トリカエッコ1
南館はこの大学の中で一番古い建物で、いまはほとんど使われていない。
一階の教室はほとんどが物置になっているらしいと、昨日の入学式で聞いた。
名鶴は、そんな南館の二階、一番奥の教室の扉を開けた。
ぎぎ、と音がする。
扉の頑丈さに似合わず、中は意外とせまかった。
がらんとした教室にはひとつだけ正方形の机が置かれていて、それを囲んで、二人の女の人が座っている。
「部長。姉を連れてきました」
部長と呼ばれた女が、品定めするように眼鏡のフレームを上げた。
切れ長の目と艶々輝く肩までの黒髪が、鋭い印象を強くしている。
美人だ。
先輩だろうと判断して、雪路は頭を下げた。
「名鶴の双子の姉で、本田雪路と申します」
「ミステリー研究会へようこそ。部長の柏木紅です。やっぱり名鶴君に似ているのね。着物が似合いそう」
市松人形の髪を腰まで伸ばすと雪路、ばっさり切ると名鶴になる。
ふたりそろって背が低いこともあってか、並ぶと、それこそ対の人形のような双子だが、まとう雰囲気はまったく異なる。
どんな時でも無表情の雪路に対し、くるくる変わる名鶴の表情は、見ている人を和ませる。
名鶴は姉を押しのけると、部長に向かって言った。
「この姉さえいれば、きっと大丈夫です。雪路は、すべての悪いものを跳ね返す体質の持ち主なんです」
「わたし、まだ協力するって決めてないわよ」
「お願いだから、協力してよ。じゃないと僕、これから大学三年間、女のまま大学通うことになるんだよ……」
「いいんじゃない?似合ってるから」
「無責任なこと言わないでよ」
名鶴は泣き出しそうな顔で懇願するが、それは本音だった。
ショートカットの雪路を見ているようで、それほど違和感はない。
「たしかに、すごいわね。弟君に取り付こうとする霊が、みんなお姉さんに弾き飛ばされているわ……」
部長は一歩前に出ると、双子の周りを見回した。
どうやら彼女は、「見える人」らしい。
雪路は変わらない表情の代わりに、声に残念な気持ちをのせて言った。
「わたしは見えないんで、分からないんです。弟は魅入られやすいらしいですけど」
「そのようね。入学してわずか3日でトリカエッコに姿を取られるなんて、なかなかの不幸体質だわ」
「仰るとおりです」
雪路は小さなころから、狐に取り憑かれただの、霊に憑依されただのと忙しい弟の面倒をみてきた。
彼女には、なぜか悪いものを吹き飛ばす力があるらしい。
らしい、と曖昧なのは、雪路がその吹き飛ばした狐や幽霊を見たことがないからだ。
が、気配は分からずとも、オカルトはすぐ側にあるものだということを、よく理解している。
「ミステリー研究会は、あなたを応援するわ」
部長が手を差し出す。
長い指だ。
雪路はその手を握りかえした。
部長は腕時計を見てから「うん」とうなずくと、言った。
「いまからでも間に合うわね。3限の授業、社会学を受けなさい。あれは、1年から3年まで取れる授業だから。弁天、案内してあげなさい」
弁天と呼ばれたのは、部長の目の前に座っていた女の子だ。
あまり深く考えないようにして視線の端に追いやっていたが、どうも関わらないといけないらしい。
弁天先輩は、セーラー服を着ていた。
ふわふわとした長い栗色の髪が可愛らしさを演出してはいるが、相貌はどちらかといえば大人びている。
残念なことに、大学生にしか見えない。
雪路は名鶴に向かって小声で言った。
「……どうしてセーラー服なのかしら」
「……さぁ?趣味じゃないかな」
「俺だって、好きでこんな服装をしているわけではない」
弁天先輩は、セーラー服に似合わない、男らしい声で言った。
椅子から立ち上がると、小柄な双子が首が痛くなるほどに見上げなければならない。
「……姿を取られ済みの方みたいですね」
前途は多難らしい。




