少年と幽霊少女
花の様な、という比喩表現がある。綺麗なものを例えて言うそれを、僕はいつも疑問に思う。
僕からすれば、花なんて特に綺麗でもなんでもないのだ。
だから、半ば花畑のような設えの公園で花壇の前に立っていた彼女が目に入った時、花なんかよりよほど綺麗だと、そう思った。
つい、柄にもなく声を掛けてしまった僕に、彼女は嫌がることもなく応じてくれた。
ベンチで他愛のないことを話していく中で彼女の名前がヨシノであることと、僕と同じ一六歳であることが分かった。
「実はね、私、幽霊なの」
「え?」
しばらく話していると、彼女は突然そんなことを言い出した。思わず聞き返した僕の方は見ずに、彼女は言った。
「ほら、今日は十四日でお盆でしょう?だから今だけ、私はここにいるの」
どう答えるべきか分からず、僕はしばらく黙りこくってしまった。
「…初めて見た。僕って霊感あったんだな」
色々考えた末口から出たのは、そんなくだらない言葉だった。
自分の気の利かなさに落ち込みながら視線を向けると、なんだか可笑しそうな表情をした彼女と目が合った。
「ふふ。面白いこと言うのね」
「そうかな。ヨシノの方が面白いと思うけど」
「あら、私が言ったのは本当のことよ?」
そう言って彼女はまた笑った。
その後も取り留めのない話をしていたら、あっという間に日が暮れてしまった。
いい加減帰らなければならないと、僕はベンチから立ち上がる。
彼女は座ったままだ。
「君は明日もここにいる?」
「ええ」
「明日、また会いに来ても良いかな?」
「ええ」
「ありがとう。じゃあ、また明日」
軽く手を振って僕は公園を後にした。
「アイスでも食べない?」
翌日、前と同じベンチに座っていた彼女に、ビニール袋を掲げながらそう提案してみる。
八月という時期にふさわしい猛暑で僕にはすでに汗が滴っていた。
「幽霊に食べ物を勧めるの?」
「仏壇にも食べ物を供えるじゃないか。何も問題ないよ」
僕の言い分に納得したらしく、受け取ってくれた。これで断られたら二人分を一人で食べきらなければならなかったので正直ほっとした。
「明日でお盆は終わりだね」
ぼそりとそんなことを呟いた。
「そうね。…そうしたらさよならね」
彼女は僕を見て小さく笑った。その笑顔は柔らかくて穏やかだった。
「…そっか」
だから、僕が返せたのはそれだけだった。
僕らはそれでこの話を切り上げて、昨日のように他愛のない話で一日を過ごした。
次の日。昨日より早めに公園へ行くと、変わらず彼女はベンチに座っていた。
「おはよう」
僕がそう声をかけると、彼女も笑って返してくれた。
そうしてまた、取り留めのない話で時間が過ぎる。出会って三日、ずっとこうやって雑談で過ぎていったわけだが、存外に話題は尽きないものなのだなと、内心、妙なところで感心してしまう。
そうしてどれ程の時間が経っただろうか。
「もう時間だわ」
そう言って彼女が立ち上がる。時計を見ると六時になっていた。
「もうそんな時間なんだ」
「とても楽しかったわ。ありがとう」
「もう会えないのか。寂しくなるな」
それは僕の全くの本心だったけれど、彼女はどう受け取ったのだろうか。
彼女はただ微笑んだだけだった。
「さようなら」
そう言って彼女は公園を後にした。
それ以降、彼女が公園に現れることはなかった。
正直、彼女が本当に幽霊だったのか僕は分からない。ただ、僕が見た幽霊は後にも先にも彼女だけだった。
切ないラブストーリーを書いてみたいと思った結果、こんなことになってしまった。