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「……ぅ……ここは……?」
目覚めた純は薄暗い地下駐車場で椅子に座らされ、手足を拘束されていた。
なぜこのようなところにいるのか、一瞬頭が混乱する。
しかし次の瞬間に純は、自分は車に轢かれ、降りてきた運転手に襲われたことを思い出した。
自分でもわけがわからない。
純は大山忍の両親に会いに、彼女の実家に向かっていたはず。
そして左右もろくに確認せず曲がり角を飛び出した結果、車に轢かれたことまでは納得だ。
だが、自分を轢いた車の運転手は純を助けようとするどころか、スタンガンで追い打ちをかけてきた。常識で考えてそのようなことがありえるだろうか?
「起きたわね。具合はどうかしら?」
背後から聞こえた声に振り向く純。
そこに立っていた声の主は、真っ赤な着物を着たおかっぱ頭の少女。そして純は、彼女の正体を刹那のうちに確信したのだった。
地面に鞄を置き、純の方へと歩み寄ってくるその姿は、自分が三年前に自殺に追い込んだ大山忍のそれそのもの。
だが純は特に大きなリアクションを起こすこともなく、薄ら笑いを浮かべて近づいてくる座敷童を睨みつけ続けた。
「……あら、あなた冷静なのね。意外だわ」
「そうか? 別にそうは思わないけどな」
「あなたほどシンセツな人が、私を見て何とも思わないはずがないじゃない。私がいったい誰なのか、あなたはよーく知ってるはずだもの」
純の背後から正面へゆっくりと回り込んでくる座敷童を、純は睨みつけながら目で追う。
現状を考えるに、おそらく卓也も英彦も杏奈も同じように連れ去られたのだろうと予想がつく。
すべての元凶は目の前にいるこの座敷童に間違いないと、純はこのとき確信を持っていた。
「――いいや、知らない」
その確信を持ったうえで、純は座敷童の言葉を否定した。
目を丸くしたのは連れ去られた純の方ではなく、純の返答を聞いた座敷童の方だった。
「俺はお前を知らない。会ったのはこれが初めてだろ?」
「…………」
不気味な笑みを浮かべていた座敷童は、純の態度が気に入らなかったのか、無表情になって沈黙した。
相対する純は冷静さを崩さない。椅子に縛り付けられて身動きも取れず、状況としては圧倒的に不利であるはずの純が、あろうことか二人の会話のペースを握っていた。
「俺が知ってるのは『大山忍』だ。だけどお前は『大山忍』でも、その幽霊でもない――――『大山恵』……なんだろ。アイツの妹の」
純が淡々と言い切ってみせると、座敷童はそのまま沈黙した。
そして数秒のときが流れた後で、彼女はだらりと首を垂れ、大きなため息をついた。
「……あっそ。やっぱ気づいてたんだ」
表情が消え、生気のない目で純を睨み返した大山恵。
それに怯むことなく純も睨み返す。しかし正直な話、座敷童の正体を見抜いた後でどうするのかは、純にとっては未だノープランのままだった。
「昨日母さんから連絡があってさ。お姉ちゃんの同級生が来てくれたって喜んでたからまさかと思ったけど、やっぱ余計なこと喋ってたみたいね」
「俺にとっては貴重な情報だったし、ありがたかったけどな」
「黙って。こんなことになるなら実家にも盗聴器仕掛けておくんだった。だってまさか、実家に来るなんて思わないじゃない。アンタが余計なことしてくれたおかげで台無しよ」
「盗聴器……? 何のことだよそれ」
いらついているのか、純の周りをぐるぐると歩き回りながら愚痴をこぼす大山恵。
しかし純が疑問を投げかけると、彼女は途端に目を輝かせて純を見つめた。
「あら、知りたい? だったら、見事私の正体を見破ったあなたには特別に全部話してあげる。私はとってもシンセツだから」
『シンセツ』という言葉を用いる大山恵に、純は無性に苛立ちを覚えた。
その言葉は純ら四人が大山忍に対して背負う呪いだ。直接関わりがあったわけではないお前が軽々しく口にしていいものではない、と。
「私ね、三年間かけてじっくり準備してきたの。お姉ちゃんが受けたたくさんの『シンセツ』を、ちゃんとあなたたちにお返しするために」
「いや、おかしいだろ。担任もお前の両親も知らないはずのあのいじめのことを、なんでお前自身が知ってるんだ? 答えてくれよ。お前はシンセツなんだろ?」
「ええ、そうね。私はとってもシンセツだから教えてあげる」
先程までと打って変わって、大山恵は随分楽しそうに語り始めた。
彼女は死んだ姉の願いを自分が叶えたつもりでいるのだろうか。傲慢というものにもほどがある。
しかしこれは純にとって好都合であった。
彼がわざわざ大山恵に問いを投げかけたのは、長話をさせることでその隙に縛られた腕を解こうと試みるためだ。
得意げに語り始めた大山恵は純の企みに気づいている様子はない。このまま時間を稼いで、せめて腕だけでも自由になれば……!
「お姉ちゃんの遺品の中にね、日記があったの。お父さんとお母さんは読まなかったみたいだけど、それにはあなたたちのシンセツのことがたくさん書いてあったわ。だから私がお返ししなきゃって思った。あなたたちのSNSのアカウントを探し出して、住所を調べて、全員の行動範囲のあちこちに盗聴器を仕掛けたの。全部、あなたたちにシンセツをお返しするためよ?」
「なるほど。俺たちの行動パターンも全部筒抜けってことか」
ふと、純は酒屋を訪れたときの卓也の言葉を思い出した。
彼は店で怪しい動きをしていた女子高生を追い出したと言っていた。あれは未成年で酒を万引きしようとしていたわけではなく、店に盗聴器を仕掛けている大山恵だったのではなかろうか。
工業高校に通っている彼女なら、盗聴器の一つや二つ独学で作ったって不思議ではない。
そしてSNSから住所を知られたのなら、留守中に合鍵を作って侵入し、個人の部屋に盗聴器を仕掛けることも可能だろう。
そこまで想像がついてもなお、純はまだ信じられなかった。
普通そこまでするだろうか? 姉を自殺に追い込まれたのがよほどショックだったのは察するが、それにしても恐ろしいまでの執念。もはやストーカーなんて呼べるかわいらしいレベルではない。
「他の三人はどうしたんだよ? 俺みたいにこうして攫ったんだろ? どこに連れてったんだよ?」
「ごめんなさい、会いたいわよね? でもシンセツをお返しできた人に用はないから、もう遠くに連れて行っちゃったわ。……ああ、昨日の片付けがまだ終わってないから、一人だけなら駐車場に残ってたかしら」
「片付け……?」
「そう。死体の片付け。本当は今日やるつもりだったんだけどね。でも万が一お母さんから妹の話を聞いてたら、あなたは必ず私の居場所を聞きに実家に来るって思ったから、計画を早めてあなたを攫うしかなかったの」
「おい待てよ……死体……死体だって……??」
大山恵が何の躊躇いもなく放った言葉に、純は血の気が引くのを感じた。
まさか、最悪の事態が起きてしまったというのだろうか。純より先に連れ去られた三人は、既に……。
「高校では機械いじりとかプログラミングとかを一生懸命勉強したわ。一撃で意識が飛ばせるようにスタンガンの威力を改造したり、あなたたちに宣戦布告するための占いメールを作ったりね。それから、スムーズに連れ去ってしまえるように車の免許も取ったの。仮免も本免も一発合格したわ」
親友たちの末路を聞いて一瞬放心した純だったが、歩み寄ってくる大山恵の姿に冷静さを取り戻した。
このままでは自分も殺される。そう確信が持てる。どうにか逃げ出さなくてはと心臓の鼓動が早まり警鐘を鳴らしているが、縛られた腕はまだ外れそうにない。
「それもこれも、全部全部あなたたちのためよ。あなたたちのために、私は三年も時間をかけて入念に準備してきたの。だから私の『シンセツ』、ちゃんと受け取って?」
「……いや、それはできない相談だ」
純の返答に、大山恵は眉をピクリと動かした。
ここで彼女の言葉を否定すればどうなるか、純にだって想像はつく。あまり彼女を刺激しないほうがいいのは火を見るよりも明らかだろう。
それでも、純は頷くことができなかった。
表情を引き締め睨みつける純の視線に、大山恵は鬱陶しそうに舌打ちをした。