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 酷い夢に魘されたような気がして、堀田(ほった)卓也(たくや)は目を覚ました。

 そこは自室のベッドの上などではない。まったくの暗闇ではないものの、周囲の状況がよくわからない薄暗い空間に彼はいた。


「どこだ、ここは……。一体何が……?」


 どうしてこのような場所にいるのか、記憶を辿ってみる。

 確か酒屋の閉店業務中、物音が気になって様子を見に行ったら――


「そうだ……『座敷童』……!」


 思い出したはいいものの、卓也の身体は思うように動かない。

 というのも、彼はどうやら椅子に座らされて手首を背もたれに、足首を椅子の脚に縛り付けられていた。

 なぜだかご丁寧なことに頭や首まで背もたれにガッチリと固定されている。卓也がまともに動かすことができるのは視線くらいだった。


「お目覚めね」


 聞こえてきた声に心臓が跳ねる。

 縛られているため、背後にいるのであろうその存在を確かめることができない卓也。しかしその足音はゆっくりと、確実に彼の方へと迫っていた。


「私のこと、覚えてるかしら。覚えてるに決まってるわよね。あなたたちはシンセツ(・・・・)だもの」


「嘘だ……ありえない……」


 語りながら卓也の視界へと回り込んできたのは、真っ赤な着物を着たおかっぱ頭の少女。

 その姿には見覚えがある。それこそ忘れたくても忘れられないくらいに。


大山(おおやま)……(しのぶ)……!」


「嬉しい。やっぱり覚えててくれたのね」


 不気味に笑うその姿は、卓也の記憶の中にある彼女の最期の姿そのもの。

 自殺した当時の年齢そのままに見える大山忍が、信じられないことに目の前に現れたのだった。


「そんな馬鹿な……お前は死んだ……自殺したはずだ! どうしてここにいる……!?」


「あら、そんなの決まってるじゃない。私のメール、見てくれなかったの?」


「メール……?」


 一瞬何のことだかわからなかったが、卓也はすぐに勘づいた。

 店にやってきた純と別れる際に話したばかり。杏奈がやけに気にしていると言っていた、あの不気味な占いサイトのことだ。

 単なる悪戯だと無視していたが、まさか杏奈の言っていたように、あれは本当に大山忍の亡霊が送ってきたものだというのだろうか。にわかには信じられない。


「私ね、このときをずっと待ってたの。あなたたちにシンセツにしてもらったお礼ができる日を、ずっと、ずーっとね」


「おい、待ってくれ。悪い冗談にも程があるぞ……」


「冗談なんて言ってないわ。占いにも書いてあったでしょ? シンセツなあなたたちには、ちゃんとシンセツが返ってくるって」


 かつて、卓也を含めた仲良し四人組で大山忍をいじめていた、通称シンセツと呼ばれる行為。

 普段から真面目だった卓也だが、当時は軽い気持ちでシンセツに参加していた。


 両親や教師の前では、出来が良くて成績優秀で真面目な『いい子』でいなければならない。

 そう考えていた卓也がその仮面を外し、悪友たちと素顔を見せ合える瞬間がシンセツだった。


 当時は事態をそれほど重く考えてなどいなかった。いじめはいけないことだとわかっていながらも、その背徳感が卓也にとっては癖になる味を秘めていた。

 卓也にとってシンセツは、山も谷もなく、ただ平坦で模範的なだけだった日常を彩るスパイスだったのだ。


 自分のしてきたことの重大さを初めて卓也が思い知ったのは、大山忍が自殺したと聞いた時だ。

 それから数日は寝付けなかった。自分はなんてことをしてしまったのだろうと毎晩自己嫌悪した。

 そしてその後悔から、卓也は優等生の仮面を捨て、その素顔まで真の優等生であるために努力してきたのだ。

 それが彼女を自殺に追いやってしまった償いになると信じて。しかし大山本人は、そのようなことはちっとも興味がなかったらしい。


「懐かしいわ。私が国語が苦手なのをあなたは気遣ってくれた。文章力をつけるトレーニングだって、あなたが書くはずの日直日誌を任せてくれたわね。あれはとってもいい勉強になったわ。それから、私物の管理がちゃんとできるようにって、きちんとしまっておかなかった上靴を預かっていてくれたこともあったわ。おかげであれから物持ちがよくなったから、本当に感謝してるの。他には――」


「――頼む大山、許してくれ。僕たちが間違っていたのは認める。だから手足(これ)をほどいて、僕にちゃんと謝らせてくれないか……頼む!」


「謝る? どうして?」


 懇願する卓也の顔を覗き込んで、大山は無表情のまま小首を傾げた。


「あなたたちは、私にあんなにシンセツにしてくれたじゃない。謝られるようなことなんて一つもされた覚えはないわ?」


「違う……違うんだ。あれは本当に親切にしたくてやってたわけじゃない……お前に嫌がらせすることを正当化するための屁理屈だったんだよ! お前もわかってたんじゃないのか!?」


「そんなはずないわ。シンセツなあなたたちがそんなことを考えてたなんてありえないもの」



 ……狂っている……!



 大山と実際に話をして、そう卓也はそう思った。

 あのシンセツがいじめであったことに本人が気づいていないはずなどないのに、まるで話が通じない。


 まさかこれが、世間一般に言うところの『怨念』というものなのだろうか。

 自殺した大山忍は、卓也ら四人にされたシンセツを返すためだけに、あの世に逝くことなく亡霊となって彷徨っていたというのだろうか。


「だから今夜は、私があなたに精一杯シンセツにしてあげる。三年前によくしてもらったお返しをしないとね」


「やめろ……何をする気だ……?」


 無表情から少しだけ微笑んでみせた大山を見て悪寒が走った卓也。

 突然連れ去ったかと思えば、抵抗できないよう椅子に縛り付けておくような相手だ。何をされても不思議ではない。

 それも自分が自殺に追いやった同級生の亡霊。卓也はこれからされるであろうシンセツに、痙攣しているのかと思うほど脚が震えるのを感じた。

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