2.眠りを妨げる者
かつ、かつ、かつ……小気味の良い足音が聞こえてくる。
―――どこか間抜けっぽく、嫌味にならない陽気な靴音。
私はこの独特な靴音の主をよく知っている。
……この訪問者がノックもせずに部屋に侵入してくることも……よく知っている。
「今何時だと思っているのですか。入って良いですよ、オイド博士」
私は「やれやれ」と寝間着の上にカーディガンを羽織り、扉の向こうの非常識な来訪者に声を掛ける。
直後、部屋の扉が勢いよく開かれ白衣の女性が飛び込んできた。
「たっだいまー!テートラちゃーん!」
そのままの勢いで抱き着こうとしてくるので、横に避ける。
「今午前4時ですよ。何の用ですか、オイド博士」
私の寝台で倒れている金髪白衣の女性……『オイド・因博士』に半ば飽きれ気味に問い掛ける。
「んもんもんもんも……」
何やら言っているようだが、毛布に埋もれてモゴモゴ言われても分からない。
「博士。私の寝床を荒らさないで下さい」
博士の首根っこを掴み、私の寝台から引き離す。
「むー……」
不服そうな顔をされる。……そんな表情をしたいのはこちらの方なのだが。
「それで、何の用ですか博士」
私は再度問う。
「おっと、そうだった話があるんだった!」
博士は「ぱん」と手を合わせ、こちらに向き直る
……切り替えの早い人だ。
「私ね、この三日間『とある筋』の情報でとある場所に行ってたのよ」
博士は、環境調査のために勝手に居なくなることがよくある。
「結論から言うと」
未知の生態系の調査だとか、新しい『異界』の探索だとかが主なフィールドワークらしい。
「―――『偽りの海』で、人間を拾ってきた」
「……はい?」
……この人は寝ぼけているのではないだろうか。
「いやぁ苦労したよ~。まさか宇宙服まで使うとは思わなかったよぉ……出費がぁ~~~!」
―――『偽りの海』は、云わば死の空間だ。
尋常ではない過重力に絶対零度の気温、その上無数の放射線が飛び交っている。
……人間はおろか、あらゆる生命が絶対に生存出来ない領域だ。
「フフ、全く信じてない目だねぇ」
「だが、これは真実なのだよテトラ君!あんな『ほぼ宇宙空間』みたいな場所で!生身のヒューマンを拾ってきたんだよ私は!」
博士は両手を大げさに広げ、高らかに笑う。
「博士。嘘を言っているようには見えませんが、仮に本当に『偽りの海』で拾ってきたのだとすれば、
それは人間ではないと思うのですが」
俄かに信じ難いが、こんなにも嬉しそうな博士はそう見ない。少なくとも、嘘は言っていないのだろう。
「フフン、ところがどっこい検査結果は純度100パーセントの『人間』!亜人種の血すら混じっていない!」
「生物的な話では無くてですね」
「勿論[カバラ]の検査もしたさ。でも結果は[ギーメル]のシングルパス。特筆すべき能力も無し」
「いやー悔しいねぇ……何も無い筈は無い……これはつまり、私の実力が及んでいないという証左だ。いやぁ実に悔しい……!」
博士はこれっぽっちも悔しそうな顔をせずに握りこぶし片手に目をキラキラさせている。
「はぁ……」
正直私にとってはどうでも良い話だった。博士の研究には感謝しているし、人柄も好きだ。しかし残念ながら、私には博士の研究に感謝こそすれど、感動するほどの教養が無いのだ。
彼女の嬉しそうな顔が見られるのはやぶさかでないが、私にとってはこんな時間に起こされてまで聞きたい話ではなかった。
「……寝直して良いですか?」
「あ、ゴメンゴメン!こんな時間に起こしちゃって。私も帰って寝るよ」
バイバーイ、と手を振りながらオイド博士は部屋を出て行くのを見守りながら、私も布団に潜り直す。
「あ、そうそう。その『人間』君、テトラちゃんの班に入れたからね~。それじゃ、おやすみぃ!」
「……は?」
博士の口から今晩最大の爆弾発言が告げられる。
私が飛び起き部屋のドアを開けた時には既に、豆粒サイズとなった博士が廊下の向かい側を全力疾走しているところだった。
「……寝……よう」
私は激しい頭痛に見舞われ、ベッドに倒れ込みそのまま意識を手放した。
こんばんは、3日ぶりでしょうか。住谷です。
前回とは視点が変わり第二話。まだまだ世界設定が暗闇のまま。次話辺りから少し見えてくるのではないでしょうか。
推敲が甘く、読みづらいかもしれません。
極端に破綻している場合は後ほど改稿しますので、どうか目を瞑って読み進めて頂けると幸いです。
ではまた、次話でお会いしましょう。