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独立の日  作者: pico
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独立の日

その地は、地図の上では帝国の領土であった。

しかし、辺境の地は、皇帝の威光も遠く届かない。

間近に接する魔の森のため、魔物が出没する辺境である。

そこに住まう牙の一族は、その一族のみがもつ不思議な力で、魔物を狩る。

その地に生きる者にとって、日々の暮らしを守ってくれるのは、皇帝ではなく、牙の一族であった。


そんな辺境に、なんの気まぐれか、皇帝が行幸するという。

一族の長・志貴(しき)は穏やかに問うた。

「皇帝陛下は何故この地に? 遊山するような地でないことはおわかりでしょう。」

帝都からの使者は、高飛車に告げた。

「陛下の御心は、田舎者にはわからぬ! 田舎者は這いつくばって、御顔を拝す感動に打ち震えておれ。」



辺境にあってそれは珍しいことではなかった。

ただ、いつものように魔物が出た、というだけである。

ただ、いつものように人に襲いかかった、というだけである。

いつもと違うのは、襲われたのが皇帝の一行だったということだけ。

皇帝の護衛を担う近衛は、精鋭である。

しかし、それは人を相手にした場合の精鋭であった。

魔物の咆哮は、根源の恐怖を呼び起こす。

馬は散り散りに駆け去り、近衛の剣は魔物の厚い外皮にはじかれた。

そこへ志貴が一群を率いて駆けつけた。

影のように常にその傍らにある幼馴染の鷹求(おうぐ)が、うっすらと光に包まれた一刀で魔物を両断した。



「褒美? 皇帝が何をできるというんだ? 金?栄誉?んなもん要らねえよ。」

鷹求が吐き捨てた。

「では何を望む?」

「・・・自由。独立を望む。」

志貴が、鷹求の言葉を補足した。

「自治領として認めていただきたい。魔物がはびこる辺境の地です。自治を認めたところで帝国には何ら痛痒を与えることはないでしょう?」

自由と口にしたとき、鷹求の無骨で精悍な顔に、いっそ不似合いなほどの純粋な憧れがのぞいた。

それは見間違いかと思うほどに一瞬のことだった。

だが、その思いがけない表情が、皇帝に気まぐれを起こさせたのかもしれない。

「自治領となれば、帝国の庇護は望めんぞ。兵も物資もなくば、この辺境に暮らすのはたやすくはなかろう。」

「帝国の兵に何ができる? 物資?そんなもんもってきたことあるかよ。俺たちには実績と覚悟がある。・・・はっ、皇帝ともあろうものが、辺境の一部族に胆の小さいことだ」

「吠えおる。」

皇帝はしばし思案した。

「よかろう、一月後(ひとつきご)の正午、一族の代表が、無抵抗で、余の前まで来ることができれば、自治を認てやろうぞ。」

「その言葉、違えんなよ。」

「皇帝の言葉を疑うか?誠に不遜な輩よ。・・・余に二言はない。」



そして、一月後。

皇帝の謁見の間は、その威光にふさわしく、広かった。

その一番奥の壇上に据えられた豪華な玉座に皇帝が座っていた。謁見の間の大扉から玉座へと続く道には、常ならば、赤い絨毯が敷かれているのだが、その日は床がむき出しのままであった。

近衛騎士、魔法師がその左右を固め、大臣や文官は、少し離れて見守っていた。

間も無く正午になろうかという時、謁見の間の大扉が開いた。

扉の向こうに、志貴がただ一人立っていた。

”無抵抗”を体現するように、武器はなにひとつ、さらには防具さえも身につけていない。

「お約束通り、褒美の自治権を賜りたく、まかり越しました。」

近衛の団長が吠えた。

「その力で魔物を操っての自作自演であろう! 身の危険が迫れば、魔物を呼んで暴れさせるのであろう! 化けの皮をはがしてくれる! 総員構え!」

ガチャリと、居並ぶ近衛騎士が剣を抜き、魔法師が、低く詠唱を始めた。

「魔物とは、そのように意のままにできるものではありませんよ。」

志貴は顔を曇らせ、静かにつぶやく。

この場の誰も耳を貸さないことを悟って、目を閉じ、常に己を守る幼馴染に想いをはせる。

こうなることを恐れていた、そして幼馴染もこうなることを危惧していた。

だから志貴はこの場にただ一人立っていた。

志貴以外の者がこの場にいれば、その命を散らすだけとわかっていたから。

自治を得るのは牙の一族の長年の願い。

そして、「自由がほしいな」と少年だった鷹求が夢見るように言ったから。

先刻別れたとき、鷹求は笑っていた。

「お前には傷一つつけさせないさ。いつでもお前は致命傷にならないよう避けてくれるだろ。だから俺は大丈夫だ。次に会う時は”自由”だな!」

すでに賽は投げられた。

目を開けた時、志貴の瞳は決然としていた。

「皇帝の御心のままに。異心なきこと、お示ししましょう。」

辺境の蛮族と見下す者たちの前で、帝都の貴族よりも洗練された一礼をして、志貴はひたと玉座の皇帝を見据えた。

「見苦しい姿はお目汚しでしょうから、幻影をまとうことだけはお許しください。」

「構わぬ。」

志貴は、優雅に一歩を踏み出した。


それは不思議な光景だった。

志貴が歩む。

近衛の剣がその身を切り裂く。

何事もないように、志貴は歩き続ける。

見る者が見れば、志貴がわずかに身をそらせ、かがみ、よじらせて致命傷となる剣筋だけはさけているのがわかっただろう。

それは踊りのステップを彷彿させる軽やかな歩み。

謁見の間の半ばに達する頃、詠唱を終えた魔法師が魔法を放った。

無抵抗のままの志貴を、炎の球が襲い、氷の槍が貫き、風の刃が切り裂く。

志貴の表情は変わらず、数多の攻撃を受け続けたとは思えぬ動きで玉座の前にたどりつき、膝を折って頭を垂れた。

そのとき、ひときわ大きな雷撃が轟音を立てて落ちた。

今度こそ倒れるだろう、とその場の誰もが思い、すべての攻撃がやみ、謁見の間は静けさに包まれた。

痛いほどの静寂の中、穏やかな声が響いた。

「御前にまかり越しました。お約束通り自治権を賜りたく存じます。」

「これほどの攻撃にも抵抗を見せぬその態度、 異心なきことを認める。牙の一族に辺境の地における自治を認めよう。」

皇帝は立ち上がり、謁見の間を睥睨し、言葉を続けた。

「余の言葉に二言はない。これは決定だ。」

攻撃をすべて受け止められた近衞と魔法師が、呆然と膝をつき、大臣、文官がその意に恭順し、頭を垂れた。

皇帝は目を落とすと、手にした王笏で志貴の顔を上げさせた。

「傷一つ見えぬ・・不思議な力よの。」

そして、試すかのように王笏の先が志貴の頬をかすめると、ほんのかすり傷がつき血が滲んだ。

志貴は、はっと瞠目した。

辺境の地で魔物と相対している時でさえ穏やかな姿で佇み、数多の刃や魔法の嵐にも表情一つ変えなかった男が、その時確かに動揺したのを、皇帝は見逃さなかった。

「詳細は追って伝えよう、ひとまず去ね。・・・手の者を護衛につけよう。」

だからそれは、ここまでやりとおした志貴へ皇帝の見せた配慮でもあった。

志貴は黙って頭を下げ、謁見の間を退出した。



謁見の間に志貴が姿を見せる少し前、城の一室に、鷹求と幾人かの姿があった。

その部屋は幻影で隠され、誰も見つけることはできない。

このひと月、長を守りながら辺境から帝都までを駆け抜けた仲間が息を潜めていた。

床の上に直にあぐらをかいた鷹求がいう。

「そろそろ、か。」

取り囲む男たちは緊張に顔を強張らせていた。

「鷹求殿・・・。」

「なんて顔してやがる。いつもどおりだろ、長には傷一つつけさせないさ。」

「しかしっ、癒しの力を振るうなとは・・・!」

「わかってるさ。ちっせえのにチマチマ使うなってだけで、でかいのを喰らったら頼むぜ。・・・いいか、あと少しなんだ。大丈夫だ、俺が頑丈なのは知ってんだろ。そんなことより、皇帝はともかく取り巻きどもが黙っているとは思えねえ。長の、あいつの姿を確認するまでは、お前らの力は温存しろ。あいつが拘束されて消耗戦になったら詰んじまう。あいつさえ無事ならなんとでもなるんだからな」

長に癒やしが必要になる時、それは鷹求が命を使い切り”贄の絆”を断ち切られた時である。

男たちの悲痛な表情を見て、鷹求は苦笑した。

「あいつのことだ、すぐに飄々と戻ってくんだろ。そんときゃ頼りにしてるぜ、いつもお前らのおかげで命拾いしてるしな。・・・ただ、あいつの顔を見るまで()()安心できないんだ。頼むから俺のわがままを聞いてくれ。」

常ならばいつも不遜に笑っている男の困った笑みを見て、男たちは黙って頷いた。

そして、それは唐突に始まった。

鷹求の両肩に、斬られたかのように線が入り、血が噴き出す。

「・・っ・はじまりやがった」

背中に、腕に、唐突に切り傷や刺し傷ができ、鷹求は小さく呻いた。

「鷹求殿っ!」

「・・っ構うな!あいつはちゃんと避けてやがるから!」

みるみるうちに満身創痍になっていく鷹求を男たちが見守る。

鷹求の傷は長が受けた傷である。傷や毒をそっくり肩代わりするのが”贄の絆”なのだから。文字通り”贄”としてその命を捧げ尽くすまで。

長が鷹求を害すまいと日頃から自身が小さな怪我ひとつしないよう注意を払っているのを、一族の者は知っている。そして、鷹求もまた、片時も志貴の側を離れず守ることで、”贄の絆”を思い出させないようにしていることを。

片や死地に1人立たせていることに苛立ち、片や今まさに傷を肩代わりさせていることに心痛めていることだろう。

「・・・ぐぅっ・・ううぅ」

鷹求が低く呻き、耐えきれぬように前のめりになった。

一瞬にして両腕が焼けただれ、その肩に凍傷を伴う刺し傷ができ、さらに数多(あまた)の裂傷がひらく。

はっと男たちが光をたたえた手を伸ばす。

「温存、しろっ、つった!」

鷹求は力を失わない声でそれを制止した。猛禽のような瞳で遠くを見つめながら、床に爪を立てて全身を襲う痛みに耐えながらも、不敵に笑う。

「はっはは・・・、あいつ、ちゃん、と・・よけて・・やがる。ま、だまだ・・っ。」

どんと何かが当たったかのように鷹求が仰向けになり、その脇腹にひどい火傷が生じ、太腿に凍傷が生じ、額から左眼にかけて裂傷がはしり、顔が鮮血で染められたが、不敵な笑みは消えなかった。

「くっ・・・志貴様!」

男たちが歯を食いしばり、祈るように長へと想いを馳せる。

鷹求がビクリと全身を痙攣させると、笑みが消え、カハッと血を吐いた。その体から白い煙が上がっていた。

「鷹求どのっ!」

今度こそ男たちの手から癒しの光が注がれたが、応える声はなかった。



志貴は、脇目も振らず隠された部屋へと辿り着いた。

口の端に常に浮かべられている穏やかな笑みが、今はなかった。

開いた扉の内側には、男たちに囲まれ、淡い光に包まれて人の形をしたものが横たわっている。

赤く染まっていないところを探す方が難しいほどの、満身創痍の幼馴染に駆け寄り抱き起こす。

「鷹求っ!」

微かにまぶたがふるえ、辛うじて無事な右眼がうっすらと開いた。

ぼうと焦点の定まらぬ目が、志貴の左頬のかすり傷を認めたようだった。

「きず・・・、つけ・・ちまっ、たな・・・」

「何故だ? こんな・・・!」

「しき・・・・わら、え、よ。おれ、たち、は・・・じ、ゆう・・・」

かすかな笑みと一緒にそう吐息のようにこぼして、閉じた目は二度と開かれなかった。



その日は、牙の一族が独立した歴史的な日であるとともに、志貴が比翼を失った日となった。

趣味に走った。

勢いでやった。

反省はしてない。

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