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 仏壇への挨拶を済ませた(じゅん)は、大山の母からせっかく来たんだからとあっさり引き止められ、冷たい麦茶を馳走になっていた。

 彼女は寡黙で大人しかった娘と違ってお喋りなようで、純はもう既に三十分ほど小話に付き合わされている。正直、挨拶だけ済ませて帰るつもりだったのだが。


「――そんな感じで、(しのぶ)は昔から頭がよかったからね、滑り止めも受けずに第一志望の高校に入学できたのよ。本当に自慢の娘だったんだから」


「……そうなんですね。確かに大山さん、試験の度に結構上位にいましたね」


「ええ、そうよ。……だからこそ、私のせいで失ってしまったのが悔しくてね……」


「『私のせいで(・・・・・)』……? ……あの、聞いていいのかわかんないですけど、それ、どういうことか教えてもらうことって?」


 不意に予想外の言葉が飛び出し、純は思わず聞き返してしまった。

 純からすれば、大山(おおやま)(しのぶ)が死んだのは自分のいじめのせいだという認識だ。それなのに大山の母はそれを知らず、娘が死んだのは自分のせいだと口にしたのだ。


「私、あの子に勉強を強いすぎてしまったのかもしれないわ。地頭がよかったから、どうしてもいい成績をとって国立大学に行って欲しくてね。親のエゴでプレッシャーをかけすぎたせいで、あの子は潰れてしまったの。親として失格だわ」


「…………」


 彼女の言葉に、純は何も答えられなかった。

 『シンセツ』のことを知らない大山の母は、娘の自殺を自分のせいだと思い込んでいるのだ。

 もしかしたら大山の自殺には、母親からのプレッシャーも関係していたのかもしれない。だからと言って純自身の罪が軽くなるわけでは決してないが、大山の母の心境を思えば純も切なくなった。


 大山忍の自殺には、間違いなく『シンセツ』が大きな原因の一つになっている。

 その仇とも言える相手が目の前にいるというのに、大山の母はそのことにすら気づかず、自分に非があったと思い込んで嘆いているのだから。


「じゃあ僕、そろそろバイトなので、失礼しても?」


「あら、そうだったの。引き止めてしまってごめんなさいね」


「いえいえ」


 本当は今日のアルバイトは深夜のため、昼過ぎである今帰る必要はない。

 けれどこんなにも切なく悲しい話を聞かされた以上、純にとってここが居心地のいい場所になるはずがない。

 失った娘と同じ歳の若者と話がしたいという気持ちは察するが、正直これ以上は純の方が耐え切れそうになかった。


「……ん?」


 深夜のアルバイトが始まるまでどうやって時間を潰そうかと純が考えていたそのとき、彼はあるものが気になって立ち止まった。

 それはリビングの棚に置かれた写真立て。見るとその写真には、大きな観覧車の前で楽しそうにポーズをとる大山一家の姿が写っていた。


「ああ、それ? 忍が高校二年のときに行った家族旅行の写真よ。あの子がどうしても遊園地に行きたいって、珍しく我が儘言ってたのが懐かしいわね」


 初めて見たような満面の笑みを浮かべる大山忍と、彼女の後ろに立つ両親。普通に見れば、ごくありふれた微笑ましい家族の思い出に過ぎないだろう。

 しかし純にとっては違った。どうにも気にかかって仕方ない事実が一つ、その写真には写っていたのである。


「……妹、いたんですね。知りませんでした」


 そう。その写真に写っていたのは四人。

 大山忍とその両親。そして、本人と見間違えそうになるほど姉にそっくりな、大山忍の妹の姿がそこにはあったのだ。


「ええ、三つ下にね。(めぐみ)っていうの。お通夜のときに見なかった?」


「あー、えっと……あのときはなんていうか、ショックすぎて周りを見る余裕がなかったっていうか……?」


 通夜に来ていないことを悟られそうになり、純はなんとか取り繕った。

 それも無理ないわね、なんて簡単に納得してもらえたのは幸いだ。


「妹さんは、今学校ですか?」


「ええ、多分」


「多分?」


 母親としてなんとも無責任な返答に、純は違和感を覚えた。

 彼女は自分の娘が学校に行っているのかそうでないのかも、はっきりとは把握していないというのだろうか。


「恵は今、実家(うち)にはいないのよ。忍がいなくなった途端、あの子はいきなり情報工学の勉強がしたいって言い出してね。少し離れた工業高校に進学したの。実家(ここ)から通うには無理がある距離だったから、高校の近くに下宿してるわ」


「ああ、なるほど」


「忍に続いて恵まで離れていくのは寂しかったし、正直迷ったわ。でも、恵にまでプレッシャーをかけて追い込みたくなかったから、あの子には自分のやりたいように、自由にさせてあげてるの。忍のときのような悲劇(こと)を繰り返すわけにはいかないもの」


 大山の母の曖昧だった返事にもこれで納得がいった純。

 しかし、大山忍に妹がいるという話は初耳で驚いた。通夜に行っていればそのときに気づいたことなのだろうが。


 もやもやと、純の胸の内にとある予感が湧いてくる。

 しかし彼はその予感を、いやいやまさかと否定してぐっと呑み込んだ。


 はっきりとした確証もないのに、勝手にそんなことを考えて人を疑ってはいけない。

 同級生を自殺に追い込むほどいじめていた外道(じぶん)だが、そこまで畜生になったつもりはない。


 だが、可能性の一つとして浮かんでしまったそれを、純はどうしても無視することができずにいた。

 二人の親友の失踪は単なる偶然か事故か、それとも大山忍の幽霊などという非現実的な事象によるものか、あるいは――


「じゃあ、僕そろそろ行きますね。お邪魔しました」


「こちらこそ、親切(・・)にありがとうね。またいつでも忍に会いに来てくれていいからね」


 大山家を出る際にも、また胸に突き刺さる言葉を受けた純。

 ここでもか。ここでも俺はシンセツ(・・・・)と言われなければならないのか。

 大山家をあとにした純は、見送ってくれている大山の母を振り返る気すら起きず、胸を締め付ける息苦しさから逃げ出そうとするかのようにその場を離れたのだった。


「……ん、着信履歴?」


 現在時刻を確認しようとスマートフォンを取り出した純は、いつの間にか杏奈(あんな)から着信が入っていたことに気づいた。大山の母親と話し込んでいて、鳴ったのがまったくわからなかった。


 電話に出ない純を心配したのか、着信の直後には十数件にも及ぶ大量のチャットが送られてきていた。

 自分らの現状を考えるに、返事が遅くなってしまったのは申し訳ない。杏奈はさぞ心配しただろう。


 『ごめんごめん。ちょっと用事で携帯見れなかった』と返事を送ると、杏奈は一瞬で既読をつけて返信してきた。

 『マジで心配したじゃん!』と軽く怒られた純だったが、杏奈が連絡してきた本題は今夜のことだった。


 彼女は本気で今夜も泊まりにくるつもりらしい。

 しかし今日の純のアルバイトのシフトは深夜だ。昨日も杏奈に話した通り泊めることはできそうにない。


 なんでもいうこと聞いてあげるから今日だけ休んでよー! なんて駄々をこねる杏奈を説得するのも一苦労だった。

 今日を最後にしばらく夜勤はない。明日や明後日はちゃんと泊めてやるから今日だけ我慢してくれ、と強引に杏奈を納得させた純は、アルバイトに行く前に一度帰ってシャワーでも浴びようと決めた。




 *****




「うぅ~、純のバカ。純のバカ! 一人は怖いって言ってるのにぃ~」


 日が沈み始めたころ。大学での保育実習を終えた種田(たねだ)杏奈(あんな)は、親友への愚痴をぶつぶつと溢しながら自宅アパートへ戻ってきた。

 実家を離れて一人暮らしするのが快適で仕方なかったというのに、今日だけは一人の夜が心細くて敵わない。

 帰宅した杏奈はまるで忍者のような素早い動きで玄関に鍵とチェーンをかけ、簡単には外れないことを二度三度と確認した。


 それからワンルームの奥へ進み、窓の鍵も入念に確かめる。朝家を出たときの状態そのままだから、もちろん開いているはずはない。

 ガタガタと窓を揺らしてみても簡単には開いたりしないことを確認して、カーテンを閉める。これで完全な密室の完成だ。私が中から開けない限り、誰も部屋には入ってこられない。


 もう今日は、誰が来ても開けるもんか。完璧なまでに居留守を決め込んでやる。

 警戒する相手が幽霊であるだけに戸締りなど意味を成すのかどうかわからないが、しないよりは絶対にいいはずだ。


「はぁ……。何も起きませんように。何も起きませんように……」


 両手を擦り合わせて祈りながら、杏奈はお手洗いへと向かった。

 大学から帰ってくるだけだというのに、先ほどからもよおしていたことにも気づかなかったなど、どれだけ気を張っていたのだろうか。


 お手洗いの電気をつけ、ドアを開ける。

 そして杏奈は、その瞬間に目に飛び込んできた光景に息が止まるのを感じた。




 お手洗いには、いるはずのない先客がいた。

 真っ赤な着物を着たおかっぱ頭の少女が、狭いお手洗いの中で立ち尽くして杏奈の顔を見据えていたのだ。




「……ぁ……あぁ、イヤ……!」


 恐れていた事態が今まさに起こったのだと、杏奈が把握するまでには一瞬の間が空いた。

 その一瞬を突かれ、杏奈は悲鳴を上げる寸前で腹部に何かを押し付けられた。

 駆け巡る激痛。全身の強張り。何が起きたのかもわからないまま、杏奈はその場に倒れ込み、意識を失った。

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