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-12- ◆

グロ表現ありの回です。ご注意ください。

「……んあ、痛ててて……」


 鈍い頭痛に目を覚ました那須(なす)英彦(ひでひこ)。彼は薄暗い屋内駐車場らしき場所で後ろ手に腕を縛られていることに気がついた。

 何があったか記憶を辿ると、じわじわと脳裏に蘇ってくる景色がある。寮の中で出くわした座敷童に殴られ、意識を失ったことを彼が思い出すまでには、それほど時間はかからなかった。


「あら、思ったより早く目が覚めたのね」


 聞こえてきた声に振り向く英彦。そこには真っ赤な着物を着たおかっぱ頭の少女がいた。

 その外見には誰もが同じ第一印象を抱くことだろう。『座敷童』と呼ばれるにふさわしいその姿には、英彦にももちろん心当たりがあった。


「てめえ、マジであの大山(おおやま)(しのぶ)なのか? あぁ?」


「まあ、なんて血の気が多いのかしら。怖い怖い」


 彼女の顔は、英彦が高校生だったころいじめていた大山忍のそれそのもの。三年経って少し大人びた自分と違って、大山は死んだあの日からちっとも歳を取っていないように見えた。


「何のつもりなんだてめえ! ここはどこだ? つーかてめえ死んだはずだろーが! さっさと(これ)(ほど)きやがれ!」


「いっぺんに質問しないでちょうだい。せっかちは嫌われるわよ? それと、解くのは無理な相談ね」


「んだとォ!?」


 縛られ地面に横たわったまま喚き散らす英彦。それを嘲笑うかのように大山は彼を見下ろし続ける。

 そして大山はゆっくりと歩き出したかと思うと、英彦の隣を通り過ぎながらそっと一言溢したのだった。


「だって私は、あなたにしてもらったシンセツをお返ししないといけないから」


「あぁ? シンセツだぁ?」


 そのまま大山は、英彦の背後に回り込む。

 それを目で追った英彦は、このとき初めて自分の置かれた状況を把握することができたのだった。


 まったく気づいていなかったが、英彦の背後には普通自動車が一台停まっている。

 その車からはロープが伸びていて、どうやら英彦の胴体に固く縛り付けられているようだ。

 そして何のためらいもなく車に乗り込み、エンジンをかける大山。その瞬間に英彦は、最悪の直感に鳥肌が立った。


「――ザッけんなよてめえ!! おいゴラァ!!」


 立ち上がり、運転席の大山に襲い掛かろうとした英彦。

 しかし彼の両腕は縛られていてドアを開けることができない。


 運転席のドアを蹴たぐっても、大山はまるで気にかける様子を見せない。

 そしてそのまま大山は、ロープで英彦と繋がった車のアクセルを思い切り踏み込んだのだった。


 タイヤが擦れる音と共に、勢いよく走り出す車。

 そして英彦はなすすべなく、その車にロープで引きずり回される羽目となった。


「うわあッ、グッ……ハ……!」


 連日の猛暑の中、薄い練習着一枚で過ごしていたのが仇となった。

 簡単に破れて肌をあらわにした英彦の身体は、硬い地面と擦れて激しい痛みと熱に支配された。

 そのまま駐車場内を暴走する車。カーブを曲がる度に英彦の身体は遠心力で振り回され、柱や壁に激突してもはや天地もわからなくなったほどだ。


「あなたはサッカー選手なんでしょう? だったら足が速くないといけないわよね。だからこうして車で引っ張ってトレーニングをしてあげてるの。私ってとってもシンセツでしょう? ほらほら、ちゃんと走って?」


 運転席の窓を開け、そう呼びかける大山だったが、その声が英彦に届くはずはなかった。

 もう、どこが痛いのかもわからないほど全身が傷だらけ。そして既に何度も頭をぶつけている英彦は、意識が朦朧として悲鳴を上げることすらできなくなっていた。


 引きずられ始めてどのくらい経ったのかもわからない。数分の出来事だったのか、あるいは数十分だったようにも思える。

 ところが気がつくと車は止まっていて、英彦は駐車場の真ん中にごろりと寝転んでか細い呼吸を繰り返していた。


「全然走れてなかったじゃない。鍛え方が足りないんじゃないかしら?」


 無表情で理不尽な言いがかりをつける大山だが、英彦に言い返す気力はなく、鉄の味がする咳を吐くことしかできなかった。

 全身が傷と砂だらけ。どんなにラフプレーの激しい試合でもここまでボロボロになったことなどないというのに。


 身体のあちこちから血が滲み、鼻血も止まらない。頭をぶつけた際に切れたようで、髪の毛もドロッと温かく濡れている。

 それでも英彦は、自分を哀れみ見下ろす大山を睨みつけることをやめようとはしなかった。


「……ブッ殺、す……殺し、てやる、からな……てめ……ッ!」


「あら怖い。一度ならず二度までも私を殺すの? せっかくシンセツにしてあげたのに」


 そう言って大山は、車の中からクーラーボックスを取り出してきた。

 今度は何をするつもりなのかなど、英彦に考えている余裕はない。彼の思考のすべては、目の前の座敷童への殺意で真っ赤に支配されていた。


「ちょうどいいわ。あなたにプレゼントしたいものを最近手に入れたの。見てくれるかしら?」


 ガサゴソとクーラーボックスを漁る大山。

 中に詰め込まれた大量の氷を掻き分け、彼女がその中から取り出したのは、何かを包んでいるのだろうブルーシートの塊だった。


「今余ってるのよ、ちょうど二本(・・)。だからあなたにあげる。私ってなんてシンセツなのかしら。四本(・・)あればもっといろんなプレーができるでしょうし、あなたはスター選手間違いなしよ!」


 大山が何を言っているのか、英彦にはてんでわからなかった。

 また意味不明なことばかり言ってやがる。どうにか腕を解いて今すぐ殺してやりたい。そんな思考に支配されて興奮状態だった英彦。

 しかし、大山がブルーシートを広げた瞬間、目の前の光景に英彦は、一瞬で全身から血の気が引くのを感じた。



 そこにあったのは、青白い二本の、人間の脚だったのだ。



「ぁ……お前、これ……」


「少し待っててちょうだい。すぐにあなたの腰に縫い付けてあげるから。つけるなら、左右よりも前後がいいかしら? あなたはどう思う?」


「おい、これ……これ、まさか……」


 直視すると吐き気すらもよおしてきたが、それでも目が離せなかった。

 体毛の濃さや筋肉のつき方からして、どう見ても女性の脚ではない。

 そして何よりも、切り落とされてもなお履かされたままになっているそのスニーカーに、英彦は最悪の見覚えがあった。



 そのスニーカーは、現在行方不明だと聞いている堀田(ほった)卓也(たくや)が、仕事中にいつも履いていた靴に間違いないのだ。



「まさか、卓也もてめえが……許さねえ……殺す……殺スッ!!」



 頭に血が上った英彦は、ぐったりしているはずの身体を無理矢理持ち上げた。

 腕を縛られている以上、彼が大山を襲う手段は限られている。獲物を狩るライオンではないが、押し倒して喉元に思い切り噛みついてやろうか。そうだ、それがいい。


 縫合の準備を整える大山目掛けて全力疾走し、突進を仕掛けた英彦。

 しかし、既に車で引きずられて満身創痍の彼の特攻はひらりと躱され、英彦は哀れにもふらふらと地面に倒れ込んだ。


「……なんだ。まだ動けたの」


 その一言は、今までの楽しげな雰囲気とは打って変わって、鳥肌が立ちそうな冷たさを含んでいた。

 すると大山は縫合の準備をぱったりと中断すると、再び車に戻って何かを取り出してきた。


「それじゃあこれでおしまいにしましょ。シンセツな私が、サッカーの練習相手になってあげる」


「殺ス……俺が、殺しテやルゥ……!」


 横たわったまま苦しそうな呼吸を繰り返す英彦には、もはや大山の言葉は届いていない。

 理性のすべてを殺意に呑み込まれた英彦の前で、大山が持ち出してきたのは重量感のある黒光りした球体――ボウリング球だった。


「野球選手って、バットに重りをつけて素振りをしたりするでしょう? あれと一緒で、あなたも普段より重いボールで練習をすればもっと上達すると思って用意したのよ」


「よクも、卓也ヲ……絶対(ゼッテー)、殺しテ……ヤル……!」


 まったく理にかなっていない大山の言葉に、英彦はやはり反応しない。

 それでも大山はお構いなしに英彦に語りかけ続け、最後にスイッチが切れたかのように無表情になった。


「それじゃあ始めるわね。はい、上手にトラップして?」


「シね……シネェ……死ねえええぇぇぇッ!!」


 大山が放り投げたボウリング球が、放物線を描いて落下する。

 殺意と怨恨から吐き出した英彦の雄叫びは、球が頭に命中するまでの刹那の間だけ駐車場内に響く、断末魔の悲鳴と化したのだった。

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