トリカエッコ5
気づいたときには、教室は明るくなっていた。
弁天は、トリカエッコから庇うように、雪路の前に立っている。
トリカエッコが一歩、踏み出した。
同時に、弁天が雪路を後ろに押した。
どうやら下がれと言いたいらしい。
雪路はそっと、弁天の腕を掴んだ。
「大丈夫です」
言って、弁天より前に出る。
「おい」と制止の声が上がったのを無視して、トリカエッコの前に立った。
トリカエッコは先ほどまでの無表情を暗闇と一緒に落としてきたように、不安げな瞳を向けている。
トリカエッコが言った。
「わたしの本質、見える?」
雪路は首を左右に振った。
「見えないです。でも、知りたいと思います。だから、まずは、お友だちから」
右手を差し出す。
トリカエッコが息をのんだ。
「わたしと仲良くなれると、本気で思う? わたし、変よ」
「変かどうかは、付き合ってみないと分かりません」
「後悔するかも。みんな、普通が好きだもの。わたしが可笑しいのは、見た目でわかるでしょう?」
「私には分かりません。たぶんわたしだけじゃなく、誰だって、見た目だけでは、どんな人かは判断出来ないと思います。だからこそ、人との関わりを大切にするんじゃないでしょうか」
ぐいっと、手をさらに前に突き出す。
「もう知ってるとは思いますけど、私、本田雪路といいます」
「……秋山トリコです」
名乗ったトリカエッコは、おそるおそるといった様子で、雪路の手を握った。
握り返す。
ふと胸に目を移すと、きちんと膨らみが戻っていた。
名鶴を振り返ると、こちらも元の男の姿に戻っている。
変わらずにセーラー服の弁天先輩だけが、自分を指差しながら言った。
「なんで、俺だけセーラー服なんだ?」
グリル・ヨナヨナは、大学の門のすぐ前にある小さな料理店だ。
店の奥はギャラリーになっていて、近くの美術学校の作品を販売している。
学生街ということもあり、昼ごろには多くの大学生たちがランチに訪れる。
ちょっとしたお酒なんかも置いているので、大学生たちがサークル帰りに飲み会をすることもしばしばだ。
「僕、いちごパフェにしよっかな。春だし」
メニューを開きながら、名鶴が言う。
「では、俺もパフェにしようか」
ろくにメニューを見ないまま、弁天が言った。
セーラー服ならまだしも、男の姿のいまは、パフェがまったく似合わない。
弁天は無言で雪路を見た。
その顔が、パフェでどうか、と言っている。
「私は甘いものは苦手ですので」
「わたしは別にパフェでもいいわよ」
ふと、トリカエッコ、改めトリコが言った。
雪路の隣にちょこんと座っている姿は、まさにフランス人形だ。
が、トリコが口を開いたとたん、名鶴がメニュー表を取り落とした。
まだ相当怖がっているらしい。
笑顔のトリコに、弁天は複雑そうだ。
「まさか雪路君が、トリコと心を通わせるとはな」
「あなたにトリコと呼ばれたくないわ。トリコ様と言ってちょうだい」
トリコが突っかかる。
弁天はため息を吐いた。
「俺たちは同じ年だろう」
「そうだけど、わたしは留年してるから、まだ一年生よ」
「なら、なおさらトリコでいいはずだ。俺のことは弁天先輩と呼んでくれ」
「あなたのそういうところ、わたし大嫌いだわ」
「だから、弁天先輩だけセーラー服のままなんですか」
雪路が言う。
弁天だけ、大学内ではまだセーラー服の美少女を突き進んでいる。
トリコはにやっと笑った。
「そのほうが似合っていると思うからよ。弁天だって、まんざらでもないみたいだしね」
「まぁ、たしかに」
「納得をするな」
弁天はこほんと咳払いをした。
たが一度も、元に戻せとは言っていない。
ご機嫌のトリコが、雪路の腕に腕を絡ませた。
「ねぇ。雪路。わたしたち、敬語は無しにしましょうよ。ね、そのほうが、普通の女友だちみたいじゃない」
「片方は男だけどね」
名鶴の失言に、トリコは笑顔で言った。
「次はナース服にしてあげましょうか? 大学内はわたしの結界が張ってあるから、あなたの姿なんて思い通りなのよ」
「すいませんでした」
テーブルに額をぶつける勢いで、名鶴が頭を下げた。
「そういえば」と先輩が話を切り出した。
「お前たち、ミステリー研究会に入るつもりはないか?」
「わたしは入りたいわよ。友だちとクラブ活動なんて、楽しそうじゃない」
トリコは乗り気だ。
「雪路も入りましょうよ」
「まぁ……そうね。じゃあ、入ろうかな」
ここで嫌がれば、名鶴をナース服にしてでも説得されそうだ。
特に断る理由もない。
名鶴は「楽しそうだね」とのん気だ。
こうして双子は、オカルトに巻き込まれる布石を手に入れたのだった。
『トリカエッコ』終わり




