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 木曜日。(じゅん)は新たに起こった異変に胸がざわつくのを感じていた。

 卓也(たくや)の失踪を知ってから三日目。今度は英彦(ひでひこ)とも連絡が取れなくなったのだ。


 いつものグループチャットには、純と杏奈(あんな)の二人のメッセージしか書き込まれない。

 英彦は昨日純と一緒に酒屋に顔を出したはずだというのに、どうしたというのだろうか。


 寝坊しているだけであって欲しいと願ったが、昼になってもチャットには杏奈の分の既読しかつかない。

 ひとまず純は杏奈に提案し、昼休みに大学の食堂で会うことにした。


「既読もつかないし、電話にも出ない。知り合いに聞いたら、サッカー部の朝練にも、大学にも出てきてないんだってさ。寮にもいなかったらしい」


「嘘でしょ……英彦まで消えちゃったっていうの……?」


 寝坊の常習犯である英彦のことだから、寮の自室で寝てました、なんてオチであって欲しいとどれほど願ったかわからない。

 しかし、インフルエンザにかかろうと這ってでも練習にやってきて、監督に大目玉をくらっているような英彦が練習に顔を出していない。寮にもいないとなれば、最悪の想定をしてしまうのも仕方のないことだった。


「やっぱりそうなんだよ……あの『座敷童』の――大山(おおやま)さんの幽霊が卓也と英彦を……!」


「いやいや、まだそうと決まったわけじゃないし」


「絶対そうだって! きっと私たちに復讐しに来たんだよ……。保育科のみんなにも聞いてみたけど、あの占いメールが届いたのって私たち四人だけだったんだよ? そんなのおかしいもん!」


「落ち着けって。な?」


 周囲では学生たちが昼食をとっている中、純と杏奈にはまるで食欲がなく、テーブルの上には何も置かれていない。

 混雑のピークである昼休みに食事をするでもなく、雑談するカップルが席を占領しているとでも思われているのだろうか、純と杏奈は周囲からあからさまに冷たい視線を向けられていた。

 しかし今はそのようなことを気にしている場合ではない。純らにとっては親友が立て続けに二人も失踪したという一大事なのだ。


「……ねえ、純。しばらく私、純のとこに泊まってもいい……?」


「……え? なんで?」


「怖いからに決まってるでしょ! 次は私のとこに『座敷童』が来るかもじゃん。そんなの眠れるわけないじゃん!」


「仮に『座敷童』のせいだとして、それ俺のとこにいてもリスク変わんないんじゃ……」


 杏奈の気持ちはわからんでもない純だが、彼は正直、これらの事件が『座敷童』の――大山(おおやま)(しのぶ)の仕業だとは信じ切れずにいた。

 何かの間違いであって欲しい。卓也も英彦も信じられないような偶然が重なって音信不通になっているだけで、ひょっこり帰ってきたりして欲しい。

 そう思う純だったが、杏奈の言う通り嫌な胸騒ぎが収まらないのも事実だった。


「けど、いくら俺らの仲とはいえ、男の家に泊まるなんて大丈夫なのかよ?」


「だって、ホントに何かあったら()だもん! 襲われるなら『座敷童』より純の方が全然マシ!!」


「いや、別に俺は襲わないって。でも今夜はいいとしても、明日は俺、バイト深夜だから無理だぞ?」


「ええー! そんなあー!」


 そんなにがっかりされても困ってしまう。

 シフトは先月からそう決まってるんだから仕方ないじゃないか、と純は心の内で呟いた。


「バイト休んでよー! こんな一大事のときくらいさあー!」


「いやあ、俺も学費稼がないとだし……。きちんと戸締りしてれば多分大丈夫だって」


「幽霊相手に戸締りとか関係ないじゃん! 壁とかすり抜けて入ってくるんだよ!?」


「まあまあ。とりあえず今夜はうち来ていいから、一晩様子を見よう。それでいいだろ?」


 やや不満そうな杏奈だが、ひとまずはそういう方針で決着した。

 昼休みが終われば杏奈は午後の講義、純は夕方までバイトに行くことになっている。

 泣きべそをかいた子どものような杏奈の背中を見送ってから、純も大学を出てアルバイトへ向かっていったのだった。




 *****




「……遅い」


「いや、これでも直帰してきたんだけど……。てか部屋の前でスタンバってるとか、どんだけ泊まる気満々なんだよ……」


 アルバイトを終えて日が暮れ始めたころ、純の下宿するワンルームの前には杏奈がしゃがみ込んでいた。この猛暑の中でよく我慢できたものだ。

 ここまでくると執念のようなものすら感じる。これは明日の深夜バイトを休む休まないでまた一問答ありそうだなと、純は気を引き締めざるを得なかったのだった。


「晩飯どうする? コンビニ行くか?」


「出歩くの怖いし、冷蔵庫にあるもので適当に済ませようよ。私が作ってあげるからさ」


「うーん、何か入ってたっけ、冷蔵庫……」


 ほぼ自炊はせず、外食ばかりの純の冷蔵庫は心許ない。

 しかし杏奈は結婚願望が強いだけあって、昔から料理は得意な方だ。彼女に頼れば野菜カスのようなものしか入っていなくてもどうにかなるかもしれない。


「けどまあ、せっかくだしお言葉に甘えようかな。好きなもん好きなように使っていいから」


(まっか)せといてー! けど『座敷童』が出たらちゃんと守ってよね!? 守ってくれるならご飯も作ってあげるし、夜私のこと襲ってもいいから!! 約束だかんね!?」


「だから襲わないって……結婚まで処女守る宣言どこ行ったんだよ」


 雰囲気自体は明るいが、状況は決してよくはない。

 杏奈も無理に明るく振る舞って不安を誤魔化している様子だ。きっと胸中は穏やかではないだろう。


 ところがこの日の夜は、特に変わったことは何も起こらなかった。

 やはり大山忍の幽霊だなんて考えすぎなのだろうか。そう前向きに事態をとらえた純ではあったが、朝になっても相変わらず卓也と英彦とは連絡がつかず、落胆することになったのだった。

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