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初めましての方は初めまして。作者のわさび仙人と申します。

去年は私情により泣く泣く参加を断念した夏のホラー企画。今年は参加することができて本当に嬉しいです!


普段は恋愛を専門に書いている私ですが、初挑戦のホラー作品も楽しんで書かせていただいています。ぜひ肝を冷やしていってくださいませ……。


※一話あたりの文字数を少なめに設定しています。

※ホラーシーンに入るまで数話分の前置きがあります。

 テレビなんかでしか見たことのないような、透き通った青い空。

 そのところどころには形も大きさも不揃いな雲が散在していて、肌を焼く日差しがその隙間から容赦なく照り付けてくる。

 上空は風が強いのか、じっと眺めると雲が流れていく様子が見える。その風に乗って大きな入道雲がこっちに来てくれれば、日差しを遮って少しは過ごしやすくなるのだろうか。


 今年の夏は記録的な猛暑らしい。街にはハンカチで汗を拭きながら歩くクールビズの男性や、オフショルダーの服を着て日傘をさす女性などがちらほらと見られる。

 コンクリートジャングルのアスファルトは、まるでバーベキューの鉄板さながら。その上を歩こうものなら、最近買ったばかりのスニーカーの底が溶けるんじゃないかと心配になる。

 そんな杞憂を自分で馬鹿馬鹿しく思いながらも、横溝(よこみぞ)(じゅん)は少し遠回りになってでも駅ビルの中を通ってアルバイト先に向かうことに決めた。


 純はこの地区にキャンパスを構えている、とある大学の学生だ。

 今日は土曜日で講義もないため、昼から夜までみっちり稼ぐつもりでいる。といっても、彼は講義があっても出席せずにアルバイトに向かうことも多いため、やっていることは平日と大して変わらない。


 卒業に必要なギリギリの単位さえあればいい。出席してもどうせほとんど寝てしまうし、それなら働いて稼ぐ方がよっぽど有意義だというのが純の考え。

 お世辞にも模範的とは言えない学生である彼だが、この日はふと視界の端に捉えた人物が気になって足を止めたのだった。


 そこにいたのは、大きなキャリーケースを引きずっている中年女性。

 どうやら彼女は階段を降りて地下鉄乗り場に向かいたいようだが、近くにはエスカレーターもエレベーターもない。キャリーケースもかなり重いようで、なかなか持ち上げられなくて困ってしまっているみたいだ。


「運びましょうか?」


 そっと駆け寄って女性に声をかける純。

 すると女性は顔いっぱいに笑い皴を広げてみせた。


「あら、いいの? ごめんなさいね」


「いえ全然」


 実際に持ち上げてみると、なるほど女性一人で運ぶのは難しそうな重さの荷物だった。

 転がせるからここまでなんとか運んでこられたみたいだが、さすがにこれを抱えて階段を降りるのは若者の手も借りたくなるだろう。


「これから友達と旅行に行くんだけど、思ったより荷物が多くなっちゃって」


「そうなんですか。いいですね」


「お兄さんはどこに行くところだったの?」


「僕はこれからバイトですよ」


「あらそう。頑張ってね。お兄さんの分まで楽しんでくるから」


 そんな世間話をしているうちに階段を降り切り、地下鉄の改札前までやってきた。

 ここには女性と同年代の男女数人が大荷物を持ってたむろしている。どうやらここで待ち合わせていたみたいだ。


「それじゃ、僕はこれで」


「あ、お兄さん。ちょっと待って」


 女性が呼び止める声に足を止める純。

 振り返ると、女性はキャリーケースを少し開けて中をまさぐり始めた。


「これどうぞ。こんなものしか持ってないけど、せめてものお礼に」


 純が女性に手渡されたのは、黄色い包み紙の飴玉だった。旅行に向かう電車の中で舐めるつもりだったのだろうか。

 遠慮しそうになったが、ここで断るのも女性の気持ちを無下にするようで悪い気がする。飴玉一個くらいなら受け取ってもいいだろう。そう思った純は小さく女性に会釈をしてはにかんでみせた。


「あはは、じゃあ遠慮なくもらっときますね。ありがとうございます」


「こちらこそありがとね。お兄さんが親切(・・)にしてくれたおかげでいい旅になりそう」


 満面の笑みで何の含みもなく述べられた女性の言葉に、純はハッと息を呑んだ。

 お礼を言われて嬉しいはずなのに、たった一つの言葉で気持ちがみるみる沈んでいく。


 それを女性に悟られないようにと、純はもう一度会釈をして足早にその場を去ったのだった。

 地下鉄改札口から再び地上へ。涼しい駅ビルの中で飴玉を口に含み、レモンの味を転がしながら、純はアルバイト先へと足を進める。

 その胸中は口の中と同じ。決して甘くはない、とても酸っぱい感覚に蹂躙されていた。


「……シンセツ(・・・・)……かあ」


 これまで生きてきた中でもたくさん聞いてきたし、きっとこれからもたくさん耳にするであろうなにげない言葉。

 ほとんどの人類がこの言葉に良い印象を受けるであろうが、そんな中で純は少数派だ。


 なぜなら純には、その言葉を聞くたびに呪いのように思い出される、とある過去があるのだから。

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