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-16- ◆

グロ表現ありの回です。ご注意ください。

「……ぅ……?」


 こんなに最悪な気分の目覚めは初めてかもしれない。

 そんな不快感を振り払うように、種田(たねだ)杏奈(あんな)は頭を振り、ゆっくりと瞼を持ち上げた。


 自分の今いる場所は……地下駐車場?

 だが見た限り車は一台も停まっていない。地面に描かれた白線も消えかけていて、随分古い建物なのだろうと想像できた。


「えっ、うそ。なに、これ……?」


 次に杏奈が気づいたのは、その駐車場の真ん中で椅子に座らされ、手足を拘束されている自分の状態だった。

 後ろで組まされた手首は背もたれに、両脚はそれぞれ椅子の脚に縛り付けられている。これでは身動き一つとることもできない。


「やっと起きた。待ちくたびれたわ」


「ひッ……!?」


 不意に聞こえた声に肩が跳ねる杏奈。

 声のした方を見ると、そこには彼女が意識を失う直前に見た、赤い着物の少女の姿があった。


「ぁ……ぁぁ、『座敷童』……!」


「久し振りね。私のこと、覚えてるでしょ?」


「いや……いや……!!」


 投げかけられた問いにすら、杏奈はまともに答えることができなかった。

 それほどの恐怖に支配されていたのだ。なぜなら目の前にいる少女は、自分らが自殺に追いやってしまったはずの同級生、大山(おおやま)(しのぶ)なのだから。


「やだ! やだ! 純助けて!! 誰でもいいから! お願い助けてッ!!」


「いくら叫んでも無駄よ? ここには誰も来ないわ。だからこそあなたを連れてきたんだもの」


 広い駐車場内で反響した杏奈の叫びが、誰の耳にも届くことなく数秒遅れて彼女の耳に戻ってくる。

 これだけ騒いでも大山は余裕の態度をまったく崩す様子がない。それだけで杏奈は、本当に助けは来ないのかもしれないと冷や汗をかいた。


「どうして私がこうして会いに来たのか、わかるでしょう? あなたは私にとってもシンセツ(・・・・)にしてくれたから、私はそれを返してあげたいだけなの」


「お願い、許して……! あのときは軽い気持ちだったんだって! まさかあんなことになるなんて思わなくて……だからお願い! いくらでも謝るから!!」


「あらあら、どうしたの? 別に私は怒ったりなんかしてないわ。だから安心して?」


「やだ、来ないでよ……! 誰か……誰かぁッ!!」


 ゆっくりと歩み寄ってくる大山に、杏奈は必死に嘆願した。

 大山忍の幽霊が近づいてくる。そして彼女はおそらく杏奈の予想した通り、卓也(たくや)英彦(ひでひこ)もこうして襲ったのだろう。

 まさに最悪の予感が当たってしまった。こうなっては望みが薄かろうとなかろうと、杏奈は必死に助けを呼んで叫び続けることしかできなかった。


 するとそのとき、大山は背中に隠し持っていたコップのようなもので杏奈の顔に水を浴びせた。

 ……いや違う、水じゃない。いったい何をかけられたの……!?

 そう杏奈が気づいたのは、液体を浴びせられた顔の皮膚に突然激痛が走ったためだった。


「……ぁぁあああッ!!?? 痛い……熱い……!! ぁぁああッ!!」


「ちょっとだけ我慢してちょうだい。これはあなたのためを思ってシンセツでしてあげてることなのよ?」


 大山の言葉など、杏奈には聞こえてはいなかった。

 それほどまでの激痛と熱。目を開けることも顔を拭うこともままならず、杏奈は縛り付けられた椅子の上でじたばたと暴れることしかできなかった。


「今かけたのは硫酸。あなたは結婚願望が強いみたいだから、素敵な男性(ひと)と巡り合えるように私がシンセツにしてあげてるの」


「あぁぁッ! やめて……やだ……!」


「ほら、前もって顔を溶かしておけば、顔目当ての女たらしなんて最初から寄ってこないでしょ? きっとあなたの内面だけをしっかり見てくれる人と出会えるはずだわ。 だからちょっとだけ熱くて痛いかもしれないけど、我慢してね?」


 まったくもって理にかなっていない大山の仕打ちにも、杏奈は叫び声をあげることでしか抵抗できなかった。

 すると次に大山は、着物の懐からナイフを取り出した。そして彼女はそのナイフで、杏奈の身体を何度も切りつけ始めたのだった。


「あッ! なに……!? 痛い!! やだ、やだ!!」


「動かないで。これもシンセツでやってあげてることなのよ?」


 顔に硫酸をかけられたせいで目を開けられない杏奈は、突然全身を襲う鋭い痛みにもがき苦しんだ。

 右肩、左腕、脇腹、太もも……。何も見えない中であちこちを次々に切りつけられる痛みは、杏奈にさらなる恐怖を植え付けていく。


「顔目当ての男は寄ってこなくても、まだ身体目当ての男が言い寄ってくるかもしれないもんね。だからそういう男が萎えるように、あなたの身体を傷だらけにしておいてあげる。大丈夫。あなたを本当に心から愛してくれる人なら、きっと顔や身体がめちゃくちゃでも気にしないわ」


 硫酸をかけられた顔ほどではないが、全身の皮膚がチクチクヒリヒリと痛む。温かくドロッとした自分の血の感触すらわかる。

 ほぼ抵抗できない杏奈の全身は、大山の手によってあっという間に切り傷だらけにされてしまった。


「うーん、これ以上傷を増やすには服が邪魔ね。切っちゃいましょっか」


「いや……いや……」


 悲鳴を上げる気力もなくなった杏奈の衣服を、大山が乱暴に切り裂いていく。

 服が破られ、自分が裸に剥かれていくビリビリという音を聞いても羞恥心すら芽生えないほど、杏奈の精神は恐怖一色に支配されていた。


「そういえば、あなたは結婚した人に処女を捧げたいんだったわね? なら()には何もしないであげる。私はとってもシンセツだから」


 そう言って大山は、手に持ったナイフを大山の胸元に突き立てた。

 不意を突く激痛に、杏奈は「あ"ッ!?」と短い悲鳴を上げたが、大山は何も聞こえていないかのようにナイフでぐりぐりと杏奈の身体を抉り始めた。


「でも、身体目当ての男を遠ざけるなら、その無駄に大っきい胸はいらないでしょ? あなたって細いくせに胸だけはあるのね。なんて羨ましい。削っておいてあげるわ」


「やだ! やだ! 痛いッ!!」


 ようやく少しだけ開いた瞼の隙間から見えた大山の顔には返り血が飛んでいた。

 しかしその表情は無。杏奈をいたぶることに快楽も罪悪感も感じていないような、不気味な雰囲気だった。


 痛い……熱い……助けて……ッ!

 殺される……殺される……殺される……ッ!


 もはや杏奈に冷静な思考力は残されていない。

 来るはずのない助けを祈り続け、痛みを堪えて悶えることしか彼女にできることはなかった。


「もう、そんなに暴れちゃだめじゃない。間違って心臓に刺さっちゃったら大変でしょ? まだ私のシンセツは終わってないのに」


 そう言って大山は、杏奈を切りつける手を止めた。

 その代わりに、大山は杏奈を縛り付けた椅子を蹴倒し、駐車場内にガタンと大きな音を響かせた。


 ほぼ裸に剥かれた状態で、全身から出血し続けている杏奈は既に虫の息。

 しかし大山はお構いなしに、今度は杏奈の腹部に深々とナイフを突き立てた。


「あ"う……ッ!」


「あなた、子どもが好きなんでしょ? 自分でもいつか産みたいと思ってるのよね? なら、私が出産の練習に付き合ってあげる。双子を妊娠して、帝王切開で出産することになったって設定ね? なんて幸せなシチュエーションなのかしら」


 突き刺したナイフを縦に滑らせ、杏奈の腹部が大きく裂けていく。

 しかし杏奈には、もはや悲鳴を上げる余力など残されてはいない。もがく気力もなく、ただ切り裂かれていく身体の痛みを感じながら小さな呻き声をあげることしかできなかった。


「子宮ってこのへんだったかしら? それとも、妊娠してたらもっと上? ごめんなさい、この手の知識には疎くって」


「……ぅ、ぁ……」


 次第に痛みも薄れていって、大山の声もフェードアウトして聞こえなくなっていく。

 よかった。痛くて熱くて苦しくてたまらなかったけど、ようやく慣れてきたみたい。このくらいなら、助けが来るまで我慢できそう。


 こんなときに私を助け出してくれる王子様なんかがいたら、私は間違いなく好きになっちゃうだろうな。

 そしてその人と結ばれて、私は小さい頃からの希望通り、素敵な結婚生活を――


 この危機的状況でそんな妄想が膨らんできたのはなぜなのだろうか。

 それはきっと、自分の最期に自分で気づいたからなのだろう。


 せめて最後の瞬間くらいは、こんな苦しいものではなくて、温かくて幸せなものがいい。

 死ぬときくらいは、吐き気がしそうなほど甘い乙女な夢をみたっていいじゃないか。

 誰に対してかもわからないそんな言い訳を思い浮かべながら、杏奈はそっと閉じた瞼の隙間から一筋の涙をこぼし、痛みも苦しみもない眠りについた。

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