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大学の講義をサボってばかりいる純のいい加減な性分は、高校時代からあまり変わっていない。
朝寝坊や遅刻は日常茶飯事。担任に何度指導されてもへらへらと笑い飛ばしては呆れられるような、そんな生徒が純だった。
そんな純が高校時代に起こした最も大きな事件。それが『シンセツ』だ。
当時純は、仲のいい生徒四人で徒党を組み、とある生徒に嫌がらせすることを楽しんでいた。
簡単に言えば、一人の生徒を集団でいじめていたのである。そのいじめを純らは通称『シンセツ』と呼んでいた。
標的だったのはクラスメイトの大山忍。
自己主張が苦手で大人しく、周りに流されやすい性格の彼女は、当時の純らにとっては恰好の的だった。
シンセツと呼ばれるいじめは、当時茶道部に所属していた大山を、純が校内で目撃したことがきっかけとなって始まった。
背が低く、おかっぱ頭の大山が着物を着た姿がそれとよく似ていたことから、純は『座敷童』とあだ名をつけて彼女をからかったのだ。
始めはそんな程度の嫌がらせであったが、純がつるんでいた友人たちが便乗し始めるといじめの内容はエスカレート。そしていつしか四対一で大山を囲う構図が当たり前になっていった。
大山の靴や体操着を隠したり、椅子に画鋲を散らしておいたり。所持品検査がある日なんかは、親からくすねてきたタバコをこっそり彼女の机の中に忍ばせ、担任に発見させたこともあった。
そして純らは、これらの行為はすべて大山のためを思ってシンセツでしてあげていることだからと、自身らの行いを正当化し続けてきたのだ。
あるときは、自分が書くべき日直日誌を大山に押し付けて、国語の成績向上のために文章力を磨かせてやると言い。
またあるときは、大山の弁当の中身をトイレに流して、モテるようにダイエットさせてやると言い。
そしてあるときは、大山の頭を靴で思い切りひっぱたいておいて、蚊がとまってたから助けてやったんだ、なんて理不尽な嘘を言ったりもした。
そんな日々が続くと大人しい大山もさすがに応えたのか、雀の涙ほどの勇気を振り絞って純らに抵抗しようとしてきたこともあった。
しかしその度に純らは、俺たちはシンセツでやっていることなのに、人のシンセツを素直に受け取れなくなったら人間おしまいだろ、なんて言いくるめては大山を黙らせた。
もちろん純らは本当にそう思っていたわけではない。ただ、そう言っておけば大山がすぐに身を引いてくれるから都合がよかっただけなのだ。
こうして高校一年のときに始まったシンセツは、進級してもなお続いた。
純らはクラス替えのない学科だったため、二年生になっても三年生になっても大山を四人で囲い続けたのだ。
しかし当時の彼らは、このシンセツが後にとんでもない事態を招くことになるなど、これっぽっちも想像してはいなかったのだった。
それは高校生活最後の夏のこと。
大山忍が、死んだのだ。
彼女は学校帰りの駅のホームから飛び降り、特急列車に撥ねられた。
同じ駅を利用していた生徒がその瞬間を目撃していたことが決め手となり、大山は自殺として処理されることとなった。
テレビのニュースでも取り上げられたし、緊急の全校集会なんかも開かれた。こうして純らは、自分らのしてきたことの重大さを初めて思い知ることとなったのである。
幸か不幸か、大山をいじめていた純ら四人にお咎めは一切なかった。
というのも、純らは巧妙に教師の目を盗んでいたため、担任もいじめがあったことに気づいていなかったようだ。
もしくは、問題が大きくなることを恐れて、担任ですら黙認していたのかもしれない。今となってはどちらなのかはわからないが。
大山の通夜には、担任やクラスメイトが揃って参列したらしいが、純ら四人は例外だった。
自殺したのが自分らのいじめていた生徒だっただけに、参列する勇気が出なかったのだ。
それからの純らは、新しい標的を探すでもなく、ごくごく普通に高校生活を送った。これに懲りずに同じことを繰り返すほど馬鹿ではない。
普通に受験勉強をし、普通に大学へ進学。やんちゃだった高校時代と比べると随分丸くなったと自分でも思う純だが、その背景に大山の自殺が関係していることは間違いないだろう。
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「おい、横溝」
不意に名前を呼ばれてハッとなった純。
見ると隣にはアルバイト先の先輩が立っていた。
「ボーっとしてどうした? 注文入ってんぞ」
「あっ」
そうだ、おばさんのキャリーケースを運んであげたあと、そのままファミレスのバイトに来たんだっけ。
今の状況を把握し直した純は、いつの間にかどっぷりと過去を思い返していたことに気がついたのだった。
「今日店長が休みだからって、あんまぼさっとすんなよ? その分俺の仕事増えちまうだろ」
「あー、すいません。先輩が仕事できる人だから、つい甘えちゃうっていうか?」
「こんにゃろ。ならテメーの時給もよこしやがれ」
先輩とそんな冗談を交わして笑い合いながら調理作業に戻る純。
ふとしたきっかけで胸やけのする過去を思い出してしまったが、それももう三年前の話だ。今更あれこれ考えても仕方ないやと割り切って、純は片手に握った中華鍋を火にかけたのだった。




