表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

-19- ◆

これまでと比較すると軽度ではありますが、グロ表現があります。ご注意ください。

「……ほんと、アンタ(・・・)って気に食わない。どうしてそんなに冷静なの? どうして他の三人みたいに泣き喚かないのよ?」


「俺もお前と同じだからだよ。俺もお前が気に食わない。だからお前みたいな殺人鬼なんかに屈することだけは絶対にしたくないだけだ」


「どの口が言うわけ? アンタだってお姉ちゃんを殺した殺人鬼のくせにッ!!」


「ああそうだよ。俺も人殺しだ。お前と同じ」


 大山(おおやま)(めぐみ)は顔を真っ赤にして感情的になり始めた。

 状況を考えるに、今の彼女を興奮させるのは大いにまずい。

 しかしそれでも(じゅん)は、大切な親友たちを奪った彼女に屈したくない、負けたくないという感情が膨れ上がって抑えきれなかったのだ。


「確かに俺は……俺たちは取り返しのつかないことをした。けど、だからってこんな復讐をしてもお前の姉ちゃんは喜ばないだろ? それどころか、大事な妹が憎たらしい同級生(おれたち)と同じ人殺しになるなんて、そんなのアイツが望んでるはずがない。妹のくせにそんなこともわからないのかよ……!」


「…………わかってるわよ。アンタなんかに言われなくても、そんなこと」


 興奮気味だった大山恵は、純の言葉にがっくりと肩を落とした。

 まさか、今ので説得できたのか? いや、三年もかけて大掛かりな復讐を計画した女だ。まだ気を抜くには早い。


「お姉ちゃんのためお姉ちゃんのためって、ずっと自分に言い聞かせてきたけど、それは嘘よね。ほんとはわかってるの。これはお姉ちゃんじゃなくて、私の(・・)復讐。アンタたちがお姉ちゃんを奪ったせいで壊れてしまった、私個人の狂気。そんなの、言われなくてもわかってるわ」


「……ならなおさら、俺はお前に負けるわけにはいかない」


 純の言葉に、大山恵はまた鬱陶しそうな顔を持ち上げた。

 しかし純はそれでも怯まない。姉を自殺に追いやった自分を大山恵が憎んでいるように、純だって親友三人を奪った彼女を憎んでいる。

 親友たちのためにも、心だけは絶対に彼女に屈するわけにはいかないと、純はその気力だけで大山恵を睨みつけ続けたのだった。


「確かに俺たちがお前の姉ちゃんにしてきたことは最低だ。けど、俺たちはちゃんと生きて、その過ちを一生背負っていかなきゃならなかったんだ。俺が償いたいのはお前の姉ちゃんに対してであって、絶対にお前なんかじゃない」


 純の言葉に唇を噛みしめ、拳をギリギリと握る大山恵。

 その隙にも純は、必死に縛られた腕を解こうと試みている。

 あと少し。長話の間に縄は随分緩んできた。あともう少しで手が抜ける……!


「お前の姉ちゃんに殺されるんならまだ納得できる。それだけのことを俺はしてきた。けど、お前の個人的な恨みのためになんて死んでやるもんか。俺はそこまでシンセツ(・・・・)じゃないんでな……ッ!!」


「ぅぅぅぅうるさい!! うるさいうるさいうるさいッ!!!!」


 大きな叫び声をあげた大山恵は、近くの柱に立てかけておいたのだろう金属バットを持ち出すと、純の頭を思い切り殴りつけた。

 手足を拘束されている純は防御もできず、バットは彼の左こめかみのあたりに命中した。


 殴られた勢いで椅子ごと倒れ込む。

 頭が割れたのか、殴られた部分には抉られるような痛み、そして流れ出る温かい血液を感じた純。

 衝撃で視界は二重にぼやけ、脳が揺れたのか吐き気もする。

 しかしそれでも純は、あともう少しで自由になる手をいち早く抜こうと必死にもがいていた。


「……まだアンタに、どんなシンセツをお返しする、か……決めてないのに……。あ、だけど、そうね。アンタは私、じゃなくてお姉ちゃんに……償いたいんでしょ? だったら……私が今すぐお姉ちゃん、のところに連れて行ってあ……げる。私は、とーってもシンセツ(・・・・)だから……」


 よろよろとバットを引きずりながら、大山恵が距離を詰めてくる。


 これはまずい。いよいよまずい。今度こそ殺される……!

 早く抜けろ、早く、早く……!


 もうこそこそと抵抗する必要もなくなった純は、全身をバタバタと揺らしながら縛られた両手を解こうと暴れた。


「……じゃ、お姉ちゃんによろしく」


「……ざっけんなッ!!」


 大山恵がバットを振り下ろす瞬間、叫びと共に純の左腕が抜け自由になった。

 振り下ろされたバットが頭に命中する前に左腕で受け止めた純。腕の骨にガツンと響く激痛に顔をしかめるも、まさかの抵抗に大山恵も一瞬たじろいだ。


 片方が抜ければもう片方を抜くのも容易い。

 続いて右手を自由にした純は、その手でバットを掴み、大山恵をグイっと引き寄せてバランスを崩す。そして自分の隣に倒れ込みそうになりよろめいた彼女の顔に、思い切り爪を立てて引っ掻いてやった。


「あ"あ"ッ! 痛い……痛い……!!」


 純の右手は大山恵の左頬に大きな引っ掻き傷を穿った。

 爪には彼女の皮膚や血が挟まっている感触がある。必死だったあまり、かなり深く傷をつけたようだ。


 目にも少し掠っていたのか、大山恵は左頬と左目を抑えて蹲っている。

 彼女が怯んだ今が好機と、純は縛られた脚も解こうと試み始めた。


()ッ……クソッ!」


 一心不乱だったため気づかなかったが、よく見れば純の左手首は不自然な方向に曲がっていた。

 どうやら縄から強引に引き抜いた際に、手首の関節が外れてしまったらしい。いや、だからこそ抜けたのだろうと思えば、肉を切らせて骨を断つというやつだろうか。


 急ぎ右手で左手首を嵌め直す。この手の応急処置のやり方など知らないから、適当に手首を引っ張って元の角度に戻すしかないのだが。

 それにしても痛い。どうにかうまく嵌まってはくれたが、この状態の手で縛られた脚を解くことなど可能なのだろうか。


「よくモ……ヨくもォ……死ネぇぇッ!!」


 再び殴り掛かってくる大山恵。

 そのバットの一撃を再び左腕で受けると、着物を着ている彼女はそのまま足をもつれさせて倒れ込んだ。


 このままではジリ貧だ。彼女の攻撃をいちいち防御していたら脚を解く作業に集中できない。

 それに何度もこうして受け流せる攻撃ではない。一撃受けるごとに純の腕にも激痛が蓄積していく。殴り殺されてしまうのも時間の問題だ。


 大山恵が再びよろよろと立ち上がる。どうやら攻撃の手を緩めるつもりはないらしい彼女を前にしてはまさに絶体絶命だった。

 しかしそのとき、純は自分の横に転がされているものに気がついた。大山恵が姿を現したときに地面に放っていた、彼女のバッグだ。


 これは千載一遇のチャンス――いや、もしくは賭けと呼ぶべきだろうか。

 もしかするとこのバッグの中にはあれ(・・)が入っているかもしれない。それを手にすることができれば、状況は一気に好転する……!


「……ああアあアアアあぁぁァあッ!!」


 大山恵が再びバットを振り下ろす。

 身をよじって間一髪頭への直撃を避けた純は、彼女の鞄の中へと右手を潜り込ませた。


 咄嗟に掴んだそれ(・・)を、よろける大山の腹部に押し当てる。

 そしてそのまま純は、親指にちょうど当たっているスイッチを思い切り押し込んだ。


「う"、ああ"……ッ!」


 人の喉から出たとは思えないような呻き声をあげ、大山恵は意識を失ったのかその場に崩れ落ちた。

 純が握っていたのは、連れ去られる時に使われた『改造スタンガン』だった。この状況で手の届く場所にあったことが幸いし、純はほっと胸を撫で下ろした。


 それから両脚の縄を解き、純はよろよろと立ち上がる。

 大山恵が目を覚ます前にここを離れなければ。出口の案内表示に従って進むと、純は地下駐車場からようやく地上へと顔を出すことができたのだった。


 外は夕暮れ時。周りの景色には見覚えがある。

 そうか。ここは隣町にあるショッピングモールの跡地だったのか。


 高校時代には四人組でよく通っていた。

 去年閉店して、今は取り壊しを待つ廃墟となっていたが、まさかこんなところに連れ込まれていたとは。


「……ひッ!? 大丈夫ですか、頭から血が……!」


「あ、の……警察、を……そこの駐車場で、襲われ、て……」


 運よく通行人の女性に出くわした純は、そのまま焼け付くアスファルトに倒れ込んだ。

 もしもし!? と呼びかけてくる声が随分遠く聞こえる。


 俺はこのまま死ぬのかな。そのときは今度こそ、ちゃんと謝らないと。

 不思議と穏やかな心地だった純の視界は、トラウマになりそうなほど真っ赤だった世界を、ゆっくりと暗く閉ざしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ