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「……おかしいな」
火曜日。昨晩卓也の実家の酒屋で買い物をし、予定通り卓也おすすめの酒を飲みながら映画を見た純は、翌朝その酒の感想を伝えようとメッセージを飛ばしていた。
ところが午後になっても卓也から返信がないどころか、既読すらつかない。四人組のグループチャットにも彼だけが現れず、純と英彦、杏奈の三人は交代で電話をかけ続けていた。
それでも卓也は電話にも出ない。具合でも悪くて寝込んでいるのだろうかと心配した純は、今日の講義をサボって卓也の家に様子を見に行くことにした。
「今日はシフト入ってなくて助かったな。講義はともかくバイトはサボれないし」
学生としての優先順位が逆転しているが、純はそのようなことなど気にしない。
それよりも今心配なのは卓也だ。具合が悪いなら見舞いの品でも持っていこうかと思ったが、給料日前で金欠な上、先日四人で集まったときに散財したこともあって、コンビニアイスくらいしか準備できなかった純であった。
「まあ、今日も暑いしちょうどいいだろ。……ん、なんだあれ?」
卓也の実家である酒屋の前まで来ると、純は見慣れない光景に立ち止まった。
酒屋の前には一台のパトカー。卓也の両親もそこにいて、二人はパトカーに乗って去っていく警察官に何度も頭を下げていた。
「こんにちは。何かあったんですか?」
「あっ、純くん」
卓也の両親に挨拶をすると、返事をしたのは母親の方だった。
父親は難しい顔をして青ざめている。母親の方も決して顔色がいいとは言えなかった。
「ねえ純くん、卓也から連絡きたりしてない? あの子昨晩、いきなりいなくなっちゃって……」
「えっ、いなくなった? どういうことです?」
卓也の両親に話を聞くと、どうやら卓也は昨晩の閉店業務の途中で姿を消し、そのまま行方がわからなくなったらしい。
卓也は真面目な性格だから、仕事を放って家出するとも思えない。卓也の両親はひとまず警察に相談して捜索願を出すことにしたらしく、たった今そのやり取りを終えた警察官を送り出したところだったようだ。
純も卓也と連絡が取れないから様子を見に来たのだと話すと、卓也の両親はがっくりと肩を落としていた。
パトカーを見たときはてっきり万引きでも起きたのかと思った純だったが、まさか卓也が行方不明だなんて。
もし卓也と連絡が取れたらすぐに知らせると約束し、純は酒屋を去ることにした。
きっとこれから捜索願の手続きやら何やらで忙しくなるはずだ。邪魔するわけにはいかない。
「英彦と杏奈にも知らせとかないとだよな。とりあえず、俺の部屋に呼んで話し合うか」
グループチャットでは埒が明かない。一度顔を合わせて相談したほうがいい案件だと考えた純は、その旨を四人のグループチャットに呼びかけた。
しかしついた既読は二つだけ。やはり卓也がこのメッセージを読んでいる形跡がないことに、純は嫌な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
*****
「お邪魔しまーす。待たせてごめんね、実習長引いちゃって」
「いや、俺も練習終わって今来たとこだぜ」
その日の夕方。グループチャットで呼びかけた通り、純のワンルームには英彦と杏奈がやってきた。
この時間になっても卓也の既読はついていない。一体どこに行ったというのだろうか。
「ねえ、ほんとなの? 卓也が昨日から行方不明って……」
「それな。連絡つかねーなーとは思ってたけど、信じらんねえよ」
「うん。昼間卓也の実家に行って話聞いてきた。間違いないよ……」
そこまで話すと、本当に卓也が消えたのだと現実味が湧いてきてしまって沈黙が流れた。
行方不明になる直前、最後に会った純にとっては特に思うところがある。閉店業務中ということは、卓也が消えたのは純と会った数時間後のことなのだ。その時間に自分は呑気に部屋で映画を見ていたなんて……。
「やっぱり、あれと関係あるのかな……」
杏奈が漏らした一言が何を意味するのか、純も英彦もすぐに勘づいた。
彼女が言いたいのは、例の迷惑メールのこと。自殺した大山忍が送ってきたのかもしれないと怖がっていた、座敷童がイメージキャラクターの占いサイトのことだ。
「おいおいまさか、大山の幽霊が化けて出て、卓也に何かしたって言いてえのか? そんなことありえねーよ、普通」
「いやいや絶対そうだって! だってあの卓也だよ? どんな些細な連絡にもまめに返事くれる真面目な卓也が、酒屋も私たちも放っといていなくなると思う!?」
「まあまあ杏奈、ちょっと落ち着けって」
取り乱す杏奈を純がなだめると、彼女は「ごめん……」とつぶやいてしおらしくなった。
彼女の言いたいことは嫌というほどわかる。卓也の性格を考えれば、この失踪には不自然な点が多すぎるのだ。
大山忍の幽霊が出たのかどうかは置いておくにしても、第三者による何かがあった可能性が高いのではないかと純は睨んでいた。
「とりあえず、俺たちもできる限りのことをしよう。こまめに電話してみるとか、知り合いに連絡取れた人がいないか聞いてみるとか」
「じゃあ私、目撃情報集めるためにポスター作る。実習のレポートなんか後回しでいいや!」
「んじゃ俺は、他大学の連中に聞き込みしてみるわ。練習試合とかよくやるし、そのへんのパイプは多分俺が一番持ってるだろ」
純の出した結論で今後の方針がなんとなく決まり、いつもより一人少ない集会は解散となった。
なによりも卓也が心配なのは確かだが、純の中ではもう一つ気がかりなことがある。
赤い着物におかっぱ頭。座敷童が占ったシンセツにまつわる運勢。
オカルトの類は信じていない純であるが、なぜだかあのメールのことだけは、頭の片隅にいつも張り付いて離れないのだ。