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翌水曜日。純はもちろん講義をサボって卓也の行方を調べてみることに決めた。
素人が動いてどうにかできる問題ではないかもしれないし、ここは警察に任せておくべきなのかもしれないが、ただじっと待っているだけなのも落ち着かないのだ。
とりあえず純は、卓也の実家の酒屋がある商店街で聞き込みをしてみることにした。
しかしどの店で話を聞いても、既に警察が調べに来ていてすべて答えたあとだと言われ、有力な情報は得られなかった。
ならば警察にはない独自の情報網を使おうと、純は高校の同級生をあたってみようと考えた。
連絡先を知っている旧友たちに片っ端からメッセージを送信し、行方不明の卓也について何か知っていることはないか尋ねてみる。
しかし有力な情報はやはり得られないどころか、遠方の大学へ行った者なんかは卓也が行方不明であることすら知らなかった。
念には念をと、占いサイトのことを伏せつつ大山忍の話題についても旧友たちに提起してみた純。
しかし彼らは「彼女は自殺した」「通夜にも行ったし間違いない」と口を揃えて返してくる。
大山忍が死んだという事実は、やはり同級生たちの間でも共通認識であるようだ。実は生きていた大山が復讐しに来た線は考えにくいだろう。通夜に行かなかった純ら四人にとって、この事実確認ができただけでも収穫があったと思いたい。
可能性はいくつか考えられる。
一つは、卓也が人知れず家出したこと。しかし卓也の性格を考えれば、これは純の中ではかなり薄い可能性だと踏んでいる。
二つ目は、占いサイトとは無関係の第三者による被害に卓也が巻き込まれたこと。卓也は質の悪い客には厳しいようだし、もしかすると客とのいざこざや逆恨み等でトラブルが起きたのかもしれない。
そして三つ目は、占いサイトが予告したシンセツを、大山忍の亡霊が実際に行った可能性。……これについては正直なところ、あまり考えたくはない。
一日情報収集をしていた純だが、結局はこの程度の仮説を立てるくらいにしかならなかった。
依然として卓也と連絡は取れない。行っても仕方がないとはわかっているものの、純は帰る前に無意識に卓也の実家へと足を向けていた。
「……ん、あのスポーツウェア……」
卓也の実家へ向かっていると、見覚えのある背中が前を歩いているのが見えた。
「おーい、英彦!」
「お? 純か」
声をかけてみると、やはり英彦だった。
空はまだ明るいが、気がつくと時刻も18時になろうとしている。部活帰りの英彦とバッタリ出くわしても不思議ではない時間帯だ。
「英彦も卓也ん家に行くのか?」
「『も』ってことは、考えてること一緒かよ。まー、おばちゃんたちも心配だしな」
純と英彦は中学高校の六年間一緒で、昔から気が合うことも多かった。それは今でも変わっていないらしい。
そんな悪友とも呼べる二人は、大山忍へのいじめ――シンセツを最初に始めた張本人でもある。最初は二人だけでからかっていたのが、仲のいい卓也と杏奈が加わって四対一の構図になっていたのはいつからだっただろうか。
商店街を歩いて数分。純と英彦は卓也の実家の酒屋へと到着した。
通常通り営業はしているようだが、どことなく活気がない。一人息子が行方不明なのだから無理もないことだが。
「こんにちは」
「ちわっすー」
「お、純くんに英彦くんじゃないか。いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、この店の店長である卓也の父親だった。
営業スマイルを見せてはいるが、目の下にはくまができている。卓也がいなくなってからここ二日間はまともに眠れていないのだろう。
「どうですか、卓也は? 何か手掛かりとか見つかりました?」
「いや、連絡もつかないままだし、警察もお手上げみたいだ。一体どこにいるんだか……」
「そっすか……俺らも全然連絡取れねんすよねー」
警察ですら手を焼いているのなら、素人の自分らはなおさらそうだろう。
卓也の失踪の時間帯が時間帯なだけに、目撃者の情報も今のところない。最後に接触したのは一緒に仕事をしていた両親、それと失踪直前に店を訪れた純くらいなのだ。
「わざわざ来てもらって済まなかったな。こんなに心配してくれて、卓也も親切な友達を持ったものだ」
卓也の父が何気なく口にした、親切という言葉が胸に刺さった純。
ちらりと英彦を見ると、彼もなんとも言えない顔をしていた。やはり考えていることは似ているらしい。
結局、卓也の父と少し話をしただけで純と英彦は家路についた。
さすがに日の長い夏でも暗くなり始めている。どうしても嫌な予感が拭えない純は、別れ際に「なあ、英彦」と声をかけていた。
「なんだ、純?」
「いや、あのさ……卓也も心配だけど、一応俺たちも気をつけて帰ったほうがいいよな、って思って」
「おいおい。純まで大山の幽霊の仕業だって言うのか? お前幽霊とか信じてないんじゃなかったのかよ?」
「信じてないけど、でもここまでくるとさすがにさ……もしかするとって思っちゃうじゃん?」
「ねーよねーよ、アホらし。純は変な映画の見過ぎなんだって。たまには運動した方がいいんじゃねーか?」
ひらひらと手を振って否定する英彦。どうやら彼は大山忍の復讐かもしれないなんて微塵も考えていないらしい。
確かに英彦の言う通り、確証のないことを考えすぎても事態は好転しない。今はやはり卓也の捜索や情報収集に専念すべきなのだろうか。
「んじゃ俺こっちだからよ。気が向いたらうちのサッカー部に遊びに来いよ。体験入部ってことにして練習に混ぜてやる。訛ったその身体鍛え直してやっからよ!」
「ははは。気が向いたらな」
正直、英彦のいる大学はサッカーの強豪で、そんな部の練習に混ざっても絶対についていけるはずがない。
しかし昔から英彦はどこまでも真っ直ぐで冗談の通じない男だ。行けばきっと本気で練習に混ぜられてしまう。
運動神経もさほどよくなく、大学に入ってからはスポーツもろくにしていない純にとっては苦行以外の何ものでもないだろう。おそらく気が向くことは一生ない。
こうして明るい雰囲気で別れた純と英彦。
しかし一人で家路を歩きながら、純はある違和感を感じて立ち止まったのだった。
「珍しく英彦と意見合わなかったな、さっき……」
*****
「暑っちーなー! エアコンつけなきゃ蒸し焼きんなるわ」
那須英彦は大学の寮へ戻るなり、玄関で靴を脱ぎながらそんな独り言を溢した。
サッカーのスポーツ推薦で入学した英彦は、より部活動に専念するために大学の敷地内にある寮で生活している。練習に行くのも帰るのもあっという間だ。
「スイッチオン、っと……。ボロいから冷えるの遅えーんだよなあ」
長い伝統を誇る大学なだけあって、寮も随分古くなっている。近々立て直しされると聞いた英彦だが、その頃には自分は卒業していると思うと少し残念だ。
タオルで汗を拭い、冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクを煽る。しかしその瞬間、英彦は部屋の中に違和感を感じて気を張った。
見渡すも、特に変わった様子はない。しかし明らかにいつもと違う雰囲気であると、彼の直感がそう告げていた。
この直感は英彦自身もかなり頼りにしている節がある。サッカーの試合中、味方にパスを出すべきか、自分がボールをキープして走るべきか。PKでゴールを狙う際、右に蹴るか、左に蹴るか。そういった直感を信じたときこそ、彼はプレーがうまくいくことが多かったのだ。
そんな彼の直感が、何かがおかしいと告げている。英彦は息を殺し、慎重に部屋の中の様子を窺った。
まさか、純や杏奈の言った通り大山忍の幽霊がいるとでも? そんな馬鹿なことがありえるはずはない。
もし今この部屋の中にいるなら、一発蹴りでも入れてやる。そう考えては馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った英彦。そんな彼が、今日の直感はハズレかと安堵し、振り返ったそのときだった。
「――なッ!?」
いつの間にか背後に立っていたのは、赤。
さっき見たときはいなかったろーが! そう叫ぼうとした英彦だったが、突然全身が激しい痛みと共に強張り、その声を呑み込まざるを得なかった。
そのまま床に倒れ込む英彦。全身が激痛と共にぴくぴくと痙攣し、思うように動かない。
なんとか視線だけを持ち上げると、そこには真っ赤な着物を着たおかっぱ頭の少女が彼を見下ろしていた。
無表情のままの座敷童。彼女は下から睨みつける視線が気に入らなかったのか、棚に飾ってあったサッカーの大会のトロフィーを握ると、それを英彦の頭に思い切り振り下ろしたのだった。