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 翌、金曜日。無事に朝を迎えることができた杏奈(あんな)も一安心していた。

 しかし彼女の顔色は優れない。卓也(たくや)英彦(ひでひこ)の失踪を本気で『座敷童』の仕業だと信じ切っている様子の杏奈は、できることならこのまま(じゅん)の部屋に隠れていたいと駄々をこねていた。


 しかし杏奈は、金曜日は大事な実習があるからと渋々大学へ向かった。

 自分も講義があるからと、彼女と共に大学へと足を向ける純。しかしそれは、一人で出歩くことを過度に心配する杏奈を気遣った詭弁だった。

 大学に到着し、保育科の実習へと向かった杏奈と別れた純は、自分が向かうべき講義棟ではなく、大学の外へと歩き出したのだった。




 *****




「えーっと、このへんだと思うんだけど……おっ、ここか」


 大学の講義をサボった純は、花屋で買った小さな花束を持って住宅街を歩いていた。

 今日も一段と暑い。握った花が目的地に着く前にしおれてしまわないかと心配したが、その前に辿り着くことができて純もほっとしたものだ。

 やってきたのはとある家の前。そっと押したインターホンの横には「大山」と書かれた表札が下がっていた。



 そう、純がやってきたのは、三年前に自殺に追い込んでしまった同級生、大山(おおやま)(しのぶ)の実家である。



『はい、どちらさま?』


「こんにちは。大山忍さんの同級生だった、横溝(よこみぞ)といいます」


『ああ、忍の。少し待っててちょうだい』


 インターホン越しに答えたのは女性の声。常識で考えれば大山忍の母親だろう。

 車庫に車が停まっていないあたり、父親は仕事に出ているのか留守のようだ。


「こんにちは、横溝くん。今日はどういったご用事?」


「別に大したことじゃないんですけど。お通夜以来来てないし、たまにはお線香でもあげておこうかなって思って」


「そうだったのね。外は暑いでしょう。遠慮なく上がって」


 軽く頭を下げ、家に上がる純。

 高校の元クラスメイトの中には、未だにこの家に通って線香をあげに来ている者もいるらしい。純がここの住所を聞いたのもその友人だ。


 ちなみに、お通夜以来だと言った純の言葉は嘘だ。純を始めとする例の四人組は、自分らのいじめで大山が自殺したのだと思うと通夜に参列する勇気が出なかった。

 しかし、そう言っておくのが面倒ごとにもならずに済むだろうというのが純の考え。通夜に本当は来ていないなどと知られ、その理由を聞かれたのではたまったものではない。

 大山の母親も、三年前の通夜で一度見たきりの数十人の同級生たちの顔など覚えていないだろう。純が本当は通夜に来ていないことなどに気づくはずはない。


 大山の両親は、高校でも一切公にならなかった『シンセツ』のことなど知らない。それ故に大山の母親は、旧友が娘に会いに来てくれたのだと、純の来訪を素直に喜んでいた。

 その姿には純も胸が痛んだ。自分は大山忍を自殺に追い込む原因を作った張本人かもしれないというのに、こんなにも歓迎されるなんて。


 家に上がると、純は真っ直ぐに大山忍の仏壇の前へと案内された。

 買ってきた花束を供え、手を合わせる。そして純は目を閉じたまま、目の前にある大山忍の遺影に向けて胸の内で言葉を紡いでいった。



 『シンセツ』などと言って大山をいじめたことを、今はとても後悔している。だから自分らのしたことをどうか許して欲しい。

 そしてもし、卓也や英彦が消えた原因が大山にあるのなら、二人を無事に返して欲しい、と。



 本当に大山忍の幽霊の仕業なのかなど確証はない。むしろそのような非現実的なことが起こるはずはないと純は考えている。

 自己嫌悪したくなるほど自分勝手なのは百も承知。この程度で事態が収拾するならどんなにおめでたいことだろうと鼻で笑いたくもなる。


 けれどもう、純はこれ以外にどうすればいいのかわからなかったのだ。

 こんなことでは死んだ大山は戻ってこないし、許してもらえるとも思えない。それでも、何もしないよりはいいはずだと、純は祈り終わった後で大山の遺影に深々と頭を下げたのだった。

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