことをとくになにも言わないままで、見ていた)

 墨の正座をして座っている前の畳の上には立派な掛け軸が広げてあり、その掛け軸の中にはとても雄々しい水墨画で描かれていえる雷雲の中を飛ぶ、一匹の龍がいる。その龍にはまるで本当の命があるようにすら硯には思えた。知らない人が見れば、もしかしたら深津先生が描かれた水墨画であると思ったかもしれない。でも、この水墨画は墨が描いたものだった。(墨の水墨画を子供のころから見てきた硯にはそれがすぐにわかった)

 その墨の雷雲の中を飛ぶ龍の水墨画をみて、……、相変わらず、本当にすごい。と硯は思った。

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